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無メイの乖離  作者: いすた
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4-2  ロン・アムニス

『ダルマック将軍が決起し、保守派が首都リングルスを武力制圧した』


この報告が近隣の街であるグリースレリアに届いたのは、無メイの乖離の使徒を名乗る者達が討伐されたからわずか2時間後の事だった。

命からがらリングルスを脱出してきた兵士は血まみれの体で門番に伝え、役目を終えると同時に息を引き取り。

グリースレリア軍本部の会議室では今、緊急対策会議が開かれ、広い会議室の議長席には軍団長にしてリンクス最強の老騎士ボンズが立ち。

それを囲むように各師団の指揮官が集められ。

その端の席には特別参考人として呼ばれたアズキと、無メイの乖離おもてなし部隊の団長ヴェイグも参加しており。

召集した全員が集まるなり、ボンズはすぐさま会議を開始した。


「諸君らもすでに知っての通り昨晩。

 保守派の代表であるダルマック将軍、いやダルマックは決起し、軍事クーデターを起こしおった。

 保守派が率いる戦力は一晩でリングルスを占拠し、街の全機能は奴らに掌握されておる」

「首都全てを、でありますか?

 軍団長、保守派がいかに戦力を集めようと、今の保守派の状況、ダルマック将軍では5000も兵を集められないでしょう。

 リングルスは人口50万の大都市です。その数で全体を、それも一晩で占拠など―」

「ダルマックの下に集まっておるのは正規軍だけではない。

 あやつは周辺に潜んでいた野盗や傭兵崩れを雇い、総数1万を超える兵力でリングルスを占拠しておる」

「この短期間で1万!? それも野盗ですと!?」

「では、首都は今・・・」

「食うに困っていた山賊連中じゃ、これを恵みとばかりに街を蹂躙しておるらしい。

 奴らとは、略奪行為を認める事で契約したと見える」

「なんということを・・・、ダルマックめ! 賊に民を売るなど!?」


それが軍人のする事かと、怒りに憤り、テーブルを殴りつける軍人達。

首都を好き放題にさせる事を報酬に、即行で戦力を用意したのだろう。

確かに略奪は最も効率的な報酬だ。

勝者が敗者から物を奪って何が悪いという単純な考えで、さらに雇用者側も報酬を捻出する必要が無いなどメリットも多く、

人の歴史においても数え切れないほど行われており、略奪という行為自体はその有用性を幾度と無く証明している。

だが同時に大勢の人々を苦しめる、人の道を外れた外道の所業。

自国の国民が今も悲しみにくれているとなれば、軍人たちが黙っていられるはずもない。


「ボンズ閣下! 今すぐにでも兵を起こしましょう!

 逆賊ダルマックを討たねばなりません!」


出兵を提案し、席から立ち上がって今にも走り出そうとする軍人達。

その気持ちはわかると、ボンズはジェスチャーでそれを落ち着かせて。


「わかっておる。

 だがこの町に駐留しておる外国軍を放置はできん。

 グリースレリアから出せる戦力は2000、これが精一杯じゃ。

 それを補う為に他の領地にも伝令をだして兵力をかき集める算段はしておるが、合流を待っている時間は無い。

 厳しいが、2000の兵力で我らグリースレリア軍は先行する」

「「「「了解!」」」」


それから軍人たちは、具体的な作戦立案に移っていく。

その中でもリンクス最強の騎士の一人であるボンズの作戦案はさすがの一言であり。

1万の敵を相手に2千の兵で挑む不利を物ともせず。

かといって無謀に兵を使い捨てる事もしない老将軍がどれほど頼りになる存在かよくわかる。

兵法にはそれなりに精通しているつもりだったアズキも、ボンズの手腕に驚かされながら、会議の邪魔にならぬよう、小声で隣にいるヴェイグに話しかけ。


「こりゃまたすごいカリスマおじいちゃんっすね。

 この人が保守派に居たら、改革派もまずかったんじゃないっすか?」

「実績、人脈共にリンクスでも随一の方ですからね。

 もしあの方がダルマック将軍と友好関係にあったのなら、そもそもリンクスは分裂していなかったかもしれません」

「ふ~ん、仲悪いんっすか」

「お2人ともリンクス最強の三騎士リンクガルズのメンバーではありますが、大戦中から意見があわず。

 その仲裁に同じリンクガルズのマズガルタ様が入っていた事でうまくやっていたようですが。

 マズガルタ様が亡くなってからは、対立の溝は深まるばかりですね」

「どういう食い違いなんっすか?」

「ボンズ軍団長は人柄に篤く、例え敵であっても無用な殺生はせず。

 戦火が広がらない事を第一に考えております。

 対してダルマック将軍は勝利のために味方の犠牲もいとわない方です。

 最大の効率を持って犠牲を最小限にし、被害は多かったものの、それに見合うだけの数多くの国民を救ってきました。

 お2人の思想の違いが、戦後になってリンクス連邦が改革派と保守派にわかれたのは、ごく自然な成り行きでしたね」


ただボンズは政は苦手なため、改革派の代表はボラール大臣だったと注釈を付けるヴェイグ。

ではそのボラール大臣はどうなのだろうか?

