3-3 受け入れられない
『グリースレリア』
リンクス連邦首都、リングルスから馬車で1日ほどの距離にあり、
英雄ハンクスの第二夫人の名を与えられたこの街は、ロックラウンドやランジベル等の多数の領地から首都を目指す際に必ず通る道にあり、
首都へ赴く前の休憩所としての需要が高く、街の主な収入源は宿の提供。
行き交う人々を狙った商人達がリングルス進出への足掛かりにするなど商業面でも盛んだ。
また首都への最終防衛ラインという軍事的側面も持っており、
グリースレリアにはリンクス連邦が誇る最高位の三騎士『リンクガルズ』のうち一人、『ボンズ』が軍団長に就いており。
カリスマと人望がある老将軍のお膝下となれば、軍縮政策を旨とする改革派の街であっても軍隊の士気は高い。
流通、経済、軍事、あらゆる面で首都へと繋がる最重要拠点、それがこのグリースレリアだ。
ただいまリンクス連邦を騒がせている客人、無メイの乖離もまた首都リングルスへ向かう道中でここに立ち寄ったのだが。
彼を出迎えたのは、リンクス連邦を支える重鎮達だった。
「ようこそいらっしゃいました無メイの乖離。
この度はロックラウンド、そしてランジベルをお救い頂いたこと誠にありがたく、どのような賛辞を尽くそうとこの気持ちをお伝えしきる事などできまー」
グリースレリア領主を名乗る男の無駄に長い挨拶に、その隣に居るのは改革派でボラール大臣に次ぐ重鎮達。
首都リングルスならばともかく、その手前の街で名無しの少年の少年を出迎えるとは。
これはリンクス連邦が、国主以上に無メイの乖離を重要視しているパフォーマンスだろうと、アズキはその後ろで分析していると。
グリースレリア領主の視線は隣の彼女のほうへと向き。
「これはこれは噂に違わず、いやそれ以上にお美しい奥方様で。
式はお済みでしょうか?よろしければリングルス中央教会で挙式を―」
「あたしはただの連れっす」
この数日間、勘違いする連中に飽きるぐらい返した言葉。
かつての交渉の際、色仕掛けにも一切反応が無かったあの無メイの乖離が女連れというのは相当なニュースのようで、気の早い連中が子育ては是非我が国で等と言い出すのも、耳にタコができるぐらい聞いている。
「おいおい、すっかり既成事実だな」
「あんたまで、茶化さないでくれっす」
隣にいる茶歩丸にからかわれ、ため息ひとつ。
奥方様呼ばわりに、さらにおまけに一切言葉をしゃべらない名無しの少年と違い、アズキの方はちゃんと返事をするものだから、必然的に交渉役になってしまっているしでさすがに疲れているアズキ。
ここは宿の街、早いところ部屋を押さえて一休みしたい。
馬車の旅は快適だったが、ふかふかベッドというのは心地よさの次元が違うし、何より数えて数十日ぶりの暖かい寝床が恋しい。
それは名無しの少年も一緒なのか、出迎え連中をまるでなにもないかのように放置して歩き出す。
それを見てヴェイグはささっとアズキの側に近づき。
「宿でしたら先にご用意させていただきました、ご案内させていただきます」
「何から何まで助かるっす。おーい、宿用意してあるそうっすよ」
「・・・・・・」
「下手にあたしら動いて混乱起こす前に、ここはヴェイグさんに従っといた方がいいんじゃないっすか?」
「・・・・・・(黙って頷く)」
先を進んでいた名無しの少年も、アズキの提案には素直に従い、ヴェイグについていく。
あの無メイの乖離が誰かの言葉に耳を貸して従った事に、周囲からおおっと驚く声。
「・・・どんどん外堀埋まってんじゃねーか?」
「・・・言わないでほしいっす」
これは迂闊だった、無口な名無しの少年だが、アズキにあまりにも従順すぎる。
女王陛下誕生などと勘違いされるまえにこれからの事を本気で考えるべきかもしれない。
そんな事を思いつつ案内されたのは、絢爛豪華、…とは縁ほど遠い質素なコテージだった。
この辺りはモーテルなのだろう、同じコテージが何件も連なっている。
「勝手ながら個室型のホテルではなく、独立型の宿を用意させて頂きました。
私共は隣のコテージに待機させて頂きます。
なにかご用がございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ」
ヴェイグの判断はいつも通り正しい。
無メイの乖離は豪華な装飾は好まないし、既に20を越える使者団がこの街に集まっている事を考えると、ホテルでは他の利用者に迷惑はかかるし、近くの部屋をとろうと争いでも始まったらたまったものではない。
他のコテージは全て封鎖してある徹底した気遣いにヴェイグに感謝し、さっそく自分達のコテージの扉を開く。
外壁こそ痛んでいるが、内装はかなり整っており壁紙や絨毯、それにテーブルやソファなどは地味ながらも全て新品。
アズキが試しにソファを手のひらで押し込むと、肌触りの良い生地に、体重を掛ければ適度に包み込んでくる感触が心地よい。
見た目は地味に擬装した、一級品のソファだ。
「あたし達が街道で足止め食らってる間に、がっつり改築したって感じっすね」
「みてぇだな、ガラスも普通に見えるが強化加工と防音処理済みだぜ」
「リフォーム費用で家一戸建ちそうっすねぇ」
今回のおもてなしの費用を請求されたらいったいどれくらいになるのか?
