25話
たぶんここからの会話はただの蛇足だろう。
帰るまでが遠足とはよく聞く話ではあるが、僕らの旅も帰るまで続く。
帰る。
どこに帰るのかと言えば、そりゃあもちろん、最初に行った街だ。
マナフによって壊れた街。
今ごろは資料もまとめ終わり、復興作業にいそしんでいるかもしれない。とあれば僕の出番だ。うまいこと権利をもらって復興開発拡張発展としていきたい。
元の世界には――別にいいかな、と思っている。
帰り方を調べるというのは、僕の力だと余裕でできそうな気がしない。
ストレスがたまりそうだ。
だったらそこまで未練のない元の世界なんか捨てて、この世界で都市開発をして行く方がいいと僕は判断した。
ファミレスもあるし。
ベッドもシャワーもあるし。
よくよく思い返せば、エアコンもあった気がする。
ゲームをしてたら異世界に来ていた。
そんなことは、今でもありえないと思うけれど。
ここが死後の世界や夢の世界に該当するのであれば、帰ろうだなんて思わないのが吉だろう。
というわけで初めて来た街に帰る途中である。
マナフがいきなりこんなことを言い出した。
「あたし、よくわかんなかったんだけど、レヴィアの旅はおしまいでいいの?」
不思議そうに首をかしげる。
ふむ、少し考えてみよう。
「目的にしてた竜人族と出会うことには成功したし、家族も見つかったし、ルーツとか歴史についてはまあ、好きな時に質問できるわけだし、冒険を始めた当初に抱いていた目的は達成されたんじゃないかな?」
視線をレヴィアに向ける。
彼女はまどの外を眺めていた。
すでに竜人族の里、というか空中都市は遠い。
ニムシュ山すらもう見えない。
だから、ただぼんやりと外を眺めているだけなのだろう。
彼女はしばしの間のあと、けだるげに口を開く。
「……そうだな。私の旅は、さっき終わった」
マナフが『ふぅん』と言う。
それから。
「ルーツが知りたい。仲間がいるか知りたい。家族を見つけたい。あとは――なんだっけ? いじめられるのが納得いかなかったんですっけ? アナタ、色々納得できたの?」
「……さてな。捨てられた理由については納得できるような、できないような、不思議な気持ちではある。そのほかのことについては――どうだろう。一概に納得できることばかりでもない。少なくとも幼くして育った場所を飛び出し、大人のフリをして旅をした苦労は報われた」
報われたならば、よかった。
……いや、本当は、僕は余計なことをしてしまったんじゃないかとドキドキしてもいたのだ。
間違いなく彼女の人生を早めた。
そのことで恨まれないかなという心配は絶無ではなかった。
「あたし、よくわかんないのよね。ルーツとか気になるもの? 端役が主演と違うのは当たり前じゃない? 衣装とか配役は、役に合ったものになるのが当然だと思うのよねえ。自分が他と違うなら、それ、自分はスペシャルってことでしょ? わざわざ『自分がスペシャルな理由探し』なんて、面倒であたしならしないけど」
「それはマナフが人並外れて強いからだ」
「そう? アナタも戦えばあたしとそんなに変わらないんじゃなくて? まあ、あたしが勝つけど。何て言うの? 主演補正で?」
「力は自信があるがな。……私は心が弱かった。魔王という存在ほど、迷いのないものでも、精強なものでもなかった。ようするに――普通の、人族に過ぎないのだ。私はな」
「ふぅん。脆弱で大変ね。でも、その弱さはちょっとうらやましいわ」
「どういう意味だ?」
「えっ? どういう意味って……言ったまんまだけど? ほら、あたしって天才女優じゃない。だから下積みの苦労とかよくわかんないのよね」
「私はお前の言っていることがわからん」
レヴィアが半眼になる。
マナフは、しばらく悩んで。
「世界って難しいって思ったのよね」
一言言って、彼女はまた悩む。
悩み悩み、言葉を紡ぎ出す。
「あたしは、滅ぼされるのが嫌なら抵抗すればいいと思うし、仲良くしたいなら話かけてきたらいいと思うのよ」
それはそうだ、という話だった。
マナフの言葉は正論だ。
ただし、実際に行なうのは難しいタイプの、正しすぎて正しくない正論だった。
言葉は続く。
「でも、みんながみんな、そういう感じでもないのよねえ。ほら、あたしは封印されるの嫌だから封印しようとするやつらみんな滅ぼそうって思ったし、実際、人間どもはあたしを封印しようっていつもやってくるから、あたしが人族と敵対する以外の脚本なんてないと思ってたのよ」
過去を懐かしむように。
あるいは――過去の自分を恥じるように、笑う。
