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無メイの乖離  作者: いすた
10/48

2-1  リングルス議会にて

無メイの乖離が、ロックラウンドに現れた。

この情報は瞬く間にリンクス連邦中央政府に広まり。

保守派と改革派の武力衝突でただでさえ大騒ぎだった中央政府のある首都『リングルス』は今、蜂の巣をつついたかのような大混乱に陥っていた。

語り部に災厄とまで謡われる最強の傭兵。

その行動は、いかな者でも妨げられぬ。

リンクス連邦ではその日の夜に急遽、最高議会を召集し。


「ここはロックラウンド周辺の領地に避難勧告を出すべきでしょう!」

「いえ! 周辺の街道を封鎖するべきです! あの者を速やかに国外へと追い出さなければ―」

「バカを言うな! 下手に刺激をして怒りをかったらどうする!?

 リンクス連邦全土が焦土と化すぞ!?」


無メイの乖離への対処方法を決めるため、怒号を交えての会議。

対応をひとつでも間違えれば、国全体が滅ぶ事になる。

無メイの乖離は過去に4つの小国を殲滅している記録がある。

1年前の終戦から活動は比較的おとなしくなっているとはいえ、いつ噴火してもおかしくない活火山が自分の意志で歩き回っていると例えていい。

議員達が恐怖に我を忘れ、まともに会議が進まない中、頃合を見計らって、議長席に座る初老の男が静かに口を開き。


「まずは報告を聞こう。

 無メイの乖離は、どのような理由でロックラウンドの戦闘に介入したのか?」


冷静な声音は不思議なカリスマ性を持ち。

鶴の一声でハッと焦りを収めた議員達。

この男こそリンクス連邦の政治のトップに立ち。

戦時中からこれまで連邦の発展と繁栄に尽力してきた男。

『ボラール大臣』である。

彼の言葉に報告書を持って待機していた部下がようやく前にでる事ができた。


「無メイの乖離のロックラウンドでの戦いは、ランジベル軍の撃退のみを行ったそうです。

 また、この行動においてランジベル軍の人的損失はなく。

 報告にあった彼の者の勧告通り、あくまでも戦闘の停止が目的だったようです」

「契約した者は?」

「ロックラウンド住民の母娘との接触を目撃した者が多数おります。

 その娘と契約をした可能性が高いそうです」

「接触はどこで? ロックラウンドは厳戒態勢だったはずだ。

 無メイの乖離の来訪に気づかなかったわけではないだろう?」

「それが、哨戒任務中の兵士が、ロックラウンドに近づく彼の者をスパイと間違えて捕らえ、独房に入れたそうで・・・」


この報告に、落ち着き始めていた議員達の顔からサッと血の気が引き。


「な、なんという事を!?」

「その兵士の首を刎ねるべきでしょう!

 一刻も早く謝罪を行わねばなりません!」


奇妙な会議だった。

災害への対策かと思えば、今度はご機嫌取りの接待の話になっている。

国のトップ達が集まっているとは思えない狼狽ぶりに、さらに続けられる報告。


「いえ、実は無メイの乖離と契約したと思われる娘が、その兵士の子供だそうで・・・」

「ええい! あの者の行動は無軌道すぎる!!」


彼の者の行動は、議員達にはまったく理解できないものだった。

無メイの乖離という最強の少年の行動理念で、わかっていることはいくつかある。

まず、金や名声には全くと言っていい程興味がない。

大戦中も大枚を叩いて彼を召し仕えようとした国や貴族は大勢いたが、

無メイの乖離はそれらに基本応じる事はなく、金で動く傭兵を職としながらも、その契約の相手は平民ばかり。

それも下層階級や女子供が圧倒的多数だという。

では好色家なのか?と確認をするとそうでもない。

大陸一の美女と謡われた王女が彼を篭絡せんとしたがまったく相手にされず。

王女がヒステリーを起こして暴走をした際、彼自身が鎮圧した事もある。

ちなみに男色家でない事も、各方面の失敗の報告で判明済み。

無欲にして最強の力で各地の戦争を止める。

理屈で政務を執り行う政治家にとって、理解できないというのは厄介極まりなく。

せめて思いつく限りの接待で、あの刃がリンクス連邦へと向けられないようにするしかない。

ああでもないこうでもないと、まったく進展しない議員達のやり取りが交わされ。

やれやれとため息をつく議長のボラール大臣が再び口を開く。


「まず、無メイの乖離の目的を探る事が先決であろう」


それがわからない事には対処のしようが無い。

最強の傭兵が何の目的があってこの国に来たのか?

