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9話

「西の魔王が眠る場所は、流れの激しく広いエヌーム川を越えて、その先にある『雲よりはるかに高い霊峰』ニムシュ山をのぼりきった、その山頂にあるのよね」


 聞くからに難攻不落の難道である。

 こんなものを先ほどは『西』の一言で済ませたのかと思うと、魔王というのはどうにも言葉に配慮が足りないというか、色々な苦労を軽視しすぎだった。


 まあでも、希望を捨ててもいけないだろう。

 流れが激しく、広い川とは言っても、どのぐらい激しく、どのぐらい広いかはわからない。

 ひょっとしたらこの世界の川はだいたいが緩やかな流れであり、少し早めのものは『激しい』などと形容されるという、比較級の表現かもしれない。


 そんな僕の予想を否定するように。

 レヴィアが悩ましげな顔をする。


「……エヌーム川か。ひとたび足をとられれば二度と浮かび上がれぬと言われる急流だな。仮に船を浮かべても、浮かべたそばから流れの急さにより破壊されるという……まあ、大げさな伝説のようにも聞こえるが、否定はできん」


 ……流れるだけで船を壊す急流とかどういうことだよ。

 時速何キロ出てるんだ。

 それ、川じゃなくてウォーターカッターかなんかなんじゃないか?


「さらに、たとえ川を越えられたとしても、その先に待つというニムシュ山は難攻不落の霊峰と聞く――何でも伝説にある我らが始祖、ドラゴンが初めて地上に降り立った地だそうだからな」

「目指したことありそうね?」


 マナフが楽しげにたずねる。

 レヴィアは、気まずそうに顔を背けた。


「……竜人族のルーツを探しているからな。ドラゴンの初めて降りた場所に興味がないわけがなかろう。だが、あまりの難攻不落伝説の多さにあきらめた。もっとも、エヌーム川が見える場所までは実際に行ったがな」

「そうなの?」

「うむ。その流れは見ている。だから、船が壊れるというのは大げさにも聞こえるが、否定はできんと言ったのだ。小舟程度ならば数秒ともたんだろうし、大型船をもし用意できたとて、対岸に渡れるかどうかは賭けになりそうだと感じた」


 実際に見てもそこまでの急流なのか。

 物理法則とかに突っ込んだら負けなんだろうな……

 というか、おそらくこの世界で一番物理法則を無視してるのが僕なので、僕がまともなこと言ったところで『お前が言うな』っていう感じか。


 すでに漂う手詰まり感の中。

 レヴィアがさらに外堀を埋めていく。


「かと言って、エヌーム川を無視してニムシュ山に向かうのも、難しい。川以外のルートには樹海が立ちふさがっているが――まあ、世界を旅している間にいくつも聞いた『入れば帰れない人食いの森伝説』がかわいらしいおとぎ話に思えるほど、険しい森だな。私も一週間ほど迷った末、入口に戻るのがやっとだった」


 なんと、レヴィアはすでに複数のルートからニムシュ山へアタックしているらしい。

 言葉の上では『伝説の多さにあきらめた』とされるドラゴン降臨の地へのトライだが、あきらめるまでに伝説の実証をサボったわけではないようだった。


 むしろ――挑戦を繰り返してもなお、『ニムシュ山への伝説』を確かめることすら叶わなかったというのが、実際のところなのか。

 ただ入山するだけでも難攻不落とかどうすりゃええねんという話だ。


 ……竜人族の実際の強さみたいなものを確かめる機会には恵まれなかったけれど。

 レヴィアが僕よりはるかに、生命として頑強なのは確認するまでもないだろう。

 だとすれば、彼女が一人でたどりつけない場所に、僕を連れてたどりつける道理はない。


 ……まあ。

 こういう難攻不落の自然の要塞みたいなものがRPGに出た場合、お約束というか――




「越える方法はあるわよ」




 マナフが告げる。

 ……あるよなあ、やっぱり。

 ファンタジーRPGのお約束である。

『迷いの森で迷わないためのオーブ』とか、『断崖絶壁に橋をかけるための鍵』とか、挙げ句の果てには『被空挺』とかが用意されているものなのである。

 そして、そのアイテムをとるためのお使い――どころか、『アイテムをとるためのお使いをするためのアイテムをとるためのお使い』みたいなものまでさせられるのが必定なのだった。


 こうしてプレイヤーはゲーム内でもルーチンワークに組み込まれていくことになる。

 つまり、ファンタジーRPGにおける勇者とは、より広い範囲でのお使いができる使いっ走りに他ならないのだ……!


 僕の予想を裏付けるように。

 マナフは、うんざりするような手順を述べた。



「まず必要なのは川の流れを鎮める宝珠だったかしら? あそこらへんは水の精霊が狂ってるからヒステリーをどうにかしないと片っ端から船を沈めちゃうのよねえ。ほんと、脇役のくせにいつまでも舞台袖から叫び続けるとか、女優失格よねえ。で、あとは船かしら? 精霊をしずめても川を越えた先がもうニムシュ山だからね。岸にいる魔獣に鎮められないように、それなりのを用意しなきゃ。でも、魔王に挑むんですもの、そのぐらいの舞台装置、安いものでしょ? あと――」



 セリフの途中だが、声を頭の中からシャットアウトする。

 無理だ。

 そんなお使い、聞くだけで気が滅入る。

 やりたくない。


 しかしレヴィアはそれでも行くだろう。

 彼女は何年かけようが、どの程度のストレスがかかろうが――命を懸けることになろうとも、可能性があるならば西の魔王を目指すはずだ。


 もっとも、まったく勝算のない、いわば命の浪費をすることはないだろう。

 しかしこうしてマナフが手段を事細かに示してしまっている以上、レヴィアはその手段を実行する目算が高い。

 今だって、ふんふんと感心するようにうなずき、脳に刻み込むように『西の魔王に会う手段』について復唱などしているのだから。


 彼女に死なれるとストレスがかかる。

 だから僕は、彼女の魔王討伐ないし対話を手伝う。


 この方針にゆがみはないので、彼女に死なれる以上のストレスがかかる場合、僕はきっとレヴィアのことを綺麗さっぱり忘れて都市開発に乗り出すことになるだろう。

 そしてまだ、そのつもりはない。


 なぜって。

 先ほどからマナフが示しているのは、あくまでもまっとうな手段なのである。


 非常にRPG的な、正規ルートとでも言うべき手順だ。

 つまり、僕には関係がない。




「お話の途中悪いんだけど、僕から提案がある」




 二人の会話に割りこむように、僕は切り出した。

 注目が集まる。

 そこで、僕は、僕なりの『西の魔王に会うためのルート』を提案することにした。


「精霊を鎮めるとか、丈夫な船を用意するとか、そういう手段もいいけれど、より簡単に、より楽に、より早く終わるために、やれることがあるんだ。つまり――」


 それは、僕からすれば革新的なアイディアではなく。

 僕にとって難易度の高い手段というわけでもない。

 ようするに。


「建築を、しよう」

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