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おはようとまた明日のあいだ

作者: しましまに

 おはようございます。 


 今日も〈こちらの世界〉の朝は快晴で、飾り格子の向こうには青い空が広がっています。不思議ですね、異世界なのに空は同じ色をしているなんて。

 でも、明日からはきっと違う色が見えるでしょう。

 少し不安はありますが、きっと大丈夫、頑張ります。


 それは、夏直前の、空気が揺らめくコートにて。

 私たち3人は〈こちらの世界〉に紛れ込んでしまったのです。

 理由は明確で、〈こちらの世界〉の魔術師が〈おとなりの世界〉からヒトを召喚する術の施行時に、巻き込まれてしまったから。

 なぜ私たちだったかまでは、判明していないけれど。

 ちゃんと言葉の魔術もかけてもらえたし、お城で保護してもらい衣食住も賄ってもらっています。生きていくための知識もちゃんと授けてくれましたし。

 とても感謝しています。

 まあ、〈おとなりの世界〉から召喚された〈ヒト〉たち向けのものを流用しただけ、なんだけど。

 特別に、私たち3人には〈真守〉も付けてくれたことですし。


 緑濃く香る朝の空気を胸いっぱいに取り込んで、少し高さのあるベッドから飛び降りたら。

 洗面して、身支度。

 靴を手にして、ちょっと考える。白を基調にピンクのラインの入ったテニスシューズ。これはどうしよう、明日持って行こうか、それとも残して行こうか。

 元々、私たち3人が属していた世界を〈おむかいの世界〉と呼んでいます。実際、ここ〈こちらの世界〉とは何億光年の隔たりがあるのかもしれませんが。

 突然の出来事だったので〈おむかいの世界〉から手にしていた物はほんのわずかで、何の感慨もなく使用していた物さえ、とても大切になりました。これもそう。

 考えた末、まとめてある荷物に入れて。

 よし。

 音に気をつけてそっと扉を開け、右見て、左見て。そろりと部屋を抜け出した。


 奇跡的に誰とも出会わず、いや昨日の祭りのせいでみんなまだ寝ているのでしょうね、目的地に到着。

 日本仕様ではない大きなドアをノックすると、返って来たのは不機嫌な声で。

「鍵、かかってねえよ」

「おはようございます」

 なんてこった、部屋の使用者はまだベッドの中じゃないですか。

 それに、えっと、いくら暖かくても服は着た方がいいと思いますが。だって風邪をひきますよ、裸でいると。

「先輩…服着ていないときは、部屋に入る許可しなくていいんですよ?」

 床には何に使うのだかいろんな器具と工具があり、それを避けながら、ドアからベッドまでに点在する服を集めて行く。

 気だるげな先輩に差し出して。うん、パンツが含まれていましたが、見ていないふりをしますね。

「普通、女なら可愛くきゃあくらい言うだろ。ああ、見慣れているんだったな?」

 大丈夫ですよ、先輩の機嫌は悪くありません。ええ、口が悪いだけです。知ってます。

「2人の弟は基本、家でパンイチでしたからね、って、いいですいいです見せなくてもっ。テニス誘いに来ただけなんですう、ふあっ?」


 手を引っ張られて、ベッドに引きこまれそうになるのを必死で阻止したのに、相手はクツクツと笑うのみだった。ほんとこの人は。

「貫徹明けだぜ、運動したら死ぬっつうの。ああ腹減ったな、飯食いてぇ」

 にやにや笑う先輩。

 それで食堂に向かうことに。廊下には人の姿がちらほら見えだして、ちょっと身構えてしまった。

 彼の姿が見えないことに、ほっとして肩の力を抜いて。できるならもうちょっとの余裕が欲しいのです。

「あすの」

「しいっ先輩。駄目ですよ」

 会話の内容に思い当たり、ひやりとした私は慌てて唇に指を立てた。私の目配せに、先輩はにぃと笑う。

「ああ?秘密、だったな?」

 分かっているなら黙りましょうね、先輩。


 私は今、秘密にしていることがあって。

 隠し事は苦手だけど、周りに知られないよう必死なのです。特にある一部の人達には絶対に内緒で。

 決行は明日。

 それまでは。


 黙々と2人で食事をした後に寄ったコートにて、テニスするどころか雑草取りに追われてしまいました。コートと言っても、むき出しの地面に簡単なネットを立てたものですが。

 小柄な背中を丸めて草を引き抜く先輩は、珍しく口を開きません。

 そして、私も。

 お互い何も言わないのは、今日でしばらく会えないと理解しているから。

 ようやく綺麗になったコートに満足していると、先輩は取った雑草を「やる」と言って寄こします。

「いりませんよ、もう先輩は」

「貫徹の結果を無にすんな」

 草に紛れ、赤い石が光を反射し綺麗に輝いていて。私の指をそっと開き、先輩はそれを握らせてくれました。

 それには、ぬくもりが残っていて。

 いじわるじゃなかったんですね、先輩。私、頑張りますから。

 だから、一緒に還りましょう。

 


 この〈こちらの世界〉は、爪と牙のある獣人さんの世界でした。

 純粋な〈ヒト〉は今や絶滅危惧種らしく。

 人間がいなくなっても別にいいんじゃないかな、なんて気軽な考えは、獣人同士の交配が進むと知性のないケモノになってしまうと聞いて、吹き飛びました。すみません、浅はかで。

