5話
「捕えたはいいが、コレをどうするつもりだ?」
レヴィアの問いに、現実的な思考を巡らせる。
魔王を捕まえた。
未だすすり泣きとか『ごめんなさいごめんなさいもうしないから出して暗いところはいやぁ』とかいう声とかが聞こえている、牢獄~住居仕立て。そっと道路を添えて~を見る。
魔王だ。
彼女のしたことは、街一つを焼き落としたという、人類未到の大悪業である。
この後の彼女の処遇をどうするべきか、法律などに詳しい人の意見を知りたい気もするのだが。
「あの」
悩んでいると、群衆の一人が歩み出てくる。
人間の、女性だ。
わざわざ人間だということを述べたのは、ここには多数の『ただの人間ではない存在』がいるからに他ならない。
耳が長くもなく、角も尻尾もなく、獣のような特徴を備えてもいないその女性は、純粋な、人間族とでも呼称するべき人間だった。
身なりは、豪奢でこそないが品のいい、露出度の少ない服装だ。
戦う者の格好ではなさそうだと、群衆に紛れる冒険者っぽい一団と比べて、判断できた。
強いていうならば、文官。
つまるところ公務員っぽいおねーさんが、遠慮がちに、おずおずと僕とレヴィアの前に来る。
「こんにちは、わたくし、この街周辺を治めている領主なのですが……」
「はあ、こんにちは」
「本当にいらっしゃいますのね、魔王を鎧袖一触となされるお方が。そういった存在は子供に読み聞かせる物語だけの存在かと思っておりましたわ」
「……僕はそんな大それたものじゃないですけど」
「ご謙遜を。ところで勇者様、魔王をどうされるおつもりですか?」
……何かよからぬ称号を頂いた気がする。
が、そこはいったんスルーしておこう。今論じるべき問題は、魔王のことだ。
「処遇については困っています。手に余るというか」
「でしたら、わたくしどもの方で王都の魔術協会に連絡し、再封印ということも――」
そう言った瞬間である。
牢獄の魔王が暴れ出した。
「封印はやだぁ! 封印はやだぁ!」
完全にだだっ子だ。
……実は無害なんじゃないかという疑いが僕の中でいよいよ根強くなり始めている。
が、街の惨状を見れば、無害であるはずもないことは明白だった。
まあ、建物だったら僕がどうにかできるんだけれど、人的被害はなあ……
「ね、ねえ! ねえってば!」
牢獄のようなものの中から、魔王マナフの声がする。
ビクリと身をすくませた領主の代わりに、僕が応じることにした。
「どうしたの?」
「ひょっとしてなんだけれど――」
言いよどむ。
そして。
「あたしは悪い事をしたの?」
そんな。
的外れな質問をした。
人の住む街を滅ぼす。――それは悪い事に決まっている。
人の生命を危険にさらす。――もちろん、悪い事に決まっていた。
常識だ。
けれど、その常識を知らなかったのだと、魔王は言外に述べた。
「じゃあなんで街を滅ぼすような事をしたんだ」
思わず問いかける。
魔王マナフはきょとんとした、童女めいた声音で答えた。
「だってあいつら、あたしを封印するんだもの。閉じ込められるのは嫌いよ。だから、閉じ込められる前に消しちゃおうって思ったの。いい考えでしょ?」
確信した。
閉じ込められることへの異常なまでの恐怖と、思いついた『素晴らしい考え』を何の検討もせずに実行する短絡。
この魔王は、ただの何も知らない子供だ。
見た目は大人、心は子供。
だからといってすべての行いが『子供なら仕方ない』と許されるわけではない。
が。
同情がわくのは事実だった。
