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無メイの乖離  作者: いすた
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2-9  思い出に重なる貴方

ランジベルの街にその轟音が鳴り響いたのは、日の出と同じ時刻だった。

その時、偶然目を覚ましていた街の老人は語る。

朝日が地面に落ちて、激しい音が鳴り響いたと。

それが数秒続き、やがて音が収まり、何事かと中央橋の上から音の鳴った方を見れば。

濁流となって押し寄せる大量の水が迫り、干上がった川跡を一瞬で満たしたと言う。

轟音は街中に響き渡り、音で目覚めた人々はまず我が目を疑った後。


「み・・・水だ・・・、ゴーネス川に水が戻ったぞぉぉぉぉぉぉ!!!」


まだ命も通わぬただの泥水だけれど、それも数日も立てば清流となり、

やがて命は戻り、土砂崩れが起きる前の街に戻る事ができる。

希望にランジベルの住人は沸き、歓声と喝采をあげた。

飢えて死ぬ未来しか見えなかった彼らに希望が生まれたのだから。


「イッタイ、ナニが・・・?」


その騒ぎを聞きつけ、孤児院の母代わりのスイレンは驚き。

しばらくをそれを見続け、この光景が誰の手によってもたらされた察した。


「無メイの・・・乖離・・・」


依頼を引き受けたと、去っていったあの背中。

それを思いだしてスイレンはなんとも言えなくなってしまう。

最愛の父を殺した相手。その罪を許すつもりはない。

父は町で評判の料理人をしており、スイレンはよくそれを手伝い。

母親はいない。男で一つで自分を育ててくれた父親をダレよりも敬愛していた。

だからある日突然国を発たねばならないと言われた時も、迷う事無くそれに従い。

それから長い旅を続ける中で、スイレンは始めて父の本当の仕事を知った。

父は暗殺を生業とする人で、その実力は故郷でも他の追随を許さない。

依頼を受ければ迅速かつ秘密裏に標的を始末し、その痕跡は汗一滴も残さず。

どんな困難な任務も確実にこなす、裏業界で知らぬ者はいない程の人だったのだが。

ある貴族からの暗殺に成功をしたものの、依頼主からの裏切りにあってしまい、命を狙われる事となって、逃げるように国を去ったという。

そしてもう一つ告白されたのは、スイレンは本当の娘ではないという事。

父親が殺害した夫婦には赤子が居て、泣きじゃくるその娘への罪悪感にいたたまれなくなり、アサシンに残されていた僅かな良心が、娘として育てる決意をさせたという。

申し訳なさそうに語る父親に、スイレンの意志は。


「おトウさん、ワタシに、アンサツジュツをオシえてほしいネ」


それがどんな意味なのか、良くわかった上で出した願いだった。

実の両親を殺した男と同じ道を辿る、そう理屈にしてしまえば考えられない事だろうが。

スイレンが頼れる相手は父親だけで、その父親を嫌いになる事なんてできない。

不器用ながらも一生懸命に自分を育ててくれた男の跡を継ぐ、それがスイレンの希望。

アサシンの技術を厳しく教わりながら続く旅、そしてたどり着いたリンクス連邦、ランジベルの街で親子は孤児院を始める。

提案したのはスイレン。

自分と同じようにひとりぼっちになるかもしれない子供達を救ってあげたいと。

この国でも暗殺の仕事を続けるつもりだった父親は最初は嫌がっていたが。

最終的にはスイレンの必死の説得、というより根負けしたのだが、父親もスイレンの事があり、快く受け入れてくれた。

孤児院の経営は思っていたよりも困難で、父親が暗殺で稼いだ資金でやりくりしていく毎日。

厳しくもだけど楽しい日々を過ごす親子にある日、父親の元に依頼が舞い込んできた。

ポイント・ゼロにて、無メイの乖離を倒す戦力に加わってほしいというものだった。

当時、無メイの乖離を倒すための連合軍は大陸中で噂になっており。

誰もが、最強の傭兵の伝説もこれまでかと思っていたものだ。

父親に仕事を依頼しに来た者は10万の兵力でも油断ならないと言っていたが。

勝ち戦に参列するだけで給金がでるとなれば、父親に断る理由はない。

孤児院の豊かにするために、すぐ戻ると出て行く父親を、スイレンも笑顔で見送り。

そして、ポイント・ゼロでの会戦で5万人が死に、その中に父親も含まれてしまった。

悲しんでいるヒマなんてなかった。

それからスイレンに待ちうけていたのは、休む暇もない毎日。

一人で孤児院の子供達の面倒を見て、夜は父親から引き継いだ暗殺家業で資金を稼ぐ。

「お前の殺しの才は、私を遥かに超えているようだ」なんて父親に冗談で言われた事があるが。

スイレンのアサシンとしての技量は、若いながらも卓越したものがあり。

暗殺を重ねれば重ねるほどあがる契約金に、子供達の成長による自己管理能力の向上で、

孤児院は少しづつ安定してきたところ。

ようやくひと息つけるかと思っていた矢先にあの土砂災害だった。

自分はいい、多数の人を殺めて息ながらえて来た暗殺者に、

幸福になる権利はないと父親にまず最初に覚悟させられた事だ。

だが、子供達には何の罪もない。

ただ選べもしない親が恵まれなかったり、戦争で全てを奪われてしまっただけなのに。

せめて子供達だけはと、スイレンの願いはそれだけでしかなかった。

一日でも長く生きてほしいからと、劣悪な環境に耐えるスイレンだったが。

自分の父親を殺した相手が目の前にいると気がついた瞬間、もう感情を抑える事ができなくて。

子供達を寝かしつけたあと、父親が故郷から唯一持ち出した茶葉を用い。

なぜかそれでも死なぬ少年を鉤爪で貫いてもなお、命を奪う事はできなかった。

それから彼はスイレンに報復をせずに。

今こうしてランジベルの街を救い、飢えに苦しむ子供達を間接的に救ってくれた。

何が彼をそうさせて、こうなったのかはわからない。

ただひとつだけわかっている事がある。

最愛の人を殺した少年は、最愛の人と同じように自分達を救ってくれたという事。

それは、自分から両親を奪いながらも、娘として育ててくれたその人と何が違うのだろうか?


「無メイの乖離・・・・」


もう一度彼の通称を口にする。

最初に口にした時よりもその呼び方はとても暖かく、

澄み渡った空のように穏やかだったのは、なぜだろうか?

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