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2話

「とりあえずサイクロプス討伐をギルドに報告しなくてはいけない。だが、実質的に倒したのはお前だから、一緒に来てほしい」


 そんなような事を言われて、彼女と街へ行く流れになりつつあった。

 彼女――



「ああ、私の名前はレヴィアという。竜人族のレヴィアだ。そちらは?」



 レヴィアは僕の名前をたずねて来たのだけれど、ここで僕は困った。

 普通に名乗ればいい。

 そりゃそうなんだが――この世界観で果たして実名を名乗って、おかしく思われないかどうか不安になったのだ。


 僕はあんまり目立ったり奇異の視線にさらされたりするのが好きじゃない。

 人の中心に立つのが苦手なタイプなのだ。

 服装の時点でどうしようもなく目立っている気もするのだが、可能な限り目立つ要素を増やすのは避けたいところだった。


 それに、話してしまえば、様々ないらぬ質問をされるかもしれない。

 どうやってここに来たのか――などというのは、僕は今一番聞かれたくないことであった。



 ゲームをしてたら吸い込まれた。



 そんなあり得ないような、ありきたりなような、何ともゲームという概念のない世界にいる人相手には説明のしづらい経緯である。

 なのでそのあたりスルーして色々とレヴィアに話したいのだが。

 名前を名乗ったら『珍しい名前だな。どこ出身だ?』みたいな流れになりそうなんだよなあ。


 咄嗟に嘘をつけるほど器用でもない僕は、困り果てて、黙り込んでしまう。

 彼女は、その沈黙をこう解釈したようだ。



「まあ、名前を名乗るのにためらう事情の者も、いないではない。家柄、人種……過去。人を縛るものは数多いからな。名を捨てて新しい土地でやり直したいという気持ちは尊重しよう」



 そうじゃないんだけど、面倒なのでそういうことにしておこう。



 さて、街を目指すには山を越えなければならないらしい。



 山というのは、この世界に来たばかりの時に周囲を見回したら見えたやつだ。

 レヴィアが言う。


「このあたりは平原だろう? 実は、峻険な山に囲まれていて、開発が遅れているのだ。だからこそサイクロプスなんていう危険な魔物が出るダンジョンも、長らく放置されていたというわけだな。その山をこれから登って帰るのは、少々気が滅入る話なのだが」


 確かに、彼女の小さな体には大変そうである。

 ……もっとも、腕力や体力は見た目相応ではないだろう。大きな剣を振り回していたり、重そうな鎧を身にまとっていたりする。

 装備一つとっても、明らかにただの少女ではない。


「あの山さえなければ、隣国との交易ももう少しどうにかなるだろうに」


 やれやれとため息をついて笑う。

 僕は、なんとなく述べた。


「じゃあ、整地しようか?」


 レヴィアが笑う。


「整地か。できればそれは、もちろんいいのだろうが……木を切り出したり土を掘り返したり、山には魔物だっているから、国家を挙げた数十年がかりの一大作業になるだろうな」

「いや、一瞬だけど……」

「一瞬!? 馬鹿な……サイクロプスを消し去る手腕は認めるし、すさまじいとも思うが、相手は山だぞ。山というのは、サイクロプスよりもずっと大きく、ずっと重い。そんなもの、どのようにして消し去るというのだ。そんなことができるとすれば、神が起こす天変地異をおいて他にないだろう」

「そこまで大したものじゃないけど」

「やれるというなら、やってみせてくれ。もしできるなら、あらゆる責任は私がとろう」


 んー……いや、できるんだろうけど。

 あらゆる責任をとろうと言われると、少し尻込みする……できるからこそ、騙すみたいになって申し訳ないのだ。

 なので、念を押す。


「本当に大丈夫?」

「竜人族に二言はない。もっとも、山を消すなどということは、ありえないという風に思ってはいるがな。もしそんなことができるなら、一つだけ何でも言うことを聞いてやるという約束さえしたっていい」


 なぜフラグを補強する……

 これでさらなる念押しが必要になってしまったじゃないか。


「……本当にできちゃうと思うから、あんまり自分の首を絞めるようなことは言わない方がいいと思うけど、それでも本当に大丈夫?」

「何度聞けば気が済むのだ。本当に、大丈夫だと言っているだろう。我ら竜人族は嘘をつかないし、約束は必ず守る。まあ、それでも、いくら考えたところであの山を一瞬で消すなどということはありえようはずもないがな」


 敗北フラグがすごい勢いで建てられていく。

 この子、発言全部がフラグなんじゃないか?

