7話
「他にどんな魔王がいるかは知らないわよ。あたしが知ってるのは西の魔王だけ。距離は遠いけどお隣さんみたいなものですし? それにほら、人族の味方だったドラゴンの子孫が、今では人族の敵の代名詞みたいな魔王をやってるって、脚本が気にならない?」
と、マナフはいじけたように言った。
……その発言はなんだろう、フラグ臭いというか、魔王の歳末バーゲンセールが行なわれそうな感じである。もしそんなことになれば、状況は歳末というか終末だが。
レヴィアは悩みを深くしたようだ。
「……西の魔王、か。……うむ」
深い思考の虚にはまっている感じである。
しばらくは声をかけても反応はないだろうことがうかがえた。
マナフがつまらなさそうに、地面に文字を書く。
「教えてあげたのにお礼もないだなんて、竜人族は教育がなってないわね。友情出演はしない方針なんだから、セリフ一つにだってギャランティーは発生するのよ」
このままいじけさせておいても大人しくていいかもしれない。
が、確かにありがたい情報だったはずなので、お礼も言われないのは理不尽だろう。
……一方でレヴィアのフォローをしておけば、今の状態は『無礼だからお礼を言わない』というよりは『衝撃を受けすぎてそこまで頭が回らない』というものだろう。
探していた仲間が魔王でした。
ファンタジー世界において、この事実がどれほどの衝撃なのか、僕には正確に推し量ることが難しい。
魔王というものの恐れられ方を見るに、かなりの衝撃であろうことだけがわかる程度だ。
そんなわけで、レヴィアとマナフ。
両方のフォローをするべく、僕がお礼を代行することにしよう。
代わりに礼を述べることになんらコストもストレスもないのだ。しかもお礼をすれば人間関係が円滑になる。しない方が損だというものだ。
「レヴィアに代わって、僕がお礼を言うよ。ありがとう、マナフ」
「……あら、あらあら」
「?」
「困ったわ、お礼を言われ慣れてないから、セリフがとんじゃったみたい。こういう時、どう返せばいいのかしら?」
「『どういたしまして』かな」
「……どういたしまして。……ふふ、悪くないわね、感謝されるのって。蔑まれ疎まれ畏怖され殺され封印され、悪意のオールキャスト出演みたいな今までだったから、なんだかお礼一つでドキドキするわ」
熱っぽい視線がこちらに向けられる。
……参った。
僕は『ちょっと会話したからあの子は僕を好きかもしれない』とか、『微笑みかけてくれたからあの子は僕を好きかもしれない』とか、そういう思いこみをする方ではないのだけれど……
ひょっとしてマナフは僕のことを好きかもしれない。
そう勘違いしたくなるほど、その視線や表情は、グッとくるものがあった。
「こういうシーンもあるのね」
唐突にマナフが言う。
僕は首をかしげた。
「シーンって?」
「戦い終わって、あなたが生きてて、あたしも生きてる。戦いの果てにどっちも生存しているなんていうシナリオは思い描くことすらできなかったわ。人類とあたしが向かい合えばどっちかは必ず消えるはずだもの」
「……」
「いいものね。生きて、話をする」
彼女は笑う。
それは当たり前に誰しもが得られる、しかし当たり前すぎて意識すらしない幸福だった。
マナフはまるで新鮮な発見をしたかのように、その当たり前を受け止めている。
……同情的になるなという方が、難しい。
だからだろう、つい、慰めるような、励ますような言葉が口をついて出る。
「これからはいっぱい話ができるよ」
僕の発言に。
彼女は、笑う。
「うん。いっぱい、お話してね」
子供みたいな笑顔だった。
事実、彼女の心はまだまだ子供なのだろう。
これから学習し、これから確立されていくのだ。
僕はこの世界で。
魔王と二人、生きていく。
~FIN~
「決めたぞ!」
危うく色々と打ち切りそうになったところで、現実に引き戻される。
気付けば、長い思考の沼から脱したらしいレヴィアがこちらを見ていた。
「ご主人様、私は西の魔王を倒しに行こうと思う」
「どうしてそうなった」
西の魔王――
そう呼ばれる存在は、たしか、竜人族の生き残りだったはずだ。
つまりレヴィアにしてみれば親戚みたいなものである。
なぜ竜人族が魔王になっているのか、復活予定は確かなのか、レヴィアの両親との関係はどのようなものなのかなど、数々の疑問はあるが……
少なくとも、『倒しに行く』存在ではないはずだ。
そのあたりのアンサーとして、レヴィアは以下のように語る。
「竜人族は誇り高い人類の守護者だ。これは、世界を回り見聞きした伝承から、間違いがない。その、私と同じ種族であるところの竜人族が魔王などというものに成り下がっているのだ。問いただす前に罰する必要があるであろう」
「ある……あるのかなあ?」
「あるとも! 事情や経緯などを問いただすのは、その後だ。……マナフに聞けば、それだけで様々な経緯が余すところなくつまびらかになるのかもしれんが……竜人族のことだ。他人事ではない。やはり本人から事情を聞かねば、私が納得できんだろう」
