28話
「神様におかれましては、二度もわたくしどもの危機をお救いくださり、街人一同、まことに感謝の言葉もございません」
再び。
街人全員と領主のおねーさんにひざまずかれながら、僕はそんな言葉を聞いていた。
街の外である。
中では現在、消火活動が一段落し、今は一応くすぶっている火種はないか、魔獣は残ってはいないかなどの確認作業が行なわれているところである。
それにしてもこの人たちは会話するのにいちいち腰が低すぎる。物理的にも。
人を見下ろすというのは、僕みたいな小心者からすれば、気持ちがいいことではなく、まごついてしまうような一大事なのである。
そのうち慣れるかもしれないが、慣れたくない。
会話の時にいちいち相手にひざまずかせないといけないという立場は、非常に偉そうで、傍目に見たらとても嫌な感じだ。
というか僕が嫌なやつみたいだから、やめてほしい……
まあ、ともかくだ。
僕は咳払いしてたずねる。
「今度はなんで魔獣に襲われてたの?」
理由があるなら、だけれど。
魔獣には理性らしきものがないと思うし、理由なんて特にないだろう。
ところが領主のおねーさんは言う。
「おそらく、街にある聖剣が目的なのではないかと」
…………。
聖剣とかあったのか。
いや、まあ、僕にくれても役に立たないだろうからいいんだけどさ、魔王退治に行く際に渡そうとしてくれたってよかったんじゃないかなあ……。
僕はかたわらに立つマナフを見た。
彼女は『なるほど』とでも言いたげにうんうんうなずいていた。
「なんかムカツク街だと思ったらそういうことだったのね。あたし思ったもの。『この街絶対滅ぼさなきゃ』って。やっぱりあたしのカンは正しかったわ」
聖剣は魔王にしてみると『ムカツク』らしい。
詳しい効能は知らないが、だいたいRPGにおいて勇者が魔王を打倒するために手に入れる物が聖剣だと考えれば、その印象も納得できる……のかなあ。
僕としては『ムカついた』などという俗っぽい表現ではなく、『聖なる力を感じた』とか『強い波動を感じた』とかそういう意味深な表現をしてほしい気持ちではあった。
というか『なんかムカツク』のレベルで真っ先に魔王に襲われるのか、この街は。
だとしたらあのものものしい城壁も、必要な備えだったのだろう。
間違っても丸裸のまま放り出していい街というわけではなさそうだ。
「……もう『資料をまとめ終えていない』とか言ってる場合じゃなさそうですね。僕に任せてください。以前を越える強度の城壁……的な何かを用意しますので、どうか許可していただけます?」
断る理由がないだろう。
実際に、被害が出てしまっているのだ。
他の建物の修繕はともかくとして、城壁を建てる許可ぐらいはくれるはずだ。
もっとも、僕が造れるものの中に『城壁』というのは存在しないので、道路とかその他建造物を用いて城壁代わりの何かを建てるしかないのだけれど。
当然来るべき肯定の返事を待つ。
しかし、領主のおねーさんの口にした言葉は、僕の予想を裏切るものだった。
「それは、もう大丈夫でございます」
「……書類をまとめ終えていないからですか? そんなこと言ってる場合じゃないと思うんですけれど」
「そうではなく、もう聖剣がないので、大丈夫だと思うということです」
「聖剣がない?」
「奪われました」
……おいおい、マジかよ。
大変そうなのはわかるのだが、いまいち何が大変か把握できてないので、僕は鈍い反応しかできなかった。
わからない時は素直に質問しよう。
「ちなみに、聖剣が奪われるとどんな被害が?」
「この街で封印しているものだけではありませんが、すべてが奪われますと、世界中で魔王が復活いたします……魔王マナフの復活も、今考えればどこか他の街で聖剣が奪われたからではないかと思われる次第でございます」
「え、っと……ちなみに、ですけど。魔王って全部でどのぐらいいるんですか?」
「八大魔王、と伝承にはございます。つまり八人かと」
……危惧してたよ、この事態。
マナフが嫌なフラグを建てた気がしたんだ。
終末のバーゲンセールである。
魔王が八人とかやめてよ。
ああ、いやいや。
いいんだ。
魔王が八人いたって、僕には関係ない。
そもそもだよ?
僕には魔王を倒す義務なんてものはないのである。
何の流れが、すでに二人ほど魔王と争う事態にはなってしまったものの、それはあくまでもその場の流れであり、僕の負うべき責務とは何も関係がない。
魔王が出ました。
大変ですね。
ところで明日のお夕飯はどうしましょうか?