 僕よりよっぽどベテランの建築家である。ただしフラグの。


 念を押せば押すほどレヴィアを追い詰めていく感じがすさまじい。

 この子は自分の首を絞めるプロなのか。

 どんな専門分野だ。

 まあ、それだけありえないっていうことだと思うのだけれど……


「どうした、怖じ気づいたのか。私にここまで言わせてたのだ。もしできないなどと言ったら、相応のものをもらうぞ。たとえば――それとか」


 レヴィアが僕を指さす。

 正確には――僕の着ているジャージを、だ。


「見たことがない服だ。素材も、綿でも麻でもない。光沢はあるが、絹という感じでもない。よほど高価な物に違いがないと、私の優れた観察眼は判断したぞ」


 どやあ、という感じで言うが、その観察眼は大したことがなかった。

 上下で六百円のポリエステル製ジャージである。


 彼女が何でも一つだけ言うことを聞くと言っているのに、これでは賭けの対価が釣り合わない。

 まあ、整地はできるし、実際に今も山全体を覆うように青白く発光するキューブ状の何かが視界には出現しているので、もう整地まであとはクリック一回という感じだ。

 そもそも賭けに負けないのだから対価がフェアかどうかはもはや関係ないのだけれど……

 一応、言い添えておくことにする。


「この服はそんなに価値のあるものじゃないよ」

「いや、そんなはずはない。少なくとも、大陸にあるすべての国を渡り歩いてきた私が、今まで一度も見たことのない布だ。……ははあん、わかったぞ。さては価値を隠そうとしているな?」

「いやいや、そんなことはなくって、本当に価値がないんだけど」

「わかったわかった。存外交渉上手だな、お前も。ならばこうしよう、もしもあの山を一瞬で整地できることがあるとすれば、今後、お前の奴隷となりお前のことはご主人様と呼ぼう。誇り高く、強く、孤高である存在がお前に永遠の忠誠を誓うのだ。ここまで譲歩されれば、その珍しい服を賭けざるをえまい?」

「……あの、今ならまだ間に合うから、そういった、奴隷になるとかいう約束事はやめにした方がいいんじゃないかな」

「いいや、竜人族は発言を撤回しない。一度決めたならば生命を懸けて貫き通すのが、我らの生き様だ。それに、それにだ、何度も言うが、私は今まで大陸中の国々を旅してきたし、その中ではすさまじい戦士や魔術師だって見てきた。その私が『山を一瞬で消し去るような技術は存在しない』と言っているのだ。この判断は、間違いがない。そう確信している」

「意地になってるだけじゃあ」

「そうではない。私は、私の経歴を信じているのだ」


 どうやら絶対の自信を持っているようだった。

 なるほど、戦士も魔術師も、山を一瞬で消し去るなんていうことは、できないだろう。

 どんな剣技もどんな魔術もそこまでの範囲や威力をもっているとは考えにくい。

 まして魔術やなんかが対モンスターの手段としてのみ考えられているならばなおさらだ。


 地形を変える魔術。


 そう述べてしまえば、なるほどそれはすさまじい境地だという感想を抱かざるを得ない。

 しかし整地という技術は、それらとは成り立ちが違う。

 もとより地形を変えるための機能であり、地形を変えられないと使い物にならない技術なのだ。


 彼女の敗因は、都市開発系ゲームを知らなかったことである。

 ……さらなる説得を試みてもいいのだが、話せば話すほどドツボにはまっていく感じがある。

 彼女が『わかった。ではもし整地できたらこの命を捧げよう』とか言ってリアル自殺しだす前に止めるのが吉だろう。


「じゃあ、やるよ」

「うむ、やるといい。……おっと、一瞬だからな。私は私の言葉に責任を持つ。だから、お前も一瞬だという自分の発言には責任をとるべきだ。そうだよな!」


 ここに来て僕があまりにゆらがないので、ちょっとだけ不安になったように彼女は言う。

 まあ、負けたって僕は服を失うだけだ。


「いいよ」


 安請け合いして、整地を開始する。

 大したことはなかった。



 山に合わさった青白いキューブ状の何かがピカッと光る。

 すると、山がジュッ、という音を立てて、消滅した。



 一瞬過ぎて描写の余地もない。

 僕は申し訳ない顔でレヴィアを見た。

 レヴィアは口を固く結び、目を泳がせたまま、プルプルと全身を小刻みに震わせていた。


 ……なんだこの申し訳なさは。

 僕は視界右下に次々と『土 を取得しました』『木 を取得しました』『石 を取得しました』などの文字が出たり消えたりするのを見ながら、言葉を探した。


 しかし見つからず。

 最初に沈黙を破ったのは、レヴィアだった。


「私に間違いはなかった」


 プルプル震えたまま、どこか言い訳くさく続ける。


「私は、そう、お前が山すらも一瞬で消し去れる大魔術師だということを最初から見抜いていたのだ! だからこうして奴隷になるなどと口走ったのだ! つまり、最初から全部計画通りということになるな!」


 絶対嘘だった。

 目が泳ぎすぎである。

 一応フォローしておく。


「……いや、あの、そんなに気にしなくってもいいんだけど」

「竜人族は嘘をつかない!」


 今の言い訳は嘘にカウントされないのだろうか……

 嘘とはなんだ。

 哲学的なことを考える僕に向けて、彼女は。

 それはそれは、恥辱の果ての敗北宣言のように。


「……これから誠心誠意お仕えします、ご主人様」


 震えた声に、真っ赤な顔で、レヴィアは親の仇を見るように僕を見ながら、言った。

2016/01/21 いただいた感想をもとに修正

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