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無メイの乖離  作者: いすた
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3-5  特別訓練

その動き、流れる水が如く。

時にせせらぎ、時にうねり。

数多の刃をもってしても塞き止めること叶わず。

飛沫となって万敵を打ち飲み込まん。

最強の傭兵、無メイの乖離が数年前に見せた、ミンフヘイムの大水源での大立回りに魅了された吟遊詩人はそう語り、詠ったと言う。

リンクス連邦、グリースレリアの中央にある大闘技場では今。

語り部に嘘偽りの無い実戦形式の特別訓練が行われていた。

昨晩に無メイの乖離の伴侶(という認識は未だ覆っていない)からその提案があり、場を整えて開始したのが今日の朝方になる。

それから8時間、闘技場の円形リングの上で無メイの乖離は一度も休むことなく、

リンクス連邦の兵士達と、訓練への参加を希望した使者団の護衛達を含めた3000人を相手に、

ただの一度も攻撃を受けることなく、眼前の相手すべてをねじ伏せていった。


「無メイの乖離ぃ、覚悟ぉ!!」


兵士達が握るのは、刃が研がれた真剣だ。

普段は訓練の場合、非殺傷の模造武器が使用されるはずだ。

もちろん最初はそれを使用していたのだが、偽物では無メイの乖離の攻撃を受けきれずに粉砕されてしまい、これでは練習にならないと彼の許可を得て、実戦で用いる武器の数々が使われるようになった。

兵士達の中にはあわよくばここで無メイの乖離を始末しようと考えた者もいるだろうが、あえて語るまでも無く、逆に殺さないように手加減された事に感謝するハメになる。

この訓練は一般解放されており、観客席は一目無メイの乖離を見ようと群集が押し寄せて立ち見がでるほどの大盛況。

来賓用のVIP席には各国の使者団が集まっており。

大陸外からやって来た者には無メイの乖離の逸話を信じて居ないものも多かったが。

いまここで繰り広げられる、少年の無双には驚くしかない。


「これは・・・想像以上ですな」

「あらゆる武を超越せし最強の傭兵。

 是非わがボルトワーズにお迎えせねば」

「いや、彼の者の力は小国に収まるものではない。

 グルズ帝国の将としての地位こそが相応しかろう」

「勝手な事を!貴公ら大陸外の者達が出る幕など無い!

 無メイの乖離はミンフヘイムへご招待する! あの方は我が国のリンゴを大層お気に召していたのだ!」

「ほうリンゴか! ならば好都合!

