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無メイの乖離  作者: いすた
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3-6  過去語り

「ふんふんふ~ん♪ ふっふ~ん♪」


楽しそうに鼻歌で故郷の歌を奏でながら、キッチンに立つのはアズキ。

いつもの忍び装飾の上からエプロンを羽織って、鍋をお玉でかきまぜ、買ってきた調味料で味付けした汁を小皿にとってすくい、一口。


「―うん、いい味♪」


牛肉とじゃがいもを中心に、いくつかの野菜を出汁で煮込んだアズキの故郷の料理。

『肉じゃが』はできあがり。

他にも『出汁巻き卵』や『しょうが焼き』など、このあたりで手に入る食材を用いて、可能な限り故郷の料理を再現した夕食達をテーブルの上に並べるアズキ。


「手伝おう」

「いいから、あんたは座ってて」


それを手伝おうと思った名無しの少年だったが、ピシャリと制止されてしまう。

こうして料理を用意する事がとても楽しいらしく、邪魔はしないでほしいようだ。


「さすがにこの辺に白米はなかったっすけど、たまたま行商人が麦米扱っててよかったっす」


やはり和食といえばご飯だと、故郷の定番をある程度揃えられてご満悦なアズキ。

準備完了、エプロンをハンガーにかけて、名無しの少年とはテーブルを挟んだ反対側に座る。

テーブルの上に並べられた料理は2人分。茶歩丸はまだ帰ってきていない。


「・・・茶歩丸は?」

「今朝手紙が届いたっす。いま首都のリングルスのほうに居るらしいっすよ」

「リングルスに?」

「首都行きの馬車に乗り込んで、今日の朝にはついてたらしいっす」


茶歩丸は茶歩丸でいろいろ動いてくれているらしい。

その理由は言わないが、なんとなく察せるアズキ。

それよりもと、アズキはパンッと手を打って。


「さぁ、せっかくの料理、冷めちゃう前に食べるっす」


アズキが腕によりをかけた故郷のごちそうだ。


「いただきます」

「いただき・・・ます?」


どうやらアズキの国の習慣らしいので、とりあえずそれに従って名無しの少年も声をだし。

手元に置かれた2本の細い棒を持って、首を傾げる。


「これは?」

「『箸』っす。

 こう、上の一本を親指と人差し指と中指で。

 下の一本は親指の付け根と、薬指に乗せて」

「アズキの故郷ではこんな道具を使うのか・・・。ん・・・難しいな」

「あはは、まぁ慣れないうちは、スプーンとフォークのほうがいいっすよ」


国の者でも上手く使えない者がいるぐらいの道具だ。

使いこなせると万能な道具なのだが、慣れが必要なためそうすぐに覚えられるものではない。

今日のところはスプーンに持ち変えて、まず肉じゃがを口に運ぶ名無しの少年。

この辺りではあまりない味付けに、最初は違和感を感じたようだが。

少し口の中で吟味すれば、優しい口当たりが美味。

じーっとその様子を眺めているアズキと眼があって。


「・・・おいしい」

「ふふん! あたしが腕を振るったんっすから、当然っす!」


照れ隠しにふんぞりかえりながらも。

自分の味付けが彼の口にあった事に、満面の笑みを浮かべるアズキ。

名無しの少年はもちろん知らないが、これらはアズキの故郷では家庭料理の鉄板とされ、

とくに肉じゃがは、意中の男性への好意を示すものとなっている。

それを美味しく食べてもらえている事にコッソリガッツポーズ。

食べすすめていく中、麦飯の米粒が彼の口元についてしまっているのに気がついて。


「ほ~ら、おべんとついてる」

「おべんと?」

「あ~。あはは、はい」


ローカルすぎる表現かとから笑いを浮かべながら、米粒を指でつまんで、自分の口元に運ぶアズキ。

新婚の定番すぎるだろうと脳内の冷静な自分がツッコミをいれているが、今は乙女な自分が主導権を握っているのだから、彼女には自重してもらおう。

そんな終始和やかな雰囲気で終わった夕食の後。

2人はソファに並んで座り、過ぎていく時間をゆっくりと感じていた。

しばらくの沈黙を破ったのは、珍しく名無しの少年のほうからだった。


「・・・アズキは、どうして旅をしているんだ?」


