4-5 珍しくもない人生
グリースレリア軍が首都リングルス近くの平原に到着し、自陣の構築を終えたのは正午。
白昼堂々と行う戦争準備は、すでにリングルスに駐留するダルマック軍には察知されているだろう。
それを百も承知で、陣地の構築が済むのと同時に、グリースレリア軍は行動を開始した。
グリースレリア軍はただでさえ少ない戦力を4つに分け、
リングルスを囲う外壁に設けられた東西南北の4つの門のうち3つに攻撃を開始。
数で明らかに劣るグリースレリア軍の本陣を狙おうと画策していたダルマック軍は、
あまりにも早い強襲に半ば不意を付かれる形で、街門での戦いを余儀なくされた。
遮蔽物も何もない平原での戦いは、兵力の差が直接反映されてしまい、グリースレリア軍側の不利は避けられない。
ならばそもそも広いところに出てくる前に、街門を塞いでしまえ、というのがグリースレリア軍の作戦だった。
これならば確かに兵力差を補え、囲まれて殲滅される事もないだろう。
だがこれは非常に危険な戦術でもある。
2000を4つに分ければ、1部隊はわずか500人。
街門の距離はかなり離れており相互支援ができる距離ではない。
4つの部隊が一つでも壊滅すればそこから敵は溢れだし、兵力数に劣るグリースレリア軍は各個撃破されてしまうだろう。
街門には敵を迎撃するための様々な兵器が用意されており、
それらの兵器を使って迎撃してくるダルマック軍を、援軍が到着するまで耐え凌ごうというのだから無謀にも程がある。
その無謀、グリースレリア軍は覚悟の上だった。
街門の上から放たれる矢へ対処するために分厚い鋼鉄の盾を何百枚と用意し。
ダルマック軍は一人として街の外へは出さぬと。決死の覚悟で彼らはそこに立っている。
圧倒的不利な背水の陣でありながら、グリースレリア軍にはオーラが立ち昇る程の士気があった。
リンクス連邦という国を愛しているからこの国の兵士となった。
自国の首都を蹂躙されて我慢などできるはずがない。
ましてやそれが山賊連中が主となれば、軍人としての使命感はなお焚き付けられる。
戦いが始まってから3時間が経過しても、グリースレリア軍の勢いは衰える気配もなく。
街門を塞ぐどころか、気迫だけで突き破りかねない勢いを見せており。
そんなグリースレリア軍の奮闘を街門の上から見下ろす、一人の男がいた。
「―この国のため、か」
歳は40前半といった容姿のその男に、特筆するべき特徴はない。
この時代において大して珍しくもない、80年に及ぶ大戦中は一部隊を率いる役職にまで、腕一本でのし上がった叩きあげの軍人。
彼自身、平凡さは自覚しており、それでも自分の役目だと最前線で戦い続け、いくつかの功績も収め、日夜リンクス連邦のためにと尽くしてきた。
そう、ただの平凡な兵士の一人。
彼の部隊が大戦中、敵の奇襲で敗走し、多くの部下の命を失いながら生き延びた事も。
戦争中ではよくある話と扱われたのもある意味仕方がなかったのかも知れない。
当時はルーンネイト公国の侵攻が激しく、散り散りに撤退した一兵卒を捜索する余裕などなかった。
何の支援も得られないまま敵陣で孤立した彼らの部隊が生き残るためには、山賊紛いの略奪を行うしか生きる術は無く、そのままズルズルと外道へと堕ちていくのは成り行き。
それでも彼とその部下は、いつかリンクス連邦へと、家族の下へと帰ろうと願い続け。
無メイの乖離によって戦争が急激に終わったと聞いた時の、彼らの安堵は想像に容易い。
突然の終戦に一時的に統制がとれなくなっていたルーンネイト軍の隙をついて国境を突破。
およそ5年も耐え忍び、夢みた故郷の大地へと帰った彼らを待っていたのは。
「略奪行為を働いた者を、兵士として再雇用する事は認められない」
これまでに多くの仲間を失いながらやっとの思いで帰りついた彼らを、誰も歓迎してはくれなかった。
その理由は只一つ『無メイの乖離は略奪行為を良しとしない』からである。
ポイント・ゼロでの戦いに恐怖した人々は、とにかく無メイの乖離から目を付けられる行為を忌避。
彼の者の基本概念が略奪者の排除である以上、一度として罪に手を染めた者を国民と認めるわけにはいかない。
無メイの乖離を国へと招こうとするボラール大臣が発布した、戦後復興計画のうちのひとつだった。
男は古くからの友人だった門番にしがみつき、泣きつくも聞き届けられず。
その口から聞かされたのは、彼は戦死したと扱われ、悲しみに暮れた両親はすでに死去し、
最愛の妻は別の男と再婚し、子供と一緒に町を出て行った事。
そして、旧友の温情で山賊として討伐はしないから、今のうちに国から離れろと促され。
男はリンクス連邦という国に絶望してさまよい、その最中同じ境遇の元兵士達と共に山賊団を結成。
もはや怨みしか感じぬ、自分を裏切ったリンクス連邦の国民から略奪する事に躊躇いなどなかった。
そんな事を続けてきたある日の事だった。
山賊のアジトにやってきたのはなんと、リンクス連邦の将軍ダルマック本人。
この国で生まれ育ったのならば、ハンクス英雄譚のダルマックを知らぬ者などいない。
憧れの人物の来訪に驚く彼らにダルマック将軍は。
「もうしばらくだ、もうしばらく耐えてくれ。
この我が必ず、軍の栄光を取り戻す。
その時こそ、貴君らのような本当の軍人の力が必要となるだろう!」
賊に身を堕とした者達にダルマックは頭を下げ。
滝のように涙を流して、そう約束してくれた。
外道に堕ちようと軍人としての誇りはまだ失っていない。
いつかその時が来たら、自分を理解し、こうまでも必要としてくれるこの方のために尽くそう。
そしてそれはまさに今。
ダルマック将軍の軍事クーデターに参加した山賊達のほとんどはそういった者達である。
長く山賊稼業を続けていれば生粋の山賊連中も仲間に多く。
そういった連中は欲の赴くままに略奪を行うが、それを止めるつもりなど毛頭無い。
もう愛国心などない、ただ自分達にあるのは、自分を軍人として必要としてくれるダルマックへの忠誠心のみ。
グリースレリア軍は愛国心によってその士気が高い。
それはそうだろう、その気持ちは元軍人の男にも良くわかる。
だがそれに勝るとも劣らないほどの怨恨がダルマック軍にはあるのだ。
街門に配備した弓兵隊の準備は完了した。
男の合図に、街門の上に配備された総数200人もの弓兵が一斉に矢をつがえ。
一斉に放たれる殺矢の雨が、グリースレリア軍を襲う。
この国などもうどうでもいい、かつての妻や子供が目の前に居たのならばこの手で斬り殺してやりたいほど憎んでいる。
戦い、生きる目的はたった一つ。
「この命、ダルマック将軍のために!!」