 我が国のリンゴは至宝とまで言われるほどの蜜と甘さよ!」

「直ちに本国よりリンゴを運ばせよ!大至急だ、急げ!!」


VIP席でも繰り広げられる使者達の勧誘合戦もよそに。

3000人の兵士達を相手にする特別訓練はそろそろ終わりを迎え。

最後の一勝負を残すのみとなった。

闘技場に現れたのは。白髪に白髭を結わえた歳は70を超えている老人。

されど外見に年齢を感じさせない筋骨隆々とした上半身を顕にし。

急所を守る最低限の鎧に、両手に握るのは通常より短めの槍を2振り。

槍の名は『ルガーク』と『ライド』。

リンクス連邦に伝わる英雄譚、建国王ハンクスの部下として戦った双子の戦士の名で。

このリンクスにおいて、ハンクス英雄譚の人名を関する物は例外なく国の至宝である。

国宝を任されるほどの老人は、気さくな笑みを浮かべ。


「わしの名はボンズ。このグリースレリアの軍団長をしておる。

 無メイの乖離、わしの命があるうちにおぬしと戦う機会を得られた事、まずは感謝しよう」


ボンズ。リンクス連邦で知らぬ者はいない大英雄の登場に、闘技場全体が大きく揺れた。

彼は『リンクガルズ』という、連邦最強の戦士3人に贈られる最高の称号を持つ男。

リンクガルズのうち一人は残念ながら昨年戦死しており、最後の一人は保守派のダルマック将軍であるため。

事実上、この国に最後に残された最強の戦士だ。

その勇名は国外にも知れ渡り、VIP席の使者団のうち何人かも驚いている。

これまでの8時間で完膚なきまでに叩きのめされた兵士達も、生きた伝説の登場に。


「待ってましたボンズ閣下!」

「リンクス魂! 無メイの乖離に見せてつけてやってください!!」

「俺たちの軍団長!!」


軍団長という立場にしては兵士達の声援はノリが良く、この男の人柄の良さと部下からの信頼の篤さがよくわかる。


「長時間、わしの部下たちの稽古をつけてくれた事にも礼を言おう。

 もし疲労がたまっておるなら、しばし休んでもらってからでもかまわぬが?」

「・・・(首を振る)」

「ふっ、ポイント・ゼロにて幾日も不眠不休で戦ったおぬしには、無用な気遣いであったか。

 では、この老体へのハンデとして、ありがたく受け取っておくとしよう」


老体と自身を評しながらも肉体を覆う闘気はこれまで戦った者達の比ではない。

名無しの少年も構える、この人物は、侮って良い相手ではない。


「―ゆくぞ、無メイの乖離」


余計な前口上はいらない。

ボンズの全身の筋肉が膨れ上がったかのような錯覚の後、

体のバネを総動員した猛烈な突進。

そして両手槍による乱撃は、齢70を超えているなどまったく感じさせない鋭さと激しさがあった。

それを左の剣で受け止め捌きながら右の槍で反撃していく名無しの少年。

闘技場がさらに大きくざわつく。

この8時間、無メイの乖離と5合以上打ち合えた者は一人もいない。

凄まじい速度でその記録を更新し、10合、20合、30合と刃を重ねていく両者。

リンクス最高位の戦士の精強さと、弱冠18歳ながらも互角に渡りあう名無しの少年。

だがそれも長くは続かない。

先に怯みはじめたのは、ボンズのほうだった。


(なんという力よ。これがわしの三分の一も生きぬ若者のものか?)


両者の差を計ると、まずは力。

腕の太さは倍、体格を総合すれば1.5倍はボンズのほうが優れているが。

それにもかかわらず老将の全身に響く、この苛烈な力はなんだ?

単純な力だけではない。

名無しの少年の戦いは、右の十字槍による攻撃と左の剣による防御を主体としており。

ボンズの卓越した両槍の連携を、左手の剣は一本で完璧に受け流していく。

それに負けじと老将も長年培った技術を開示していくが、試合の優勢を傾けるほどにはならない。

力も技術も名無しの少年が上、現状ボンズが有利を取れているのは年齢による経験の勘と武器の性能の2つ。

とくに武器の性能差は顕著だ。

ボンズの使う2本の槍は、人間国宝が半生を費やして造り上げた究極の兄弟槍。

対して名無しの少年が扱うのは、それなりの形の鉄塊に頑丈な持ち手を括りつけただけの粗末な武装。

ただ頑強と交換性のみを追求した、傭兵らしいと言えば傭兵らしいものだったが。


(・・・しかるべき武器を与えたのならば、この身はとうに引き裂かれておるな)


無名と無銘の剣と槍のおかげで渡り合っている事をボンズは素直に認め。

それと同時に、そうでない場合どれほど彼は強いのかと興味が沸いて、それを振り払った。

この戦い、技量はともかく基礎体力が違いが大きすぎる。

加齢の問題もあり、持久戦は不利。

ボンズは打ちあいから一飛び距離をとってから。

己の莫大な闘気を両手の槍に収束させて。


「―今は、全身全霊を持って、我が奥義を放つのみ!!」


発する声と気迫のみで足元のリングを割り、閃光の如く飛びかかるボンズ。

放つのは、ハンクス英雄譚に記されるハンクスの友人、槍の名手グラーミから直々に受け継いだ技。

両手の槍から突きと斬りを同時に繰り出し、回避不能、防御不能の軌跡を描いた一瞬五連の必殺技。

『ペンタグラーミ』と名づけられた、槍術奥義。

2人の間に、金属同士の激突音が炸裂し、飛び散る火花が視界を覆う。

衝撃は巨大な闘技場全体を揺らし、両者が立つ石製リングにクレーターを抉り出すほどの物理破壊を生み。

そして、勝負はついた。


「・・・まさか、ペンタグラーミを防げる者が、この世におるとはな」


突き出した両手の槍の先端に重ねられた、名無しの少年の剣と槍。

彼はなにも特別な事はしていない。

ただボンズの奥義を上回る速度で、剣と槍を用いて防御行動をとっただけだ。

たったそれだけの行為だったが、ぶつかり合いから一拍の後、名無しの少年の剣が音を立てて砕け散る。

対してボンスの両槍も無傷ではないが、国宝だけあり戦闘続行に支障はない。

奥義を当てる事は叶わなかったものの、武器を一つ失った無メイの乖離の敗北に思われたが。


「・・・引き分けと強がりたいところじゃが、わしの負けじゃ」


ガックリと膝をついてその場に崩れる。

奥義を放つのは久しぶりだったのだろう、ゼェゼェと呼吸を乱しながら。


「まったく、少しは年寄りを労わらんか。

 老体にはいささか、堪える打ち込みをしおって・・・」


無メイの乖離の攻防は武器を通じて肉体に衝撃ダメージを与え続けていた。

ボンズはあと10年若ければまだ戦い続けられたのにと、悔しそうにも敗北を認める。

リンクス連邦最強の兵士ならもしかしたら勝てるかもしれない。

そう期待していた兵士達の失望は大きかった。

葬儀のような湿った空気に、ボンズは崩れ落ちた姿勢のまま声をあげた。


「何をしておる! 勝者を讃えぬか!!

