3-2 珍妙行列
『大名行列』なる風習がアズキの故郷にはある。
地方の領主が定期的に国主のもとへ集う際、
大勢の家臣を連れれば連れるほど威厳と力のある大名であるという、有り体に言えば見栄の張り合いである。
故郷のそんな習わしを馬鹿馬鹿しいと一笑に付していたアズキだが。
今、自分が乗る馬車の後方にずらりと並ぶ、
色とりどりの馬車を故郷の連中が見たら、彼らはどんな苦い顔をするのだろうか?
「いやー、昨日よりさらに伸びてるっすねー」
先頭を行くのは、リンクス連邦無メイの乖離おもてなし部隊の馬車だ。
アズキと茶歩丸、そして名無しの少年の二人と一匹を乗せてゆっくりと街道を進んでいるのだが、
その道中はとても静かとは言いがたいものだった。
「無メイの乖離様!どうか一度お話を!」
「無メイの乖離!遠い大陸フィルランドより遙々参った次第でございます!どうか!どうかお目通りを!!」
最初は、ランジベルを経って3日ほどの頃。
街道を徒歩で進む二人と一匹に、その後ろからついてくるおもてなし部隊の馬車といういつもの構図に変化があった。
馬を駆る礼装の三人が徒歩で歩く名無しの少年の前にやってきて。
「我らクタナより参りました、使者団にございます。
無メイの乖離、貴方様を我が国へご案内するよう、
国王陛下より仰せ使いまして、こちらにいらっしゃると聞き馳せ参じた次第にございます」
クタナというと、この地方の西側に位置する砂漠地帯の国だ。
そこから馬を飛ばしてここまでやって来たらしい使者団だったが、それから3分もしないうちに新たな来訪者がやってきて。
「お待ちくださいませ、私たちはミンフヘイム騎士団と申します。
無メイの乖離を是非、私たちの国にご案内したく参りました」
今度は大陸の南に位置する国の使者である。
リンクス連邦と比較的近い国の使者が競うように彼のもとへやってきて、どちらも国に案内したいと言い出して、当然のごとく言い争いに発展したのがまず最初。
相変わらず言葉を口にせず、相手をするつもりがない名無しの少年だったが、
両国の使者はもちろん諦めずに食い下がり、道を行く二人と一匹に何度も何度も声を掛け。
そして次の日になって、また違う国の使者がやってきた。
北のルーンネイト領にある小国の使者が馬車を連れてあらわれて、先の二つの使者団とあまりかわらない口上を口にし。
次にリンクス連邦内のすみにある小さな町の使者も現れ、さらにさらに時が経つ毎にその数は増えていき、グループ数だけで軽く両手の指で数えられる範囲を越えなお、まだ増加の一方だ。
こうなると、取り囲む各国の使者団のせいで身動きなどとれなくなってしまい。
「無メイの乖離、アズキ殿、茶歩丸殿、この状況で徒歩での旅路は不可能かと。私どもの馬車へとお乗りください」
これまで世話になっているおもてなし部隊の団長ヴェイグの申し出に、アズキと茶歩丸は快諾。
名無しの少年はあまり乗り気ではないようだったが。
「さすがに脚は諦めるっすよ。ほら」
アズキにそう促されて、彼は初めて自分のために用意された馬車へと乗り込んで。
他国の使者達に囲まれながら、ゆっくりゆっくりと街道を進んで。
いや、馬車にへばりついてくる使者が邪魔で思うように進めないのが現状である。
「にしてもまぁ、よくもこんだけ集まったもんだな」
椅子に腰かけるアズキの膝の上で、外の様子を見る茶歩丸もある種の感心を抱きつつそう口にし、隣に座る名無しの少年の方をみやる。
「・・・・・・・・・」
相も変わらずしゃべりはしないが、茶歩丸と視線だけはあわせる名無しの少年。
ここに集まっている使者団はすべからず、彼を自国に迎え入れようと集まっているのだから驚きだ。
まぁ当然でしょうと、向かいに座る団長のヴェイグはジュースを注ぎながら。
「無メイの乖離を味方にした国がこの地方の、いえ、世界の覇権を握るのですから、彼らにとってこれは戦争の縮図ですよ」
無メイの乖離の力をもってすればあらゆる戦争において勝利を納めることができ、その驚異をもって全ての外交取引に優位にたてる。
それが最強の国であることは誰も疑わないだろう。
今ここに集う使者団達は、それだけで国家の命運を左右する戦場にいるのと同じだ、失敗すれば処刑される者とて居るだろう。
だからこそ、馬車の外から聞こえてくるおもてなし部隊へのクレームは激しい。
「貴公らリンクス連邦は無メイの乖離との会見の場を独占している!!」
「あまりにも不公平!我が国にも無メイの乖離をもてなす準備があるのだ!!」
と言われても、名無しの少年に誰かと交渉しようというつもりはない。
そういえばと、茶歩丸はヴェイグに聞いてみたいことがあった。
「なぁ、ヴェイグのおっちゃんもコイツをリンクス連邦に引き込むために来たんじゃないのか?
