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24話

 思い出してほしい。

 僕はこの世界に来た一番最初に、ある魔獣を整地した。



 サイクロプスと呼ばれていたソレは、僕の整地により、この世から塵も残さず消え去った。

 ――はず、なのに。

 ファミレスを建てたらひょっこり出てきたのである……!



 その後、ウォードッグなる魔獣を整地した。

 もっとも、整地した魔獣がそういった名称であったことを知ったのは、整地したあとのことだ。

 彼女たちが名乗ったから。

 だから僕は、整地した魔獣がウォードッグなる名称であることを知ることができたのである。


 ウォードッグとウォードッグ、それにサイクロプス。

 彼女たちの性格はみな、違うものだった。

 どうにも僕が整地することによって判子を押すようにパーソナリティが確定されるということではないらしい。


 では、彼女たちの性格を分けたものは何か?


 それはきっと――彼女たちの、魔獣だったころから変わらない、もとのパーソナリティがあんなんだったんじゃないかという仮説を立てたのだ。



 そして現在。

 僕は、六つの黒曜石の塔を整地した時に、かなりの数の肉を取得した。



 つまり魔獣を整地したということだ。

 レヴィアの母の話から類推するに、もとは竜人族であり、言語を操り知恵や理性もあったが、呪いにより魔獣となってしまった元竜人族たちを。


 もしも。

 サイクロプスたちのように、僕が建物を建てれば、彼らが擬人化されて甦るとすれば?


 もちろん正規の解呪ではないことはわかっている。

 だが、魔獣化したあとでも、魔獣でない状態で、元のパーソナリティを維持して復活できたのであれば、それはもう、結果的に呪いを解くのと変わらないんじゃないか?

 だから僕は、提案する。




「都市を建てよう」




 念願の。

 ここに来て、ようやく本筋である、都市開発である。


 建てる場所は、火口よりさらに上――上空である。

 つまり、空中都市だ。




 道路を引く。

 線路を引く。

 物件を建てる。

 住居を建てる。

 もちろん、街の中心部に市庁舎を建てることも、忘れない。




 独創性も何もない、とりあえず整備しましたという感じの、初心者みたいな都市。

 だけれど――

 建てたファミレスの中に。

 あるいはホテルの中に。

 もしくは消防署の中に。

 病院の中に。警察署の中に。発電所の中に水道局の中に工場の中に会社の中にコンビニの中に住居の中に通行人の中に駐輪場の中に駐車場の中に駅の中に――

 その他様々な建物の中に、あらゆる人たちが息づいているのを、僕たちは確認した。




「……夢のようだ」




 黄金の竜人族は、ほうけた顔でつぶやいた。

 彼女は街をうろつき、何度も何度も確認をし、挨拶を交わしていく。

 会話をして。

 彼らを引き連れて。

 僕とマナフ、レヴィアのいる場所に――駅のホームに戻ってきた。

 ……なんか既視感のある光景だ。

 たしかマナフに燃やされた街の人を助けた時も、こんな感じで複数人に囲まれて、遠巻きに見られていた気がする。

 もう一度、彼女は僕に向けて言った。



「こんなことが、ありうるのか。魔獣となった我らが、再び、このように、息づいて……」



 声が詰まる。

 言葉にならない様子だった。

 彼女はしばらく手で顔を覆った。

 泣いているのか、笑っているのか――あるいは泣きながら笑っているのか。

 それはわからないが。

 顔を覆う手をどかした時、彼女の瞳はうっすらと濡れていた。


「神の呪いを、こんな、冗談みたいな手段でどうにかしてしまうとは――いや、恐れ入った。見事だ。礼を言いたい――いや、何か、礼を差し上げたい」

「……どういたしまして。僕は僕にできることをしただけです。お気になさらず」


 よもやこの世界を創った……かどうかはこの世界の宗教観を知らないので何とも言えないが、その神様だって、まさかこんな手段で呪いを解決されるとは想像すらしてなかっただろう。