そんなんでいいんだよ。
魔王の相手だなんていうファンタジーRPGみたいなイベントは、それこそ勇者様にやらせるべきなのだ。
僕はただ、ストレスフリーな都市開発をしたいだけで。
ストレス源を取り除ければそれでいい。
魔王復活。
そりゃあ、多くの被害は出るのだろう。
けれども僕はニュースで知らない人が死んだり、遠くの土地で内戦が起きるたびに『自分が何とかしなきゃ』と思うほど正義感の強い人間ではないのだ。
むしろ、正義感は弱い。
トラブルが起こるなら僕の知らないところで起きてくれと思うタイプの人間だ。
自分の人間性を見つめ直す。
まごうことなき小市民で安心する。
英雄とかガラじゃない。
神だってガラじゃない。
そんな、現実にない役職振られましてもねえ?
それより、市長とかどうだろ?
将来安定してそうで、よくない?
そういうものに、僕はなりたい。
決定した。
僕は魔王復活をスルーする。
「……いやあ、そうなんですか。聖剣がね。へえー。世界はこれから大変な時期に入っていくんでしょうね。経済とか荒れそうだなあ。ところで街の復興に関することなんですけど――」
「管理人! あたし、魔王倒して回りたいわ!」
おォい!?
突然何を言い出すんだこの魔王マナフは!?
僕は関係ないって言ってるじゃん!
いや、言葉には出してないけどさ!
待て、僕、冷静になれ。
どうにか声を荒げそうなのを抑えて、マナフに問いかける。
「……えっと、その、どうしてそんな、魔王を倒したいだなんて思ったのかな?」
「だって、人を殺したり人の街を焼いたりするのは、悪いことだもの! 管理人言ってたわ。悪いことしたら反省しないとダメなのよ? 相手が魔王なら、先に復活した先輩魔王としてあたしが罰してあげるのが筋じゃない? 後輩の演技指導は先輩の仕事みたいなものだしね!」
……ああ、うん。
言った。
そしてマナフも納得した。
――わかったわ。人殺しはいけない。
――街を燃やすのも、いけない。
――覚えたわよ。一度言われれば、覚えるわ。うん、まだ納得はできないけど。
――悪い事をしたなら、反省しないとね。
彼女は確かに反省したのだ。
だからこそ、今、こうして、僕らと一緒に旅をしている。
「だからあたし、この街が襲われてるの見て、がんばって助けようって思ったのよ。見て回る時、いっぱい感謝されたわ。……いいわよね、感謝されるの。暗闇の世界に光が差した気分。あたしはたくさんの光を浴びて世界一の女優になるの。それには魔王たちをどうにかしないと」
……やばいなあ。
すごく立派なこと言ってる。
領主のおねーさんや街の人たちも感じ入っているようで、感動したようにマナフを見ていた。
人族にとっての害悪。
世界にとっての災厄。
復活すなわち世界滅亡の始まりである、最悪の存在――魔王。
その魔王が、他の魔王をどうにかしたいという使命に燃えているのだ。
不覚にも、僕だってジーンときた。
どうしようかなあ……
僕はとりあえず、レヴィアを見た。
意見を求めたのだ。
彼女はうなずき、言う。
「魔王退治、か。新たな旅の目的としては上々だが、ご主人様はどう思う?」
ファンタジーからは逃げられない!
RPGに回りこまれてしまった!
僕はがっくりと肩を落とす。
それから、色んな力を振り絞って、蚊の鳴くような声で言った。
「……わかった。魔王退治に行こう」
ここで断る方がストレスが高いという判断である。
領主のおねーさんが進言してくる。
「魔王の封印場所については、東にあります大聖堂の僧侶が詳しいでしょう」
情報があるようだ。
レヴィアが言葉を継ぐ。
「そこなら旅の途中に寄ったことがある。広い森を越える必要があるが……まあ、今までと同じ移動手段を用いれば問題はなかろう」
ということらしい。
こうなれば行動は早い方がいいだろう。
僕はさっそく、坂道を建設した。
暗い闇の中。
わずかなかがり火の明かりに、近代的な二車線道路が浮かび上がる。
「それじゃあ行ってきますけど、ちなみに領主さん、その、建築や補修などの必要は……」
「今回の襲撃に関する被害をまとめないといけませんので……」
これだから行政の仕事は遅いんだよ!
事件は現場で起こってるんだぞ!
……などと言うのも野暮だろう。
もうこうなったら、全部の魔王を倒して、全部の問題を片付けて、遠慮無く、長々と、どっぷり都市開発ができる環境を作り上げてやる……!
「……じゃあ、ちょっと世界中の魔王を倒しに行って来ます」
坂道に足をかける。
かたわらにはマナフとレヴィア。
見送るのは、ひざまずいたままこちらを見上げる、三万人の人々。
数々の人に見つめられながら僕らは登り始める。
魔王討伐という、この長い坂道を。