見捨てるのは忍びないというか、ここで魔王をさっさと封印していただいても、それはそれで自分の中に罪悪感を残すことになりかねない。
建物にまつわる被害ぐらいならば、僕が苦労なく代わってあげられるし。
人命を背負うことは、できないけれど。
……うん、だからそこが、僕が魔王を見捨てるか見捨てないかのボーダーなわけだ。
というわけで、提案。
「実は魔王をこのまま封印するのは、少しかわいそうに思ってるんですよ」
領主の女性は首をかしげる。
「……かわいそう、ですか?」
言われていることの意味がわからない、という様子だった。
まあ、この世界の人に『魔王がかわいそう』と言っても、ピンとこないのだろう。
なのでそこは放置して、本題を切り出す。
「だから、もしも魔王マナフのやったことで死者がいなかった場合は、魔王を助けてあげてほしいんです」
これが折衷案だった。
罪悪感を覚えず、遺恨を残さず、敵を作らない最善にして唯一の方針だと、自分では思う。
命の責任はとれない。そんなものは、僕には重すぎる。
だが、建物の責任ならば、とれるのだ。
むしろ壊れる前より文明的に、発展させることだってできるだろう。
まあ、問題ももちろんあって。
この提案に関して、魔王の納得が必要になるということなのだが。
「それでいいかな、魔王?」
たずねる。
牢屋のようなものの中で、マナフはしばらく沈黙したあと。
「……わかったわ。人殺しはいけない。街を燃やすのも、いけない。……覚えたわよ。一度言われれば、覚えるわ。うん、まだ納得はできないけど――悪い事をしたなら、反省しないとね」
物わかりのよさに驚く。
同時に、愕然ともした。
だって、一度言われれば覚えるという事は、今まで一度だって道徳を説かれる機会がなかったということになる。
むなしさとか、やりきれなさを覚えてしまう。
が、まだ交渉の途中だ。
頭の中身をリセットして、僕は領主に水を向ける。
「領主さんも、それでいいですか?」
「はあ……それが勇者様の思し召しだとするならば、わたくしどもはかまいませんけれど……」
話はまとまる。
こうして――生存者のカウントが始まった。
カウントは、日が暮れるまでかかった。
この間に僕のした作業は、堀を埋め尽くすようにかけていた橋を一部撤去し、堀に設置した浮島から階段を伸ばしたぐらいだ。
つまり、堀に落下した人たちを救助するための道造り。
実際の救助は冒険者と衛兵たちが行なった。
その後は領主さん指揮のもと、衛兵たちが街人を回って数を数えたり、行方不明になっている家族がいないかを聞いて回っていた。
街の人は、全部で三万人らしい。
街の広さから見れば、やや少ないのではないだろうか――都市開発ゲームを好む僕からすればそのように感じられる人数だ。
このあたりはだだっ広い地形に反して、街がポツンと一つきりあるだけだというのも、やはり少し思うところがある。
たぶん魔物のせいで居住区を狭くせざるを得ないのだろうけれど、東側に広がる森とか、そこらに流れる川とかをもっと利用すれば、もっと豊かな生活が送れそうな気がした。
そうだ、この街には多くの改善点がある。
いずれも魔物との兼ね合いや技術力、資材確保などの問題のせいでできない改善だろうけれど、僕の能力があれば、この街を世界一の都市にすることだって、可能だろう。
僕は都市開発をしたい。
生存者確認中、色々な景色を見ていて、強く思った。
欲望らしい欲望のない僕だけれど、これだけは確かな、はっきりとした僕の欲望だった。
復興を手伝うついでに、少し開発や拡張もさせてもらえないだろうか?
