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6話

「ところでご主人様はこれからどうするのだ?」


 レヴィアからそのように問いかけられたのは、夜が更けてきたころだった。

 僕の周囲にはレヴィアとマナフだけがいた。

 領主のおねーさんはいない。街人たちのところで、領主たる仕事をこなしている。


 街人たちは今、今後どうするかについての意見交換をしている。

 というのも、夜が深くなってきたことで『今晩の寝床』という現実的な問題を彼らが意識するに至ったからだ。


 街は、壊れている。

 火の手はもう上がっていないものの、簡単に家に戻れる状況でもない。

 無理して家屋に戻って眠れば、焼けてもろくなった建物の倒壊に巻きこまれることだって、ありうるだろう。

 今後の暮らし、復興のプラン、その場合の役割分担。そのようなリアルな話を、彼らはしているのであった。



 一方、僕の中には、あるシナリオがあった。



 このまま領主のおねーさんに『建物の復興なら僕がやりますよ』と提案し、その流れで都市の開発に移行するというプランである。

 こうすることで僕は、きっと本来行くべきだった都市開発ルートに入れるのだ。


 僕は元来、戦うようなゲームは苦手なのである。

 農場経営とか、都市経営とか、村落経営とか、ハンバーガーショップ経営とかが好みだ。


 勇者よりも国王。

 冒険者よりも依頼人。

 ラスボスよりも黒幕。

 それこそが僕の好む立ち位置なのである。


 ……が、そこらへんの事情を理解してもらうには、『ゲーム』というものに対する僕と同レベルの理解が必要になるだろう。

 レヴィアがゲームに詳しいとは思えないので、少し省略して伝えることにする。



「僕はこの街にとどまるつもりだよ」



 結局、そういうことになるだろう。

 冒険拒否。

 RPG拒否。

 ファンタジー拒否。

 それが僕の考える、これからの生活だった。

 レヴィアは困ったような顔をする。


「冒険をしないのか……? その、世界を見て回ったりなどは」

「するつもりはないなあ……というか、する理由が、今のところない」

「う、む、む……実はだな、私はとある探し物があって旅をしている最中だったのだ。だから、ご主人様が旅に出ないのはかなり困るというか」

「……別に僕に気にせず自由にしていいけど」

「一度従うと決めたのだ。簡単に反故にはしない」

「竜人族だから?」

「そう、竜人族だから、だ」


 相変わらず頑固である。

 僕の奴隷になり、僕をご主人様と呼ぶなんていうのは、言ってしまえばただの口約束だ。

 守る義務も強制力もない。

 それを彼女はかたくなに守り続けるという。

 その理由が、『竜人族だから』

 ……さすがに気になってたずねた。



「竜人族ってなんなの?」



 彼女は説明が面倒な時にこれさえ言っておけば相手を黙らせることができる切り札として、よく『竜人族』という己の種族を述べる。

 この世界の人にはひょっとしたらそれで通じるのかもしれないが、僕にはよくわからなかった。

 ……まあ、彼女がうまく説明できないことを『竜人族だからな!』という発言の勢いで強引に誤魔化しているだけという線が強いようにも思うのだけれど。

 しかしレヴィアは、僕の予想を裏切るように。




「世界に一人しか観測されていない種族であり――私は、最後の生き残りなのだ」




 真面目なトーンで、話をする。


「竜人族がなんなのかというのは、実のところ、私も知りたかったりする。伝承にはいくつもの話があり、高潔で、強く、約束を破らず、誓いを違えず、時にはその不器用な生き方で自らを危険にさらすこともあるが、命より誇りを大切にする――世界を巡り、そういった種族だということがわかっている」

「……だから一度口にしたことを曲げないの?」

「そうだ。竜人族がなんなのか、私にはわからない。だから、伝承にある姿を模倣することで、私は自身の『竜人族である』という矜持を守っているのだ」


 ……なるほどそういう事情があったのか。

 しかし、伝承に残るものなんて、支離滅裂で、美談だらけで、とてもリアルな人間像じゃないように思えるのだけれど。

 実際、約束を違えないためには嘘が必要になる時だってあるだろうし、高潔であるためには約束を破ることだってありうるだろう。


 破綻したキャラクター性。

 不器用すぎる生き方。

 なるほど、だいたいの無茶や不可解は『竜人族だからな』で片付くわけである。

 伝承通りの生き方はあまりに無茶で、不可解だ。


「……そこまでして守るものなのかなあ、その『竜人族』とやらの矜持は」

「まあ、賢い生き方でないのは私もうすうす勘付いてはいる。……しかし私は、あくまでも竜人族として名を馳せる必要があるのだ」

「どういう意味?」

「私は竜人族最後の生き残りだと言ったが、実はだな――両親が死んだという記憶がないのだ」

「つまり?」

「私が……竜人族の娘が世界のどこかで生きていると知れば、両親が出てくるかもしれんだろう」


 ……それは、頼るのにはあまりに細い糸のような気がした。

 両親が死んだ記憶がない――この言い方に、すでに確信のなさが表れている。


 記憶にないだけで、すでに両親は死んでいるかもしれないし。

 記憶にないからこそ、両親の手がかりすらない。


「まあ、旅に出た理由はそれだけでもないがな。……私はこの通り、どの種族にも該当しないような角と尻尾があるだろう? 育った孤児院や、教育施設などでもだいぶいじめを受けたものだ」


 他者と違う。

 それはたしかに、被害者になるには充分な理由のように思えた。

 まして、同じ特徴の者が本当に一切存在しないならば、なおさらだ。


「だからまず、私は私のルーツを知りたいと思ったのだ。自分がなんという種族なのか、それを知りたくて、五年前、孤児院を飛び出した。幸い、まだまだ子供ではあったが、力は大人以上だったものでな。しゃべり方さえ大人びたものにすれば、冒険者としてやっていけなくはなかった。結果として、今、竜人族だと自らの種族を確信するに至ったわけであるな」


