2-10 ひざまくら (挿絵有)
再び街道を歩き始めた、無メイの乖離と呼ばれる名無しの少年。
ゴーネス川の土砂を除去してから半日ほどになる。
もうランジベルの街は影も形も見えない距離まで来た。
リンクス連邦が派遣してきたおもてなし部隊の姿も見えないが、
彼らの捜索能力を考えればあと数時間もすれば追いついてくるだろう。
それまでは、一週間前と同じように一人旅・・・。
―ではない事は、彼の隣を歩く少女と狸の存在が否定している。
「いやぁ、良い事したあとは気持ちがいいっすねぇ」
「何いってやがんでぇ。お前なにもしてねぇじゃねぇかよ」
「甘いっすねぇ、こういうのは連帯感が大事なんっす」
「そういうのなんていうか知ってるか? 厚かましいっていうんだ」
キャイキャイと相も変わらず騒ぎたてるのは、
7日前から名無しの少年と行動を共にしている女忍者アズキと忍狸の茶歩丸。
その隣を歩く少年が無言なのも、いままでずっと変わっていない。
1人と1匹が、これから少年がどこへ向かうかも知らないけれど、着いてくるつもりなのも一緒。
ただひたすらに歩き続ける道中に、色とりどりの花が咲き誇る場所をみつけたアズキは。
「んー、さすがに夜通し山歩きの後じゃ体がキツイっすね」
「とにかく眠い。メシも物足りなかったしな」
「ねぇ、ちょっと休憩しないっすか?」
「・・・・・・・・・」
彼はこれまで、少女の願いを断った事はなかった。
彼女が休みたいと願えば足を止めて、自分も体を休めていたから、今回も同様にしてくれて。
花畑の近くにあるベンチに並んで腰掛けて、ふぅと息をつくアズキ。
「こういう時は、ヴェイグさんが早く追いついてきてくれないかなって思うっすんけどね。
あの馬車座り心地良いし、ジュースもでてくるし、昨日食べたクロワッサンは柔らかかったっすね」
「俺は断然牛肉串だな、世の貴族様はあんなもん毎日食って、わざわざ吐いてまた食うんだろ?
贅沢だぜホント」
などと料理の話をしていたら本当にお腹が空いてきそうなのでほどほどにしつつ。
そろそろ南に差しかかってくる陽光を体に浴びながらそよ風を感じ、
花畑の良い香りに睡魔に襲われ始めている時だった。
今まで黙っていた名無しの少年はアズキの方を見て。
「・・・なぜ、俺についてくる?」
昨日も同じ質問をされたばかりだが、今回は意味が違う。
ん? とわからないフリをして聞きなおすアズキに少年は。
「俺のあの姿は見ただろう?」
銀の甲殻に覆われた巨獣、通称、隻腕の獣。
何物をも踏み潰して進みそうな巨躯に、撤去する事が困難な土砂を数秒で消し飛ばしたあの光。
普通ではない、異常だ。
その質問の意味する事をアズキは理解している。
「・・・今まで、あんたのあの姿を見た人は、全員逃げていったんすか?」
「そうだ。人殺しの化け物などと、一緒にいられるはずがない」
それが彼の中での常識らしい。
故にアズキがまだ着いてくるのが理解できない。
珍しく彼のほうから話し掛けてきたのはそういう事のようだが。
その問いには応えずアズキは。
「・・・あんたは、困ってる人を放って置けないんすね。
辛くて悲しんでいる人、今にも死にそうで泣いてる人。
そういう人が目の前にいたら、救いたいって思ってる」
この世界から戦争は無くならないけれど、悲しむ人を減らすことはできるはずだと。
ロックラウンドで女の子にそういったのは他ならぬ彼だ。
それがこれまでの行動の原理で、ずっとこれからもそうなのだろう。
だから、アズキは自分の思っている事をハッキリと告げる。
「でも、報酬をちゃんともらわないのは感心しないっす。
何っすか? この前は硬いパンひとつで、今回は毒入り紅茶一杯。
それで人を救うなんて、安請け合い通り越してタダ働きっすよ。
あたしね、仕事に見合った対価が支払われてないの見るの、すっごく嫌っす!」
対価を求めない名無しの少年をそう叱責してから。
アズキはポンポンと自分の膝を叩いて示し。