おそらくもう生きてはいないだろうその男の事を、アズキは良く知らない。


「で、ボラール大臣は何を焦っていたんっすか?」

「焦っていた、と申しますと?」

「自分の部下達を、アイツへの接待を口実に首都から追い出して。

 もぬけの殻の中央政府で好き放題しようとしたら、敵対勢力に寝首をかかれましたとかアホもいいとこっすよ。

 けどボラール大臣の悪い噂を聞いた事はないっすから、なんで今回ばかりはそんな下手を打ったのか? ってことっす」

「なるほど、焦ったというのはあるかも知れませんね。

 私も全てを知らされているわけではありませんが、お教えいたしましょう」


ここまで内乱が拗れてしまっては、黙っている必要も無い。

ヴェイグは今回の件を暴露する。


「まず土砂災害の件ですが、状況を見る限りボラール大臣の仕業とみて間違いはないでしょう。

 無メイの乖離が土砂災害の件を調べに来る事は事前に予期されており、

 そこで彼の者は工作に使われた大砲の金属片を発見。

 詳細を調べるために首都リングルスへと向かう。

 あの方がリングルスにいらっしゃれば、ダルマックはもう軍事行動を起こせない。 

 その間にボラール大臣が大統領に就任するという計画だったようです」

「ふぅん、アイツの行動パターン、結構把握してるんっすね」

「失礼ながら、単独行動をされるあの方の行動パターンは読みやすく。

 それを前提にした計画でした。

 が、今回ばかりは大きなイレギュラーが発生いたしました」

「イレギュラー?」

「ええ、まさかあの方が誰かと行動を共にしているとは、誰も思いもしておりませんでした」


基本的に人は一人の場合、行動パターンは単純化されるものだ。

それ故に読みやすく、計画も練りやすかったのだろう。

だが、そこに介入する者が居れば話は違う。

人が複数集まれば、その行動パターンは倍になる程度ではすまない。

無メイの乖離は常に一人で動いていたものが、リンクスにやってきて同伴者を増やした事は大きな誤算だった。

つまり、アズキと茶歩丸の存在である。


「無メイの乖離はその気になれば、一ヶ月もあればリンクス連邦の領土を横断できる移動速度があります。

 ですが、あの方は貴方と出会ったことで歩行速度を合わせ。

 普段なら1日で行えるロックラウンドとランジベルの移動に4日もかけ、グリースレリア到着までも、道中押し寄せる他国の使者団を振り切りませんでした」

「あいつがあまりにもゆっくり移動するから予定が狂った、と。

 でもそれは先週の話っすよ。

 それだけの時間があれば調整できたはずじゃないっすか?」

「ええ、不測の事態がある事はもちろん考慮されており。

 いくつかの計画修正は実際行われました。

 今だから申し上げますか、ランジベルからグリースレリアへの移動の際、わざと馬車の移動速度を遅らせて準備の時間を稼がせて頂きましたのもそのためです」

「なるほど。じゃあ、道中他国の使者団連中がいざこざを起こしていたのも?」

「他国の使者団のうち、いくつかはボラール大臣が招き入れた者達です。

 連絡を受け、おそらくわざとトラブルを誘発していたのでしょう」


ヴェイグの口ぶりからするに、彼も計画の全貌を知らされていたわけではないようだ。

他国の使者団のどこがボラール大臣と繋がっているかは知らないのだろう。

だが、知っている限りの事をアズキに伝えようとしている。


「あの方がグリースレリアの到着する前日、政権を完全掌握する準備は完了しました。

 無メイの乖離が首都に到着すれば、武力以外の政治カードを持たないダルマック将軍の権力は無力化できます。

 急ぎ首都へと向かわせるため、土砂崩れの真犯人が判明したと情報を公開。

 これまでの無メイの乖離ならば、この時点でグリースレリアに立ち寄る事もせず急いだ事でしょう。

 ですが、あの方はこの街に留まり、様子を見る事にされたのです」


これまでの無メイの乖離の行動理念は、戦争の兆しがあればすぐに駆けつけるものだった。

真犯人とされた保守派が強攻策にでる可能性が高い事は察していただろうに。

だが、彼は”様子を見る”とこの街に3日の滞在を決めた。


「アイツは、状況がわからないから様子を見るって言ってたっす」

「あの方お一人ならば、強引にでも首都へ殴りこんでダルマック将軍から聞きだしたでしょうが。

 おそらく、貴女に危険が及ぶ可能性を考慮されたのではないかと」

「・・・・・・・・・」

「自分を守ってくれる予定だった最強の傭兵がいつまで経ってもやってこない。

 一人で思い通りに事を進めるため、部下達はほとんど追い出してしまった事が裏目に出た。

 ボラール大臣はさぞ焦り、外国の軍に至急首都に来るように伝令をだしたものの、不用意な行動をダルマック将軍に察知され。

 将軍のリンクスを守るというプライドを刺激してしまい、選択を迫ってしまった。

 黙って外国人に連邦を掌握されるか? それとも首都を生贄にして己の尊厳を守るか?

