3-1 保守派壊滅 (巻中絵有)
リンクス連邦。
この国が建国してから続く理念としてあるのは、
大切な人を守るため、皆の力を結束し、侵略者と戦う事を第一とする事だ。
英雄ハンクスの偉大なる功績によって作られた連邦国家は80年間、
軍事力を第一としてきたからこそ、今日まで国は保たれてきた。
その中でも最も大きな功績を持つと言われているのが、ダルマック将軍家である。
連邦が樹立する前より、小国の軍を率いてきた由緒有る家系であり。
英雄ハンクスの建国物語にも三代目ダルマックの名は幾度と無く登場しており。
影に日向にヒーローを支えた老将軍は大変人気が高く。
彼にスポットをあてたスピンオフストーリーも数が多い。
現在のダルマック将軍はその曾孫の六代目となる。
祖先がこれまで命をかけてあげてきた数々の武勲に負けず。
ダルマック将軍も15年もの長きに渡りリンクス連邦を守り続け、
どんな不利な戦況でも覆す猛将として自国民から尊敬され、
他国から恐れられ、戦争での活躍は筆舌に尽くしがたい程である。
仲間も多く、時には将軍を生かす為に自らの命を盾とした部下も居た。
特にランジベルの領主ベイゴンとは幼い頃から競い合いながらも共にあり続けた仲で。
共に軍を率いる立場として幾度と無く轡を並べて戦場に立ち。
幾度と無く死線を潜り抜けた、ダルマック将軍にとって最も良き友人であり、信頼する相棒だ。
そのベイゴンから、リンクス連邦首都リングルスのダルマック邸に一枚の手紙が届けられた。
自分達が学生の頃、伝書鳩を使う練習の為に良く使った羊皮紙に、
互いにだけ伝わる秘密のマークをあしらった便箋。
懐かしさにここ最近、強張り続けていた表情を密かに緩めながら、封を切るダルマック将軍は。
封書の文面に目を通しはじめ、その中程でこれまで以上の憤怒に打ち震える。
「ベイゴンめ・・・! この私を裏切るというのか!?」
高級な机を力いっぱい殴りつけ、慟哭するダルマック将軍。
ベイゴンから届いた文に書かれていたのは、旧友からの決別の意志だった。
ベイゴンが治める領地ランジベルは、ダルマック将軍率いる保守派を脱退。
軍縮によって財政を確保し、戦争で失った物を復興し、
国力を高める政策に全面的な協力をする。
それはダルマック将軍の政敵であるボラール大臣の傘下に加わるという意味でもある。
一度の殴りで晴らしきれる失意ではない、2度、3度、何度も何度も机を殴りつけ。
「なぜだ・・・なぜ思うにならん?」
机の上に赤い斑点がポタポタと落ちるのを見つめ、喉から搾り出すように呻くダルマック将軍。
なにかの間違いではないかと、文面にもう一度目を通して見るも、内容に見間違いはない。
ベイゴンは、人一倍責任感の強い男だった。
民の為を思い、自らが一番血を流す場所に率先して行く男。
それ故に今回のランジベルの件ではとても心を痛め、なにかできないかと悩み続けていたのを良く知っている。
ダルマックも共のためと、自分の管理している土地や、他の領地から支援物資をなんとか捻出したが、
それでも、ランジベルを救うに至らなかった事に頭を抱え。
ベイゴンがロックラウンドへの侵攻をダルマックに進言した時、止める事はできなかった。
ランジベルの民を救うため、侵略者の汚名を被る覚悟を決めたベイゴンに、
救援の支援物資に隠して武器などを提供をしたのだが。
結果は現状が示すとおり、無メイの乖離の出現によって問題は解決した。
「ロックラウンドを守り、ランジベルまでも救う。
あの者は一体なにがしたいのだ!?」
改革派でも保守派でもない、ただ救いたいから救う。
そして救われたランジベルが今後頼るのは、ダルマックではなくなるのは必然。
いや、もう随分と前から、ランジベルはダルマックに見切りを付けはじめていた。
手紙には、ロックラウンド侵攻が失敗してから領主ベイゴンがランジベルを離れていた理由も記されていた。
無メイの乖離がランジベルを訪問した際に不在だったのは、
他の領地、敵である”改革派”に直接支援を申し出ていたからだという。
ランジベルが生き残るためにはそれしか手段はなかった。
結果として無メイの乖離がランジベルを救った事により、
近隣の領地は彼の者の機嫌とりのため、早速支援物資を送りはじめ。
ランジベルは辛うじて街全滅という最悪の状況を脱した。
最大の戦争犯罪者と呼ばれていた無メイの乖離だが、
今では救世主だと言いはじめる者もではじめ、彼を支持する改革派の権力はさらに増していく。
「無メイの乖離は、我らの仲間を何万人も殺しているのだぞ・・・?
無念を晴らさず、仇に尻尾を振るなどあってなるものか!?」
そんな悪態をついたところで状況は変わらない。
こうしている間にも保守派のメンバーは次々と改革派に寝返り、
いずれ国内でダルマックだけが孤立することは明白だった。
なんとかせねばならない。
一度気を落ち着けるためと、どうするかと思考を巡らせるため。
酒の入った瓶をグイッと呷るダルマックの背後に、気配もなく誰かの声がかけられた。
「―ダルマック将軍。まだ好機はありましょう」
闇に溶け込むような紺色の装束で瞳以外の全身を覆い隠した男。
これほど近づいているというのに気配はまったく感じないが、そこには確かに存在しており。
”彼”は自らを、忍と称した。
「おお、『朧』か!」
怒りに染まっていたダルマックの顔にパッと晴れ間がさす。
この者は先日、無メイの乖離がロックラウンドに現れたのと同時にダルマックの下を訪れ。
宝物庫から宝剣を盗み出して実力を示した後、返却しにやってきて。
ダルマックの下で力を尽くしたいと申し出てきたのだ。
聞けば遥か東にある島国の特殊組織の一員で。
この国にやってきたのは、組織から抜け出した者を追ってきたからだという。
今飲み干した酒も彼の故郷の地酒らしく、この地方では味わえない美味を気に入り。
すっかり気をよくしたダルマックは、彼を側に置き、今では他の誰よりも信を置く部下。
オボロと呼ばれた彼は、ダルマックに進言する。
「現状、この状況に最も影響力を与えているのは無メイの乖離。
いろいろと調べさせて頂きましたが、やはりあの者に退場してもらうのが上策かと」
「それはわかっておる。
だが、各国の戦力をぶつけても倒せなかった者だ、対抗手段はない」
無メイの乖離が全ての元凶などとわかってはいるが、それをどうしようもない事もまた承知している。
なんとかできるのならばなんとかしている、ダルマックの泣き言にオボロは。
「我らはじめに、あの者に対処するためにお仕えすると申し上げた。
それを出来ずして、お任せ下さいなどとはもうしませぬ」
「では、あの者への対抗手段が見つかったというのか!?」
これまで5年間、大陸が八方手を尽くしてもどうしようもなかった最強の傭兵を、
外国人の組織はなんらかの対処を考えついたという。
オボロはわずかに覗く瞳を細めて、マスクの下の口元をにやりを歪ませながら。
「所詮は20も行かぬ子供。
人を救うなどという甘い考えを、利用させてもらうだけの事」
そして、それから本命を果たす。
オボロの目には、無メイの乖離の傍にいる少女の姿が映っていた。
「―抜け忍には、すべからず死を」