 何せ、僕とその神様ではルールが違うのだ。

 呪いを解いたというよりは、呪いを維持しつつ解決したという、お祓いっていうかお払いって感じの力尽くの仕事である。


 ともあれ喜んでもらえてよかった。

 ……が、黄金の竜人族は申し訳なさそうに一言添える。


「ここまでしてもらっておいて、無礼な物言いになってしまうのじゃが」

「かまいませんけど、なんでしょうか」

「……全員女になっているのはどういうことなんじゃろ」


 えっ。

 観衆に女性しかいないのは、竜人族が女性のみの種族とかじゃなくて、僕のせいなのか。


 しまったな……まさかそんな副作用があったなんて。

 たしかにサイクロプスにウォードッグ×2、都合良くメスの魔獣だけを肉にしていたという確率は、まあ、そう低くもないのだろうけれど、すごい偶然だと思っていたんだ……

 まさか僕が魔獣を肉にすると、擬人化ではなく女子化してしまうだなんて、それは想像が及んでいなかった……


「まあ、新生したと思えばよいか」


 あっけらかんと言い放つレヴィアのママである。

 性格が豪快というか、細かいことを気にしなさすぎ――って細かくねーよ。

 豪快すぎる。


「ともあれ、我らは呪いを解いていただいたと思えばいいのか?」

「いえ、それは僕には無理ですけど……まあ、手段はあるんじゃないですか? ここの神様がどんなんだか知りませんけど、さすがにそこまで慈悲のない存在じゃないでしょ」


 RPGはだいたい不思議なアイテムで呪いを解くお使いがあるイメージだ。

 きっとなんらかの救済手段が用意されており、もしレヴィアの旅に僕がかかわらなければ、十年だか二十年だかかけて、そういう手段を探す旅をしたことだろう。

 まあ、仮に呪いは解けないものだとしたって。


「もしあなたが魔獣化しそうになったら呼んでください。その時は僕が平らに均しに来ます。まだ猶予はあるんですよね?」

「う、む……まだ最低でも五年は平気だと思うが……平らに均す、か……うむ」


 なぜだかちょっと引かれてしまった。

 黄金の竜人族は咳払いする。



「神と袂を分かった我らが、まさか救われるとはな」



 笑う。

 どうやら、かなり子供っぽい、いたずらっ子みたいな、不敵な笑顔を浮かべる人だったようだ。

 戦っていた時には、あきらめとか、疲れとか……絶望とか。ネガティブな顔ばかりだったのに。

 こんなイタズラっぽい、よく言えばポジティブな印象はなかった人だけれど。


 救われてくれた、ということだろうか。

 ならよかった。

 裏技、チート、ただのルール違いでしかない力でも、彼女たちを助けられたなら、それは嬉しいことだ。


「新たなる神よ」


 彼女が僕を見る。

 ということは僕に呼びかけたということだ。

 ……なんだろう、神と呼ばれてまごついたり戸惑ったりする前に、『またか』と思ってうんざりしてしまう僕は、ひょっとしたらとても不遜なヤツなんじゃないだろうか。

 ため息まじりに返事をする。


「……僕のことですよね」

「もちろんだ。新たなる神よ――我らを救い、そなたらどこへ行く? よければこの地にとどまり我らの信仰を受けてほしいのじゃが」

「そういうのガラじゃないんで。僕は新しい都市を開発しに行きます。というか、もともと、こっちよりあっちが先約だったんです」

「そうか。……旅立つのじゃな」


 彼女の視線が、僕ではない方へ向いた。

 その先には、レヴィアがいる。


 ……そうか。

 ここにはたくさんの竜人族がいる。

 そして、目の前には、レヴィアの母親がいる。


 もとよりここが、レヴィアの旅の終着駅だ。

 冒険者をやめて平穏に暮らすのも悪くないかもしれない――今さらながら、彼女が建てたフラグを思い出す。


 レヴィアにはここに残るという選択肢があって。

 僕もマナフも、それを止める資格はない。


 ――冒険を終えて、彼女は幸せに暮らしました。

 ――おしまい。

 そういう物語も、いいものだと僕は思う。


 どのみち、僕らが決めることではない。

 だから僕は問いかける。

 彼女の選択は彼女がするべきものだ。

 僕はただ、貸せる力を持っていた時に、力を貸すだけの存在なのである。


 レヴィアは僕を見た。

 そして――逆に、こちらに問う。


「ご主人様は、どうしてほしい?」


 む。

 なるほど、そこで僕の意思を問うのか。

 たしかに彼女と最初に交わした契約……契約? を思えば、彼女が己の行く先を僕にゆだねるというのは、自然なことに思えた。


 奴隷になったっていい。

 ご主人様と呼んでやってもかまわない。


 彼女はそんな敗北フラグをさんざん建てて、僕との賭けに破れ、現在に至るのだ。

 それ以来、彼女は口を開けばなんらかのフラグを建てると、実際はそうでもないのだろうが、僕の中ではイメージづけられてしまっていた。


 レヴィアという少女の自由は、口約束でしかないが、僕のものなのである。

 そして彼女は約束を守る。――なぜならば、竜人族だから。


 しかし困ったことに、僕は別にどっちだっていいのだ。

 彼女が幸せならどうでもいい。


 まあ、情が芽生えていないわけはないし、愛着だって――愛着という言葉を人間に使うのがふさわしいかは知らないが――そのようなものだって、ないわけじゃない。

 一緒にいれるなら、きっと楽しいだろう。

 あと、この世界の常識を僕もマナフも知らない。

 なので彼女がいてくれたら助かることだって少なくないだろう。

 ……そう考えると、これから先、この世界で生きていくのに彼女の存在は必須じゃないか?


