26話
夜。
暗闇の中にぼんやりと、かがり火が焚かれた街が見えてきた。
僕の心中は安心でいっぱいだった。
その理由は長旅の末に家に帰ってくるとなんだかホッとするという当たり前のそれではなくて、もっと深刻で僕以外にはわかり得ない悩みがあったからだ。
つまり。
鉄材が少ない。
というのも、竜人族の里、というか都市からここまで、整地して資材を回収することなく、ずっと線路を引き続けてきたからである。
レヴィアにはいつでも帰れる自由が必要だろう。
だから、彼女の帰り道を整地してしまうわけにはいかなかったのだ。……いや、普通に行くのはあんまりにも大変そうだしね。
だから、街が見えて、残りの鉄材でどうにか線路も駅も建てられそうだなと判断できた時、僕は心底からホッとした。
まあ残る距離は短いので、歩いても普通に余裕だろうけれど。
ここまで電車で帰ってきたら最後まで電車に頼りたいという、怠惰な気持ちはそう簡単にぬぐえるものではなかった。
闇夜の中、電車を地上へとだんだん近付けて行く。まだ空の中だ。高度を下げ切るにはしばし距離が必要だろう。
実は暗い時間に電車を走らせたことは、ニムシュ山に突撃した時以来だ。
何せ街灯がないので、辺りが真っ暗になるのである。
サイクロプスであれば、あるいは闇などものともせずに電車を運転してのけるのかもしれないと思わなくもない。
しかし彼女を信じて任せるというのも、なかなか危ないように思えたので、夜の移動は基本的に避けていたのである。
今日は街が近いので、ついやってしまったが……
明かりがついててよかった。
考えてみればそりゃそうだという話で、街には人が住んでおり、全員が行儀良く日が沈むと同時に眠るわけではないだろう。
まして今は復興作業中なのだ。
夜まで起きて仕事をしている人も、また、日中の疲れを癒やすため酒盛りをしてる人なんかだっているだろう。
「ついにここまで来た……いや、戻ってきたのだな」
レヴィアが感慨深げにつぶやく。
彼女が『戻ってきた』と言った。……そのことがなんだか嬉しい。
ガタンゴトンと電車は進む。
街は次第に大きくなっていく。
……それにしても明るい。
まさか僕らが帰ってくるその日を待って、暗くても迷わないように火を絶やさないでいてくれたのだろうか?
だとしたら嬉しい気遣いだ。
気のせいか、歓声みたいなものも、聞こえてくる。
僕を出迎えてくれている?
……闇夜を走る電車はライトぐらいつけているだろうけれど、それだけで僕が帰ってきたと判断できるものなのだろうか?
微妙な違和感。
小さな不自然。
あるいは、空に光の筋が見えたら大喜びする文化でもあるのか?
疑問に思うあいだにも、どんどん街は大きくなって。
ついに、その全貌が見えてきて――
僕らは、街が何者かの襲撃を受けていることを知った。
かがり火ではなく、戦火だった。
歓声ではなく悲鳴だった。
人々は逃げ惑い、次々街から出て行こうとしている。
僕が設置した橋と、城壁が整地されているお陰でかなり逃げやすそうなのが救いである。
というか。
「また襲われてるのかあの街!?」
思わず叫ぶ。
いくらなんでも泣きっ面に蜂というか、短い頻度で危機に陥りすぎじゃないかあの街!?
領主のおねーさんが熱心に建てていたのは、僕の死亡フラグじゃなくて自分の死亡フラグだったとでも言うのか……!
帰ったら結婚しましょうとか言うから!
電車はあと数分で街まで到着するだろう。
そのあいだにも街の状況は刻々と悪くなる。
間に合うだろうか?
「ちょっと管理人! あたし、助けに行くわよ!」
主に僕の頭が混迷を極めていたその時。
雷光のように響き渡る、一人の声があった。
マナフだ。
彼女はごく自然に立ち上がり、ごく自然にそう言い放った。
ただ――
「どうやって!? まだ街はあんなに遠いのに!」
「転移するわ。だからここから出してよ!」
そういえば、僕の造った建造物はテレポート系の能力も遮断するのだった。
しかし走る電車から出るってどうすれば……そういえば、電車には緊急時に手動でドアを開けるレバーみたいなものが設置されていたはずだ!
僕は視線を巡らせ、ドアそばにあるそのレバーを発見する。
当然ながら操作したことがなかった。
なのでまごつきながらもレバーを引っぱり、どうにかドアを開くことに成功する。
成功して。
「開けたよ!」
「じゃあ行くわよ!」
と。
ごく自然にマナフに腕を掴まれ、ドアから外に出た。
……えーと。
ちなみに電車はまだまだ空中を走行中だ。
高度はそりゃあ、ニムシュ山に登った時よりは断然低いけれど、まだまだビル七階とかぐらいの高さは余裕である。
つまり。
落ちれば死ぬ。
「僕はパラシュートなしでスカイダイビングできるタイプの人間じゃないんだけど!?」
まあ。
そんなタイプの人間は、それもう人間じゃない。
我ながらわけのわからないことを叫びつつ自由落下スタート。
落ちる落ちる。
マナフは僕の腕をつかんだままだ。
さすがのレヴィアも、この高さから落ちて無事ではいられないのだろう。
電車のドアから、慌てた顔で僕らを見下ろすだけで、ついては来なかった。
地面が迫るまで、体感では一分ぐらい落ちていた。
実時間はもっとずっと短かったことだろう――走馬燈のように流れたのはこの世界で起きた出来事ばっかりで、元の世界に大した思い出がなかったことがわかってしまい、微妙にへこむ。
マナフは何もしない。
ただ僕の腕を放さないようにしているだけだ。
僕らは当然の物理法則に従って地面に落ちて。
どぷん。と。
影に飲みこまれるように、地面に沈みこんだ。




