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15話

 さあ旅立とう。

 でもその前にご飯だ。


 せっかく上がったテンションに水を差すようなことになってしまい申し訳ない限りだが、食事は大事なので無視するわけにもいかないというのも、どうかわかってほしい。

 というか、肉狩りを終えて元いた場所に戻ったら、マナフが起きていたのだ。

 そして彼女が言う。


「睡眠と食事は美容の基本だもの。人前に立つんだから自分のお肌に気を遣うのは当たり前でしょう? あたしはお腹空いたら一歩も歩かないわよ」


 歩けない、ではなく、歩かない。

 その口ぶりに彼女の動かしがたい決意を感じた僕らは、旅の前に食事をとることとした。




 発電所。

 水道局。

 この二つを隣接して……実際は隣接させなくとも道路か何かでつなげてしまえば機能するはずだがそんなことをする理由がないので、隣接して建造することで、ファミレスは営業を開始した。


 レヴィアとマナフを連れて、遅めの昼ご飯などとりにいってみる。

 すると、軽快なBGMの流れる明るい空間で、ウェイトレスが僕らを出迎えてくれた。



「いらっしゃいませお客様ー。何名様ですか? お煙草吸われますか?」



 マニュアル通りの対応をする、片目を髪の毛で隠した――彼女の出自を思えば、髪の毛の下にもう片方の目があると言い切れないのが怖いところだが――ウェイトレスのサイクロプス。


 三名様です。煙草は吸いません。でも席に着く前に従業員を見せてください。

 そんなことを言いつつ厨房へ向かう。


 厨房もやはり明るい。

 だから最初に入った時のように目をこらさずとも、そこに二人の新メンバーがいることがわかった。



「あ、どもッス。調理担当のウォードッグでッス。最低限食べれるもん出すんで。よろッス」



 犬耳を生やした、コック服の少女だった。

 どことなくけだるげな顔をしており、口にはなぜかキャンディをくわえていた。

 かなり小柄だが厭世観のある雰囲気のせいで大人びて見える――というか生活に疲れたブラック企業のOLみたいな、死んだ目をしていた。

 そしてもう一人。



「調理担当のウォードッグであります! チーフコックであります! 精一杯料理をしていくのでよろしくお願いするであります!」




 ……ウォードッグとウォードッグでかぶってしまったな。

 こちらもやはり、犬耳を生やした、白いコック服の少女であった。

 体型、顔立ち、何もかもがもう一人のウォードッグと似ている。

 ただ、身にまとう雰囲気が、生真面目でがんばりやという感じなので、見分けはついた。


 まあ、同じ名前の従業員がいるのも納得できる理由は思いつく。

 RPG的に考えれば、同じエリアにはだいたい同じような魔獣が出現するものだ。

 なので同じ森の中で肉狩りした結果、ウォードッグなる魔獣が二匹ひっかかる可能性は決して低くはないだろう。

 自分の中で答えが出たのでそのあたりは置いておいて。気になることをたずねる。



「ところで仕入れ担当は?」

「他の人じゃないッスか?」

「自分たちではないであります!」

「じゃあ他の人は?」

「知らねッス」

「わからないであります! あ、ウェイトレスのサイクロプスさんがフロアにいるであります!」



 ……仕入れどうなってんだこの店。


 まあ、まあ、まあ。

 怖いという気持ちがないでもないが、とりあえず四人がけの座席に着く。

 そして当たり前のように存在する、ラミネート加工された、ファミレスによくあるメニューを開いた。

 そこで僕は、ありえないものを目にする。



『北海道産ズワイ蟹のクリームパスタ~イクラを添えて~』



 北 海 道 !

 なんだよ北海道って。

 試される大地か?

 例の、僕がよく知ってる、毎年日本で初めて雪が降るアレでいいのか?

 この大地、僕を試してやがるのか?

 ファンタジーがいよいよ行方不明だ。


 他にもよく見れば様々な名産品を使用したメニュー……もちろんこの世界の名産品ではなく、僕のよく知る日本の名産品である……が列挙されていた。

 いや、ファミレスではたしかに、こういった地方名産を用いたメニューをよく見るけど。

 これは――頼まざるを得ない。


 僕が注文する物は決定した。

 他の二人にたずねると――



「というか、この……文字なのか、これは? 知らない言語だ。読めない」

「カラフルでいいわね! あたしの舞台の背景にしたいぐらいよ!」



 ということらしいので、絵でメニューを選んでもらう。

 ウェイトレスのサイクロプスを呼んで――っと、危ない。


 金額の確認を忘れていた。

 ここで日本円を要求されたら詰む。

 とか心配していたものの、メニューを見ても金額の表示がない。

 まさか時価なんていうことはないよなと思いながら、ウェイトレスを呼んだ。


「ねえこのメニュー、いくらするの?」

「やだもーお客様ってば。いくらするのとか。サイクロプスちゃんとお客様の仲じゃないですか。通帳から勝手に引いておきますよ」

「どんな仲だよ!?」


 通帳をあずけた憶えはねーよ!

 僕たち、実は結婚してるの!?


