1-2 無言の少年
獲れた川魚は全部で8尾。
そのうちアズキが3尾、茶歩丸が3尾、残った2匹を彼が一番最後に片付けて昼食は終わり。
結局獲物の半分以上を2人でもらってしまった事になり。
「いやぁ、ごちそうさまっす。それで、いくらっすか?」
どれくらい要求されるかはわからないが、これからもらう情報を含めれば多少は色をつけても良い。
と、そう申し出るアズキにまったく関心も示さず。
ずり落ちてしまった外套を被りなおし、川の仕掛けを元にもどして。
水袋を補給している茶歩丸の横で自分も補給し、荷物を持ち、そのまま歩き出してしまう少年。
「ちょ、ちょっと待つっす! いくっすよチャポ!!」
「へいへい、何か妙な奴だな」
慌てて自分達も荷物を持って、その後を追いかける。
彼の横に並んでから、そういえばまだだったとアズキは。
「あたしはアズキ、んで、そっちの狸が茶歩丸。
お兄さんはなんて名前っすか?」
「・・・・・・・・・」
「あ~、あたし達、東の国からやって来たんすけど、このあたりの地理が全然わかないっすから、しばらく付いていっていいっすか?」
「・・・・・・・・・」
「いやぁ、食べ物とかもよくわかんないし、次の町までの距離もわかんないっすよ。
報酬は払うんで、いろいろ教えてもらえないかな~、っす」
「・・・・・・・・・」
アズキが話しかけようと、返事が返ってくる様子は無い。
この辺りの言語はアズキは完全に習得しており、先ほどの恵んでくれというお願いもちゃんと通じている。
警戒心から無口ならわかるが、それにしても声ひとつ発しないのはどうか?
「なぁなぁアズキ、この兄ちゃん、喋れねぇんじゃねぇの?」
生まれつきか怪我で声を失ってしまい、言葉を発する事ができないのではと察する茶歩丸。
全身が外套で覆われているため見えないが、喉に傷でもあるのかも知れない。
「そうなんすか?」
「・・・・・・・・・」
せめて首を動かすなりして意思表示してくれればいいのだが、外套の隙間からかすかに覗く口元もピクリとも動いていない。
取り付く島も無し、が、食事を恵んでくれたわけだし、悪者ではないだろう。
付いていって大丈夫だろうと、アズキは判断した。
ただ、気になるのは彼の姿だ。
歩くたびにカチャカチャと鳴っているのは、外套の下に身に付ける金属製の鎧の音。
季節は夏の手前、鎧の上から羽織ったままではかなり暑いだろうに、
まるで身を晒すのを避けるように、あえてその格好をしているのにはなにか理由があるのか?
それと、彼を傭兵ではないかと悟らせた一因である武器だが。
腰から下げた剣、と思われるものは、頑丈な樫の木の持ち手に、ワイヤーで鉄の塊を括りつけただけの鈍器にしか見えず。
背負う十字槍も剣と同じように、木の棒に鉄塊を組み合わせて形にしただけのものだ。
傭兵を含めて、戦士というのは己の命を預けるに値する武器を選ぶものだが。
そのとってつけたような、形だけのエモノはどうなのかと。
いち武芸者としてはアズキも思うところである。
(顔はかっこよかったけど。・・・ってぇ、あたしは何考えてんの!?)
一瞬色気づいた考えをしてしまい、慌ててそれを振り払う。
故郷に居た、男らしさという名の都合が良いだけの価値観に辟易し、
異性など興味も湧かなかったではないか。
あの国には居ない、金髪で青い瞳の少年を一目見ただけで。
どうかしている、きっと空腹が見せた気の迷いの一種だ。
それを確かめるためにも、もう一回顔が見えないものか?
などとさり気なさを装って、顔を覗きこもうとするアズキ。
従者である茶歩丸はそれに気がつき、何を色気づいてるのかと主に呆れながら。
彼女とは別の考え方で、無言の少年の足元を歩きながら。
「なぁあんちゃん、この辺の地図もってねぇ?
ちょっと貸してくんねぇねかな?」
少女らしい興味を持ち出しているアズキと違い、茶歩丸は愛らしい見た目に反して、なかなかしっかり者である。
この少年が言葉が話せないのなら、こちらで調べればいいだけの事。
獣が話すという珍妙な光景に普通は驚くはずだが。
彼はさきほどもまったく反応も見せなかったので、
茶歩丸もわざわざただのタヌキを演じる必要もない。
忍狸の申し出に、彼は無言のまま胸元から折りたたんだ地図を取り出して渡してくれた。
サンキュ、と受け取った茶歩丸はアズキの体を駆け上がって頭の上に乗っかり。
バッと地図を広げれば、アズキも歩きながら良く見える。
「こりゃまたすげぇ詳細に描かれた地図だな」
まず開いて、感嘆の声をあげる茶歩丸。
とても精密に描かれた高品質な地図だ。
先の村で商人にふっかけられた内容がスカスカの地図とはわけが違う。
主要な街道はもちろん、山の抜け道や各所の水源など、
旅をする上でこれほど心強いものはないだろう。
さらに驚くべきは、地図に記された発行日付。
「地図の発行日付が星歴573年って・・・。
これ今年できたばかりの最新地図じゃねーか!」
「うっひゃー! これいくらするんっすか!?