なるほど。
レヴィアの求めているのは答えではない――まあ、答えをまったく欲していないかと言えばそんなことはないのだろうけれど、それ以上に求めるものがあるのだ。
それは『納得』。
自身の出自に対して、自身のルーツに対して――自身がいじめられた理由に対して、自身の旅の終わりに対して、納得のいく結末を求めているのだ。
それは人づてに解説されたところで得られるものではないだろう。
彼女が魔王を倒す旅に出る――それは、僕も納得して送り出すべきだし、祝福して旅の安全を祈るべきなのだ。
が、無視できない大きな問題が一つ。
「……魔王と呼ばれる存在を倒せるの?」
魔王は強い。
その強さを、よく考えてみれば僕はまだ目の当たりにはしていないが――魔王の成したことの残滓ならば、未だ灰と煙の中に見える。
街一つを亡ぼすような存在に、果たしてただの人間……人類が勝利できるのか。
おまけに、相手も竜人族ということは、純粋にレヴィアの上位互換である可能性が高いのだ。
僕の不安に、しかしレヴィアは快活に答えた。
「問題なかろう」
「……ちなみにだけど、根拠は?」
「私は私の強さをよく知っている。今まで、自身の出自に対しての伝承を調べるにあたり、竜人族の弱点も知っている。それに、旅の途中で様々な敵と出会い、体も鍛えた。鍛え上げられた知識があり、鍛え上げられた体があり、数々の実戦経験がある。今の私ほど完成された竜人族は、この地上にいないのではないかとすら考えられるぐらいだ」
おお、心強い。
なるほど、彼女の旅路がそのまま、彼女の自信につながっているということだ。
それは根拠のない空虚なる自負などではない。確かな裏付けに基づく勝算である。
ただ。
ほんと、申し訳ないっていうか、完全に僕が悪いとしか言えないようなことなのだけれども。
この子が語れば語るほど、敗北フラグを積み上げているようにしか聞こえない……!
出会い方がまずかった。
彼女はあれだけ大口を叩いて、今こうして僕を『ご主人様』と呼ぶに至ってしまっているのである。
もう勝てる根拠を並べれば並べるほど、それは敗北への前フリにしか思えない。
それでも根拠を語らせたのは、聞けば少しは安心できるかと思ったのだけれど……ダメだった。結果として不安がますます募るばかりである。
レヴィアが鋭い歯をのぞかせ、笑う。
「だから、問題はご主人様との関係だけだな」
「いや、まあ、それはもちろん、単独で行ってもらってかまわないし、レヴィアが必要だって言うなら『魔王を倒してこい』って命令形式で言ったってかまわないぐらいなんだけれど……」
「ならば問題はない。――私は魔王を問いただす。そして再び、ご主人様の下へ戻ろう」
ついに敗北フラグだけじゃなく死亡フラグまで建て始めた。
……どうするかなあ。
もちろん、僕には魔王を倒す義務もないし、レヴィアの旅に同行する義理もない。
彼女のルーツや親、その他仲間を探す旅は彼女のものだ。
僕が口や手を出すことじゃないし、出す必要もない。
ただ……
魔王を倒すというのは、もちろん、命の危険を伴う行動のはずだ。
それ以前に、『西の土地』というのがどのあたりか詳しくは知らないが、この世界の人たちは『そう遠くない距離』が『徒歩二時間』なのである。
街道の整備だってあまりされていないようだし、魔獣だって出る。
旅の途中で死んでしまうことだってありうるだろう。
レヴィアに死なれると嫌だ。
特別な好意や思い入れがあるかないかで言えば、まあ、ないと言える程度なのだろうけれど。
こうして会話をして、事情を聞いて、一緒に旅をした……散歩をした相手が、自分の知らないところで帰らぬ人になるというのは、誰だって嫌だろう。
そして彼女はうっかり死にそうなのだった。
……いや、なんかもう、マジで死亡する一秒前になっても『竜人族は退かない!』とか言って落とし穴に突っ込んでいきそうな雰囲気なんだもの。
放っておけない。
でも、都市開発……
……あーもう。いいや。
都市開発はいつでもできる。
対してレヴィアは今にも旅立つ雰囲気だ。
天秤にかけられているのは、僕の趣味とレヴィアの生命。
どっちが重いかは言うまでもなく、どちらを後回しにした方がストレスがたまらないかも、考えるまでもなかった。
僕はガックリとうなだれながら言う。
「……僕も一緒に行くよ。だから少しだけ待ってくれ」
ある意味で降参宣言である。
レヴィアは驚いたように目をぱちくりして。
恥ずかしそうに視線を落とす。
「……そ、そのだな、こういうのは初めてで、どう表現したものかわからないのだが……」
「?」
「……誰かに同行を申し出られるというのは、なんだ……うん、いいものだな!」
はにかむように笑う。
そして、このぐらいでやめておけばいいのに。
「こんな気持ちは初めてだ。ご主人様と一緒なら、もう何も怖くはない!」
いらない敗北フラグらしきものを建てるのも忘れない彼女だった。