 うーむ。

 縛り付けるようなことはしたくないんだけれど。

 一応、意見を求めてはいるわけだし、素直なところを言っておくか。



「僕には君が必要だ。できれば一緒にいてほしい」



 省略しすぎた感じがないでもないが、簡潔にまとめれば、こんなように言語化される。

 レヴィアは。

 目を丸くして。

 それから、視線を逸らす。

 そしてなぜかニヤケをこらえるように口をもごもごさせながら、言う。


「そ、そうか! そこまで言われればついて行かないわけにはいかんな! ご主人様が求めるなら従う――なぜなら私は竜人族だからな! しょうがないなまったく! いやあ、竜人族である我が身をこれほど呪ったことはないぞ!」

「え? 嫌なら無理強いはしないけど……じゃあレヴィアにはここに残ってもらって――」

「待て待て待て! 待てぃ! なぜそうなる! ちょっとは察しろ! 行くから! 一緒に行くから! 置いていかないで!」


 本当はこの土地にいたいという、彼女の気持ちを察したつもりだったんだけれど……

 他にどのような察し方ができたというのか。

 僕にはよくわからなかった。


 レヴィアママが笑う。

 そして、僕の手をギュッと握った。


「娘を地上に残してから、十年と少し……様々な出会いがあったようじゃな」

「……え? まあ、そうかもしれませんね……僕が出会ったのは最近なんで、よくは知らないんですけど」

「まだ幼い娘じゃ。そのあたり、どうか、よく覚えておいてほしい」

「ああ、本当に幼かったんですね……まあ覚えておきますけど」

「約束じゃからな」

「はい、もちろんです……?」


 ギチギチと握られた手に込められた力が強くなる。

 砕ける砕ける。

 にしても……なんだ?

 遠回しにお誕生会でもしろと言われているのだろうか……?


 レヴィアママは、最後ににっこり笑う。

 なぜだろう、威圧されているように感じた。

 そして、彼女は僕の手を放して、ひざまずく。

 レヴィアママに倣うように、周囲を取り囲む観衆たちも、一斉にひざまずいた。


 ……二度目とはなるものの相変わらずすさまじい光景である。

 気後れするというか、逃げ出したいというか。



「改めて、竜人族一同、御礼申し上げまする」



 レヴィアママが代表するように口を開いた。

 僕は浮き足立つ心で『苦しゅうないとか言えばいいのだろうか』と的外れなことを考えるだけで精一杯だった。

 言葉が出ない。

 反対に、レヴィアママはすらすら話す。


「新たなる神よ。あなた様の建てられたこの街で、我らは新たなる歴史を生きていきます。そうして呪いがもし完全に解けたのであれば――再び、人と交わり暮らすことも、できるでしょう」


 それは、きっと、いいことなのだろう。

 竜人族はもとより人を守るという理念を持った種族なのだと聞いた。

 ならば本懐を果たせる未来は、希望があふれている。


 ……まあ、人間を守るべくしてドラゴンを産みだしたはずの神様が、なぜ本懐を守っているはずのドラゴンに呪いをかけたのかという謎は残るが。

 それこそ僕にとってはどうでもいい。


 神様と対面とか、RPGでやってくれ。

 僕は都市開発するから。


「願わくば、あなた様の前途に幸多からんことを。もしも前途の暗雲たちこめし時は、我らにお声がけを。竜人族一同、もしあなた様に必要とされれば、どのような困難にも立ち向かう所存でございます」


 できれば避けたい助力だった。

 今回の旅でなんとなく思ったことだが――

 まっとうなRPGみたいな展開になった時点で、僕の負けである。


 槍で突かれて実感した。

 僕は無力で、脆弱で。

 ただ――違うルールで生きているだけなのだ。


 だからこういう旅とかはもうやめて、街に戻ってゆったり都市開発をしよう。

 大丈夫大丈夫。

 もう魔王は二人倒した……倒した? し。

 これ以上、僕が旅しなきゃいけないようなイベントは、もうないって。


「我らの魂はいつでもあなた様と共に。そして、我らの宝も、いつでもあなた様と共に。行ってらっしゃいませ。――そして、行ってらっしゃい、我が娘、我が宝よ」


 最後に顔を上げて、笑顔を見せる。

 僕らは視線に見送られながら、電車に乗りこんだ。


 プシーッ、という音とともに扉が閉まり。

 電車は、ゆっくりと発車する。


 レヴィアは、窓から竜人族の里――僕が開発した街を、眺めていた。

 いつまでもいつまでも。

 見えなくなっても――噛みしめるように、ずっと、眺め続けていた。

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