故郷の料理を食べて興味が沸いたのだろう。

アズキの話が聞きたいと、彼はそう言ってくれた。


「ん~、いろいろ理由はあるっすけど、一番の理由は、これかな」


少し悩んでから、アズキは肌身離さず持ち続ける腰の刀を持ち、見せつける。

これまでの戦いでアズキが使っていたのは腰の後ろにある小太刀で、

この刀を鞘から引き抜いた事は一度もない。


「この刀は、私の家に代々伝わる、宝刀『紫百合』。

 不思議な力があってね、ある条件がないと使う事ができないの」

「使う事ができない?」

「うん、まぁ、引き抜けないっていったほうがわかりやすいかな。

 私も使えないんだけどね。

 ・・・この世界でこの刀を使えるのは、私のお母さんだけだった」


深い想い入れがあるのだろう、語る口調にいつもの語尾がなく、一人称も私になっている。

気づいているのか、いや、本当に大事な事だからちゃんと話をしたいのだろう。


「私のお母さんは、優秀な忍だった。

 動物を扱う能力も私よりもずっと強くて、それに優しい人だった」

「母親も、その能力を?」

「うん、この動物を操る能力なんだけど、私の家系の長女にしか受け継がれないらしいの。

 忍っていうのは国の命令での諜報活動や暗殺が主な任務だから。

 動物を扱っての情報収集、毒蛇を操っての暗殺、

 この能力はすごく便利だから、お母さんへの依頼は多くてね。

 いつも任務任務で、家にいる時間なんてほとんどなかった」


一子相伝の特殊能力。

他に代わりがいないとなれば、アズキの母を頼る者は多いのは当然。

だが、それ故に回されてくる仕事は危険なものばかり。


「度重なる任務の疲労にも関わらず、

 お母さんは無理矢理時間を作って私にも会ってくれて。

 たぶん休む時間なんてほとんどなかったんだろうなぁ。

 そして私が10歳の頃、お母さんは任務で命を落とした」

「・・・・・・・・・」


死んだ事はそれは仕方がない事だ。

任務で命を奪う者が、命を絶たれるのは必然。

だが、アズキが許せないのはその後だった。


「遺体は見つからなかった。

 ううん、探す事もされなかったの。

 私たちは隠密、生死を含む全てが影の存在。

 私が一番許せなかったのは、その時の父親の態度。

 あの男は、お母さんが死んだっていうのに涙ひとつ流さなかった。

 涙を我慢しているんじゃないの、ただ、優秀な忍の一人が減った、そんな認識でしかなかった」


親子の情。家族の絆。

あまりにも希薄で、それすらも忍びの掟と割りきっていた父親をアズキは憎んだ。

さらに父親のその後の行動は、親子の関係にさらに軋轢を生む。


「そして動物を操る能力を唯一もつ私は、貴重な存在として隔離され、山奥の屋敷に幽閉されたの。

 忍としての訓練を受ける一方で、絶対失ってはいけない血の持ち主として自由を奪われ。

 私は、次の命を育んだ後は、この能力を使って使い捨てにされる役目を背負わされた」

「アズキは、嫌だった?」

「・・・うん。

 私が忍の訓練を受ける一方で、私の婿の選抜なんて勝手な事もされていたの。

 この能力は一子相伝、ならば優秀な忍の子供を私に生ませようってね。

 ほんと、気持ち悪い」


吐き気を催す嫌悪感とともに言い捨てるアズキ。

抜け忍になると、そう決意させた理由には十分だった。


「もうあの国には居たくなかった。

 お母さんを使い捨てただけで飽きたらず、それを罪と思わずにまだ繰り返そうだなんて。

 それで、このお母さんの形見の刀を盗み出して、私は抜け忍になったってわけ」

「・・・・・・・・・」


アズキがたまに見せる集団心理への嫌悪感は、そういう生い立ちからきている。

自分を道具にしようとした連中を許せない。

これが旅にでた理由だとアズキは、暗くなっていた空気を吹き飛ばそうと笑い。


「私の話はこれでおしまい。

 ねぇ、今度は貴方の話を聞かせてよ」

「・・・俺?」

「ほら、昨日言ってたじゃない、大切な人の事」



実はずっと気になっていたアズキ。

人とまったく関わろうとしないこの少年が言う大切な人。

それも女性となれば、気にするなというほうが無理だ。

自分だけに話をさせて言い逃れはするなと軽くおどけていうアズキに、

