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無メイの乖離  作者: いすた
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4-1  クーデター

日は少し遡り、グリースレリアに無メイの乖離の使徒を名乗る者達がやってくる前日の夜。

リンクス連邦首都、現在はリングルスの中央政府庁舎になっているコルキス城。

そこに忍びこむ一人の、いや、一匹の姿があった。


「ったく、ザルな警備しやがって。いくら戦後にしたって平和ボケにゃまだはえぇだろ」


夜間見回りの警備兵たちの目を容易くかいくぐりコルキス城の壁を跳ねる様に登るのは、アズキの能力によって自我を与えられ、忍びの術を学んだ狸、茶歩丸。

ここはリンクス連邦の中でも最重要である、言わば国の中枢だ。

いくら深夜であろうと警備は厳しく、目指す城の最上階にたどり着くのは容易ではないと思っていたのだが。

気配殺しの極意、気殺を使っているとはいえ、あまりにも警備が雑すぎるのではないか?

彼の生真面目な性格故に、こういったサボり根性はあまり好ましくは思えず。

愚痴をこぼしながらも、次期大統領候補であるボラール大臣の執務室がある最上階を目指す。

進めば進むほど、潜入最初こそリンクスの兵士達の体たらくに不満を感じていたが。

その疑問は、目指す場所に近づくに連れてさすがに不自然と感じられた。


「近づくにつれて警備が薄くなってやがる。

 それにこの臭い・・・血か?」


それも国の中枢を担う大臣の執務室の近くで。

ここまで争った形跡はなかった事がかえって嫌な予感を加速させ。

茶歩丸が急ぎ曲がり角を曲がった先に見えたのは、執務室の大きな扉の前に転がる、衛兵2人の死体。

刃物でざっくり体を切り裂かれており、深くも鮮やかな切り口は、達人の技でつけられたものとわかる。


(・・・中か?)


息を潜めて僅かに開かれた扉の隙間から覗きこむ茶歩丸。

争う音と声に、穏やかではない雰囲気で対峙する2人の男。

両者の表情は対象的であり、恐怖で狼狽し腰がひけている男と。

その眼前に、赤い血のしたたる大剣の切っ先を突きつける男。


『ダルマック! 貴様、こんな事をしてただで済むと思っているのか!?』


その顔を茶歩丸は知っていた。

事前に肖像画で確認しておいたこの国の重鎮。

ボラール大臣とダルマック将軍の2人だった。

剣を突きつけているのはダルマック将軍。

刀身にべったりとこびりつく鮮血は、すぐ傍に横たわる衛兵のものだろう。

もはやいちいち確認するまでもない、明確な殺意の現場だった。


『それはこちらの台詞だ大臣。

 無メイの乖離の国内出現に便乗しての外国軍の侵入。

 貴様の企みである事は調べでわかっておる。

 自国の軍を解体し、他国の軍を招きいれてこの国を売ろうなどと!』

『これはリンクス連邦を立て直すための政策だ!

 軍事費を戦災復興に回せば、いったいどれほどの民が救われるか!?』

『そして雇った他国の軍、外国の議員を重用してリンクスを切り売りするか。

 やはり国外生まれの貴様を大臣とした前大統領の判断、誤ちであったわ!』

『この国がこれまで、国として機能していたのは誰のお陰と思っている!?

 貴様のような戦うしか脳のない男が―』

『だからこそ、武を持って悪を挫くのだ!!』


一条の剣閃がボラール大臣の首筋を奔り。

大統領の座を目指した男は後一歩の所でしくじり、苦悶の表情を浮かべた首だけが絨毯の上に転がる事となった。

剣を振って血糊を払いながらダルマックは振り返り、背後に控えていた男に問いかける。


『オボロよ、首尾はどうなっている?』

(オボロだと!?)


思わず声をだしそうになったのを堪える茶歩丸。

この辺りではまず耳にしない倭本の人名で、アズキと茶歩丸が居た忍軍の幹部の一人。

ダルマックの問いに、影からスッと現れた姿は黒尽くめの忍装束。


『外国軍が国内に侵入するのに紛れ、ルーンネイトで宗教改革をせんとする主義者たちを手引きしました。

 明朝には、グリースレリア北の村を襲いましょう』

『フン、無メイの乖離が神そのものと主張するか。

 あれほどの武勲をあげれば無理からぬ事だがな。

 しかしまぁ、よくもこの短期間に周辺諸国の内情を調べたものよ、恐ろしい男だ』

『諜報こそが忍の真髄。

 自分がかつて守った者が、今守ろうとしている者を襲う。

 情で動く青二才には堪えましょう』

(なんだと!? ちっ、すぐにアズキに知らせねぇと!)


あのオボロという男、倭本に居たときからの知り合いだが、当時からロクな事をする男ではなかった。 

なんのつもりか知らないが、無メイの乖離に何かを仕掛けようというのか。

こうしてはいられない、すぐにでもグリースレリアへと戻り、アズキ達に知らせなければ。

急いでここを去ろうとした茶歩丸だったが。

執務室を覗いていた視線が、オボロと交差してしまった。


『―ふむ、ネズミが一匹、いやタヌキがこちらを覗いておりますな』

「やべっ!?」


一目散に退散しようとした茶歩丸だったが、この場にいる忍軍はオボロだけではなかった。

通路のあちこちから忍達が出現し、茶歩丸に襲いかかってくる。

その数7人、狭い通路にも関わらず呼吸を合わせ、猿かの如く接近し取り囲む。


「ちっくしょう! はやくあいつらに知らせてやらねぇといけねぇってのに!?」


マフラーからクナイを取り出して応戦する茶歩丸。

体は小さくとも彼自身の戦闘能力は忍軍の中でもかなり高いほうだったので、

雑魚の忍程度ならば2,3人は軽くあしらえるが、7人ともなればその包囲網を抜ける事は難しい。

これがリンクスの兵士ならば気殺をつかって逃げれもしたが。

ここに居る相手は全員同じ教えを受けており、動きは筒抜け状態。

城をでてからも追撃は続き、首都リングルスを飛び出すも忍び達は尚も追いすがる。

その間に茶歩丸は無数の傷を受け、全身を刻まれながらも命からがら逃げ続けていると、彼らは突然追撃を止めてリングルスへと撤退。

すでに日付は変わり、昼を過ぎて大雨が降りはじめ。

助かったと大樹の下に身を預けて休む事ができた頃には、もう手遅れだと茶歩丸は確信する。


「なんとか逃げれたってより・・・、もう必要が無くなった・・・ってことか」


あのまま忍軍は追い続けていれば、茶歩丸を仕留める事はできたであろう。

そうしなかったという事はつまり、こんな事に時間をかける意味は無い。

事態はもう、茶歩丸ではどうしようもない所にきてしまっているという事だ。

全てはオボロの計略のうち。

あの男がいつからこの国に来ているのかは知らないが、ダルマックに無メイの乖離の対処を任されているようだった。

ならばその傍にいるアズキと茶歩丸に気がつかないはずが無い。

つまり数日間、こちらの居場所を知っていて、あえて仕掛けてこなかった。


「やべぇな、・・・こっちの手の内、読まれすぎじゃ・・・ねぇか」


奴の目的はわかっている、アズキを殺し、宝刀・紫百合を奪還する事。

だというのに、今の茶歩丸では何もできない。

状況は、最悪だった。

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