そういう話一切してねぇけど」
世界の覇権を握りたいのはリンクス連邦とて同じはずだ。
その使者としてヴェイグもやってきていると思われるのだが。
しかしヴェイグは愉快そうな顔で首を横に振り。
「まさか。私たちはただ、無メイの乖離をもてなすように派遣された者です」
「じゃ、違う馬車に行くっつったら?」
「先ほど届いたばかりのドーナッツなどいかがでしょうか?」
「引き留めはすんだな」
妙な男だと思いながら、もらったドーナッツをアズキの膝の上でかぶりつく茶歩丸。
確かに彼の態度をみていると、リンクス連邦に無メイの乖離を所属させようという様子はない。
むしろ自由奔放な名無しの少年の行動を奨励しているようにも見えるが。
それがどこか引っ掛かるとアズキは気になっていた。
(なんだかこの人、たまに発言が怪しいのよね)
思えば初めて会話を交わした時の、無メイの乖離の経歴を確認した時もそうだ。
元は敵であった存在を語るのになぜか誇らしげに、そして敬愛すらも感じさせるほど熱い評価を述べるヴェイグ。
彼だけではない、他のおもてなし部隊の面々と話しても節々にその気配が感じ取れる時があった。
(・・・リンクス連邦政府と違う思惑があると思った方が良さそうね)
警戒は怠らないアズキ。こういう部分はやはり凄腕くのいち。
けれどもらったドーナッツはとても美味しく、恩を着せようとする様子もないため今は甘んじさせてもらおう。
邪魔が多くて仕方がないとはいえ、馬車での移動はなかなか快適でもあるし。
と、その邪魔の対象である後方の各国の馬車の方からなにやら大きな破壊音が轟いてきた。
またかと、ヴェイグは深くため息をつき。
「また何かトラブルがあったようですね」
「ったく、血気盛んな連中だな」
茶歩丸も同様にぼやきながら窓から顔を出して確認。
ガヤガヤという喧騒に、怒鳴り声やら悲鳴やらとあまり心地よい音色ではない。
「各国の使者団がこうも集まると、敵同士の連中もいるっすからねぇ」
場合によってはその相手を倒すために無メイの乖離を呼びに来てるぐらいだ。
倒すべき相手が目の前にいて放っておけるはずがないか。
そのためここ数日、こういったイザコザは絶えず、その度にヴェイグが立ち上がって。
「無メイの乖離、少し失礼いたします」
リンクス連邦のおもてなし部隊はヴェイグだけではないので部下に任せる方法もあるのだが、
いかんせん使者団のなかには王族や貴族も多い。
特に大陸外からやって来ている大国の第2王子なんて厄介な者まで混じっているため、
外交的な問題に発展せぬよう、どうしても団長のヴェイグが動かざるおえない事が多い(そして彼が最もトラブルを引き起こしている)。
それを手伝おうと、ドーナッツを頬張りながら。茶歩丸は。
「んじゃ俺も行くぜ、一応そこのあんちゃんの連れってことで使い道あるだろ?」
「これはありがたい、よろしくお願いします茶歩丸殿」
「タダメシ喰らいは性に合わねぇしな」
アズキの膝の上から飛び降りて、ヴェイグと一緒に馬車を降りる茶歩丸。
馬車内にはアズキと名無しの少年の二人きりだ。
いや、ヴェイグが馬車を降りたことで、これを機会にと近づいてくる足音がたくさんあるが。
「この調子じゃ、いつになったら次の町にたどり着けるっすかねぇ」
アズキは扉の鍵をかけなおしながら、馬車も思うように進まず、トラブルがある度に止まらなければいけない事に肩をすくめる。
名無しの少年が次の目的地と語った『グリースレリア』という街に着くのはいつになることか。
でもまぁ、こうしてゆっくりと馬車に揺られているのも悪くはない。
「ねぇ、いつもこんな感じなんすか?」
無メイの乖離が歩いてると毎度こんな感じではやっていられないのではないか?
