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20話

「この旅が終わったら、私も冒険者を引退し、普通の生活を送ってみてもいいかもしれないな」


 電車旅は三日目にさしかかったところだった。

 今は、ようやく、遠くの方にぼんやりと大きい山が見えてきたかなというところだった。

 改めて恐ろしい距離である。

 これ、徒歩だったらどのぐらいの時間がかかるんだ……?



 僕は何個目かの駅を建造したり整地したりしていた。

 そしてたぶん通算で七個目か八個目の駅を建造したタイミングで、唐突にレヴィアがそんなことを述べた。

 あいかわらずフラグを建てていくスタイルのようだ。

 僕は、電車の窓から沈む夕日を見つつ、聞き返す。



「突然どうしたの?」

「ひょっとしたら、私が今まで調べてきた『竜人族』と実際の『竜人族』は、まったく違うものかもしれないと思ってな。マナフの言うことが正しければ生きた竜人族と会えるわけだろう? ……色々な事態を想定して覚悟を決めておかねばと思っただけだ」


 マナフが非難がましく『正しいわよお』と言う。

 まあ、それは、正しいだろう――ここまで来たのだから、正しくなくては困る。

 ただし、マナフの情報を信用する理由が『魔王情報網』という、言ってしまえば『他に手がかりがないからとりあえず信じた』程度のものであることもまた事実なのだ。


 特にレヴィアは自分のルーツを探し、同じ種族に会いたいという願いをもって旅をしていた。

 行ってみて会えなかった時に落胆しないためにも『もしマナフの言うことが正しければ』と予防線を張っておきたくなる気持ちはわかる。


 ガタンゴトン、と電車が進んでいく。

 サイクロプスが運転士の訓練を積んでいるとは思えなかったが、走ってみれば、彼女の運転技術は熟練のそれであった。

 安心して窓の外を見ていることができる。



 夕日も沈みつつあるころ――

 眼下に大きな川が見えた。

 流れの激しい濁流である。ひょっとしたらアレが冒険する前に言っていた難所の一つ、何とか川だったのかもしれない。


 ……なるほど。『一度この川を見に来たことがある』とレヴィアは言っていた。

 だから、西の魔王の住まう土地が近くなったのだとわかり、あんな話を切り出したのだろう。


 電車は進む。

 問題なく川を抜けて、いよいよ山にさしかかろうとしていた。


 だが、このまますぐにとはいかない。

 すぐに夜だ。

 新しい駅を追加するか、一度宿泊して明日を待つか、僕らは決める必要があるだろう。




『次はニムシュ山前~、ニムシュ山前~。終点です』




 アナウンスが流れ、電車が減速を始める。

 僕は二人に問いかけた。


「どうする? このまま行く? それとも、一度眠る?」


 二人に順番に視線を投げかければ――

 マナフが肩をすくめた。


「あたしはどっちでもいいわよ。夜の公演も幻想的でいいものじゃない?」


 レヴィアは悩んでいる。

 しばらく沈黙した後。


「……夜の山は危険だというのが、普通の考えだ。私が一人ならば、暗い山に登ろうとは思わないのだがな」

「やめておく?」

「いや。ご主人様がいいならば、行ってほしい。……ようやく、私の探していた答えがわかるかもしれないのだ。竜人族とは何か。本当に優れたものなのか。本当に特異なものなのか。私を産んだはずの親は、死んでいるのか生きているのか――生きているなら、どこに行ったのか。答えがほしい。五年前から始めた旅の答えが……ここまで来てそれを確かめないことには、ゆっくり眠れそうもない」


 僕はうなずき。

 そして、立ち上がる。

 運転席の窓をノックして、サイクロプスを呼ぶ。



 彼女はまともな運転士服を着ている――

 ……かと思いきや、よく見れば下は超ミニスカートだし、上着はシャツがなく、ジャケットのようなものを素肌に羽織っているだけであった。

 露出しないでいられないのか。



 ……ともあれ、サイクロプスは僕のノックに答え、こちらを向いた。

 運転中に思い切りよそ見をしているのだが、自動運転機能が働いていると思いたい。


「はいはい、なんでしょうかお客様? 不審物でも見つけちゃいました?」


 彼女の調子は、やはり軽かった。

 お前の服装がこの電車で一番の不審だという発言を飲みこみつつ、


「もう少し線路を拡張しようと思うんだけれど、まだいけそう?」


 もう夜だし。

 僕らは座っていればいいが、実際に運転しているサイクロプスの疲労はたまっていることだろうという心配をしたのだ。

 しかし彼女は明るい調子で言う。


「何言ってるんですかお客様。お客様とサイクロプスちゃんの仲でしょ? ――地獄までだってお付き合いしますよ」

「そのセリフはすげえ心強くて格好いいんだけど、なんだろう、僕とお前はそこまでの仲だったかなと考えさせられてしまうな……」

「水くさいですよお客様。だってサイクロプスちゃんはお客様のメインヒロインじゃないですか」

「僕の人生にヒロインという存在がいたとしても、お前だけは嫌だという正直なところを話したらやっぱり傷ついたりするのだろうか……」

「冗談はさておき、駅さえあったらどこまでも運転しますよ。サイクロプスちゃんの体力は一週間休み無しでも尽きたりしません。ぶっちゃけ自動運転でやることほとんどないですし」


 やることなくても一週間休み無しで稼働可能というのは、すさまじい。

 彼女のハイテンションの前には睡魔ですら裸足で逃げ出すというのか。

 まあ、できると言うならやってもらおう。無理してる風にも見えないし。


「じゃあ、駅を追加するから、よろしく」


 言いつつ、電車の窓から外に意識を集中させる。

 駅の追加はすでに何度か経験していた。

 走る車内から線路と駅を建造していくのにも慣れたものである。


 走り追えた線路の整地は――もう、いらないだろう。

 目的地はすぐそこだ。

 線路は帰りに再利用しつつ回収すればいい。

 それに、残しておけば、いざという時の逃げ道にもできるだろう。



『えー、駅が増築されましてー、次はニムシュ山前~、ニムシュ山前~。お次が終点、西の魔王住居になります』



 ……着くんだ、ついに。

 駅名を読み上げられ、僕の中にもようやく、覚悟みたいなものが芽生え始めた。


 電車は、ニムシュ山の山頂を目指して高度を上げていく。

 僕は座席に戻って、外を見る。


 景色はすでに雲海。

 夜も昼もなく、ほとばしる雷だけが周囲を照らす。

 しばらく分厚い雲の層を漂い――


 そして。

 僕らはついに、目指す場所へとたどり着いた。

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