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8話

 マナフが壊した建造物をどうにかしなくてはいけない。

 そんなような事を思った気がする――言葉にしたかどうかは定かではないが、初志はストレスのない限り貫徹されるべきだろう。


 なので、街人たちとの会議が終わるタイミングを待って、領主のおねーさんに声をかけることにした。

 そしたら夜がとっぷり更けていた。

 いや、話長いんだもの。


「どうされましたか、神様?」


 月明かりがやけに明るい。

 銀色の光に照らされた領主さんが、柔らかい表情で小首をかしげた。

 お話前の当たり前の作法とばかりに、僕の正面でひざまずくことも忘れない。


 ……今後、僕は領主さんと会話する時、常に下を向く羽目になるのか。

 首が地味につらい。


「いや、実はこれから、西の方に魔王を倒しに行く感じなんですけど――」

「魔王を倒しに!?」

「あ、はい。で、その前にちょっと時間と許可をもらって、街を建造物だけでも復興させようかなと思いまして、その許可というか――」

「街を復興!?」

「あ、はい。三十分もくれれば余裕で終わりますんで」

「三十分!? ただそれだけの時間であそこまで滅びた街が元通りに!?」


 どうしよう。

 領主のおねーさんはもっと冷静なキャラだと思っていたのだけれど、案外いいリアクションを返されてしまった。


 おねーさん自身も自分のキャラにないと思ったのか、少し恥ずかしそうな顔で咳払いをする。

 そして、戸惑うような表情を浮かべ。


「あの、魔王を倒すだの、街を三十分で復興させるだの、神様におかれましてはなんでもないことなのかもしれませんが、ただの人間でしかない我が身にはめまいのするような言葉ばかりで、少々取り乱しました。申し訳ありません」


 ……なるほど。

 魔王は強い。

 街の復興には時間やお金がかかる。

 それらが普通の世の中で、『ちょっとコンビニ行ってくる』並みの気軽さで魔王討伐を宣言したり、溶けかけたアイスが再び固まるぐらいの時間で街を復興させたりするのは、おかしいのだ。


 領主さんのリアクションは、この世界で普通に過ごす人として当たり前なのである。

 今のは僕の配慮不足だった。

 どのように説明するべきか。


「ええっと……まあ、とにかく、街を建て直す許可をください」


 考えた末、それだけ言った。

 魔王討伐とかに対しては、別にいちいち領主のおねーさんに許可されるようなことではないと考え直したのだ。

 もし許可を求める相手がいるとすれば、それは国王とかなんだけれど、許可を得る目的のためだけに会いに行くのは、さすがに面倒くさいなと思った。


 まあ、RPGだったら、ここから領主のおねーさんのコネを使って国王様と面談したり、お使いさせられたりという展開がありうるのかもしれないが……

 そういう手順は求めていない。

 僕は、速やかに、ストレスなく都市開発ゲームに移行したいのである。

 無駄なお使いをするつもりはなかった。


 僕としては、先ほど一瞬で住居を建てたのは見られているはずだし、僕を冗談でもなんでもなく神様扱いしている領主のおねーさんのことだから、すぐに許可がもらえるものと期待していた。

 しかし、彼女はあまりかんばしくない表情で語る。


「実は、すぐさま復興作業というわけにもいかないのです」


 意外な言葉だった。

 住処が焼け落ちているのだから、すぐにでも新しいおうちに住むことができるならば、それが最上ではないかと思うのだけれど。

 領主のおねーさんが補足する。


「復興は、まず、領民の被害を書類でまとめてからになります。被害総額を算出し、被害状況とその建て直しのための予算を王国に申請しないとなりません」

「……資材とかも僕が出しますけど」

「家屋以外の財産が失われた場合もありますので……まずは書類を作りませんと、確かな被害や住民の正しい状況が管理できず、のちのち補償を出す際にもめる可能性がありますので……」

「だったら、城壁だけでも」

「それこそ国家を挙げた事業でございますれば……加えて言うのでしたら、少し、その、この街には秘密がありますので、あまり神様にすべてを投げてしまうわけにもいかないのです。陛下に、教会に、その他様々な関係機関と協議をせねばなりません」



 圧倒的お役所仕事感……!