カウントが終わったら結果はどうあれそのように提案しようと心に秘める。
ちょうど、カウントを終えたらしい領主のおねーさんが近付いてくるところだった。
彼女は僕の目の前まで来る。
そして、驚いたような顔で。
「死者、いません」
信じられない奇跡を口にするように、そう述べた。
……僕も、驚く。
「……それは何よりです。正直なところ、これだけの災害で死者がいないとは、僕も信じ切れていなかったんですけど」
「ええ。まさに、神の思し召しとしか思えませんわ。……ハッ、もしかして、あなたは、勇者様ではなく、もっと上位の……天にまします神が、人の姿で降りておいでになった姿では……」
一瞬にして勇者から神にランクアップしてしまった。
さすがにその称号は戴けない。
「僕はそんなんじゃありません。ちょっと建築が得意なだけです」
「そうですわ……だって、あなた様が堀に足場や橋を造ってくださったお陰で、死者が出ずに済んだのですもの……そもそも! 一瞬で建築物を創り上げるなんて、どのような魔術師でも不可能ですわ!」
盛り上がる領主のおねーさんである。話聞けよ。
その頬は興奮で上気しており、色っぽい。
だが、思考の夢見がちさに僕はひきつった笑いで話題を逸らすだけが精一杯だった。
「あの、魔王を解放しても?」
「はい。すべてはあなた様の思し召しのままに」
ひざまずかれた。
年上の、美人の、街一つ治めるような身分の高いおねーさんに、ひざまずかれた。
……あの、領主のおねーさんに影響されて周辺住民の皆様までひざまずいているのですが。そういうのやめていただきたいのですが。
三万人が神々しいものでも見るような顔でこちらに礼をするというのは、気持ちよさもないではないけれど、かなり重圧もあるのだ。
何とかしてほしいという気持ちを込めて、唯一ひざまずいていないレヴィアを見る。
彼女は。
「神ならば竜人族たる我が主人としてふさわしいな! 私は最初からわかっていたぞ!」
……彼女はダメだ。
頼りにならないよ。
僕はつとめて気にしないようにして、魔王を取り囲む住居を整地していく。
解放した途端に暴れられることも考慮して、いつでも増築できる心構えでいたが――
無駄だったようだ。
魔王は地面にぺたんと座り込んだまま、僕を見上げていた。
その目は赤く腫れている。
彼女のすすり泣きが解放を促すための『フリ』なんかじゃなく、本物だったということがわかって、心が痛む。
僕は魔王マナフに近寄って、しゃがみこんだ。
彼女はビクリと体をすくませる。
「な、何よお……あたし、ちゃんと反省してるから、もう怒らないでよぉ……」
子供か。
いや、まあ、中身が子供なんだろうなというのは、わかっていたのだけれど。今になってようやく実感を伴って確信した感じだ。
僕はあやすように告げる。
「君はもう、人に迷惑をかけない限り自由みたいだけど、これからどうする?」
「……舞台女優やりたい」
「…………えっと」
「百年前に見たの。舞台女優。みんなから愛されて、いっぱい光当たってて、大きな舞台で自由に動いて、すごく綺麗だった。だから、あたしは舞台女優やりたいの。……暗いところに身動きもできない状態で閉じ込められるのは、もう嫌」
「具体的にはどうするの?」
「……わかんない。難しい事は、アナタが考えてよ。ついていくから」
「マネージャー役を僕にやれと、そう仰るのか」
「マネージャー?」
「ああ、うん、芸能人とかのスケジュールを管理したりする人……だっけな? ふむ……」
僕についてくる。
どうやらそれが、魔王マナフの結論らしい。
魔王の管理かあ。
正直なところ僕の手に余るお役目のようにも思うのだけれど。
どうしようか、という疑問を込めてレヴィアを見た。
彼女はうなずく。
「それがよかろう。別に力を失ったわけでも拘束されているわけでもないのだ。野放しすればいらん混乱が起きる……ご主人様であれば監視役にちょうどいいな」
……ああ、なるほど。
野放しにできない。すればいらない混乱が起きる。確かにその意見はもっともだ。
だから魔王を管理下に置くことに、理論的な反論は難しく、受け入れるしかなさそうだ。
いや、それにしても。
遺恨やストレスを抱え込まないような立ち回りをしたつもりだったが――
その代わりに魔王を抱え込むことになろうとは、思ってもいなかった。