っていうかどうやって手にいれたんっすか!?」
地図というのは、詳細であればあるほど、精密であればあるほど価値がある。
素人目にわかるほど彼がもっていた地図は高品質であり、これほどのものはまずは権力者に献上されるのが最優先で。
一般庶民に出回るのはもっと後になるはずだ。
聞いても相も変わらず反応はないが、こんなものを拝めるチャンスはそうはないと、アズキと茶歩丸は出来る限りこの地方の全景を覚えようと目を走らせていく。
地図が記す範囲は広大で、人がただ一生を終えるだけなら十分な領域が記されており。
この地方の情報がいくつも見て取れる。
地図上を一番太く区切る線は大国の国境線で、切り分けられた国は大きく4つ。
まず自分達が今歩いているのは、南東からおよそ地図の4分の1を占める『リンクス連邦』。
小規模山脈に大きな湖や多数の河川、盆地等にも恵まれており生活環境は良好。
人が暮らしやすい地域だけに、リンクス連邦の領土内には町や村の名前がびっしり記載されており、
街道も多く、どの街へ行くにも徒歩で5日以上はかからないだろう。
変わって、地図上ではリンクス連邦の正反対の位置にある西側。
『クタナ』と短い名の国は砂原広がる大地にあり。
リンクス連邦とは正反対の過酷な大地である事が伺える。
リンクス連邦とクタナの間には、ケーキを切り分けたような、二等辺三角形の国。
『ミンフヘイム共和国』というらしいその国は、他国に比べて領土は半分以下と小さいが、地図に描かれた森の絵が国全体を覆っており、狭い国土ながらも豊富な資源と物資が国を成り立たせているのだろう。
そして4カ国のうち最後の国が、地図では北半分を占める大国『聖ルーンネイト公国』。
国の名前に聖などとつけているところからすると、宗教国家かなにかだろう。
この地方の覇権を握っている国力を持っていそうだとパッと見で思ったが、よくよくその領土を見れば大半は大きな山脈が連なっており、雪が描かれたその山々と渓谷の数は人が住める場所が限られ、あまり良い環境ではなさそうだ。
「ふーむ。なぁ、この4つの国が仲が良いって思うか?」
「なさそうっすね。とくにこのクタナに関しては領土の広がり方からすると侵略国家みたいっすし。
ルーンネイトとかいう北国にしたって、少しだけ南に恵まれた土地があって、指を銜えて眺めてるってことはないっすよ」
アズキの分析通り、国境を定めたラインは整わずあちこちが歪で。
激しい戦いが繰り広げられた形跡が見られる。
人が何百万人と住まう場所で、争いが起きないはずなど無い。
国境線付近を移動する際には注意が必要だなと再確認するアズキと茶歩丸。
と、あちこち歪んだ国境線を目で追っていくと、4カ国の国境線が交わる地図の中央部。
これだけ精密な地図に関わらず、そこだけぽっかりと穴があいたように真っ黒に塗りつぶされている箇所があった。
汚れや染みといった後からついたものではない、この地図には最初からそう描かれている。
「『ポイント・ゼロ』?」
塗りつぶされた箇所にはただひとつ、その名だけが記されている。
地図の持ち主である彼に聞いてみたいところだが、しゃべれないのでは答えてくれないだろう。
ひとまず、この地方の形や道は頭に入った。
地図では各国の内情まではわからないが、それはどこかの町で調べればいい。
少なくともこのあたりの街の位置がわかったことは、とても大きい収穫だ。
ひとまずは現在地。先日立ち寄った村の名前を探して、あった。
場所はリンクス連邦領土内の、東の外れにちょこんと載っているその村から、西のほうへ延びている街道は2つ。
ここでアズキはこの街道に人通りがない理由を知った。
自分達が歩いているのは山を迂回する旧街道。
このすぐ南に、山にトンネルを開ける事で新しく開通した新街道が存在しており。
西へ向かうのならばこちらの街道を使えば丸一日は短縮できる。
一応旧街道には分岐点があり、北へ続く道もあるのだが。
その分岐は昨日過ぎたばかりで、西へ向かう人は尚更旧街道を使う理由がない。
「うっへー、しかも、新街道は休憩所も完備してあるっすねぇ」
新街道に等間隔で配置された山小屋を使えば、快適な旅も送れただろう。
今歩いている道が、全く意味がない回り道と気づかされがっくりと肩を落とすアズキ。
かといって引き返すにも、道程はすでに半分以上すぎている。
仕方がないかと諦めるアズキは、ここで気がついた。
繰り返すが、途中の北への分岐点を通過しているので、西へ行くならばこの路を通るメリットは無い。
地図を持たずに旅をしていたため迷い込んでしまったアズキと茶歩丸ならばともかく、なぜこの少年はこの地図を持っていながら、あえてこの路を通っているのだろう?
考えられる理由があるとすれば、人目に付きたく無いから。
暖かい気候の中外套に身を包んでいるのもそのためだとすれば。
彼には人目を忍ぶ理由があるという事だろう。
次に気になるのはその理由だ。
盗賊にしては金属鎧に剣と十字槍という重い武装はおかしい。
どこかの国の極秘任務だとしたらアズキと接触するはずがない。
どうにも彼には謎が多く計りかねる。
ただどうしてか、不明だから距離を取ろうとか、ほんの少しもそう思えないアズキ。
その理由は良くわからないが、逆らう理由もないのでしばらくついてこう。
この道の先には大きな町がある。
『鉱山の町ロックラウンド』
ここから歩いて、到着は明日の昼ぐらいだろう。
「じゃあ、次の町まで一緒させてもらうっすね」
「よろしくな、あんちゃん」
「・・・・・・・・・」
目的地が同じなら、わざわざ別れて移動する必要も無い。
相変わらず無反応だが、拒否するのならすでにそうしているはずだ。
場合によっては武器を向けられる可能性もあるが、同い年の傭兵相手に負けるほど、自分はヤワではないとアズキには自負がある。
平和な時代ではなく、初対面の相手に気を許す者は誰もいない。
それはあちらも同じだ、馴れ合いなど考えてもいないだろう。
そんな様子で人通りのない街道を行く2人と1匹だった。