3-7 狂信者達
アズキは炊事洗濯などをしつつ情報を集め、名無しの少年は近隣の山賊団討伐や兵士達の訓練などを行い。
まるで家庭でももったかのようにながら穏やかに過ごして、3日目の事だった。
首都に偵察に行ってくれた茶歩丸がそろそろ戻ってきたら、彼の情報を元に今後の動きを決めようと、そんな相談をしながら2人で昼食をとっている時。
情報収集に飛ばしていた鳥が、グリースレリアの外の不穏な動きをキャッチした。
「―何かあったみたい、軍が動いてるっす」
「場所は?」
「北門のほうっすね」
最初はまた他国の使者団がまたイザコザを起こしたのかと思っていたが、彼らは東門のほうに集めてあるため、北門では場所が違う。
そして軍は街の外で、迎撃の準備をとり始めているのだから、ただ事ではない。
2人は念のため戦闘の用意をしてから、急いで北門のほうへと向かうと。
そこではグリースレリアの兵士達が慌しく、戦いの準備を進めているところだった。
何かが街に攻めてきている?
しかしその心当たりはない。
ここ数日で保守派の勢力は大きく衰え、軍を動かせるような余力はないはずだし。
リンクス連邦が改革派主導で足場を硬めはじめている今、
第三勢力が内乱を起こすメリットもない。
「いったいなんっすか? 山賊かなにか?」
「いや、迎撃の兵数は1000、山賊に出す兵力の数じゃない」
そもそも周辺に巣食っていた大きな山賊グループは昨日、名無しの少年が潰してきたばかりだ。
彼らが報復に街を攻撃に仕掛けているとしても、軍の動かす兵数がおかしい。
兵士達も行き交う中、無メイの乖離の姿に気がつきながらも挨拶する余裕も無く。
機材を馬車に運び込んで街の外へと運び出している。
と、彼がここに来ていると誰かが知らせたのだろう。
一昨日手合わせしたグリースレリアの軍団長、ボンズが2人の元へやってきて。
「無メイの乖離にアズキ殿!? どうしてここに来た!?」
「騒ぎを聞きつけたっす。なにがあったんすか?」
ボンズの態度と口ぶりからするに、彼には知らせない方向で事を進めていたのだろう。
しかしやってきたものは仕方がない、ボンズも忙しい身ながらも、まずは説明をしてくれる。
「ついさきほど、ここから北にある小さな村の村人が傷だらけでやってきての。
妙な集団が村を襲い、壊滅させられたらしい」
「妙な集団?」
形容の仕方に疑問を感じるアズキ。
村人といっても、辺鄙なところに住んでいるわけではない。
鎧を着ていれば軍と言うだろうし、山賊ならば山賊と言う知識はあるはずだ。
「村人が言うには、見た目はごく普通の庶民とかわらぬそうじゃ。
女子供、老人も混じっておるため、村人も警戒をせんかったのじゃが。
連中は”我々は神に選ばれた使徒である、神をお迎えするために参じた”と。
そう何度も叫びながら、村人に襲いかかったらしい」
「カルト集団・・・?
で、その連中がこっちに向かって来てるっすか?」
「うむ、こんな事は初めてでの、念のためできる限りの防衛陣を組んでおるが、いかんせん情報が足りぬ」
説明は終わり、おぬしの手を煩わせる事ではないとボンズはそう言い残して去って行く。
しかしそう言われて、はいそうですかと帰る2人ではない。
特にアズキには誰よりも優れた情報収集能力がある。
「アズキ、鳥を飛ばせるか?」
「うん、いま一羽向かわせてるっす」
視覚と聴覚を同調させた鳥を北のほうへと飛ばし、上空からその謎の集団を探しはじめるアズキ。
有効な距離は半径30㎞、その範囲内に、謎の集団とやらを発見した。
ボンズの言う通り、見た目はただの村人だ。
歳若い少女や、一人では歩けず荷台に乗せて運ばれている老人も混ざっており、
パッと見は亡命してきた民間人ぐらいにしか見えないが。
彼らの手には、真っ赤な鮮血を吸ったクワや伐採斧が握られており。
先頭を歩く若い男性達の衣服は返り血で染まっている。
その数は200人ほど、まちがいない、話に聞く村を襲った連中だ。
しかし、この集団が一体何なのかアズキには見当もつかない。
「主義者にしては旗を掲げてるわけでもないっすね。
ねぇ、アンタはわかるっすか?」
この地方で生まれて今日まで生きてきた名無しの少年ならなにかわかるかもしれないと。
彼の額に指をあて、その映像を見せるアズキ。
すると、名無しの少年の表情が一変する。