 しかし領主の仕事といえば、まさしくそれこそ仕事なので、僕はよくわからないながらも「はあそうなんですね」と頭を掻くしかなかった。


 実際、言われていることはもっともだと思う。

 僕なんかは短絡的に『建物建て替えたらいいじゃん』と考えてしまったが、社会保障やらなんやらを思えば、仕事はそこまで簡単に進めない――いや、進めてはならないのである。


 まあ、というか。

 あまりここで押し切るのも、のちのちストレスが大きくなりそうな気がするので、ここは大人しく引き下がろう。


「わかりました。それじゃあ、僕は魔王討伐に行ってきます。終わったらまたこの街に来ますので、復興や増築の際はどうか頼ってください」


 建設業者の営業マンみたいなセリフだった。

 領主のおねーさんが笑顔で応じる。


「はい、その時は。それにしても――ああ、なんと慈悲深き神様! 我々蒙昧なる人類の生活にも万全なケアをお約束してくださるとは。ここまでかゆいところに手が届く存在だったのですね。わたくし、神様を少々誤解しておりましたわ」


 かゆいところに手がとどく、というのは果たして神様のキャッチコピーとして正しいのか。

 疑問はないでもなかったがとりあえず無視して、ここらで営業活動でもしておこう。

 そんな大した話でもなく、今後の都市開発にかかわれるように顔を覚えてもらうというだけの話ではあるけれど。


「そう、僕はかゆいところに手がとどくんですよ。だから、都市開発などをする際には、是非、僕を頼ってくださいね。一週間でこの街を今の倍以上の広さと発展度にしてみせますよ」

「まあ、それは素晴らしいですわ。であれば、神様には無事に帰ってきていただかねばなりませんわね。魔王退治を終えてらしたら、是非わたくしをたずねていらしてください。極上の葡萄酒を用意してお待ちしておりますわ」


 笑顔である。

 悪気はないのだろうけれど死亡フラグが建ってしまった。

 少し敏感になりすぎている気もするけれど、ここはフラグを折っておこう。

 ……それ以上に、酒宴とか催されても僕はあんまりお酒強くないし、加えて主賓にされそうな気がするので、自分に注目が集まりそうなイベントはなるべく避けておきたい。


「いえ、お酒は苦手なので結構です」

「であればお料理でもいかがですか? ああ、そうですわ! 復興記念もかねて、大宴会など開きましょう! 神様が主賓席に座ってくだされば、きっと楽しい集いになりますわよ」

「……いいえ、大丈夫です。僕を気にせず、宴会はみなさんでやってください」


 ……わざとやってるのかなあ。

 なんだかさっきから領主のおねーさんに全力で帰って来れないフラグを立てられている感じがしてならないのだけれど。


「欲のない神様ですのね。絵物語に読んだ神様は、みな、代償を求める方ばかりでしたのに」


 領主のおねーさんが僕を見る目に、尊敬の念がガンガン上乗せされていく。

 もう僕は、彼女に同じ高さの視線で会話をしてもらうことはないんだろうな……

 首が疲れるのでいちいちひざまずかないで欲しいんだけれど、叶わぬ願いのようだ。


 僕が今の状況に困惑していると、領主のおねーさんが何かに気付いたようにハッとする。

 そして、こんなことを言った。


「まさか、生け贄ですか……!?」


 求めてねーよ。

 どうして彼女は、僕に何かを差し出そうとするんだ。

 たまに帰省するといくらでも手料理を食べさせようとしてくる田舎のおばーちゃんみたいだ。


 どう言えば納得してもらえるのかわからない。

 その間にも、領主のおねーさんが暴走していく。


「……わかりました。わたくしの治める領地に起こった『魔王』という災害を沈めてくださり、わたくしの領地の復興まで手伝ってくださるというのですから、求めるものは、わかりましたわ」

「あの、何も求めてないです」

「わたくしの身を捧げましょう」


 求めてません。

 ……が、美人のおねーさんに『身を捧げる』とか言われて固まってしまう僕であった。

 正直に告白すると、ちょっと迷ってしまったのである。


「わたくしのことは、どうかお気になさらず。領地の発展のためでしたら、この身を捧げることなど厭いませんわ。若輩の身なれど、領主ですもの。それに――こういうの、絵物語で見て、憧れてもおりましたのよ。民や土地のために身を捧げる女性の物語……そこには悲劇的な美しさがあると常々思っておりましたわ。よもや自分がその立場になるとは! 恥ずかしながら、ちょっと感動を覚えてもおりますのよ」


 などと聞いてもいないヒロイン願望を告白する領主のおねーさんである。

 若く見積もっても二十代はいってそうな彼女にしては少々夢見がちすぎる気もするのだけれど、なんだろう、領主というのは貴族であり、貴族というのはご令嬢である。

 まあ、多少、ドリーミーなのは仕方のないことなのかもしれないなとか思ってみたり。


 何にせよあっけにとられる剣幕である。

 夢の世界に入ってしまったおねーさんは、両手をがっしりと組んで僕ではなく空を見上げながら熱っぽい瞳で語る。


「どうか、ご無事に帰ってきてくださいませ」


 魔王討伐に向かう僕に対し、至極まっとうな激励の言葉をかける。

 そして。


「帰ってきたら、結婚しましょう」


 いらない死亡フラグを添えることもまた、忘れなかった。

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