名無しの少年は、ゆっくりと語りだす。



「俺は、自分がどこの誰だか知らない。

 物心ついた時、俺はある研究施設に居たんだ」

「研究施設?」

「アズキは『天の滴』というのを聞いた事はあるか?」

「てんのしずく? ううん」

「・・・空から落ちてくる、不思議な力の結晶。

 それは人に、人為らざる力を与えるという」

「っ!?」


人ならざる力、何を示しているのか確認するまでもない。

自分の生い立ちの代わりに聞くには、大きすぎる内容だと察したアズキだが。


「・・・うん、聞く覚悟はある」


聞かなければならない、いや、語る事を望んだ彼に応えたい。

名無しの少年はありがとうと小さく感謝を告げて、次を語る。


「数十年に一度現れると言われている天の滴を回収したのは、ある国の研究者だった。

 話によれば、この国の英雄ハンクスも天の滴の力を得て、そのカリスマ性で人心を集めたらしい。

 それを知っている研究者はこの力を兵器として転用できないかと考え。

 あらゆる手を尽くして子供の実験体を集め、日夜研究に明け暮れた。

 俺はその実験体のうちの一人だったんだ」

「それは、何人も居たの?」

「俺が覚えている限りでは30人は居た。

 ただ、その前にも何人か居たらしい。

 わかっている事は、集められた実験体の全員が、研究に耐え切れず死んでいるという事だけだ」

「死ぬ・・・?」

「天の滴には適合性がある。

 本来は適合しない者には触ることすらできないはずだが、研究者が無理矢理適合させようとした結果、

 その莫大なエネルギーに耐えられなかった者は息絶え、破棄された」

「・・・ひどい」


人の命を弄ぶ人体実験、名無しの少年はその被験者だった。

どこかアズキと似たような境遇にあるとはいえ、その比ではない。


「日に日に減っていく実験体。

 次は自分か、次は自分かと皆恐怖に震えて待ち続ける毎日だった。

 その人は、いつもそんな俺たちを励ましてくれていた。

 俺たちは彼女を『ミキお姉ちゃん』と呼んで慕った。

 ミキお姉ちゃんの慰めがどれだけ俺たちの心の支えになったのか、今でも彼女の声はよく覚えている」


名無しの少年が大切な人といった女性は、同じ実験体。

ふと、くだらない嫉妬を抱いた自分が恥ずかしくなるアズキ。

自分も実験体でありながら、同じ境遇の仲間を励ます。

いったいどれほどの精神力があれば為せる事なのだろうか。


「研究員もそれを知っていた。

 実験体は減り続ける中、ミキお姉ちゃんは実験体の精神を維持するために残され。

 最終的には、俺とミキお姉ちゃんだけが残った」


つらい思い出なのだろう、普段は感情を表にださない彼が、怒りを顕にする。

けれど名無しの少年は語る口を止めはしない。


「次の実験体はミキお姉ちゃんだった。

 俺は行かないでと叫んだ、俺が代わりに行くからと懇願したが。

 研究員はそれを許さなかった」

「・・・どうして?」

「実験体の数が減った今、ミキお姉ちゃんの役目は無くなったからだとあの男は言った。

 それと詳細はわからないが、俺はどこかの国の貴族の血族らしく、一応とっておけばそれなりの価値があるかもしれない子供だったらしい」


なるほど、顔立ちにどこか気品を感じさせるのは血筋の影響か。

ブロンドの髪もブルーの瞳も、他者を惹きつけるカリスマ性が色濃く現れた物。

ただそれも実験体としての優先順位を決めるにすぎなかっただろう。

そして彼の先に実験材料とされた少女もまた。


「ミキお姉ちゃんは俺の腕の中で死んだ。

 天の滴の実験で体の半分を失いながら。

 自分が皆の姉の役目をしていたのは、実験体として利用される事を後回しにされる事を知っていたからだと。

 自分が死にたくないから、自分より先に不要な者が殺されるために姉を演じていただけだと。

 申し訳なさそうに、悲しそうにそう謝るミキお姉ちゃんは最期に言ったんだ」


『戦争が無ければ、戦う力なんていらなかったのに。

 戦争が無ければ、私たちは自由に生きられたのかな?』


その言葉は、実験体の最後に残された名無しの少年の心に深く刻まれた。

胸を抑え、その言葉を反芻する名無しの少年。