「でも、あたしを封印しようと必死な人族の中にも、本気であたしを封印したいヤツはそんなにいないっぽくて。何て言うの? あたしの目の前にいるのにあたしを見てないっていうか、あたしと同じ舞台に立ってるのに、そいつは違う舞台にいるつもりでいるっていうか――」
首をかしげる。
彼女自身、わかっていないことを言語化しようとしているようだった。
しばし、悩んで。
「誤解してる」
発見した、とばかりにそう言った。
彼女は勢いよく語り出す。
「お互いに誤解してるのよね。実は戦わなくてもいいのに、脚本の要求で無理矢理戦うことになったりとか、実は仲良くしたいのにそういうセリフが出てこなくて仲が悪くなっちゃうとか。なんかみんな、自分自身よりも大きな力に無理矢理操られて生きてる感じで、本音が見えないのよ」
それが不思議なことだと、彼女は首をかしげる。
……まあ、自由に生きていけないのは社会に出ればよくあることだ。
人に本音をさらさないのも、よくある話である。
それをマナフは、新発見のように語っていたのだ。
「でも、この世界に多くいる弱者っていうのは、そういうものなのよね。あたしはそのへんの、なんていうの? 自分の意思じゃない何かをする人たちの気持ちがさっぱりわかんなくって、こじれて誤解して、今まで封印されたり戦争したりしてきたんだと思う」
――だから弱さがうらやましいの。
――弱い人はきっと、弱い人の気持ちがわかるから。
そう、彼女は言った。
それから、はにかむように。
「役作りの一環だけどね。ほら、色んなことを知ると演技に深みが出るじゃない? だから、この旅でレヴィアが何らかの納得とか、答え? を掴んだなら、あたしも真似して、自分がスペシャルな理由探しでもしてみようかなと思ったのよ。ちょっとだけね?」
恥ずかしそうな顔をして。
視線が、僕へ移った。
「ま、まあ、全部管理人次第だけどね。あたしは面倒なのとか嫌いだし。誰かと一緒じゃないとまた勘違いで封印されそうになるかもでしょ? そしたら争わない自信がないもの。だってまだまだあたしは、弱者たちの弱者なりの苦労とか葛藤を知らないんだから、考慮して演技なんかできないわよ、そんなの」
言い切って。
そして、照れ隠しをするように咳払いをする。
「それで、これからどうするの?」
これから。
僕の行動方針は決まっていた。
ずばり『なるべく一箇所から動かず都市開発をする』だ。
が、そういう長期的な話はしない方がよさそうだなと感じた。
だって、僕は弱いし。
きっと目標を立てたところで、不意のトラブルとかで変わることがあるだろう。
そういう弱さ――やりたいことをやりたいまま貫けない人間らしさは、きっと、マナフにはまだよくわからなくって、彼女を混乱させてしまうかもしれない。
だから、絶対に、動かしようのない、また外的要因で変更させられない目標だけを告げる。
「家を建てたい」
住む家を。
落ち着く先を。
定住する拠点を造りたい。
本当に、他者の予定とか、そういうの抜きで自分のためだけに何かを建築するというのは、実のところ、この世界に来てまだ一度もやっていなかったことだし。
その最初が自分の家というのは、なんとなくいいことのような気がした。
マナフがうなずく。
「いいわ。お城みたいなおうちにしてね」
……彼女も住む気なのか。
確かにそれは自然な流れのようにも、思えた。
マナフは見た目はこうだし、色々考えているようにも思えるが、その内面はやっぱりまだまだ子供で、そのくせ強すぎる力をもっている。
誰かが監視する必要があって。
僕じゃない誰かに監視を任せて、彼女がまた人族と敵対する可能性を思えば、同じ屋根の下で寝起きするというのはストレスを避けられていいことだろう。
とか思っていると、レヴィアが遠慮がちに言う。
「私は、別に狭くてもかまわんぞ。旅暮らしで安宿にも慣れているからな」
……彼女まで住む気なのか。
確かに、自然な流れのようにも、思えなくもなかった。
レヴィアは実際にまだ子供らしいし、竜人族のレヴィアママからもよろしくと頼まれている。
それにレヴィアの旅で得たこの世界の常識、知識は、それらを持たない僕にとって非常に有用なものなのだ。
彼女が一緒だと、日常のアレコレがうまく進むだろう。
「……わかったけど、あんまり期待しないでほしい。テクスチャの問題だと思うけど、そこまで細々とした注文に応えた建築はできないんだ」
てくすちゃ? と同時につぶやき顔を見合わせる二名。
僕は笑って『何でもない』と答えた。
これが、帰り道の途中にあった会話の一つ。
僕が心にとどめおいた、まだ何のフラグでもない雑談である。