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無メイの乖離  作者: いすた
1/48

1-1  空腹 (タイトル&挿絵有)

挿絵(By みてみん)

大陸から離れた東の島国、倭本ワホン

永きに渡る戦乱の果てに設立した幕府は今年で130年目を迎え、偉大なる帝、徳永の血を継ぐ者も去年14代目が生まれてまだまだ安泰。

と、今は遠い故郷の事情を思い出しながら。

女忍者『慈恵じけいアズキ』は倭本から遠く離れた異国の地で、

巨大な木の枝に逆さでぶら下がりながら、じーっとなにかを待っている。

倭本美人の見本のような、艶やかな黒髪を長く伸ばし。

18という実年齢よりも若く見える東国特有の顔立ちは愛くるしくも、大人の色香をうっすらと宿し始めた、人生の中でもわずかなこの時ばかりにしか顕れない魅力。

そして『天は二物を与えず』などいう諺などこの世界に存在せんといわんばかりの、美顔に匹敵する魅惑の肢体は豊満な乳房もあり、もう少しだけ行き過ぎれば下品になってしまいそうなほど。

藤色の忍び装束は動きやすさを重視して大きく肌を覗かせ。


『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の華』


美人をべた褒めする表現すらも陳腐になってしまいそうな、そこに居るだけで男を魅了できる、美少女くのいちは口を開き。


「・・・お腹減ったっす」


百年の恋も冷めそうなゲッソリとした表情で。

生まれ故郷の理想的な女性像、良妻賢母なんて知った事かと、粗雑な語尾をつけて呟く独り言。

彼女、アズキが倭本を発ってはや3ヶ月。

海を挟んで大陸に降り立ち、そこから1000kmの距離を移動した現在。

カビが生えそうなほど古くから続く理想の女性像を押し付けて怒鳴る男がいるはずもなく、彼女が言葉遣いに気をつける必要性は全くない。

故郷の束縛からの解放、自由を求めた彼女にとって、この3ヶ月は異国の文化に触れられる驚きと発見の毎日だったが。

悲しいかな、人という生物には物理的な燃料補給、つまり食事が必要である。

徒歩での移動ならば尚更、丸一日何も食べていなければ、グーグー唸る胃袋のコール音はやかましいほど。

早急に何かを腹を入れなければ、動けなくなってしまう。

雑食生物である人間は基本的に食べるものに困らないため、その辺りの動植物を食べる事で飢えを凌げる逞しさはあるのだが。

ここしばらく、なぜか小動物すらも見かけず、魚がいそうな水源も無し。

消去法で残す食料は植物一択。

そう、今アズキがぶら下がっている大木の、目の前に実る極彩色の果実。

故郷の特産品である夏蜜柑と同じぐらいの大きさで、それが大木にびっしりと実っており、すべて採取すれば当分の食料には困らないだろう。

しかし、空腹を訴えるアズキはそれを手にせず、果実と同じ高さでじっと睨み付けたまま。


「うう、・・・食いたい、 食いたいっすよぉ!!」


されど耐えねばならない。

理由は断食の業でも、抜群のスタイルを維持するダイエットなどというものでもない。

ここはアズキが知らぬ異国の土地で。

この果実を食べても大丈夫なものなのか判断が付かないのだ。

異国からの旅人であるアズキには、この地域の情報が圧倒的に不足しており。

いくら空腹とはいえ、食の満足と引き換えに命は差し出せない。

湧き水だって他の誰かが口に含んだのを確認しなければ飲む事も躊躇われる。

ましてや極彩色と言えば聞こえはいいが、毒々しいと表現しても差し支えないこの果実。