アズキの何気ない質問に名無しの少年は。
「・・・いつもなら、使者団が集まる前に走っている」
つまり、これだけ集まったことはかつてないらしい。
それもこれも、彼がこの場から姿を消してないこと理由で。
そういえばヴェイグも言っていたが、彼はすぐに姿を消すらしく、
他人が用意した馬車に乗ることも記録からすれば初めてのことらしい。
「ひょっとしてあたしとチャポがいるからっすか?
その辺は心配ご無用っすよ、こう見えてもあたしもチャポも脚は早いっすから、おいてけぼりにはー」
「時速80㎞以上で走れるか?」
「・・・三分の一に抑えてくれると助かるっす」
つくづく人知を越えた身体能力である。
つまり馬を超える速度で走れるわけで、
名無しの少年が一人になりたいならいつでもできるわけだ。
「いざとなったら君と茶歩丸を担いで走る。
いまはリンクス連邦政府の様子を見たい」
「なるほど。ランジベルが保守派から改革派に寝返ったのをきっかけに、
続々と保守派と縁を切る領主が増えているらしいっすからね。
今は下手に動かないほうがいいってわけっすか」
無メイの乖離によって救われたランジベルがダルマック将軍を見限ったのは三日前。
いくらダルマック将軍が支援をしようともどうにもならなかった土砂災害を、無メイの乖離はたった一人で解決して見せた。
その影響で、彼に媚びる政策をとる改革派に賛同するものは増大。
当然だろう、無メイの乖離には力があり、それは人々を絶望から救う事ができる。
そして逆らえば土砂を凪ぎ払った光が我が身を襲う恐怖。
従わない方がどうかしている。そんな感情はリンクス連邦全体を支配し、飲み込もうとしていた。
故に今は、無メイの乖離は下手な行動は起こすべきではない。
馬車から一歩出ただけで大勢が集まる求心力、強すぎる力を無闇に行使するべきではない。
その判断はわかるとアズキは同意しながらも、意識は違う台詞に向いていた。
ちょっと嬉しそうにしながら。
「そっか、何かあったらあたしを担いで逃げてくれるっすか」
いままで散々黙りだった彼が、自分を意識して動いてくれる。
それがとても嬉しいと喜ぶアズキに名無しの少年は。
「君の体は、気持ちい―」
スパーン!!
馬車の外まで響く大きな音と共に、アズキの平手が名無しの少年の頭を叩いた。
「痛い」
「ただの膝枕! 誤解を招く言い方しないの!?」
顔を真っ赤にして名無しの少年のセクハラ発言に抗議する。
何か馬車の外から「無メイの乖離が肉欲に目覚めた」とかなんとか、
不穏なセリフが聞こえた気がしたが聞かなかった事にしたい。
この最強の傭兵だが、これまでの人生の中、いわゆるオトナのカンケイにはとんと興味がなかったそうで。
傭兵家業ならそういう機会もあっただろうに、存在が特殊すぎるというべきか色んな意味で天然記念物。
まぁ、肉欲に目覚めたというのはある種間違いではない。
真面目な話をしながらも、名無しの少年の視線は、茶歩丸が居なくなったアズキの太ももを見ていた。
それに気がついたアズキが、自分の脚と彼の顔を交互に見比べると。
「・・・・・・・・・」
無言で無表情ながらも、髪に隠していた狼耳がピョコンと立ち。
前方から見えるほど、腰の後ろの尻尾が何かを期待するようにブンブンと振られている。
最初は気高き孤高の狼と思っていたが、今はご主人様のご褒美を待つただのわんこ。
それを知っているから、我慢させるために茶歩丸はアズキの太ももの上に陣取っていたのだが。居なくなると期待に余計に尻尾が動いてしまうようだ。
「・・・はぁ、困った甘えん坊っすね」
ポンポンと太ももを叩いてやると、待ってましたと言わんばかりに頭を乗せてくる名無しの少年。
馬車の外から覗いてくる連中も居るというのに、アズキの膝枕が大層お気に召したようだ。
太ももの上の甘えん坊わんこの頭を撫でながら、満更でもなさそうな飼い主。
外がやかましいことを除けば、なんと平和な道のりか。
「このまま何もなく、リンクス連邦が落ち着いてくれればいいんっすけどね」
言ってから、口にしない方がよかったかなと後悔するアズキ。
言霊というのは悪い結果にこそ宿るものだ。
この少年が居る以上、災いは確実に振りかかるのだから。
せめて今は、このゆっくりと過ぎる時間に微睡んでいよう。
それから次の町に着くまでの二日間、特に何事もなく過ぎていくのだった。




