4-6 剛将ダルマック
グリースレリア軍とダルマック軍との衝突の混乱に乗じ、藤色の影が1つ。
首都リングルスへと侵入した事には、防衛部隊は誰一人として気が付かなかった。
それもそのはず、侵入者は気殺という特殊な技法で気配を消すことができ、東国の辺境な島国で開発された独自の技術を知るものは、リンクス連邦には居ない。
侵入者=アズキは争いであちこちが破壊されている街の屋根を飛びわたり、中央政府の置かれているコルキス城へと向かう。
奴は、自分の命と宝刀・紫百合を狙う忍軍の追っ手、オボロはこの城に来いと言ってきた。
遠目にも良く栄える真っ白な美しい城は戦乱の中にあっても一際目につき、平和な時に観光で来たかったと思いつつ近づき。
敵兵に発見されることなく城壁へと飛びつき、開け放たれた窓から一旦中へ。
風ですら不可能な、物音ひとつ立てぬ鮮やかな侵入を果たした瞬間、アズキの背筋にピンッと知った感覚が走る。
「・・・なるほど、案内してやる、って事っすか」
同門の忍だけが合図に使う特殊な波長の笛の音は、無関係な者ではそもそも感じ取れない。
笛の音は城の上、最上階から感じ取れた。
敵兵に見つからぬように気配を消したまま進むアズキだが、
この気殺という技法は同じ忍には効果がないのは茶歩丸の時と同じであり、同じ技法で姿を隠す人の気配はお互いに良く分かるほどだ。
あちらはすでにアズキが城内に潜入したことは気がついている。
そしてアズキもまた同じく、進む自分を取り囲む気殺を行う者の数が、笛の音に近づくにつれて増えていっている事がわかる。
・・・4・・・6・・・7。
そして最上階の大きな部屋の扉の前にたった瞬間、9人の気配はくっきりとその姿を現し、アズキを囲んだ。
「・・・オボロは?」
その中に目的の男はいない。
アズキの問いには誰も答えず、ギラつく鈍色の刀を突きつけて来た。
余計な事はしゃべらない、ただ殺せという命令に従う。
アズキもよく知る忍の心得だ。
頭巾を被って全く表情が伺えない、無言のまま殺意だけを向け。
それを刃に乗せて、アズキの全方位から突きだし。
「―下忍程度が、勝てると思っているの?」
アズキが感情籠らぬ一言を発するよりも前に、いつの間にか忍たちの包囲を抜けて、彼らの背後に立ち。
慌てて振り返る9人の忍達のうち、二人の体がゴトリと床に倒れ落ちた。
衣服の下に着込んだ鎖帷子の隙間を縫うように刺した小太刀の刃に、
心臓を流れていた血液がポタポタと滴り落ちている。
一瞬のすれ違い様に、二人も即死させる絶技。
アズキが得意とするさせる殺法、鎧通し。
残り7人、仲間が死んでも取り乱したりはしない、忍軍ではそういう訓練をしている。
素早い動きで再びアズキに襲いかかる7つの影を。
「大人しくあの国に入れば、こんなところで骸を晒さずに済んだのに」
音もなく、空気すらも微動だにしていないかのような軽やかな動きで、
忍達の首筋や心臓を的確に貫いていくアズキの小太刀。
アズキの忍としての能力は忍軍の中でもトップクラスであり、だからこそ抜け忍になっても生き延びてきた。
ただの雑用しかできない下忍程度でどうこうできる相手ではないのはオボロはよく知っているはずなのに。
9人分の無駄な殺生を軽く終わらせたアズキは、そんな疑問を感じつつ大きな扉を開ける。
そこは大統領の執務室。
普段ならば所狭しと椅子やテーブルが並べられた場所なのだろうが、今はそういったものは全てどかされ。
広い部屋に巨大な絨毯の真ん中に立っているのは男一人。
朱色に黄金の装飾を施した重鎧を装備し、刃渡り1メートルはあるだろう巨大な幅広の大剣を床に突きさして、堂々と立ちすくんでいる。
兜から開け放たれた顔は、事前に肖像画で確認してある男のものだった。
「ダルマック将軍っすね?」
「・・・いかにも、小娘、貴様が無メイの乖離の女か?」
「一応、そういう事になってるっす。
で、あたしは将軍閣下サマに用はないっすけど、・・・オボロはどこっすか?」
「さてな、奴の事だ、どこかに隠れているであろう」
「そうっすか、じゃ、あたしはこれで」
アズキはこの男に用はない。
グリースレリア軍にとっては最終目標だとしても、彼女には関係ない話だ。
さっさと部屋を出ようとした思うアズキだったが、それはできない。
なぜなら、ダルマックから発せられる殺気は明確にアズキに注がれているから。
背中を見せれば、たちまち体を真っ二つに切り裂かれよう。
「そうはいかんな小娘。
貴様にはここで死んでもらわねばならぬ」
「・・・一応、理由を聞かせてもらえるっすか?」
アズキは改革派でもなければ、この国の住人ですらない。
そんな彼女が、ダルマック将軍直々に命を狙われる理由などないはずだが。
しかし、それはアズキから見た観点にすぎない。
「知れた事、世を混迷に陥れた人類史最悪の罪人、無メイの乖離。
その女となれば、その罰は等しく与えられねばならん」
「で、アンタが死刑執行人ってわけっすか?