忍軍で教わったサバイバル術でも、果実の毒の有無はまず色からと言われており。

ここまでカラフルな色は、要注意果実教本の代表例級だ。

おまけに鳥がクチバシでつついた形跡もないとくれば、ほぼ間違いなく危険な一品。

しかし、もしかしたら食べられるかもしれない可能性がある。

それを調べるためのモノの完成を、アズキはこうして待っているのだ。

大木の下でモクモクとあがる煙の発生地点から、彼女とは違う別の声が上がってきた。


「おーいアズキ、準備できたぞー」

「いぇい! 待っていたっす!!」


待ちわびた声に、目の前の果実をもぎとってそのまま自由落下。

高さ10メートル程度の高さなど、忍びの技を持ってすれば衝撃無しでの着地も容易い。

くるりと回転し、パッと着地した場所には、焚き火の上にくべられた鍋と、中で煮立つ青色の汁。

そして、赤いマフラーを首に巻いたタヌキが1匹。

このタヌキ、見紛う事無き二本足で立ち、前足でしゃもじをかきまわして、さらに。


「いやぁ、この辺にもドクミ草が生えてて助かったぜ」


ペラペラと人の言葉をしゃべるタヌキ。

名前は『茶歩丸ちゃぽまる』という。

茶色が歩くからという理由でつけられた名付け親のアズキは、忍狸が煮立てていた青色の汁を小皿にとりながら。


「紫でっるな~、紫でっるな~」


極彩色の果実を割って、剥き出しの白い実に青色の汁をたらす。

これは忍軍に伝わるサバイバル術のひとつで。

ドクミ草と呼ばれる草を煮立てることで抽出された汁には、

人体に有害な毒に反応する性質があり、毒がある場合、青色から紫色に変色する性質があるのだ。

すでにアズキの腹の虫は、これが栄養として収まるものと喚き散らしている。

その要求に一秒でもはやく応えてやりたいアズキ。

茶歩丸と空腹は同じく、反応は青色のままであってほしいと切に願い。

1人と1匹の目に映ったのは、これでもかというほどクッキリと鮮明な、紫色であった。


「なんでっすかーーー!!!

 いや、こんな綺麗な反応をしたのをあたしは見た事ないっす。

 フゥ・・・フゥ・・・、これは逆に安全な―」

「落ち着け、それと手を良く洗っとけよ」


茶歩丸にたしなめられながらも、諦めきれないアズキは、実を焼いたり煮たり、色々試してみるも、望む成果が得られず。


「くぅっ! 紫色が憎い!!」

「そんな色の装束着て何いってやがんでい」


色に八つ当たりをはじめた藤色の女忍者に、さっさといくぞと促す茶歩丸。

トボトボとその後ろをついていくアズキだが、1人と1匹の歩く先に、目的地やアテはない。

一応街道を歩いているためいずれは街にたどり着けるだろうが、果たしてそれは半日後なのか?明日なのか?それとも一週間後なのだろうか?

かなり無謀な旅路だが、そうなってしまったのには理由がある。

3日前に立ち寄った村で旅支度をして、当然初めての土地で地図は必須。

商人から購入しなければ死活問題である事は重々承知だったのだが、地図が必須であるのは当然売る側も熟知しており、村で唯一の男性商人に高値をふっかけられ。

激怒したアズキは商人との交渉を蹴り飛ばしたのだが。

やはり地図は手に入れるべきだったと、ここに来て自分の判断ミスを呪う事になるとは。

おまけにこの街道、整備されている割りに人の気配がほとんどなく。

通りすがりの人に路を尋ねる事もできない。

人っ子一人いない街道をトボトボと歩きながら、アズキの口からグチばかり。


「大体あの村の商人が悪いっす!

 水袋や干し肉が前の町の倍ってなんすか!?