この国からの去り際に請求されたらとにかく逃げようなどと頭の片隅で考えつつ、
今はとにかく体を休めようとソファに体を預け。
「いやぁ、久しぶりの揺れない腰掛けっすー」
ここ数日馬車に揺られ続けていたので、地面からの振動がない快適さにだらりとリラックスするアズキ。
茶歩丸もその隣でぐでっとクッションに全身をうずめながら。
「っかー! 天国だぜぇ!!」
感触がいたく気に入った様子で、茶歩丸は反発で弾んで楽しみながら、アズキの向かいのソファ腰掛ける彼に。
「で、どのくらいここにいるつもりなんだ?」
この旅は名無しの少年の旅だ、彼の動向で予定が決まる。
少年は少し考えてから。
「3日」
「あれ、すぐに首都にいくとか言い出すと思ってたんだけどな」
「・・・昨日の件が気になる」
「昨日って言うと、俺たちが土砂崩れ現場で見つけたあの金属片のことか?」
この街に到着する前日のことだ、名無しの少年の下に、ヴェイグを通じてある報告が飛び込んできた。
「あの金属片が、保守派だけが保有してる特殊砲弾だった、っすね」
対象に突き刺さった後、炸裂して内部から破壊する対防壁用新型砲弾は、ランジベル軍がロックラウンドの街門を破壊するのに使用したものだ。
大戦末期に少数のプロトタイプが製造され、その全てが保守派の管理にあるという。
その希少性からシリアルナンバー入りの金属片の正体はすぐに判明し、ゴーネス川の土砂崩れはなんと、同じ保守派による自演である決定的な証拠となり。
リンクス連邦全土を揺るがすスキャンダルとして、あっという間に国内に広がった。
「保守派の街を襲った悲劇がまさかの身内の犯行。
ダルマック将軍の責任は重大っすね。
これでリンクス連邦の大統領はボラール大臣に決定。
ダルマック将軍は裁判で極刑ってところっすか」
そしてリンクス連邦は軍縮政策で復興し、めでたしめでたし。
もうリンクス連邦の内乱は終わったも同然だろう。
しかし名無しの少年はそうは思っていないようだ。
「何か気になるっすか?」
「・・・ランジベルの土砂災害、保守派が仕掛ける理由はなんだ?」
「そりゃぁ、戦争を起こせば軍事力が必要になる。
ロックラウンドを奪ったところでランジベルの滅亡は免れないっすけど、身内を犠牲にして国内を無理矢理紛争状態に持っていく、ってところじゃないっすか?」
保守派には戦争を起こす理由がある、だからこそ今回の土砂崩れの犯人を断定できている。
アズキの推測に名無しの少年は首をふって。
「あまりにもリスクが高すぎる。
ただ戦争を起こしたいなら、ランジベルの領主か有力者を暗殺すればいい。
そのあとロックラウンド、いや改革派の犯行に見せかければいいだけだ。
街ひとつ潰す必要はない」
「なるほど、一理あるっすね」
目的達成のための手段というのはコンパクトにするに越したことはない。
派手好きの愚か者ならいざ知らず、国の行く末を担おうというものがそんな事をするだろうか?
