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無メイの乖離  作者: いすた
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3-4  探し、追い

名無しの少年とアズキが本格的な活動を開始したのは、一晩身体を休めてから。

久しぶりのベッドで体力を回復させたあと、それぞれに行動を開始。

とはいえ、無メイの乖離は一歩でも動けばそれだけで大騒ぎになる存在だ。

しかも他国からの使者は隙あらば彼に接触を試みるため、四六時中監視されている状態、この状況で改革派の事を秘密裏に調べることは難しい。

その為、名無しの少年にはあえて表だっての行動。

リンクス連邦の兵士達を街の中央闘技場に集めての実践形式の訓練をしてもらうことになった。

最強の傭兵から命を保証した戦闘訓練が受けられるとあればリンクス連邦の兵士達は大喜び。

グリースレリア中の兵士達が志願し、さらに近隣の領地からも兵士や傭兵団の希望者が殺到。

それと他国からの、特に大陸外からの使者には無メイの乖離の噂を信じていない者も少なくはなく、彼らに噂を越える名無しの少年の少年の戦闘能力を見せつけることができる。

次々と押し寄せる何千人もの兵士や傭兵達を叩きのめしていく結果を見せられれば、各国の使者団が無メイの乖離の獲得にさらに躍起になるのも必然。

この、名無しの少年による戦闘訓練を提案したのはアズキだった。


「あんたには目立ってもらった方が、こっちが動きやすいっすからね」


名無しの少年に派手にイベントをしてもらっている間に、アズキは情報収集を開始。

住人達も一目無メイの乖離を見ようと闘技場に殺到しており、気配を消すことを得意とするアズキの行動を妨げる者はほとんどいない。

警戒するべきは無メイの乖離の伴侶(と思われている)と話をしたがる使者団の連中だが、逆に言えば注意をするべき相手はそれだけ、文官如きに気配を気取られるアズキではない。