 オマケに安くしてほしかったらとかいって、

 下品な目であたしの体を・・・、ああ気持ち悪いっす!!」

「だからあの時俺が、歩き旅じゃ費用がバカにならねぇから、

 近くにいたキャラバン隊の護衛でも引き受けて、それに乗せてもらおうって言ったじゃねぇかよ」


茶歩丸が言うキャラバン隊というのは、商人達で結成した旅団の事だ。

馬車に豊富な物資を載せる商人達は山賊や盗賊の格好の的である。

それらの外敵から身を守るために商人達はグループを作り、傭兵団にまとめて護衛させる事で、効率的かつ安全に町と町を行き来する。

腕に覚えのある者ならば、彼らの護衛を引き受けて一緒に移動するのが効率が良い。

特にこの地方では最近まで大きな戦争が繰り広げられていたそうで。

結果、戦災で居場所や国を失った住民や兵士たちがあちこちで野盗化し、旅路は常に危険が付き纏う。

実際に、傍から見れば女の一人旅をするアズキも何度か山賊に襲われているが。

故郷の忍軍では最上位の実力を誇った彼女の戦闘能力で一蹴。

彼女ほどの実力をキャラバン隊に示せば三食寝床有りの馬車の旅、さらに給料のオマケ付き。

茶歩丸の提案は大変合理的なのだが、アズキは首を横に振り。


「あたしたちは抜け忍っすよ?