「まあ、冗談は置いておきましてー」


 存在が冗談みたいな彼女は、冗談みたいに大きな胸を下から支えるように腕を組む。

 何かを考えこんでいる様子だった。


「金額については書いてる通りじゃないですか?」

「いや、書いてないから聞いてるんだけど」

「だったらタダですよ」


 ……いいのかそんなんで。

 このファミレス商売する気ねーな。


 ともあれタダでいいなら、注文しよう。

 一説には『タダより高い物はない』という話もあり、まさに今回のケースに当てはまりそうな格言にも思えたが、さすがに僕も空腹が限界なのと、北海道産のズワイ蟹が本当に出てくるのかという興味の前には些細な問題だった。


 僕がパスタ。

 レヴィアがオムライス。

 マナフがハンバーグを頼む。


 サイクロプスが注文を受けて、例のファミレスとかでよく見る、受けた注文を入力するテレビのリモコンみたいなアレを操作しつつ、厨房へ戻っていく。

 十分とかからず、品物が運ばれてきた。


 ……湯気を立てる、温かなパスタである。

 クリームソースにはたしかに、カニとイクラの姿があった。

 僕はサイクロプスにたずねる。


「……この蟹って産地はどこ?」

「えーっと……待ってくださいね。厨房に確認しますのでー」


 戻っていく。

 ……メニューを覚えていれば『北海道』と即答しそうな気がしたが、サイクロプスの従業員意識はそこまで高くないらしい。


 サイクロプスはしばしして戻ってきた。

 そして、営業スマイルのまま言う。


「北海道産ズワイ蟹のクリームパスタですー」

「……つまり、産地は北海道っていうことでいいの?」

「いえ、北海道産ズワイ蟹のクリームパスタですね」

「いやいや、だから産地は北海道ってことでしょ?」

「いえいえ、ですから、北海道産ズワイ蟹のクリームパスタですよっ♪」


 かわいくウィンクして小首をかしげ、胸を強調するようなポーズをとるウェイトレス。

 フリルに彩られたミニスカートが揺れるのがとてもセクシーだった。


 ……やべえよ。全力で誤魔化しにきてる。

 怖すぎる。

 これ食べていいのか?

 食べても何も起こらないのか?


 僕がフォークを片手に固まっていると。

 レヴィアとマナフが我慢できないように聞いてきた。


「ご主人様、食わんのか?」

「ちょっと管理人マネージャー、先に食べてくれないとあたしも食べにくいんだけど」


 意外と行儀のいい二人である。

 ……まあ、考えてもしょうがないか。

 毒ではないだろう、たぶん。


 それに、こうして注文して出てくることがわかってしまった以上、仮にここで我慢したところで、いつか絶対大豆生活に耐えきれずファミレスに頼る場面が出てくる。

 覚悟を決めよう。


「それじゃあ、いただきます」


 僕らはあいさつをして、食事にかぶりついた。

 パスタをフォークにからめていただく。


 衝撃が走った。


 これは……!

 一口ほおばると、口いっぱいに蟹の風味が広がる。

 濃厚なクリームは細いパスタによくからまり、味にムラもない。

 噛みしめれば、アルデンテに茹でられたほどよいパスタの固さ、プチプチと小気味よくはじけるイクラの食感。

 その度に口にひろがる魚卵のややクセのある味わいが、パスタと絡み合ってとてもいいアクセントになっている。

 蟹の肉も大きく、一度じゃ噛み切れないその食感はとてもゴージャスな気分にさせてくれる。


 ようするに、とても美味しい。

 産地なんてどうでもいい! 僕は三食このファミレスを使うぞ!


 味に耽溺していた。

 ふと現実に戻り、二人を見れば――夢中でかぶりついている。

 やはり美味しいらしい。




 食事はあっという間に終わる。

 僕らはサイクロプスに『またお越しくださいねー♪』と見送られながら、外に出た。




 まだみんな夢見心地だ。

 かく言う僕も、衝撃から立ち直れている気がしない。

 美味しい食事は人をかくもトリップさせるものなのか。

 もしくはトリップする何かが入って……いや、よそう。それは考えない方がいいことだ。


 ……いつまでも惚けているわけにはいかないだろう。

 いよいよ旅の始まりだ。


 僕は資材節約のためとりあえずファミレスと発電所、水道局を整地した。

 それからレヴィアに向き直り――


「おいご主人様! 整地してしまっていいのか!?」

「あっ、しまった!?」


 整地した!

 整地しちゃった!

 中にサイクロプスとウォードッグ×2がいたのに!


 思わず、今までファミレスのあった位置を二度見する。

 が、そこにはもう何にもない。ただの更地が残るだけだった。


 ……いや、いやいやいや、まだ慌てるような時間じゃない。

 おちちゅけ。


 僕は心拍数が嫌な高まりを見せ、呼吸が苦しくなるのを感じながら、全身を震わせつつ、もう一度ファミレスを建てた。

 暗い。

 当たり前だ。発電所と水道局は建てていないのだから。


 僕は、おそるおそる中に入る。

 すると、そこには。



「いらっしゃいませお客様ー。忘れ物ですか?」



 何も変わらない様子のサイクロプスがいた!

 僕は震える声でたずねる。


「そ、その、大丈夫なの? 整地しちゃったけど……?」

「整地? よくわかりませんけどサイクロプスちゃん的には停電してることの方が大問題ですよ」

「いやその、一瞬だけとはいえ、完全に消滅したように見えたんだけど……体調は?」

「はあ、消滅程度、別に。だってホラ、かわいいウェイトレスのサイクロプスちゃんはいつでもお客様の心の中にいますし。不滅っていうか?」


 ウェイトレスってすげー!

 ともあれ無事でよかった――いや、一度はまったく無慈悲に平らに均してしまったような気もするのだけれど、こうして彼女が健在なようで何よりである。平らになったはずの影響も、その体型からは見受けられないし。


 ……ともかく。

 食事も自由にとれることがわかった。

 一度整地しても、また建てれば何事もなかったかのようにサイクロプスも復活するし。


 というわけで。

 今度こそ旅を始めよう。

 準備は万全。

 ノーカットどころかフルカットでもいけそうな、ストレスフリーな魔王を倒しに行く長旅の開始である。

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