何かの契約に基づいてやってきているのならそれを知る必要がある。

物見遊山ならそれでいい、それも知らなければ始まらない事だと大臣は。


「無メイの乖離に使者を送る」

「はっ! 人選は如何致しましょう? 彼の者への使者となれば、それなりの人選でなければ・・・」

「この時の為に、私直属の特殊部隊を用意してある」


実は無メイの乖離が現れた際に、いつでも動かせる専門の部隊をボラール大臣は用意してある。

いわば専門のおもてなし部隊。

ボラール大臣の迅速な対応と先見の明に議員達はおおっと驚き。


「献上品はどうなさるのですか?

 無メイの乖離が徒歩で動いているとなれば、

 我が国最高級の軍馬に馬車などを用意すれば喜ばれるかと」

「あの者はそんな物を受け取りはせん。

 干し肉や水などの必需品をもっていかせる。

 高価な物、貴金属や酒などの趣向品はかえって気を悪くさせるであろう」


それから続く大臣の案は驚くほど詳細だった。

無メイの乖離と呼ばれる彼はしゃべる事が極端に少なく表情にも変化がないため、交渉に手応えは無い事。

ただし聞いているため、同じ事を二度言う必要はない事。

そしてしつこく食い下がらない事。

ボラール大臣の案に誰も異論は無く、無メイの乖離への使者の内容は決まった。

一部の議員達がおもてなし部隊に同行を申し出るが、議員達が個人的に無メイの乖離と繋がりを持とうとする下心などボラール大臣にはお見通しで、

そういう態度は彼の機嫌を著しく損ねる事になるだろうと全て却下。

準備が出来次第、使者は今晩にでも出発する予定だ。

急がなければならない、無メイの乖離がリンクス連邦に現れた事は、明日には各方面に広まるだろう。

そうなれば連邦領内だけではなく他国、いや大陸の外からの使者も大勢殺到する事になり、場が混乱しすぎると無メイの乖離は忽然と姿を消してしまう。

誰よりも早く、リンクス連邦中央政府が無メイの乖離と接触をすることが最優先。


「せめて、我々に敵意はないと知っておいてもらわねばな」


敵に回す事だけは決してあってはならない。

そう議員達に告げる大臣に、会議場の入り口から冷たい声がかけられる。


「ほう、その我々というのはリンクス連邦全体か?

 それとも、貴様ら文官だけか?」


会議室の扉にもたれかかり、

政治を執り行う国のトップにするにはあまりにも無礼な態度をしているのは。

豊かな髭を顎にたくわえた、50は過ぎていながらも屈強な体躯を持ち。

政治家ではない武人らしさと相まって、品格を損なった横柄な態度に議員の一人が剣幕をあげる。


「ダルマック将軍! 会議に突然現れてのその物言い、いかな将軍とて許されるものではない!」

「貴様などには聞いておらん! 大臣、貴様に聞いているのだ!?」


それだけで人を殺せそうな一喝に、ヒッと怯えてすくむ気弱な議員などどうでもいい。

リンクス連邦軍部の最高司令官、『ダルマック将軍』は会議の机をバンッと殴りつけながら。


「随分と無メイの乖離について詳しいようだったが、まさか貴様があの者をこの国に招いたのではあるまいな?」

「・・・言いがかりも甚だしいな」


議員を竦めさせたダルマック将軍の迫力に一切たじろぐ事もなく、ボラール大臣は否定する。

2人はかれこれ十年以上の付き合いになる。

といってもプライベートでの付き合いではなく、あくまでもリンクス連邦の主要メンバーとして。

戦時中からこの国を支えてきた2人だが、その考え方はいつも正反対だった。

常に冷静に、周りの者も落ち着かせるボラール大臣とは違い、ダルマック将軍はすぐ感情的になって物事を判断する直情型で、

大統領が存命であった頃にも礼節を欠いた態度をとっており。

それが許されたのは、戦時下に置いては軍部を掌握する彼がリンクス連邦の事実上のトップであり、ダルマック将軍が罪人と疑いをかければその瞬間、事実として処理されるのが当然だったことからも絶対的な権力が伺いしれた。