 どこに忍軍の目が光ってるかわからない以上、

 いかにも監視されていそうな場所に行くわけにはいかないっす」


規律に厳しい倭本の忍軍は、決して抜け忍を許さない。

アズキ一人を始末するのに、キャラバン隊を壊滅させる事も躊躇わないだろう。

冷酷な人間ならばその隙に逃げられると考えるかもしれないが、

アズキの性格上、そんな下衆な真似は死んでもやりはしない。


「連中が諦めてくれりゃいいんだけどな」

「無理っすね、抜け忍の始末ならともかく、”コレ”があるっすから」


小娘一人の命だけではない、アズキの腰には、彼らが守るべき国宝の刀剣が下がっている。

これを取り戻すためならば、彼らはまさに、手段を選ばない。

百合の花をイメージした豪華な飾りが施された鞘を眺めながら茶歩丸は。


「俺からすれば、たかが刀一本って気ぃするんだけどな」

「あんたにとってはたかがでも、これは、お母さんの形見なんだから」


元はただの野良狸である茶歩丸からすれば、無機物に命をかける人間の感覚がよくわからない。

とはいえその感情を押し付けて、捨ててしまえと言わない程度には、主であるアズキの気持ちは理解している。

アズキがこの世界で最も尊敬し、憧れていた母。

この刀は母が残してくれた絆の象徴、命を狙われる危険を冒してでも失うわけにはいかない。

胸中に母との思い出が去来し、しんみりとしているのもつかの間。

アズキの腹の虫が一際大きく鳴り、厳かだったムードもぶち壊しだ。


「あ~、はやいところ食べ物見つけないと、飢え死ぬっす~」


いつになったら食い物にありつけるのかと、歩き続けていた時だった。

一陣の風の中に、鼻腔を刺激する美味しそうな匂いが混じっている事に気が付き。

アズキと茶歩丸の目が、同時に見開かれ。


「こ、この香ばしい匂いは―」

「魚っす! 焼き魚っす!!」


匂いを嗅いだ瞬間に、もう脚が動き出している。

忍ならではの軽快な駆け足で匂いを辿る1人と1匹。

やがて魚の匂いに水の香りが混じり始め、耳にも水のせせらぎが聞こえてきた。


「おお! 川っす!!」

「うっひょー! やったぜぇ!!」


道中で見つけた湧き水や泉とは違う、命の宝庫だ。

この匂いの大元のように、アズキと茶歩丸も魚を捕まえて調理すればいいのだが。

近づけば近づくほどこの匂いがたまらず、空腹は我慢できそうにない。

フラフラと匂いに誘われた先には、深緑色の外套で全身を覆う人物が小川の隣で焚き火をあげ。

それを囲むように、串に刺した川魚が、なんと5尾も焼かれている。

食べ頃だと主張するように、皮の裏の油がパチッと爆ぜ。

そこから串を伝ってトロリと垂れ落ちる汁が、なんとも食欲をそそり。

連動して垂れてきたヨダレをぐっとぬぐいながらアズキと茶歩丸は。


「すみませ~んっす。あたしたち昨日から何も食べてなくて、よかったら2匹、恵んでもらえないっすか? お金はあるっすよ」

「タヌッ、タヌッ!」


茶歩丸はしゃべらないように気遣っているつもりだろうが、明らかに鳴き声がおかしい事に気づく余裕も無いようだ。

地図代をケチった分をここで使っても惜しくはない。

ついでにこの地域の事を聞かせてもらえば決して高くない情報料だろう。

もし前の商人みたいにふっかけてきたり品の無い取引を持ち出してきたら、

少しだけ我慢して自分で魚を獲れば良い話だ。

果たしてこの外套に身を包む人物は。


「・・・・・・・・・」


その人物は無言で、一番食べ頃の串を2本手に取り。

ぶっきらぼうに、アズキと茶歩丸のほうに差し出してくれた。


「あ、ありがとうっす!」

「タヌゥ~~!!」


1人と1匹はたまらずかぶりつき、焼き魚と香ばしい香りと、程よい塩味がグッと口の中に広がった。

空腹は最高のスパイスなんて使い古された言葉があるが、

それを抜きにしても良い味で、たまらず叫ぶ1人と1匹。


「うまいっすーー!!」

「うめぇぇぇぇl! ・・・タヌ」


過剰なほどの声をあげながら、ガツガツと魚にかぶりつくアズキと茶歩丸を他所目に。

外套を纏った人物は立ち上がり、川に石を積んだ魚寄せの仕掛けに近づき。

新たな川魚を掴みとり、手早く内臓を取りのぞいて串に刺し、新たに火にかけ。

塩の入った瓶を振りながら、次に食べ頃になった魚に手を伸ばす。

それもおいしそうだなぁと思いながらも、手に持った物までねだるつもりはないアズキだったが。

外套を纏う人物は、その魚もアズキと茶歩丸に差し出した。


「へ? ・・・まだ、くれるんすか?」


空腹に魚1匹程度では物足りないのは間違いないのだが、何も対価を申し出ずに、黙って差し出すその人物。

食べ終わってから要求する類かと疑ったが、それにしては一切表情も見せず、何も話しかけてこない。

いや、そもそも取引をしようという気配すら見せていないのだ。

新たな魚を感謝しつつ受け取って、1匹目よりは落ち着いて食べ進めながら、アズキは外套を纏う人物、体格からしておそらく男性であろう彼を観察する。

彼が腰掛ける岩の横には、彼の武器であろう剣と十字槍。

外套にポツポツと血痕と思われる赤色が付着しているところをみると傭兵か何かだろうか?

そういえば、茶歩丸の明らかにおかしい鳴き声にも微動だにしなかったのも気になる。

アズキと茶歩丸が2匹目を食べ終わる頃、彼はようやく自分の分を口に銜える。

顔を覆う外套から少し覗く口元は若々しい。

顔が見えないかなと、アズキがさり気なく覗きこもうとした時だった。

フワリと、アズキと茶歩丸をここに誘ったのと同じ風が吹き、その人物の顔を覆う外套が、パサリとずれおちた。

外見から見て取れる年齢はアズキと同じ18ぐらいだろう、少年と青年の境目ぐらいの男性。

まず目を惹くのは、鮮やかなブロンドの髪。

整えずにボサッとさせながらも、不思議と気品みたいなものを感じさせ。

スッと流れるような顔のラインは絵から飛び出してきたように整い。

青い瞳は、サファイアを思わせるほど煌びやか。


「っ・・・!」


ドキリと、不意打ちの感覚がアズキの胸を高鳴らせ、頬に朱が差した。

一心不乱に魚にかぶりつく茶歩丸は気づいておらず。

アズキの視線を察した少年が、無表情のまま彼女を見返す。

見つめあったまま、不思議と目を逸らせずにいて。






この日、この瞬間。

異国の抜け忍の少女と、無口な名も無き少年。

これが2人の出会いだった。


挿絵(By みてみん)

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