1-3 戦火の匂い
『鉱山都市ロックラウンド』。
リンクス連邦の東に広がるロック山脈の麓の町。
人口は約2万人、この町で暮らす住人のほとんどは鉱山への採掘を生業としている。
探検家によって豊富な鉱脈が発見され、リンクス連邦中央政府が資源を発掘する為に築いた町であり。
町そのもの役割が採掘であり、リンクス連邦にとっても、この町の存在価値はとても高い。
そのため自然と町は栄え、住人の生活水準も高くなり、出稼ぎの商人達もこの町でなら安定した収入が期待でき、
職を求めてこの町を目指す人々も多く。
山にトンネルを作ってまで新街道を通したのも、それだけの人の行き来の需要があるからだ。
「なるほど、その町なら美味しいモノにありつけそうっすね」
人集まるところは栄え、衣食住は満たされるものである。
リンクス連邦ガイドブックを食い入る用に見つめるアズキは、はやくもご馳走を夢想しているようだ。
ちなみにこのガイドブックだが、アズキの隣を歩く外套に身を包んだ無言の少年が貸してくれたものである。
「あんちゃん、こういうの持ってるなら、もっとはやく貸してくれりゃいいのに」
「・・・・・・・・・」
アズキの頭の上で、この地方の植物図鑑を開きながら茶歩丸がそんな悪態をつく。
この植物図鑑もまた彼が貸してくれたものである。
昨日からずっと行動を共にしているが、やはり彼は一言もしゃべらない。
ただ夕食の獲物として捕らえた小動物は何か言わずとも3等分してくれたし。
アズキが今から向かう町についてわかる事はあるかと尋ねたらガイドブックを貸してくれて。
茶歩丸が今後のために食べられる植物がわかるものは無いかと尋ねたら、植物図鑑を出してくれた。
昨日からの道のり、たっぷり時間があったわけで、もっと早く貸してほしかった所である。
彼は基本的に無言で無反応だが、こちらから具体的にお願いすればちゃんと応えてくれる。
言葉をしゃべる必要がある事に関しては一切無反応だというのもわかり。
つくづく不思議な人物であると、アズキは一日付き合う中で改めて感じた。
特にそう思わされたのは夜だ。
いくら無害そうだとはいえ、初対面の男を相手に無防備に寝姿を晒すほどアズキは愚かはない。
忍の訓練でも、30時間微動だにせず張り込む特訓だってある、
一晩程度なら眠らずに居続けるなど造作も無い。
寝る位置も示しあわずとも茶歩丸は木の上に位置して、
彼が暴挙にでたら即座に反応できるようにしている。
やがて焚き火を消して、辺りが暗闇に染まり、アズキと茶歩丸が警戒を強めた時。
「・・・・・・・・・すぅ」
ここで初めて彼の声を聞いた。呼吸に混じった寝息である。
気を張っていた一人と一匹は、同時にガクッと姿勢を崩した。
茶歩丸が試しに小石を投げて見ると、外套にポツンと当たってコロンと地面に落ちる。
警戒心が無さ過ぎる、これでよくこの時代を生き抜いてきたものだ。
「・・・交代で寝るっす」
「・・・おう」
気を張り続ける必要はなさそうだ、交代で眠ると決めて、そのまま何事もなく過ぎたのが昨晩。
そして今朝、彼は目覚めてすぐに焚き火を起こし、朝食用に獲っておいた小動物を香草に包んで焼いて三等分し。
そして歩き続け、街道も今まで通っていた旧街道は新街道と合流をして、目指す町まであとわずか。
・・・それにしても、茶歩丸があたりを見回して感想を漏らす。
「なぁ、もう旧街道と新街道は合流してんだろ? 人っ子一人居ねぇじゃねぇか」
鉱山都市ロックラウンドは人が多く行き交うため、山をくり抜く大工事をする価値がある町だ。
もうその近くまで来ているというのに、旧街道と同じように人の気配が全く無いのはおかしい。
「う~ん、妙っすね。
地図がまちがってるって可能性もゼロじゃないっすけど。
けどこれまでの道、寸分違わずっすよねぇ」
見せてもらった高品質な地図やガイドブックに間違いはなさそうだ。
そうなれば、この人気の無さにはなにか理由があると見るべきだろう。
人が離れる理由となれば、例えば災害。
大火事や何かで一時的に人が離れているというのはありえる。
ただそろそろ遠くに見えてきた町の影に火の手があがっている様子は無い。
あちこちから立ち上がる細い煙は鉱山都市ならではの炉の排煙だろう。
そうなれば、あと考えられるのは・・・。
茶歩丸の丸い目が細められ。
「戦争か」
人が集い、国が出来て、やがて争いが起こるのはどこの国でも一緒だ。
アズキと茶歩丸の故郷もこれまでに何百何千という戦が繰り広げられ、
その歴史の積み重ねで出来た国であり。
これまで1人と1匹が歩いてきた中で、
人が居る場所はどこの土地、どこの町、どこの国であろうと戦争があった。
しかし以前の村で聞いた話と違うとアズキが。
「この辺で大きな戦争は去年から無いって話じゃなかったっすか?」
80年間長い戦争が続いていたこの地方だが。
1年前のある日、急速に戦火が鎮まっていったと聞いた。
ならば旅に行く道としては安全かと選んでこの辺りを目指してやってきたというのに。
話が違うと不満げなアズキに、茶歩丸は。
「1年も平和が続いただけマシってもんだろ?」
反論不可、人間が1年間も戦争をしなかったほうが珍しいと言われても反論できない。
ここは一度足を止めて、慎重に町の様子を伺うべきではないか?