名無しの少年の言うことはもっともだ、その線で一度考えてみるべきかとアズキはまず。
「こういうときの基本は、仕掛けて誰が一番得をするか、っすね」
「いまの状況で最も旨い汁を吸ってる奴ってぇなると、改革派のボラール大臣が真っ先に思い浮かぶな」
「あたしも」
茶歩丸とアズキの意見は一致、ボラール大臣の大統領の座は確約されたも同然、これからリンクス連邦のトップとして君臨し、国を導いていくだろう。
政治家としては当然の目標であり、政策を取り仕切る事ができる最高の地位だ。
もし今回の事件を仕組んだとなれば、最も怪しい人物となる。
しかしそれも名無しの少年は、まだ疑ってかかる。
「動機も、仕掛ける理由も十分 。
だが、改革派の場合は対抗派閥のランジベルだけでなく、同じ改革派のロックラウンドも犠牲にする行為だ。
土砂崩れまでを起こす理由… 、どこにある…? 」
まだ答えには至ってないと、慎重に思案する名無しの少年。
行き詰まったときは、方向性を変えてみた方がいいとアズキは。
「それじゃ、土砂崩れを起こしたこと自体に意味があると考えてみるのはどうっすか?
戦争を引き起こすためでも、ランジベルを追い込むためだけでもなく、それによって何が起きたか?」
「何が・・・か」
あらゆる方向から物事を分析することが正解へのルートだ。
リンクス連邦の状況に照らし合わせながら熟孝する。
と、茶歩丸が何かを思い付いた。
保守派、改革派よりももっと影響力の大きい人物がすぐ目の前にいるではないか。
「なぁ、あんちゃんはどうしてこの国に来たんだ?」
「この国に大きな土砂崩れがあったと聞いたからだ」
土砂崩れで人々が困窮しているときいて、それをなんとかしようとリンクス連邦にやってきたという。
困ってる人がいると聞けば直ちに駆けつけると、彼の行動原理だ。
「じゃあ、ロックラウンドにやってきたのはなんでだ?」
「北のルーンネイトから南下してきた、その通り道で戦争状態のロックラウンドに遭遇しただけだ」
「なるほどね、つまりあんちゃんの目的は最初っからランジベルの救済だったわけか」
スイレンという孤児院の少女に頼まれずとも、彼の目的は最初から土砂崩れの撤去だったらしい。
おそらくそんなことをずっと続けて、結果的に大戦を止める事になったのだろうと容易に想像が行く。
茶歩丸のひらめきにいち早く気づき、アズキも追求していく。
「・・・その情報、どこで聞いたんっすか?」
「よく使っている情報屋グループだ」
「バックは?」
「無所属の民間だ、国の思想や利益に流されない情報が手に入るから利用しているが…、それがどうかしたか?」
「・・・ねぇ、今回の土砂崩れの本当の目的は、あんたをこの国に呼び寄せるためって、考えられないないっすか?」
「俺を・・・?」
「んだな。
土砂崩れの情報ならいくらでも民間にバラ撒けるし、怪しまれる事もねぇ。
そうなるとますます怪しいのは、あんちゃんがやって来て一番得してる連中、改革派だ」
「逆に保守派にはいっそうあんたを近づける理由がないっすね。
軍縮の原因になった目の上のたんこぶ、いないに越したことはないっす」
もしアズキの予想が正しいのならば、今回の黒幕は軍縮を進める改革派になる。
最強の傭兵の存在感を利用して軍事関係者を政界から追い出そうという連中、無メイの乖離自身が国にいることによるメリットは、計りきれないほど大きい。
「これまでの憶測が真実なら、一番気になるのはあんたを呼び寄せた最終目的っすね」
「ん?あんちゃんがこっちきたから保守派がブッ潰れて、改革派が政権をとって終わりじゃねぇのかよ?
これ以上やらせることなんて思いつかねぇけどな」
「それならそれでいいっすけど、あたしはどうも政治家っていうのが信用できないっす、足元すくわれたくないっすしね。
それに、もし土砂崩れを引き起こして、大勢の国民をを犠牲にしてまで政権をとろうなんて奴がいるなら、
あたしは気に入らない。・・・あんたもそうなんでしょ?」
そうでなければ、土砂崩れを撤去する前に現場検証なんてするはずがない。
アズキの問いに、名無しの少年はゆっくり頷き。
「・・・改革派の事、調べる必要がある。
アズキ、例の動物を操る術、どこまでの距離を使える?」
「そうっすね 、追跡とか簡単な命令なら位置情報を同期するだけだからかなり遠くまでは行けるっす。
ただ情報収集となると聴覚と視覚に力を割くから・・・、5匹同時、この街から半径30㎞ってところっすね」
「首都に情報収集はいけないか・・・。なら、この街の領主、それと有力者数人を見張ってもらえるか?