鳥を操って街の各方面に飛ばして住人達や役人、兵士達の会話に耳を傾けつつ、アズキ本人がやって来たのは街の外側。

そこには他国からの使者団が使う馬車や護衛達が集められており、

これは、使者団の数が多すぎて街に収容できず、代表以外の随伴者には外で待機してもらっているからだ。

何せ他国への長距離遠征に、やって来ているのは誰しも国の中枢を担う権力者ばかりだ、当然引き連れてくる従者も物資も多くなり。


「うっひゃー、また増えてるっすね」


街の外壁からそれを見下ろせば、使者団の数は今では30グループを越え、大規模なキャラバン隊も比べれば豆粒にしか見えない大きな集団と化している。

グリースレリアの宿は大繁盛、新たに来る旅人が泊まるところを確保できるか怪しいぐらいだろう。

それはともかく、アズキがここに来たのには理由がある。

それは、名無しの少年が茶歩丸に頼もうとしていた事だ。


「まったく、どこで油うってるんすかねぇ」


茶歩丸は結局昨晩は帰ってこなかった。

口も悪いし性格も乱暴だが、あんなに感情をむき出しにして誰かを拒絶するのは初めて見た。

帰ってきたらじっくり話をしよう。

その前に、名無しの少年が言いかけて止まった頼み事をこなしたい。

彼は使者団も警戒している素振りを見せ、茶歩丸に頼もうとしていた。


「アイツを囮にして動けるのは、あたしだけの特権じゃないっすからね 」


とにかく無メイの乖離は目立つ、それ故に誰でも隠密行動が容易くなる。

外国人が何かを仕掛けてくるチャンスでもあるわけだ。

リンクス連邦とて愚かではない、使者団への監視の目は光らせているだろうが。

彼らもまた名無しの少年の味方ではなく、頼りにするべきではない。


「ふーん、随分賑わってるっすね」


いざ眼下の使者団を見渡せば、やはり彼らも彼らで独自の行動をとっている。

世界中の有力者が一同に会する場などそうそうあるものではない。

普段は交流を持たない国々が話す機会を得ている今、ここグリースレリアは稀有なる外交の場となっていた。

無メイの乖離に取り次いでもらえる可能性も薄い今、彼らも手ぶらで故郷には帰れない。

手土産に他国の情報や、交易の約束でももって帰ろうというところだろう。

中には同盟を組む約束をとりつけたりと、良い話も多いようだ。


「いっそこのまま、全員が平和条約でも結んでくれれば世界は平和になるんっすけどねぇ」


そんな信じてもいない夢物語を口にするアズキ。

人は誰しも幸せになりたいから、けれど身の回りのものだけで幸せを感じられるわけではないから。

そう幼い少女に語りかけていた名無しの少年の言葉がふと浮かぶ。


「だったら、皆の願いを調べておきましょうかっす」


懐に忍ばせていた、捕まえたばかりの鳩をとりだし、術をかけて使者団ほうへ飛ばす。

アズキにとっても外国の情報を入手する絶好の機会だ。

得られる情報はこの機会に確保しておきたい。

そうして動物を経由して手に入れた情報をメモに記しながら、整理している時だった。

アズキは背後に近づく誰かの気配を感じる。

振り向くまでもない、相手は誰かわかっているから。


「・・・アイツのほうはいいんっすか?ヴェイグさん」


気配の正体は、ここ数日間自分達をもてなしてくれている部隊の団長、ヴェイグだった。

振り向かずに正体を言い当てられ、彼は少し驚いた様子だがそれほど気にはせず。


「ええ、武をかざすあの方に、誰か力添えなどできましょうか」


おもてなし部隊の団長ヴェイグの仕事はあくまでも無メイの乖離の監視のはずだが、いま彼が用事があるのはアズキの方らしい。


「なにか調べを進められているご様子ですね?」

「ちょっと納得できないことがあってっすね」

「でしたら私の部下を動かさせていただきます。

 これ以上、お三方に手間をかけさせるわけにはー」

「おあいにくと、調べの対象にヴェイグさんもはいってるっす」

「・・・それは心外」


疑惑の問いにも、言葉とは裏腹にまったく動じた様子がないヴェイグ。

以前から薄々勘づいていた、この男はなにか違う。


「今回の土砂崩れ、あたし達は保守派の仕業じゃないかもしれないと疑ってるっす。

 アイツを国に呼ぶためのネタじゃないかと」

「ふむ、では誰が?」

「無メイの乖離がこの国に来て得をする連中」

「・・・なるほど、その流れで私達改革派に疑惑が浮かぶのは当然ですね」

「さらに付け加えるなら、その相手は無メイの乖離の事をよく知ってる連中になるっすね」

「確かに、私は誰よりもあの方の事を調べた自負がございます」


やたらと馬鹿丁寧な返答をするヴェイグ。

化かしあいはやめだ、アズキは勝負に出た。


「あの日、ヴェイグさん達がアイツのところに到着するの、いくらなんでも早すぎないっすか?」

「ええ、全力で走りましたから」

「他の国の連中は合流に一週間以上かかったっす。

 いくら自国の事とはいえ、1日ちょっとであたし達と合流するのは不自然っすね」


ヴェイグ達は他国に比べてあまりにも到着が早すぎた。

距離換算をすれば確かにつじつまは会うが、それは準備期間を省いた場合。

物資の用意に人員確保とそう易々と終わる作業ではない、いくら備えていたとしても、だ。

考えられる答えはひとつ。


「・・・最初から、アイツがこの国に来ることを知っていたんじゃないっすか?」


茶歩丸が土砂崩れを引き起こしたのは彼を呼ぶためじゃないかと推察した時、アズキが考えたのはまずそれだった。


「命令でした、と言えば納得されますか?」

「貴方みたいな人が、命令されたまま動くようには見えないっす」

「それは買い被りですよ。

 私はただの一部隊の指揮官にすぎません」


評価はありがたいが、過剰はおそれ多いと遠慮がちな物言いをするが。

アズキのヴェイグに対する評価は変わらない。


「じゃあ聞くっすけど、今、どうやってあたしを探して、見つけたんっすか?」

「失礼ながら、後をつけさせて頂きました」

「・・・気殺って技法、知ってるっすか?」

「いいえ、アズキ殿の国の技でしょうか?」

「そうっすよ、気配を完全に消す隠密の極意。

 素人はおろかベテランの戦士ですら感じることは難しい。

 ・・・ヴェイグさんはどうしてあたしの気配を辿れたんっすかね?」


アズキの気殺技術は忍軍の中でもトップクラスで、

実際にさきほど、自分を監視しようとしたプロフェッショナルの追跡チームの連中もさっさと撒いている。

アズキの技術に衰えはない。

そうなれば、ヴェイグの技術がそれを上回っているに他ならない。


「・・・ヴェイグさん、ただの使いっ走りで済ませれるほど、あたしは貴方を過小評価しちゃいないっす」


この男は自分以上に卓越した技術をもっている。

その気になれば、アズキを殺せるほどに。

緊張で空気が張りつめ、アズキが腰の小太刀を引き抜くよりも前に。


「・・・ふむ、これは困りましたね」


そんな緊迫感などまったく感じてもいないかのように、

ヴェイグは額に指を当て、考えるような仕草で。


「貴女の信を失う事を、私は避けたい」


とても残念そうに、そして懇願するかのようにそう嘆いた後、懐から何かの書類束を取りだして、無防備に差し出した。


「ついさきほど、私の下に届いた国境監視員からの報告書です」

「国境・・・?」


ご丁寧に利き腕で差し出してきたヴェイグ。

怪しみながら受け取った書類には、赤い判で機密と記されている。

小太刀に添える手は収めず、片手で書類束のページを捲ると。現れた文面は。


「・・・リンクス連邦国内に、多数の外国軍が侵入?

