4-4 揺れる馬車の中で
グリースレリアからリングルスまでの距離は、早馬ならばわずか半日とかなり近い距離にある。
これは首都リングルスに有事があった際、すぐさまグリースレリアから戦力を派遣できるようにと考えられていたためである。
そして今回、まさにリンクス連邦を揺るがす未曾有の危機にグリースレリア軍は出撃。
その数2000。
残念ながらダルマック軍有する1万の敵には数で劣るが、グリースレリア軍の目的はあくまでも時間稼ぎ。
国の中枢の危機はすでに国内全土に伝わっており、各領地からは多数の兵が出陣。
リングルスを各方面から包囲する事が今回の作戦だ。
無論、増援が到着するまでグリースレリア軍にとってかなり過酷な戦いになるだろう。
指揮官であるボンズも3割は生きて帰れないだろうと、正直に兵士達に告げている。
その上でも尚、グリースレリア軍の指揮は高まっていた。
彼らはリンクス連邦を守るために日夜鍛錬を続ける戦士たち。
愛する国の危機にたじろぐ者など一人もいない。
そしてもうひとつ、最強の傭兵無メイの乖離の存在もあった。
兵士達との模擬戦での完敗に、周辺の山賊団の壊滅と、自分達の街だというのに、余所者に助けられただけでは軍人の名が廃るというもの。
リンクスを救うため、グリースレリアの兵士達は一丸となって夜闇の街道を駆け抜けて行く。
多数の馬の蹄と、馬車の車輪の音が周辺に木霊する中。
馬車の荷物の片隅に、明らかに兵員ではない少女の姿があった。
気配を消して、誰にも気づかれる事無く、揺れる馬車の中でリングルスへの到着を待つのはアズキ。
胸中に渦巻く感情は複雑だった。
一足早くリングルスへと向かったチャポの安否は?
オボロはどこまでこの国の内乱に関与している?
ダルマックはどうしてここまでして、己の立場に固執する?
考える事、わからない事はとても多い。
そうしてグルグルといろいろと考えていて、ふと気づく。
(何してるんっすかね、あたし)
そもそもアズキがこの国に来た目的は無い。
ただ忍軍の追っ手から逃げる旅の道中、通り過ぎるだけの道に過ぎなかったはずだ。
それをどうして、こんな事をしているのだろう?
いや、今からでも遅くは無い。
グリースレリアに戻り、茶歩丸の帰りを待って、以前までのように一人と一匹でこの国から出ればいい。
忍軍の追っ手を振り切るのは簡単ではないが、これまで逃げ延びてきたのだから今更だ。
そうするべきだ。
少なくとも故郷を発ったばかりの自分だったらそうしていただろう。
正解はわかっている。
これまで何度も何度も、茶歩丸にも言われ、自分でもそう考えた。
慈恵アズキはこの地にいる理由が無い。
だったら―。
(だから、どうしたっていうのよ)
今までの冷静な自分を、ここ最近生まれたばかりの新しい自分が押し留める。
この自分が生まれたのは、そう、あの日あの時。
川原で名前を持たない一人の少年と出会った瞬間。
(・・・一目惚れなんて、妄想だと思っていたのに)
最初に好きになったのは瞳。
綺麗なサファイア色に惹かれ、高鳴ってしまった心。
そしてロックラウンドで見せた寂しそうな背中を見て胸が締め付けられ。
それを救ってあげたいと思ってしまった。
気がつけばずっと彼の事ばかり目で追っていて。
次第に彼が自分を求めてはじめてくれた事がたまらなく嬉しくて。
あまり表情には出さないけれど、獣耳がピコピコ動き、ふさふさの尻尾がふるふると動いて感情表現をしてくれているのが可愛らしくて。
誰かを救おうとした時、剣と槍を構える姿が凛々しく格好良くて。
膝枕で浮かべる安らかな寝顔が、たまらないほど愛しくて。
もっと居たい、側にいてあげたい。
(だったら、私がやるべき事は―)
腰から下げたの宝刀をギュッと握り締め、決意を改める。
思い出せ、アズキが守りたいと願った少年の、悲しい嘆きを。
そうさせたのは、一体誰なのかを。
「オボロ、あんたは八つ裂きじゃ済まさない」
指が痛くなるほど強く刀の柄を握る。
今まで一度も引き抜ける気配の無かった刀が、少しだけ緩んだ?
・・・気のせいだったようだ。
宝刀・紫百合は変わらず、主に従おうとはしていない。
こうして夜は更け。
いつしか朝日が照らす先に、煙が立ち昇る外壁が見えてきたのだった。