 だから〈おとなりの世界〉から〈ヒト〉を呼び移住させる、召喚術を行っているようです。

 その術に巻き込まれた私達。

 いろんな獣人さんに囲まれた時、私、茫然として何も考えられませんでした。

 そして、やってしまったのです。

 低い声で言った、先輩の言葉を深く考えませんでした。

「チビの頃、犬に噛まれてから、俺、得意じゃねえんだけどな。どんな悪夢だよ」

 だって、そう言われたら、犬が嫌いかと思うじゃないですか。

 獣人さん全員が苦手だなんて分かりませんでした。いつも先輩に言われていたんですが、私って本当ににぶいんですね、すみません。

 でもでも、だからといって、生け贄にしなくてもいいじゃないですかっ。

 どんと背中を押された私は、たくさんの獣人さんへダイブ。ふわわわ。触られるわ舐められるわ抱っこされるわ。

 ざきさんも、助けてくれないなんて。ひどい。

「何、このやわらかい生き物」

 ちょっとワンコさん、指をかじらない。いいんですか、そんな事して。反撃しない、なんて思わないでくださいね。

 にっこり笑って、そして、お返しですとばかりに獣人さんを撫でまくりました。

 ええ、モフモフを堪能しました。してしまいましたよ。

 だってモフモフは正義。

 ごめんなさい頭が沸いてました。

 目つきの悪い先輩が、さらに凶悪な目になってチッと舌打ちする姿が見えて、そこで初めて、異世界に来たことを喜んでしまった自分に気付きました。

 以後、私は罪悪感を消せずにいます。

 ごめんなさい、先輩。

 きっと見つけてきますから。

 ここでは見つからなかった、私たちの〈おむかいの世界〉へ還るヒントを。

 〈おとなりの世界〉に行って。


 いつしか輝く太陽は高く上り、暖められた風が汗をかいた体に吹き付けます。

 昼食を取りに、食堂に戻ると、朝とは違い大勢の獣人さんで賑わっていました。

「おう、とーや。しのも一緒か」

「一緒じゃわりーのか」

「とーや、昨日の祭り、なんで出てこなかったの?」

「ほっとけ」

 …先輩。もう少し大人の対応を。ああはい、結構です。

「メロウとジーニィとで女子会してました。また今度誘って下さい」

「とーやが来ないから、ナーガの機嫌悪い悪い。荒れまくって、酔っぱらいをガンガン殴ってたぞ」

 彼の名前が出てきたので、ひやりと辺りを見回してしまった。

 だから、まだ、余裕が欲しいんです。

「あら、しの。とーや」

 可愛い声で声をかけてきたのは、くるりとツインテールにしたマルチーズ顔の犬獣人さん。

「あ、メロウ」

 こちらに向かってくる途中にも、私に伸ばしてくる獣人さんの手をべしべし叩きまくる姿は、本当に頼もしいです。

 さすが元「真守」。

 今は、先輩の「真守」に交代しましたが。

「しの、今日の午後城下に行く予定よ。そろそろ準備してね」