 海上待機してたジュラビック軍300。

 フィルランド大陸のジグ公国軍500。

 それに他にも複数の国が兵力を派遣しはじめてる…?」

「各国の使者団が集まり、度重なる外交官同士の衝突に危機感を受けた一部の者達が、

 警備のため国境外に待機させている兵力を呼び寄せているようです」

「呼び寄せるって・・・、外国の軍隊をそうホイホイと国にいれるとか、リンクス連邦の警備はどうなってるんすか?」


リンクス連邦内に入るための国境には、大きな街道以外に関所は設けられてはいない。

これは広い領土すべてを覆うことは難しいためであり、こっそりと国内に侵入するなら山道や川などを使えば容易く、アズキと名無しの少年が誰にも見つからずにリンクス連邦に入れたのはその為だ。

だがそれは個人の場合であり、何百の兵士を行軍させられるような道の近くには当然リンクス連邦の駐屯地が設営されている。

外国の軍隊なんて危険な集団、国内にあっさり入れるはずがないのが常識だが。


「彼らは全て、ボラール大臣の許可を受けて入国しております」

「ボラール大臣が許可?外国の軍隊を?」


軍縮政策を進めるボラール大臣は、リンクス連邦の軍事力の低下を一番知っているはずだ。

そんな人間が、国を脅かす多数の武力の侵入を許可するというのはどういうことか?

アズキの疑問がそこにたどり着いたのを見計らいヴェイグは。


「大臣が外国の兵力を招き入れる。

 この意味をアズキ殿なら、察していただけると思います」

「・・・売国」


己の利益のために国を売る。

人間の歴史において何度も何度も行われた裏切り行為の代表だ。

議員の一人二人が計画するなら獅子身中の虫で逮捕すればいい。

だが、それが次期大統領となれば話は違う。


「ええ、これも機密なのですが、無メイの乖離をお出迎えする際に多数の議員をグリースレリアに送ったのも、ボラール大臣の命令なのです」

「じゃあ今、中央政府はもぬけの殻って事っすね。

 この国の警察機構は動いてるんじゃないっすか?」

「・・・残念ながら、ボラール大臣を処罰できる権利を持つ組織はすべて掌握されております」

「計画的な犯行っすね」


その話がどこまで真実かわからないが、この書類が偽物には見えないし、それにこの話をするメリットがヴェイグにはない。

この男は本気で、自分への疑いを晴らすためだけに、国家の機密を漏洩させた。


「それで、アイツになにをさせるつもりっすか?」


アズキにそんな事を話した理由があるならば、彼女と行動を共にする名無しの少年を利用するためであろう。

最強の傭兵を動かして、ボラール大臣を裁けとでも言うつもりか?

だがアズキの推測に反してヴェイグは。


「何もしないで頂きたいのです」

「え?」

「これはリンクス連邦の内政。

 私達国民で解決させねばならない問題なのです。

 無メイの乖離には、もう充分に救済をしていただきました。

 ここから先は内政への干渉になる。

 あの方にそれは似合わない」

「似合わない?」

「あの方は自由であるべきだ」


・・・目を見ればわかる、本気だ。

嘘偽りない、ヴェイグは本気でその理由で動いている。

この男は国益でおもてなし部隊を率いていない。

理屈ではない、そうアズキの胸をうった。

小太刀にかけていた手を外し、書類を返しながら。


「もしこれが演技なら、ヴェイグさんは相当の役者ですね」

「ええ、本心ですから」


ヴェイグがやってきた用件は、それを伝えるのが目的だったようだ。

なんだか敗北感を感じながらアズキは。


「わかりました。この件に関してはそれなりの調査に留めておきます」

「お止めしては頂けない、と?」

「私達に危害が加わらないとは限りませんから」

「ふふ、やはり貴女は聡明な方だ。

 女王として国を興すのならば是非ご相談ください。

 喜んでご協力致しましょう。

 ・・・気品のある言葉使い、そちらのほうがお似合いですよ」


今度は本気なのか冗談なのか、いや、発想が冗談であってほしい。

思わず口調が素に戻ってしまっていたので、咳払いで直してからアズキは。


「あいつはまだ闘技場のほうっすか?」

「はい、そろそろ7時間になりますが、休みなく我が国の兵士を叩きのめして頂いております」


もう日が傾き始めている、夕食を作ってあげると約束したのだから帰りに市場で食材を買って帰るとしよう。

見送るヴェイグに別れを告げ、歩き出すアズキ。

まだ彼の立場が怪しいのは変わらないのに、どうして信じる気になったのだろうか?

その根拠となった言葉が、アズキの胸に深く残る。


「・・・あの人には、自由であってほしい、か」


それは、アズキも同じ思いだったから。

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