「!? ・・・な・・・なんで・・・どうして・・・!?」
目を丸くして驚き、声にならない言葉を微かに口にして。
明らかな狼狽を見せる名無しの少年にアズキも驚く。
そして、居てもたまらぬと、そのまま街の外へと走りだした。
「ちょ、ちょっと! どうしたの!?」
慌てて名無しの少年を追いかけるアズキ。
常人離れした走力についていくのは大変だったが、なんとかそれに食らいつき走り続け。
グリースレリアの防衛隊の陣も抜けて、一目散に謎の集団へと向かう名無しの少年。
やがて、動物を経由して見つけた、その集団の元へとたどり着く。
彼らはやってきた少年を見て。
「・・・おお! 貴方様は・・・!」
「無メイの乖離様・・・! 無メイの乖離様ぁ!!」
「我らが主、ケプクァトル神様! ようやく、ようやく貴方様の元に辿りつきました・・・!!」
嘆きながら号泣し、その場に崩れ落ちる者達。
ほとんどの者は言葉を発せないほど感極まっている。
その中から、やせ細った一人の若い男が現れ。
「・・・お久しぶりでございます、無メイの乖離様、いえ、ケプクァトル神!」
若い男も滝のような涙を流しながらも、深く頭を垂れ、再会の挨拶を口にする。
知り合いなのかとアズキが状況を理解しようとする横で。
そんな事はどうでもいいと、名無しの少年は。
「・・・何をしに・・・ここに来た?」
「はい、我ら貴方様に命を救っていただいた者達。
ケプクァトル神に選ばれし使徒として、お迎えにあがったのです」
疑問に即座に答え、名無しの少年の足元に跪く若い男。
「救われた者・・・?」
若い男の口にした言葉で、状況を察するアズキ。
彼らはロックラウンドやランジベルの住人のように、
名無しの少年が以前救った人々なのだ。
そしてヴェイグから聞いた言葉を思いだす。
ケプクァトル神というのは、北の大国、聖ルーンネイトで崇拝されている神の名だ。
彼らはなぜか名無しの少年をそう呼び、血まみれになってこんなところに居る。
「・・・俺は神じゃない。
貴方たちが望むような存在じゃない」
「いいえ! 貴方はケプクァトル神そのもの!
ああ、なんとお労しい、
受肉された際に過去の記憶を失い、まだ思い出せないのですね!?」
この男は何を言っているのだろう?
名無しの少年を、自分たちが崇拝する神だと本気で思っている。
そう、ヴェイグはこうも言っていた。
ルーンネイトでは無メイの乖離こそが神そのものであると信じる派閥が現れ、
宗教戦争が起ころうとしていると。
嫌な予感がする。アズキは名無しの少年の腕を引っ張り。
妄想に陶酔する若い男から離れるように彼に告げる。
「いったい何のつもりか知らないけど。
神様を崇めるために村人を殺すような連中が正気なわけない。
ねぇ、ここはグリースレリアの兵士に任せて―」
「け・・・ケプクァトル神に直に触れるとは、不敬なっ!!」
異常にギョロリとした目つきで、アズキに食ってかかる若い男。
飛び出して噛みつかんばかりの若い男の前に名無しの少年は立ちはだかり。
「やめろ。彼女は関係ない」
「どうしてですか!? この者は汚れた手で御身に触れ―。
・・・いや、まさかそこのお方こそ。女神フリアエ様ではございませんか?」
「はぁ?」
「ああ! なんと素晴らしい!!
神魔大戦にて死に別れた、ケプクァトル神が唯一愛したお方、
女神フリアエ様までも御降臨されているだなんて!!
この感動・・・どう言葉にすればよろしいか・・・!!
おめでとうございます! おめでとうございます!!
皆の者、この奇跡に感謝を・・・!!」
若い男が地にひれ伏すと、他の者も続いて頭を垂れ、地面を抉りかねないほど額を地にすりつけ。
・・・正気じゃない。この連中は狂っている。
アズキの心が危険だと叫んでいる、ここに居てはいけない。
「ねぇ! 下がろう!?
私達の言葉が通じる相手じゃない!!」
「だが・・・、いや・・・彼らは・・・俺が・・・」
名無しの少年が戦時中に救った人々。
戦災に巻き込まれて命を落としかけたその時、無メイの乖離に救われた。
彼らは喜び。感謝し。
いつしかその感情が信仰にまで発展してしまった者達。
名無しの少年に、見捨てる事ができる存在ではなかった。
「―全員、武装解除して投降してくれ。
貴方達が村を襲ったというのなら、その罪を償ってくれ」
「なにをおっしゃいます!?
