14話
雑魚狩りとは本来、魔獣の出そうな場所をぐるぐる回り、出会った魔獣を倒す作業だ。
だからこうして、僕とレヴィアは森に来ている。
街というか、その跡地というか、そこから東側に少し進んだあたりには、未だ人の手がついていない、広大な自然が広がっていたのだった。
「このあたりならば魔獣も多かろう。私の訓練になるほど強い者はおらんがな」
とのことである。
レヴィアのレベルというのか、強さは相当なものらしい。
なので、彼女が今示した指標がどの程度役立つかは不明ではあるが……
少なくとも、僕というお荷物があっても奇襲に対応できるぐらいの余裕はありそうだという解釈はできそうだ。
こうして今から森に入り、僕らは雑魚狩りという名の店員雇用を始めるわけだが……
しかし僕は考えた。
めんどくさいよね、それ。
そこで思いついた手段があった。
「そのへんの森を整地していったら、何匹か魔獣も巻き込めないかな」
巻き込む。
こと建造物をロックオンした場合、僕の『整地』にそのような心配は無用らしいことは、すでにわかっている。
だが、最初、まさにあのサイクロプスを整地した際には、空間を丸ごと均すことができた。
僕は覚えている――サイクロプスを消し、その足元の草むらまでただの地面に均したことを。
だから、仮説を立てたのだ。
ひょっとしたら、建造物以外であれば、一定の空間をまるごと整地できるのではないかと。
レヴィアが困ったような顔をする。
「いや、整地と言われてもな。私にはとんとわからぬことばかりだ」
そりゃそうだった。
彼女に聞いてもしょうがない。
しかし、彼女は彼女なりのありがたい見解をくれる。
「けれども、このあたりは街人からすれば木を切り出すにも危険な土地らしいので、誰も近寄らんらしい。多少暴れても問題なかろう」
問題なかろう。
その発言は、ストレスやら責任やらを負うというのが大嫌いな僕には、とてもありがたい至言なのである。
ゴーサインをもらった気分だ。
というわけで、僕は意気揚々と思いついた手段を実行することとする。
意識を集中すれば、建造の時も整地の時も出てくる、青白く発光するキューブ状の何かが出現した。
一辺が三メートルほどのキューブである。
……森をランダムに整地していくには心許ないというか、試行回数が多くなってしまいそうな大きさであった。
なので、僕は念じることでこのキューブを大きくできないかと画策したが……
できなかった。
この微妙なユーザーインターフェイスの悪さが、古いゲームを思わせる。
しょうがないのでとりあえず、目に入った場所三メートル四方を平らにする。
整地したあとには何も残らないので、魔獣を巻き込めたかどうかの判別は取得した資材によって行なうこととなった。
視界右下のアイコンには次々と『木 を取得しました』『土 を取得しました』というメッセージが浮かんだり消えたりしていく。
……肉を取得していれば、それは魔獣か動物を整地したということになるだろう。
あとは回数をこなすだけだ。
レヴィアと雑談なんぞしつつ、次々整地していく。
「しかしご主人様、私は恐ろしいことに気付いてしまった」
「どんな?」
あ、『肉 を取得しました』。一人ゲット。
「こうしてご主人様が森を次々更地に変えていく――まずはその事実が恐ろしい」
木と土、それに石ばかりが積み重なっていく。
魔物の生息密度はそんなでもないらしい。
「そして、ご主人様の才覚を早めに認め、軍門に降った私自身の慧眼が恐ろしい」
……いや、それは全然見抜いてなかった気がするんだけれど。
あと僕のコレは才覚とかではなくて、単純にルール違いというか、言ってしまえばチートスキルみたいな感じなんだが、いたずらに夢を壊すこともあるまい。
「最後に――こうして次々森が更地にされていく光景に、早くも順応し始めているのがものすごく恐ろしい」
うん。
確かにそうだ。
森が次々更地になる。しかもそれが個人の能力によるものだというのは、かなり異様なことのはずなのである。
なのに、僕は何も感じていない――言われてみればたしかに、それは恐ろしいことに思えた。
あと。
今し方、二つ目の肉をゲットしたのだけれど。
僕がだんだん従業員=肉という感じに思い始めているのも、なかなか恐ろしい。
いずれ追加従業員が必要な事態になった時、『ちょっと肉狩りしてくるね』とか素で言い放ちそうですごく嫌だ……!
……ともあれ、当初の目標である二人の従業員は、たぶんゲットできた。
これで従業員雇用の方法が実は整地じゃなかったとかいう話になったら困ってしまうが、それはそれとしていい経験になっただろう。
肉狩り……ではなくヘッドハンティングを終えて、街の方へ引き返すことにする。
レヴィアに声をかけようとそちらを見る。
彼女は面積を六分の五ぐらいに減じた森を前に立ち尽くしていた。
「つまらん妄想を聞いてくれるか?」
彼女が言う。
僕はうなずいて、促した。
「いつか魔獣が駆逐され、人の文明が安定を迎えたら、このように、人の手で森が切り崩される日が来るのだろうか」
唐突に社会派なことを語られてしまった。
文明の行く末というか、この世界よりよっぽど未来世界から来た僕としては、否定できないし笑い飛ばせない妄想ではあるが、だからこそ反応に困るというか。
「……それがどうしたの?」
「いや、竜人族は自然と調和し生きる種族だという話を聞いたのでな。……ともすれば、竜人族がこの世界から消え去った理由は、人が森を切り崩し街を作る様子に嫌気がさしたからではないかなと思ったのだ」
彼女が語ったのはパブリックな話題ではなく、あくまでもプライベートなことらしかった。
……そういえば彼女は『竜人族のあり方』みたいなものをよく口にするが、肝心の『この世界に竜人族が一人きりな理由』にはあまり触れない。
触れたくないのか。
情報がないのか。
僕にはわからないが――本当に西の魔王が竜人族の成れの果てならば、答えが出る可能性だってゼロではないはずだ。
僕はレヴィアのこめかみから生えた角に手を添えた。
彼女がピクリと反応する。
だが、振り払われたりはしなかった。
少し安心する。
あんまりにも寂しそうだったのでついやってしまったけれど、いきなり女の子の頭――というか角に手を置くというのは、我ながらかなりハードルの高そうなことをしてしまったと冷や汗をかいていたのだ。
「そろそろ旅立つとするかな」
答えを見つけるために。
彼女のルーツを、仲間を、歴史を、境遇の理由を探すために。
ようするに。
長居しすぎだ。
いい加減旅立てという話である。
実際にはこの世界に来たのが昨日であり、今はまだ翌日の昼間なのだが、なんだかものすごく長い時間をこの土地で過ごしているように錯覚する。
たぶん、イベントが多すぎたせいだろう。
いきなり魔獣に襲われるわ、街を襲撃した魔王に出くわすわ、神様扱いされるわ……返す返すも盛りだくさんすぎる。
その最初のイベントで出会った少女は。
「うむ」
古くさい、幼い容姿に似合わない言葉でうなずいた。
それはもう、染みついてとれない癖なのだろう。
……無理矢理大人びてまで旅立つしかなかった彼女の経歴にわずかな同情を覚えつつも、それは余計なお世話だと自重する。
まあでも、何か、その寂しそうな顔を見ていると言いたくなるのも事実で。
こういう時に言うべき言葉が簡単に見つかるほどコミュ力が高くないのも、また事実で。
だから僕は。
「じゃあ、ちょっと西まで、魔王を倒しに行こう」
なんて。
らしくない発言でお茶を濁すだけが、精一杯だった。