 一瞬、先輩は眉を寄せたけど、何も言わずに手早く食事を済ませました。

 ワンコは苦手じゃなかったんですか、先輩。

「じゃあ、行くか」

 そう言って小柄な先輩の後ろ姿が、メロウと共に遠くなって行き、ああ、行ってきますと挨拶できなかったことが悔やまれます。

 切なく思っていると、急に2人がこちらを振り返り、先を争って走って戻ってきましたが、ええ?何かあったの?

 メロウはじっと私を見て、ぎゅっと抱きしめてくれる。とても優しく。

 彼女は秘密を知っていて、それでも、私を応援してくれる。

「またね」

 囁く声に、涙がこぼれそうで、小さい頷きしか返せません。

「ちょお、耳かせ」

 み、耳、引っ張ると痛いです、先輩。ああ、せっかくのモフモフから離されてしまった。

「おはよう」

 え?

「朝の挨拶、返し忘れてただろ?」

 あとな、と続く言葉は、いつものにやにやした笑顔で。

「あっちにヒントが無くても、ありませんでしたーと笑って言えよ。泣いて戻ってくんな」

 …先輩、それ卑怯ですから。

 

 泣きたい気持ちは、「俺も」「俺も」と騒ぐ獣人さん達に吹き飛ばされました。もう。

「とーや、俺達にも抱きついていいんだぜ?」

 そう言いながらも、もう抱きついているのは誰ですか。

 まあ先輩の目はもうないですし、それに今日は彼も傍にいないことですし。

 獣人さんの期待に満ちたまなざしに弱いんですよね。

 ええい、このオオカミさんも、キツネさんも、トラさんも。

 全員そこにお座り。モフり倒してくれよう。なに、この可愛いお耳は。喉の毛並み、つやつやですね。このお鼻の湿り具合と言ったら、私を悶え殺す気ですか。

「と、とーやあ。もっと…」

 よ、喜んで頂けて光栄です。手が筋肉痛になりそうですが。

 モフモフはやはり良いのです。


 みんなに手を振りつつ足先を向けたのは、先生の部屋。

 先生は気難しい方ですが、希代の魔術師と言われるほどの能力をお持ちです。

 部屋の扉をノックすると、お弟子さんのビスさんが顔を覗かせました。丸い茶色の耳をしたクマ獣人さんです。

「ビスさん、こんにちは」

 ビスさんに続いて部屋に入ると、先生が優雅にお茶をしていました。

「ケモノ臭いですね。またちょっかい出されていましたか、全く。躾が必要ですね」

 くんと鼻を鳴らす先生。笑顔の後ろには黒い靄が見えます。大丈夫、先生のケモノ嫌いはいつもの事ですよ。

 獣人でも魔力が高い方は、比較的「ヒト」に近い姿をしていますが、先生は、銀髪の中にある三角耳以外は、素敵な紳士姿です。

 年齢相応の皺も、また、いいのです。

「私は大丈夫ですよ?」

「いえ、私が気になるので」

 ぱちんと指を擦ると、うわあ溺れるぅ。水の玉が体を包み、吐いた息がごぼりと泡立ち、すぐに消えました。そして下から急激な風が吹き上げて。せ、先生?