「なので、ちょっとぐらいあたしが御褒美あげるっす。・・・ほら膝枕」
「ひざまくら・・・?」
なんだそれはと首をかしげる少年。どうやら膝枕を知らないらしい
「ハァ・・、こういう事っす!」
口で説明するのも恥ずかしいので、少年の首根っこをつかみ、強引に自分の前に寝かせるアズキ。
突然の事に最初は驚いた様子だったが、少年は彼女の太ももに頭を乗せると。
「・・・これが、膝枕か」
「そ、感謝するっすよ。
あたしがチャポ以外の男に膝枕するなんて初めてなんっすからね」
柔らかなふとももの感触が気持良いのか、あいかわらず無表情ながらも、どこか穏やかな雰囲気をだしている少年。
彼のブロンドの髪を撫でながら、アズキは話の続きをする。
「―そうっすね、驚いたっていうなら、あんたがスイレンに刺された時っすね。
いろんな動物を操ってるあたしも、心臓貫かれてるのに生きてて、
さらに傷がすぐに治るなんて初めて見たっすから。
それを見れば、バカでかい獣になるのなんて予想の範疇っすよ」
「・・・そういうものなのか?」
「・・・たぶんあたしだけの感想っす」
実際に茶歩丸も怯えていたし。
と、そう考えて茶歩丸が居たほうを見たら、いつの間にか居なくなっている。
どうやら彼なりに気を使って2人きりにしてくれたらしい。
そんなんじゃないのにと思いつつも、少しだけ感謝しながらアズキは。
「・・・ねぇ、私が着いて来るの、迷惑?」
口にするのが恥ずかしいセリフだったので、頬に朱が差しているのが自分でもわかるアズキ。
だけど、そんな女々しい問いをどうしてもしたかった。
「貴方の背中、すごく寂しそうに見えるの。
苦しくて、辛くて、悲しくて、寂しくて。
まるで、誰かに抱きしめてもらうのを待ってるみたいに」
「・・・・・・・・・」
名無しの少年は返事をしない。
ただ拒絶ではない、どちらかと言えば、認めたくないのだろうか。
その証拠に、アズキが触れている体が少し強張ったのがわかる。
「だから・・・その・・・。お試し」
「・・・?」
「まだ私が傍にいてあげるから。
それで貴方の心が少しでも救われるなら、私を頼ってみてほしい」
自分は何を言っているのだろう?
乙女チックにも程があるだろうと自己嫌悪しそうになるアズキ。
でも、伝える事に後悔は無い。羞恥よりも願いのほうが強いから。
少年は何も言わない、黙って、黙り続けて。
「・・・・・・・・・」
微かにだけれど、アズキの太ももに預ける体重が増して。
少し強めに、彼女にしがみつく名無しの少年。
口にはできないけれど、ハッキリとした肯定。
「・・・ありがとう」
自分を受け入れてくれて、感謝を口にするアズキは。
少年の頭をふわりと優しく撫でていく。
幼い頃、母がアズキにそうしてくれたように。
ふと頭を撫でる指先が、側頭部で何かに触れた。
ちょちょいといじってみると、髪を掻きわけて出てきたのは狼のような耳。
造り物ではない。人と同じ形の耳と、獣の耳を両方もつ少年。
ふと彼の腰のほうへ目を向ければ、鎧の下で微かに動く尻尾の気配がある。
ずっと隠していたのだろう、人には無いはずの黄金色の尾。
「・・・可愛い」
強く興味を惹かれて、狼耳を指でツツっとなぞると、彼の体がピクンッと跳ねる。
「んっ」
彼の口から甘い声が漏れたのがまた嬉しくて。
母から受け継いだ慈恵という名のように。
慈しみと恵みで、彼を包み込みたいと想った。
・・・それから、いつの間にか2人は眠りについて。
頃合を見計らって戻ってきた茶歩丸は。
「ったく、こんなところで寝ちまいやがって」
深くため息をつきながらも、主の幸せそうな寝顔を見て。
「・・・お前のそんな顔も、久しぶりだな」
なんだか悔しいけれど、幸せそうなアズキの顔を見られるのなら。
どんな危険な男でも、少しは感謝してやると。
「・・・礼は言わねぇけどな」
遠くから近づいてくる見慣れた馬車に気がつきながら、
嫉妬混じりにそう呟く茶歩丸だった。