が、それも今では過去の話。


「バカバカしい。

 そもそも貴公は自分がどのような立場にあるかわかっているのか?」


戦時中はリンクス連邦の実質的な支配者はダルマック将軍だっただろうが、

今は違うと、ボラール大臣は一切の怯みを見せる事無く続け。


「貴公はランジベル軍を扇動し、ロックラウンドに攻め込ませた疑いがかかっている。

 あの事件で何千もの国民が命を落とし、各領主達からの将軍への批判は日に日に大きくなっている。

 次期大統領候補の貴公を、裁判にかけねばならない日も近い」

「裁判だと!? 何十年にも渡ってこのリンクス連邦を守り続けてきた我に、

 罪人の咎を科そうというのか!?」


古くから続く軍人の名家として、80年前の連邦発足にも多大な尽力をしてきた先祖をもつ将軍の家。

リンクス連邦の歴史において多大な功績を残した絶対的な存在であり。

大統領であろうと脅かす事はできないはずだった。

だが戦争が終わった今ではそんなもの、何の役にもたたない。


「今はもう戦時中ではない」


ただ現実を受け入れろというボラール大臣の言葉がダルマック将軍に突き付けられ。

これまでも不機嫌だった将軍の額に、太い青筋が浮かび上あがった。


「っ!! 貴様ら文官如きが、我ら誇り高き軍を好きなようにできると思いあがるな!」


ほとんど捨て台詞のように吐き捨て、乱暴に扉を蹴り破っていくダルマック将軍。

怒りを隠そうともせず、憤怒の表情で廊下をガツガツと歩く。

彼を恐れ、通路を行き交う貴族達は見えない壁でもあるかのように道を開けるも、その視線の中に含まれる憐れみを感じ、ダルマック将軍はさらに不機嫌を募らせ。


「大臣め!無メイの乖離の威を借りての政など恥知らずの所業よ!あの売国奴めが!」


リンクス連邦はまだ歴史は浅くとも様々な偉人達が守り、受け継いできた国だ。

それを、まだ20もいかぬ小僧のご機嫌をとるためにその形を変えようなどと。

名家の生まれであるダルマック将軍には、とても容認できるものではない。

恵まれた大地と資源によって作られる強大な軍事力をもって国をまとめ。

外敵から守り、周辺大国に並ぶまでに発展したリンクス連邦の誇り。

軍事力は国にとって最重要であり、強国には必要不可欠。

それが無価値となってしまった原因は、あの少年に他ならない。


「無メイの乖離め! どこまで邪魔をすれば気が済む!!」


戦争の真っ只中に突如訪れた強引な終戦。

形骸化した軍事力と反比例するように増していく政治家の発言力。

すべて無メイの乖離という災厄が原因だ。

あれさえいなければ、すれ違う貴族連中から憐れみと蔑みの目を向けられる事もなかったというのに。

憤る将軍の前に、彼を探していたらしい兵士がやってきた。


「将軍! こちらにおられましたか!」

「なんだ? ランジベルへの支援はこちらで行う。改革派の力など借りんぞ」

「い、いえ、そちらではなく・・・。

 異国の使者で、将軍に取り次ぎを願う者がおりまして・・・」

「今は忙しい。バーンズにでも対応させておけ」


無メイの乖離が国内に現れた事で、ダルマック将軍もその対応に入らなければならない。

あの最強の傭兵をのさばらせておけば、軍事政権の復権を狙う保守派の立場はどんどん危うくなるのだから。

異国の者など相手をしている余裕はないと思っていたダルマック将軍に、彼を探しにきた兵士は声をひそめ。


「・・・それが、”無メイの乖離の対処を請け負わせてほしい”、と」

「何?」


無メイの乖離に逆らうと発想ができる者が、まだこの世界に居るというのか?

久しぶりに聞いたその考え方に将軍は。


「どこの国の者だ?」

「はい、倭本という東にある島国の、忍という隠密集団だそうです。

 宝物庫の奥にあったはずのリンクモーズを持参して参りました」

「リンクモーズをだと!?」



リンクモーズとは、リンクス連邦の名を付けるに値すると二代前の将軍に絶賛された国宝たる名剣だ。

将軍家の力の象徴として最も厳重に守られた宝剣は、たかが盗賊如きに奪えるものではない。

それを誰にも気づかれずに盗んだ後、さらに返しに来て実力を証明してきた来訪者に。


「会おうではないか」


ダルマック将軍に会わないという選択肢は無かった。

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