 ……そのしゃべり方は大人びているというか、古くさいという感じなのだけれど。

 それもこれも苦労の跡であり、子供が精一杯に編み出した『生きていく術』だと考えれば、むげにつっこんでやることもできない。

 レヴィアはさらに続ける。


「あとは……恥ずかしい話だが、私をいじめていた連中を見返したい気持ちが、ないでもない。けれど私は持って生まれた頑強な体しか取り柄がないわけだ。だから、冒険者として名を馳せたい」


 一つの行動をする時に、行動理由が一つきりでなければならないという道理はない。

 まして冒険者なる職業だ。辛いことも苦しいこともあるだろう。


 なるほど、冒険というのはレヴィアにとって取り除けないファクターなわけだ。

 様々な理由から彼女は冒険者をしており――

 理由が様々なだけに、彼女は今さら冒険を終えることができない。


 まあ、僕としては彼女を送り出すのに何ら不満も不都合もないのだけれど……

 成り行きというか、彼女の見事な敗北フラグ建てのせいで、彼女を従えてしまったことも事実なんだよなあ。

『別になかったことにしていいから、旅に出なよ』とは、竜人族でありたいという彼女の矜持を知った今となっては、言いにくいことではある。


 僕は誰かの心を踏みにじりたくはないのだ。

 そんなストレスに耐えきれない。


 だから探すのはやっぱり、彼女の願いを踏みにじらず、彼女の生き方をないがしろにせず、僕のやりたいことをやれるような、夢みたいな折衷案なのだけれど……


 簡単には思いつかない。

 悩みそうになったタイミングで、今まで地面に座り込んでこちらを見上げるだけだったマナフが口を開く。




「ねえねえ、竜人族について知りたいの? 教えてあげましょうか?」




 そんなことだったら早く聞いてよ、と言わんばかりのきょとんとした顔だった。

 レヴィアが食いつく。


「知っているのか!?」

「当たり前でしょ? あたしは無知蒙昧な人類とは違うんだから。この世界が生まれた時から何度か封印されつつ生きてる魔王様よ? 台本に名前も載らない端役ならともかく、竜人族なんていうメインキャストのことを知らないわけないじゃない?」


 妖艶に笑う。

 たかが口元を緩ませるだけでここまで色香を振りまけるのだから、魔王恐るべしという感じだ。

 ……まあ、確かに、彼女は先ほど、レヴィアの名乗りを聞いて、竜人族について知ってる風の反応をしていた。


 先ほどの名乗りをすべて覚えているわけではないが……

 どうにも竜人族の祖であるドラゴンというのはこの世界の始まりぐらいから存在するらしい。

 たぶん同じような来歴を持っているであろう魔王が知っているというのはむべなるかなである。

 いや、魔王の歴史については完璧にメタ推理というか、最初からいそうだよなという推測でしかないのだけれど。


 ともあれ。

 レヴィアはすごい剣幕でマナフに詰め寄った。


「では聞かせろ! 竜人族とは何なのか……私は本当に最後の一人なのか!?」

「えー、どうしよっかなあ?」


 マナフがもったいぶる。

 その様子は虫をいたぶる子供を思わせた。

 レヴィアがついにマナフの肩を掴む。


「聞かせないと暗いところに放り込むぞ!」

「えっ、それは嫌……わかった、わかったわよ。もう、野蛮なんだから。ちょっと会話を楽しもうと思っただけじゃない……歌い上げるような雑談は舞台の花みたいなものでしょ? 意外な伏線が隠れてるかもしれないし、箇条書きで情報並べたって楽しくないのに。ロマンを知らないわねえ、竜人族は」

「ロマンで腹はふくれんからな」


 レヴィアの実年齢は知らないが、何とも夢のない話である。

 見た目が子供だけに、彼女の来歴を思えば切なさがこみあげてくる。

 マナフが深い深いため息をついて、話を始める。


「説明してあげてもいいのだけれど、でも、一人芝居は嫌いなのよねえ……ほら、脇役に囲まれてこその主役じゃない? 一人で長々しゃべるのは楽しくないっていうか、大輪の華の彩りは他の花に囲まれてこそだと思うのよ」

「すでに長々しゃべっておるだろうが!」

「ごめんなさいごめんなさい怒らないで閉じ込めないで……あたし怒鳴られるの嫌よ。だって怖いんだもの。アンタもあたしの管理人マネージャーを見習ってちょっとは黙って事の成り行きを見守ってくれてもいいじゃない」


 ……なんだろう、今、スルーしてはいけない呼称を使われた気がする。

 ううん……この世界に『マネージャー』なる呼称があるとはどうにも思えない。

 ひょっとしたら僕の入れ知恵のせいで、いらない知識を植え付けてしまったのかもしれない。


 しかし、僕は今、竜人族のご主人様で魔王のマネージャーなわけか。

 ……自分の立ち位置に対する疑問が尽きないな。



「早く教えろ。結論だけでいい」



 最後通告とばかりの迫力で、レヴィアが言う。

 マナフはすっかり怯えたように視線を落としている。


「竜人族の生き残りなら、西の方で魔王やってるわよ。そろそろ復活してるころじゃない?」


 不満そうに述べる。

 その説明は本気で結論のみなので、こちらとしては頭上にハテナマークがいっぱい飛んでいるような状況なのだが……

 一つだけ。

 僕が咄嗟に、叫ぶほどの疑問に思ったのは、これだけだった。


「魔王何人いるんだよ!」

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