「消毒です」

 どうやら魔術で洗浄し乾燥されたようです。

「ありがとうございます、先生。すごい魔術ですね」

 にっこりと先生と笑い合う後ろで、ビスさんがぽつりと呟いていて。

「やりすぎです…。とーや、ここは怒るところですよ」

 いえいえ楽しかったですよ?と言ったのに、ビスさんは呆れた様子で肩をすくめてしまいます。それでもお茶を用意して下さいました。

「ところで、とーや。本当に行くつもりですか?」

「はい。ビスさんもお力添えお願いします」

 鼻の頭に皺を寄せるビスさんに、ぺこんと頭を下げるが、暗い色の瞳は心配げな光が浮かんでいて。

「大丈夫ですよ、あなたは私が送ります。他の術者は必要ない」

「私は反対です、師匠」

 反対です、その言葉が胸に響いた。


 〈おとなりの世界〉に行きたいと言うと、みんなが反対した。

 味方だと思っていた、ざきさんまでも。

「危険な砂漠の世界なんだろ、反対するに決まっている」

 そう言って顔を背けてしまい、彼は先輩も私もお城に残して、ヒントを探しに出かけてしまった。

「俺が見つけてくるから、ここで待っていて」

 でも、ざきさん。

 私も探したい、待っているだけでなく、私も。

 それは、我がまま?


「とーやは女性の〈ヒト〉ですよ。〈おとなり〉に行くのなら他の者が行けばいいでしょう。例えば、ざきが」

 ビスさんに、横に首を振って説明する。ざきさんは先生の魔力と波長が合わないんですよね、術が成功しない可能性が高いらしいです。

「では、しのが行けばいい。彼は師匠と波長が合いましたよね?」

 う、うーん。これは説明しにくい。先輩は獣人も苦手ですが、トカゲとかヘビとかも駄目らしいので、燐人のいる〈おとなりの世界〉には絶対行かないと思います。

 だから、魔力が高く、先生とも波長が合い、トカゲもヘビもへっちゃらな私が適任なんです。

「ビス、余計な口出しを続けるのなら、席を外してもらいましょう」

 口をパクパクさせ何か言いかけたビスさんは、手をぎゅっと握り、うなだれて部屋を出て行く。

 大きな手に、そっと手を重ねて「ごめんなさい」と謝ることしかできません。彼が私を心配してくれていると分かっているのに。


 ざきさんや、獣人さんが心配してくれるのに、顧みない私なんて。

 秘密にして、こっそり行こうとしている私なんて。

 ごめんなさい、しか、言えなくて。

 

「とーや、大丈夫です。さあ準備を始めましょう」

「みんなが心配して反対してくれているの、分かっているんです…」

 分かっているのに、それでも。

 みんなに秘密にしてまでも。私は。

 先生がそっと背中を優しく叩き、子どもにするようにあやしてくれたので、涙はゆっくり止まりました。

「大丈夫、私が送り、そしてまたこちらにあなたは戻る。失敗しませんよ?」

 今までに〈こちらの世界〉から〈おとなりの世界〉に行ったことはないけれど。先生の自信に満ちた声はとても心地よいのです。

 