あの者達は、いえ、この国の者達は貴方様を邪険にしながらも、
己の私腹を肥やすためだけに利用した大罪人でございましょう!?
ああ、お優しいケプクァトル神様!!
貴方様に頼る者全てを救おうというそのお心、とても尊いものでございます。
ですが! 我ら貴方様に命を救われた使徒。
今度はこのご恩をお返しする番、必ずや、不埒な輩を排除してご覧に入れましょう!」
聞いていて、嫌悪感に吐き気すら感じるアズキ。
どこまで都合よく、勝手な解釈をするつもりだ。
ここは強引にでも名無しの少年を連れて去るべきだと思ったアズキの耳に、多数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
グリースレリアの軍か? いや、迎撃の戦力に騎兵は居なかったはずだ。
遠くから近づいてくる、馬を駆る兵士達の鎧は様々。
掲げる軍旗も多種多様で、統一性が無い。
あれは・・・、外国からやって来た無メイの乖離への使者団だ。
「無メイの乖離を脅かす蛮族共よ!!
彼の者の手を煩わせるまでもない! 我らで彼奴らを片付ける!」
「無メイの乖離! お下がりください!!
ここは我らバングジェルト王立騎士団が―!」
「でしゃばるな田舎者!! 無メイの乖離の御前で武勲をあげるは、我らコープスぞ!!」
混ざり合った各国の兵士達が、我こそはと自国の名を叫びながら、突進してくる。
今では何千と集結しつつある外国の兵士達は、無メイの乖離の勧誘に手応えがない事に焦り。
目の前で蛮族を倒す事でその力を示すため、どこかの国が兵をだし、出遅れるなと続々と続きはじめ。
その数は2000もの軍勢となって押し寄せてくる。
リンクス連邦に彼らへの命令権は無い。彼らは使者としてやって来た外国の軍だから、
グリースレリアの軍団長、ボンズは止められなかった。
勝手にやってきた外国の兵士達に、若い男はヒステリックな叫びをあげ。
「なんという・・・、あのような節操の無い者達が、
恐れ多くもケプクァトル神の庇護を受けようなどと!
皆の者! 数で劣ろうが恐れる事はない!
我らには、偉大なる軍神のご加護がある!!」
ウヲオオオオオオオオオ!!!!
農具を武器とするただの平民達は、恐怖など一切感じず、騎兵達へと真正面から立ち向かっていく。
勝てるはずが無い、神の加護などこの世界に存在しないのだから。
「やめろ!! 全員、武装解除して投降してくれ!!!」
名無しの少年による2回目の勧告も届かない。
そして両者は激突し。
200と2000、10倍の差を前に数で劣る者が太刀打ちできるはずもなく。
彼の目の前で、かつて自分が守りたかった者達の体は、蹄に踏み潰され、剣で斬り裂かれ、槍に串刺されていく。
「ダメ! 見ちゃダメ!!」
その光景を見せまいと名無しの少年を抱きかかえようとするアズキだったが。
悲しいかな、その力は彼を動かすにはあまりにも非力だった。
そしてまた目の前で、一人の少女の体が槍に貫かれ、放り捨てられる。
顔中にあざを作ったその娘の事を、名無しの少年は覚えていた。
『―ありがとうございます、無メイの乖離』
救われた事への感謝を、一輪の花と共に告げた少女は、死の瞬間に彼と目が合い、痛みも忘れて微笑んでいた。
兵士達による蹂躙は、10分もかからなかった。
信仰する神の目の前で死す事は栄誉だと思い込んだ彼らの亡骸は、すべからず笑っている。
「・・・どうして?」
これまで、ただ誰かを救いたいという願いだけを持ち、そのために何万もの敵を切り捨ててきた。
それが間違いだと大勢の人間に言われても、それでも貫き通した結果がこれか?
グリースレリアの軍団長は友を殺されても尚、悪くないと言った。
今自分を抱きかかえようとする優しい少女は、癒してあげたいと願ってくれた。
「あ・・・ああ・・・」
大量殺戮という大罪を犯した悪鬼が、許される資格など無いのに。
「うあああああああああああああああああああ!!!!!!!」
これが罰と言うのなら、なんと無常なのだろう。
いつのまにか大粒の雨が降りはじめたこの場所に、許されざる罪を背負う少年の、悲しい慟哭が響き渡った。
『ダルマック将軍がクーデターを起こし、リンクス連邦首都、リングルスを占拠した』
それから数時間後、首都リングルスからやって来た傷だらけの伝令はそう告げて、息を引き取った。
ここにきてリンクス連邦には、戦時中にも無かった混乱に包まれるのだった。