そう警戒しはじめるアズキと茶歩丸だったが、隣の彼は、まったく歩みを遅くする気配がない。
「ねぇ、ちょっと。このまま近づくのまずくないっすか?」
「争いごとに巻き込まれたくねぇだろ?・・・おーい」
アズキと茶歩丸の言葉は聞こえているだろうに、されど一向に足を止める気配が無い。
彼はいったい何を考えているのやら。
どんどんと町が近づいてきて、遥か遠方に馬を駆る騎兵の姿を見つけた。
なにかを警戒している様子の彼らもこちらを見つけて、馬を走らせて近づいてくる。
ただ事ではない雰囲気だ、遠目にも物々しい雰囲気が感じ取れる。
「嫌な予感っす」
「隠れるぞ」
アズキと茶歩丸は嫌な予感に従い、忍びならではの気配を消した高速移動で即座に草陰に隠れ。
「・・・・・・・・」
「ちょっと! 何してるっすか!」
「よせアズキ! もう間にあわねぇ!」
あろうことか、約一名まったく様子も変えず。
外套を纏った少年はそれに気が付いていないかのように歩き続けている。
騎兵は5騎。全身を覆うフルプレートのアーマーに騎兵用ランスに剣と、これから合戦でもあるかのような完全装備だ。
少年の前で馬を停め、武器を突きつけながら隊長と思われる大兜の騎兵が恫喝するかのような声をあげる。
「止まれ! これより先は、パルン領主が治めるロックラウンドである。この地に何用か!?」
剣を向けられれば、さすがの彼も足を止めざるおえない。
しかし騎兵の問いに答えようという気配もなく黙ったままで。
「貴様! 何か答えんか!?」
剣を顔の前に突きつけられても、全く動じる様子もない。
なんだこいつはと訝しみながら、部下の1人が馬から降りて、彼の身なりを確認する。
「隊長、この者、剣と槍のようなものを所持しています。傭兵ではないかと」
「ふん、今まさにランジベルの連中がこの町に侵攻をかけようというこの時に、
時勢で動く傭兵がノコノコ近づいてくるものか!?
ランジベルのスパイに違いない、ひっ捕らえろ!」
隊長の騎兵の言葉に、草葉の影から様子を伺うアズキは記憶した地図を思いだす。
ランジベルとはこのロックラウンドから少し離れ南にある町の名前。
同じリンクス連邦国内だというのに、戦争状態にあるのか?
そんな事を考えている間に無言の少年は縛りあげられ、5人の騎兵のうち、部下の2人に引っ立てられて町のほうへと連行されていく。
それを草葉の影で見届けながら、茶歩丸は。
「どうする、アズキ?」
完全装備の騎兵とはいえ2人程度ならば敵ではない。
いまここで彼を救出する事はたやすいが、ここで大立ち回りをしては必ず見つかって増援を呼ばれてしまう。
まだこの国の事を何も知らない状況でお尋ね者になるのはマズイと。
冷静に状況を判断しアズキは。
「まずは町に入るっす。
今後の為にも情報が必要っすね」
囚われた彼の事も含めて、この土地ではアズキと茶歩丸にはわからない事が多い。
地図を見た限り、どの方角へ行こうにも、まだまだこの地方に居続ける事になるのだから、軽はずみな行動は控えるべきだ。
(それにしても・・・)
連れて行かれた彼の様子に、アズキは引っかかるものがあった。
相変わらずの無言なのはいい、しばらく一緒に居てそれはよくわかった。
ただ、一切の抵抗もせずに掴まり、騎兵達に囚われて町へ連れて行かれるのは、
いくらなんでも無抵抗すぎではないか?
そんな者がこの時代に、これまで運だけで生きてこれたとは思えない。
(わざと捕まった。そう考えたほうがよさそうね)
あそこで助けなかったのもその思考がよぎったからだ。
それからしばらくして見周りの兵士が遠くへ行ったのを確認してから。
アズキと茶歩丸は忍ならではの気配を消した走法で、
鉱山町ロックラウンドへの侵入に成功した。