アズキもその言葉の重さに共感をしながら、彼の心が落ち着くのを待つ。

しばらく黙っていた名無しの少年は、この話の最後を話し始める。


「最後は俺の番だった。

 成果があげられずに研究は中止命令をだされ、天の滴を別の組織に預けられる事になったらしく。

 研究員達は焦りに焦って、通常行うプロセスを大幅に短縮した博打をした結果。

 研究は最大の失敗を犯した」

「失敗?」

「生まれたのは怪物だった。

 巨躯を覆う何物をも通さぬ硬質な鱗。

 凪げば鋼鉄を引き裂く尻尾に、空を舞う鉤爪をもち。

 受けた傷はたちまち修復する不死の体。

 そして無尽蔵に湧きだすエネルギーを放つ、全てを焼く無命の光。

 研究員の失敗は、その怪物を制御する術が無かった事だった」


兵器とは、人が自在に扱えるからこそ兵器。

人の手にあまる武器を兵器とは言わない。

制御を受け付けぬ元実験体が最初に襲いかかった相手など、考えるまでも無い。


「隻腕の獣と化した俺は、研究員を一人残らず殺し尽くし。

 研究所もろとも、全ての資料を光で焼き払った。

 ・・・あとは吟遊詩人達が語る通りだ。

 俺は生きるためと、戦争を終わらせる方法を知るために傭兵になり。

 戦争で苦しむ人々を助けているうちに、いつしか無メイの乖離と呼ばれるようになり。

 殺して殺して、殺し続けて、気がつけば5万と8千人もの命を奪った大罪人だ」


これが無メイの乖離が生まれた経緯だと語り終える名無しの少年。

それがどれだけ辛い日々だったのか、アズキには想像しかできない。


「・・・この事を誰かに話したのは初めてだ」

「・・・そっか」


今までずっと、彼は一人だけでその思い出を抱えて生きてきた。

けれど、今は―。

名無しの少年の頭に手をあて、優しく撫でながら。


「・・・お疲れ様。大変だったよね?」

「・・・・・・・・・」


名無しの少年の過去を優しくねぎらい、包みこむアズキの心。

そのまま自然と彼の頭を膝の上に乗せて、撫であげていく。


「天の滴、私の動物を操る力もそう呼ばれるモノなのかもしれない。

 私たち、似た者同士だったんだ」

「そうみたいだな」


互いの辛さが分かち合える、大切な相手。

だからこそ、名無しの少年はそのままの姿勢で問う。


「君の故郷はどこにあるんだ?」

「ここからずっと東にあるところだけど、どうしたの?」


そんな事を聞いてどうするのだろう?

アズキの疑問に返ってきた言葉は。


「―俺なら、君を解放できる」

「・・・・・・・・・」


無メイの乖離の力を持って、忍軍を潰す。

見つからなければ、国ごと焼き払う。

名無しの少年の目はそう提案していた。

その申し出を嬉しいかと聞かれれば、「はい」とアズキは答えるだろう。

あの国は嫌いだ、二度と戻りたいとは思わない、どうなっても知った事ではない。

けれど。


「・・・止めておく。

 これ以上、貴方に人殺しなんてさせたくないから」

「俺は別に―」

「私が構うの」


もうあの国と自分は関係ないのだから。

そんな罪の意識を背負いたくないし、背負わせたくは無いとアズキは言う。

それよりも、これから先の事を話したい。


「ねぇ、名前つけてあげよっか?」

「名前・・・?」

「そ、いつまでも”貴方”じゃ呼び難いでしょ?

 スイレンの所の子供も言ってたじゃない。

 名前が無いのは帰る所がないからだって。

 私は、貴方の帰る所になってあげたい」

「帰る所・・・」


なんて心地よい言葉なのだろう、名無しの少年は尻尾をブンブンと振って喜んでいる。

ああ、可愛いなと、アズキも嬉しそうに微笑んで。


「いい名前、つけてあげるからね」


さぁ、これから一緒に歩むパートナーにどんな名前をつけてあげようか。

アズキはこれからの未来に想いを馳せ、心がポカポカと暖かい事が、心地良かった。























―心地よすぎて、浮かれすぎていた。

幸福に溺れていなければ、もっとはやくに対処できていただろうに。

その事件が起きたのは、それから2日後の事だった。

 


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