 獣人さんがここにいて欲しいと思っていること、私、分かっているの。

 優しい獣人さん。

 でも、私たち、還らなくちゃいけないの。


 その後、先生の魔力と私の魔力を同調させる作業をしたり、おしゃべりしたり。

 いつしか、夕闇の気配は強まって。

「とーや、明日こそ上手くいきますよ。心配せずに今日は休みなさい」

 先生と仲良く夕食作りも、しばらくお預けですね。

 私が〈となりの世界〉に行くことを納得できない数多くの人達に、何度も邪魔をされたけど、きっと明日こそは。

「先生を信じています。明日よろしくお願いします」

 ぺこんと頭を下げて、もう1度先生の腕の中に包まれ、体温を交換し合う。

 そして、暖かな気持ちは、彼と対峙する勇気に。

「では、また」


 私の部屋の、ドアの前には、大きな影。

 出した右足が、一瞬だけ震えたけれど、止まることなくその影に近づくことができた。

 早速、勇気を使う時みたい。

 ラスボスの登場です。

 まるで黒いビロードのような艶やかな毛並み、ミントの葉っぱのような瞳。がっしりした体つきと見上げるほどの身長。

 彼は、黒豹の獣人さん。

 私の、今の「真守」。

 そして、ずっと避けたいと思っていた人。


「こんばんは、ナーガ」

 名前を呼ぶと、瞬く間に、不機嫌そうに牙をむいた彼の顔が目の前にあって。ふあっ。

 ち、近すぎますが、はい、もうあきらめました。

「魔術くせえ」

 先生といい、あなたといい、女性を嗅ぐとは失礼ですよね。先生は許しますが、あなたは許しません。

 普段通りの私であるよう、そう願って、ごつんと額を合わせた。

「痛っ」

「…何がしたいんだ、お前は」

「罰しようと思ったのに、なんで私が痛い思いを?」

 全然堪えた様子のない態度に、くやしくて体を引こうとすると、太い腕が体に絡み。ちょ、ギブギブ。

 足、浮いてるし。ちょっと、すりすりしないで下ろしてください。

「…なあ、部屋に入れろよ」

「駄目です」

「なぜだ?」

「メロウとジーニィに聞きましたよ?この間こっそり、部屋に入ってたって。」

 女の子の部屋に侵入するなんて、許せませんよ。

「あいつら、言いやがったな。ち、余計な事を」

 とても悔し気な姿、いつも自信満々な彼には珍しくて、これはもう笑うしかないでしょう。

「怒られたんですってね」

「ああ、だから昨日と今日仕事させられた」

 なるべくあなたと離れていたくて。

 だって、あなたに嘘は通じない。秘密はきっと暴かれてしまうから。

「…なあ、なんで、昨夜の祭りに来なかった?」

「女子会に夢中になっちゃいました。女の子同士、秘密の会話は楽しいんです」

「ふ、ん。秘密、ね」

 わざと自分から口にした言葉なのに、彼が口にすると、どきりと脈打つ。冷静に冷静に。

「俺のいない隙に、他の男共や性悪魔術師に触られやがって」

 …それはばれちゃいましたか。仕方ないので頬ずりは許しましょう、ちょっとくすぐったいですけど。

「とーや」

 なぜか、今日の彼の声は、甘い響き。

「これ。とーやにやろうと思って」

 彼の大きな手を開くと、そこにはリンゴに似た果実があって。

 不思議。指は、太いけどヒトの形なんだよね、お顔は豹そのものなのに。

「ありがと、ってこれ、齧ってあるじゃないですか」

 何の嫌味?

 そういえば、食堂でも齧った果実をくれた獣人さんがいたな。流行りですか?

「いいから、食え」

「ええ?先生とご飯、食べたばかりなのに」

「はあ?」

 空気が冷えてきたので、大人しく彼の言うことを聞くことにします。

 かぷっと果実に歯を立てると、甘酸っぱい味が。

 え、長い尻尾がぶるぶる震えていますよ?

「なあ」

 果実よりも甘い、声。

「は、い?」

「なあ」

「はい?」

「なああ」

 不毛なやり取りを繰り返して、何が言いたいのかなんとなく察しますけど、折れたりしませんよ?

 そして、折れたのは彼で。

 ため息をついて、かすれた声で囁いた。

「なあ。…還らないで」



「返事は?なあ?」

 …困った黒豹さんですね。

 私、秘密はなんとしてでも死守するつもりですが、嘘をつき通せるほど経験を積んでいないのです。

 彼の体に回した手は、全然広すぎる背中に届きませんが、ぽんぽんと軽く叩いて。

「ナーガ、おやすみなさい」

「返事」

「おやすみなさい」


 獣人さん達は、魔力が高い、つまり〈ヒト〉に近ければ近いほど惹かれる性質を持っているそうです。

 さらに〈おとなりの世界〉から召喚する〈ヒト〉は男性に限られていて。

 〈おとなりの世界〉は、鱗人さん達が住む、砂漠が広がる過酷な世界。子どもを産む女性は貴重で、召喚の対象になっていないらしい。

 だけど、私は〈ヒト〉で。女、で。

 とても、面倒な立ち位置にいるみたい。


 大きな舌打ちをして、彼は。

「おやすみ」

「はい、ナーガ。また明日」


 祝日の祭りに、アルミの果実を一緒に食べた相手とは。

 それは、獣人さん達の昔からのおまじない。

 恋しい人との。


 〈ヒト〉である私には知るよしもなく。


 目を閉じたら、朝が来て、そうしたら。

 明日になるのです。


 また明日。


つたない文章をお読みいただいて、ありがとうございました。

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