もし改革派が何かを計画しているなら、動きがあるはずだ」
「了解っす」
アズキは彼に協力すると決めたので、正当な願いは聞き届けて手助けするつもりだ。
次に名無しの少年は茶歩丸の方へ向き。
「茶歩丸は使者団のほうをー」
「ちょと待てよ、その前に聞きてぇ事がある」
名無しの少年の頼みを聞く前に、大事なことをまだ確認していないと。
茶歩丸は彼の前のテーブルに立ち、視線をあわせて。
「てめぇがリンクス連邦の内乱に無関係な奴なのはわかってる。
それだってぇのにここまで首を突っ込む理由、教えろ」
無メイの乖離と呼ばれる彼がどうしてそうまで、リンクス連邦の内乱に関わろうとする理由。
彼はその問いに迷うことなく。
「昔、目の前で大切な人が死んだ」
「それで?」
「その人が最期に言ったんだ。
戦争なんてなければ、誰もが幸せで生きていれるのに、と」
「だから、戦争の原因になるものは全部ぶっ潰すってか?」
「そうだ」
それが最強の傭兵の行動理念らしい。
遺言を叶えるために生きる、それはとても人間らしく、語りようによっては美談にもなるだろう。
それを聞いた茶歩丸は乾いた声で笑ったあと。
「はっ、よくわかった。俺はあんちゃんの頼みを聞くつもりはねぇ」
「ちょっとチャポ!」
「これは俺とコイツの問題だ、アズキは口挟まねぇでくれ」
主の命令でもここは譲れない、茶歩丸は名無しの少年に詰め寄り。
「この際ハッキリ言ってやる。俺はあんちゃんみたいなのは大嫌いだ。
力があるからって、てめぇの物差しで全部決めようなんていうのはなぁ、思い上がりも甚だしいんだよ!」
人間ではないからこそ意味がある言葉を突き付けて背を向ける茶歩丸は。
「・・・俺はてめぇを認めねぇ。
そこんところ、忘れんじゃねぇぞ」
そう言い捨てて、コテージから出ていく茶歩丸。
彼に言われた言葉を心の中で反芻しながら、出ていった扉を見つめ続ける名無しの少年にアズキは。
「・・・あいつ、どうもあんたの事が気に入らないみたいっすね」
その心当たりを説明しておいた方がいいかと、今後の事も考えて、アズキは。
「茶歩丸はね、元々は食用で連れてこられた狸だったの。
幼いあたしに命の恵みの価値を教えるために生きたまま連れてきて、殺すはずだった命。
ただその時、可哀想だってあたしが能力使って、それから十年以上の付き合いになるっすかね」
あの時ばかりは普段温厚な母親も烈火の如く怒りを顕にしていたと思い出すアズキ。
この世界で生きるためには、誰でもなにかを奪わずにはいられない。
人間だけではない、生物であるなら例外なくだ。
アズキに世の理を教えるために殺されるはずだった彼には、命の価値観に独自のものがあるのだろう。
「元々命を奪われる立場だったチャポだから、人の考え方には敏感なのかな…。
貴方の行動には前から感じるところがあったみたい」
ランジベルで出会ったローレンスという男と共感していたのも、
無メイの乖離の行動が気に入らないという共通点があったからかもしれない。
困った顔をしている名無しの少年をフォローするようにアズキは、あまり気にしないでと笑いかけ。
「ま、悪い奴じゃないから安心してっす。
それで、あんたはこれからどうするっすか?」
「街を歩いて、地形を確認したい」
「じゃあ、買い物ついでにあたしも付き合うっす」
本格的に動き出す前に、しばらくここで暮らす用意をするための買い出しだ。
わかったと名無しの少年は頷き、一緒にコテージを出て。
「・・・あのさ、さっきの話なんだけど」
彼の隣を歩くアズキは、歯切れの悪い言い出しで。
「その、大切な人の最後の言葉っていうの、・・・女の人?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「ん、ちょっとね」
どういう意味かと疑問に思う名無しの少年にアズキは答えず。
ただ少しだけ、ムッと拗ねたような表情で。
「ここに滞在している間は、私が料理つくってあげる。腕によりをかけてあげるから」
なにかに対抗するかのような張り切りを見せるアズキ。
感情が昂っているのが、口調が上品になっているので瞭然ではあるが、一体どうしてだろうと、よくわからない名無しの少年だった。