 彼がそのどちらを選ぶかなど、ボラール大臣なら予想できていたでしょうに」


もう少し頭の良い男だと思っていたと、呆れた口調でつぶやくヴェイグ。

話を聞けば聞くほど今回の件、状況を悪化させているのはボラール大臣だ。

この様子だとランジベルの土砂崩れを仕掛けたのもボラールで間違いはないだろう。

あの男は無メイの乖離を呼び寄せて政権獲得に利用しようとし、失敗して殺された。

さらに混乱に拍車をかけるのはダルマックだ。

戦力不足を補う為に、守るべき民を犠牲にして盗賊連中を戦力に組み込むなど正気の沙汰ではない。

ただ、それ故に不可解な点があるとヴェイグは気づく。


「しかし、クーデターのタイミングが良すぎますね」

「・・・さっきの事っすか?」

「ええ、無メイの乖離の使徒などと驕った連中の登場。

 そのすぐ後にたどり着いたリングルスからの伝令。

 無メイの乖離に動かれないようにと、まるで計算したかのようなタイミングです。

 私が知る限りダルマック将軍はそういう計略を仕掛けるタイプではないし。

 彼の側近にもそういう類の軍師は残っていないはずですが」


今回の件、ダルマック以外の意志が絡んでいるとヴェイグは分析している。

鋭いなと、アズキは心の中で彼の洞察力に舌を巻く。

彼女は知っている、ダルマックの側に居るのは、「オボロ」という自分と同郷の男の存在だという事を。

つい一時間前の事、アズキが使っているコテージの扉に、手紙を縛り付けた矢が刺さっていた。

矢羽こそこの地方の鳥のものだった、加工の仕方に見覚えがありすぎた。

慌てて手紙を開き、書かれていた文面は。


『首都リングルス、コルキス城にて待つ。

 宝刀・紫百合を持ち、慈恵アズキ一人で来る事。

 3日以内に現れぬ、もしくは条件を守らぬ場合。

 次はロックラウンドにて契約したあの幼子が死体になって発見されるであろう』

(オボロ・・・アンタって奴は・・・!)


おそらく随分前に、アズキがこの地方に来ている事を知ったのだろう。

いざ始末しようとしたら、すぐ側に最強の傭兵が居て手出しが出来ず。

アズキをおびき出すために取った行動が、かつて名無しの少年が救った者達を目の前で殺すなどという所業。

オボロはアズキを始末するという目的のためだけに。

ダルマックに取り入って無関係な人々を利用した。

あの男は目的の為に手段を選ぶ男ではない事は、良く知っている。

アズキの険しい表情に何かを感じたのか。


「アズキ殿には、なにか思いあたる事でも?」

「・・・少なくとも、頭のキレる奴が向こうには居るって事っすね」

「そのようですね」


アズキは何か知っていると、ヴェイグならばすぐさま気がついた。

事が事だけに詰問は避けられないかとアズキは身構えるが。


「―では、いくつか意見が出揃った所で今回の作戦に参加してもらう特別軍師を紹介させてもらう。

 ヴェイグ君! こちらへ」

「はい」


ボンズに呼ばれ、会議室の中央へと向かうヴェイグ。

去り際に何か言いたげな視線を向けられ、内心で助かったと安堵するアズキ。

各部隊長は見覚えの無いゲストの顔にざわついており。

その反応は当然かと、ボンズは説明に入る。


「さて、皆が見知らぬ者なのも無理はない。

 彼はヴェイグ・ロン・アムニス君だ」

「ろ、ロン・アムニスですって!?」

「英雄ハンクスの直系の家柄ではありませんか!?」


会議場が一斉にざわめき、アズキも驚きを隠せない。

只者ではないと思っていたが、まさかリンクス連邦建国の英雄の子孫だとは。

いや、そんな人物がどうして、おもてなし部隊の団長なんかしていたのか?


「うむ、これまで名を隠して各国を巡り、あらゆる知識を学んでもらっており。

 今は無メイの乖離のもてなしをしてもらっていたのだが。

 事態が事態の為、今回の作戦に参加してもらう事になった」

「皆様はじめまして、若輩者が大きな顔をする事を良しを思われない方もいらっしゃるでしょうが。

 今はこの国の存亡をかけた危機です。

 私も祖父と偉人達が築き上げたこの国を失いたくはありません。

 この身に代えましても、この国を救いたいという気持ちは皆さんと一緒です。

 全てはこのリンクス連邦のため、この身命を賭す覚悟です」


謙虚ながらも真摯なヴェイグの言葉に、拍手で迎える兵士達。

それから続く会議も急ぎではあるが、つつがなく進んでいく。

それでも楽な戦いではない、戦況は以前としてダルマック軍が有利だ。

アズキにとっては他所の国の事だから関係ないとはいえ、心情としては彼らに勝ってほしいと思う。

・・・いや、今自分が考えるべきはこの国の行く末ではない。

 

(・・・あの男をなんとかしないと)



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