 今日、我らと剣を交えたのは、この世最強の武人である!!」


勝者を讃えよ、それは敗者の役目である。

この8時間、手合わせした兵士達だけではなく、闘技場の人々全てが勝者を讃え、惜しみない拍手を送る。

これに一番驚いたのは、他ならぬ名無しの少年自身だった。

無表情の中に微かにのぞく感情を察したボンズは言う。


「おぬしの刃は恐ろしく純粋で迷いが無い。

 これほどの力を持ちながら、貴公の戦いはまるで初陣の如く曇っておらん。

 長年生きてきたが、このような澄み渡った剣筋を持つ者と戦ったのは初めてじゃ。

 この歳で良い体験をさせてもらったものよ」

「・・・・・・・・・」

「ひとつ聞かせてくれぬか?ポイント・ゼロでの事じゃ」


その地の名を聞くと、名無しの少年の表情は陰る。

自らを守るためとはいえ、5万もの人間を虐殺したあの一週間。

あまり話したい事ではなかったが、彼は老齢の武人に敬意を表し。


「・・・なんでしょう?」

「おぬしがあの地で対峙した我が友。

 リンクガルズの一人、マズガルタの最期は、どんなものであったか?」


最強の三騎士リンクガルズの一人を手にかけたのは、目の前の少年だった。

ボンズにとって、彼は長年を共にした友人だったという。

もし2人が死ぬ時は、互いの刃だと物騒な約束を幼き頃に交わし。

共に武を極め、リンクス連邦を守ってきた友。

その最期を知るのが彼だった。

この訓練に仇討ちも考えていたボンズの問いに、名無しの少年は。


「・・・大統領を守ろうと立ちはだかった双剣使い。

 あの人の戦い、貴方以上のものだった」

「そうか、あやつはわし以上に、勇猛であったか」


あの戦場で奪った5万の命の中でも、無メイの乖離に覚えがあるほどの達人だった。

答えは満足のいくものだった。

ボンズはニッカリと子供のような笑みを浮かべ。


「おぬしに倒されたのならば、あやつも本望じゃろう。

 あやつはわし以上に武に拘る大ばか者であったからのぉ。

 最強の傭兵に討たれたとなれば、悔いはあるまい」


そういって、まだまともに動かぬ体で立ち上がりながら、名無しの少年に告げる。


「おぬしによる戦争の終結、わしは運命だと思っておるよ。

 わしは生まれながらずっとあの大戦に付き合わされた。

 80年もの戦争じゃ、いい加減終わらせるべきだったのやもしれん」


そんな事を言われたのは初めてだったのだろう。

驚きの表情をはっきりと出した後、伏せ目がちに首を振って。


「だが、まだ世は乱れている」

「それこそわしらの問題よ。

 土砂崩れも内戦も、戦時中にいくらでも起こった事じゃ。

 それを無メイの乖離の責任と結びつけようという者も多いが。

 わしに言わせればただの逃げ口上よ」


だから、勝者がそんな顔をするなと名無しの少年の肩を叩いて。


「ほれ、あのような良い女子を娶ったのだ。

 待たせる事こそが罪というもの」


ボンズが示した先に居たのは、使者団連中にかこまれ、抜けだせずに困っているアズキだった。

ここに来る前に買ってきたのだろう、夕食の材料をつめたカバンを持っている。


「ここに何日滞在するかは知らぬが、暇があればまた兵達に訓練をしてやってくれぬか?

 軍縮政策で腐っている者も、おぬしのような武芸者が居れば多少は焚き付けられる」

「・・・わかりました」


ボンズに会釈し、去っていく名無しの少年。

その背中を見送りながら、老将は思う。


「あのような純粋な若者に戦争の責任を押しつけているのだな、わしらは」


ボンズは知っている。戦争で破綻した国を安定させるために、政府は全てを無メイの乖離を悪として、意思統一を計ろうとしている事を。

そしていざ自分達の利益になるとわかれば、掌を返して迎え入れようとする今の状況。

それを無様な行為とわかっていながらも、国を立て直す手段は他に無かった。

なんとも愚かな事をしているのだろうか。

悪鬼と語られる無メイの乖離も、実態はあのような純朴な少年だというのに。


「真に責めを受けるべきは、一生を使い尽くしても世を正せなかった我らであろうな」


首都リングルスのほうを見て。

いまだ尚立場と権利にしがみつく、自分と同じような老人が居る場所に。

そう問いかけるボンズだった。


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