この国の次期大統領閣下様がやる仕事じゃないっすねぇ。
大方、オボロにあたしを殺すように言われてるんでしょうけど、天下のダルマック将軍ともあろうものが、どこの馬の骨ともわからん男にいい用に使われちゃってまぁ?」
皮肉たっぷりの笑顔に口調で、ダルマックを煽るアズキ。
この男の行動指針を見れば、プライドの塊なのはわかっている。
適当に逆上させて情報を聞きだそうと思っていたのだが。
アズキの思惑に反して、ダルマックは冷静だった。
「まだ貴様は自分の立場を認識しておらんようだな?」
「へぇ、どういう意味かご教授頂けるっすか?」
「これまで何万の命が、無メイの乖離を倒さんとして返り討ちにあってきた。
報復に奴の親族を粛清しようにも、あの者は孤独。
だがここに来て伴侶を得たとなれば、復讐のまたとない対象が生まれた事になる。
無メイの乖離の女の亡骸を軍旗として吊るせば、我が軍の士気はどれほどのものとなるかな?」
「悪趣味、かつ情けない発想っすね」
「それは人が相手であればの話よ。
あれは災厄の化身だ。
人類の天敵を貶めるのに、もはや人道など捨てねばならん」
「・・・オボロにそう言いくるめられたっすか?」
「奴は我の最大の理解者にして導き手よ。
あの者がおらねば、今頃我はこの場に立ってはおらん。
アレが貴様の始末を望むというのならば、応えてやるのが友であろう」
「ふぅん、友情感じちゃってるっすか」
軽口を叩くアズキの口元に、してやられたと悔しさが滲みでる。
保守派に参加していたメンバーの大半は、ダルマックと古くからの交友を持っていた人物だと聞く。
長年の付き合いで硬い絆が育まれていたであろうに、政治の情勢で次々と友人達に裏切られていく中。
的確なアドバイスを持ちかけ、導いてくれたオボロに依存しはじめたのは理解できる。
そしてそれは同時に、小娘一人の軽口でどうにかできる精神状態ではないという意味でもあった。
相変わらず人の心のスキを突くのが上手い男だと、故郷に居た時から気に食わなかった同僚のそこだけは素直に認めるアズキ。
さぁどうする?
ダルマックはこの国の最強の三騎士、リンクガルズの一人。
つまりグリースレリア軍団長のボンズと同格の実力を持つ事を示しており。
あの老兵の戦いぶりはアズキも知っており、とても自分が勝てる相手ではないと理解もしている。
そんな相手と真正面から戦うなど無謀だ。
この状況の打開策を脳裏で高速演算しはじめるが、相手は歴戦の戦士。
そんな余裕を与えてくれるはずがなかった。
「―行くぞ、小娘ぇ!!」
リンクス連邦の至宝とも言われる大剣、リンクモーズを両手に突撃してくるダルマック。
その巨躯と重鎧からは想像できないほどの素早さで間合いを詰め。
下から上に振り上げられる大剣は、アズキに満足な回避を許さないほど洗練されている。
(マズイ!?)
咄嗟に小太刀の角度を整え、受け流す姿勢に入る。
正面から受け止められる剣圧ではない、せめて半分でも質量を受け流せ―。
「見立てが甘い!!」
その場凌ぎの防御で捌ける一撃ではなかった。
ブンッと衝撃波を起こす一撃が小太刀ごとアズキの体を吹き飛ばし、背中から天井に叩き付けられる。
「カハっ!」
出鱈目なほどのパワーとスピードはボンズ以上。
激痛で意識が飛びそうになったのを辛うじて堪え、叩き付けられた天井から自分の意志で跳ね、回転受身で一旦距離をとるアズキ
あのまま失神して自由落下していれば、落下地点で待ち構えるダルマックに串刺しにされていただろう。
華奢な少女とは思えない状況判断の上手さにダルマックは感心し。
「ほう、リカバリーが早いな。
なるほど、色仕掛けで無メイの乖離を篭絡しただけの女ではないようだ」
「そりゃ・・・どうも・・・コホッ!」
乱れかけた呼吸をうまく調整しなおし、口端から垂れてきた血液を手の甲で拭うアズキ。
相手は自分よりも遥かに強い。
そして逃げられる相手ではない。
「・・・覚悟を決めるしかない、か」
勝ち目は薄いが、正面から戦って勝つしかない。
せめて、腰にさげた宝刀・紫百合が引き抜ければと意識を向けるが。
頑固な刀はピクリともしてくれず、期待はできそうになかった。




