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13話

 サイクロプス。

 僕はその名前を覚えている。


 ただし、人名としての記憶ではなく、あくまでも名称としての記憶だ。

 サイクロプスという魔獣がいた。

 そいつの人格や生活、性格なんかは知らないし、そもそも、たぶんそのような人間味あふれるプロフィールは存在すらしなかっただろうけれど。


 この世界に来て初めて、そして唯一『整地』した――

 整地後、肉を取得した存在。

 それがサイクロプスだったはずだ。



「いえ、知らないんですけどね、詳しいことは。気付いたらここにいたっていうか? ほら、アルバイトしないと生活できませんし。働かざる者死ねみたいな基本理念が頭に書きこまれていたっていうか? ニートに死ねとかとんだ資本主義ですよねー」



 ……どうやら彼女は、僕がいた世界の文化に精通しているらしい。

 反対にレヴィアはサイクロプスの話を聞いて、わけがわからないという顔をしていた。


 ともあれ――敵意はないだろう。

 むしろどちらかと言えば、ファミレスに来て、勝手に厨房に侵入したあげく、ウェイトレスに剣を向けているというこちら側が敵役である。


 僕はレヴィアに片手をかざして、剣を納めるよう指示する。

 彼女が不満げな顔で言った。


「……アレは敵ではないのか?」

「たぶん、違うと思う……確信はないけど」

「ふむ。確かに戦う格好ではないな……というか、戦う体型ではないな! なんだあのふしだらな胸は!? これ見よがしに半分出しおって! 私に対する嫌がらせか!?」


 きっとたぶんそんな意図はない。

 というか、レヴィアの成長は今後に期待なのではなかろうか。

 まあ、胸談義は突っ込みを入れると泥沼化しそうなので、ひとまずスルーして。


「……サイクロプスさん?」

「はい、どのようなご用でしょうかお客様? あとできれば座席に着いていただけますか?」

「あ、いや、その前に……ここはファミレスで、あなたはウェイトレスなんだよね?」

「はーい。接客と簡単な調理、それから清掃なんかが業務内容だって聞いてまーす♪ でもアットホームな職場とかいう話だったんですけど、お前のホーム暗くね? って感じですよねー。電気通ってないとかぶっちゃけありえないっていうかあ」

「……簡単な調理できるの?」


 色々言われる中で、僕が一番気になった発言がそれだった。

 サイクロプスが不満そうに「ぶー」と頬を膨らませる。


「でーきーまーすー。ひょっとしてお客様も『胸に栄養がいってると脳に栄養が足りない』とかいう信仰の持ち主ですかあ? その信仰は十年ぐらい前に廃れたと思うんですけどー」

「いや、そうじゃなくって……材料はあるの?」

「ありますよー」


 材料がある。

 つまり――僕は豆を食べなくてもいいということだ!

 しかし新たな疑問もわいた。


「その材料はどこから仕入れてるの?」

「仕入れ担当に聞いてくださーい。サイクロプスちゃんの仕事は接客、簡単な調理、清掃です」

「じゃあ仕入れ担当は誰?」

「他の人じゃないですか?」

「他の人はどこに?」

「いませんけど?」


 ……会話がどうしようもないな!

 つまり答えは出ないということだ。

 ……うん、まあ、その、出所不明の材料が怖いのも確かだったのだが、大豆のみ生活と比べれば些細な問題というか、ようするにたまにパフェとか食べられるなら最高なのだった。


「……とりあえず、試しに何か作ってみてほしいんだけど、いいかな?」

「はーい。ドリンクはドリンクバーをご利用くださいねー。サイクロプスちゃんが調理するのはパフェとかデザート系なのでガッツリしたのは作れません」

「じゃあ、とりあえずパフェを二人分」

「あ、無理です」

「なんで!? 今、パフェとかは担当だって言ってなかった!?」

「いやいや。――電気通ってないのに調理できるわけないじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから」


 この世界はファンタジーで、あんたの存在はメルヘンだよ。

 とかいう突っ込みもあったが、確かに言われた通りだ。パフェの詳しい作り方は知らないけれども、調理にガスや水道、電気は必要不可欠なのである。


「っていうかお客様、サイクロプスちゃんはさっさと電気とか通してほしいんですけど。このへん寒いしー、制服は色々出過ぎだしー、仕事で冷蔵庫入ったりするしー、暖房欲しいっていうか」

「いや、僕に言われても……」

「あれ? お客様って発電所とかも建てる人でしょ?」


 発電所。

 ……うん、僕が建てられる建物の中に、確かにその名称はあった。

 資材も足りている。

 城壁を整地したお陰か、鉄材なども潤沢にあった。もっとも、土や石、木などに比べると心許ないので濫用はできないが。


「でも発電所建てたからって電気通るのかなあ? 電気って、作るのにけっこうな手間がかかるし専門知識だっているはずなんだけど」

「手間とか専門知識とか、何言ってるんですか? それ、本当に必要?」


 サイクロプスはいちいち僕を絶句させてくれる。

 本当に必要か。

 ……必要なさそうだよなあ。

 だって、現に、なんの専門知識も手間もなく、ぽんぽん建物を建てているのだ。

 それに、トライするだけなら無料である。

 やって損はない。ダメなら整地すればいいだけだし。


「わかった。とりあえずやってみる」

「あ、ついでに従業員も追加してくれません?」

「どうやって?」

「そういえばお客様はどうやってサイクロプスちゃんを雇ったんですっけ? 面接とかしました? 写真で一発OK? それとももともと知り合いだった? お客様とサイクロプスちゃん幼なじみ説浮上ですか?」


 残念ながら、小さいころ、近所にサイクロプスが住んでいた記憶はないな……

 それよりも気になったのは、彼女の中で、僕が彼女の雇用を決定したことになっている事実だ。

 だったらお客様じゃなくて僕は店長なんじゃないだろうか。


 ともあれ彼女を雇った方法というのは明らかだ。

 魔獣を整地する。

 ……彼女の様子を見ていると、別に魔獣以外の生物を整地しても、こんな感じでひょっこり現れそうな気がしないでもないが、さすがにレヴィやマナフ、街の人で試す気にもなれない。


 あと。

 僕が整地した人みんなが、元の人格を無視してサイクロプスみたいなノリになるのだとしたら、ちょっと申し訳なさ過ぎる……!


 個人的に、サイクロプスみたいな子は二人といらないキャラ性なのだけれど、確かに従業員はほしいのも事実だ。

 調理担当と仕入担当ぐらいはいないと、仮に電気を通したところでパフェしか食べられないという事態になりかねない。

 甘い物は好きだが、毎日は胸焼けする。

 是非とも魔王を倒す旅の間、よりよい食生活を送るために人員がほしい。


 方針を決める。

 僕は、レヴィアに話しかけた。


「というわけですまないんだけど、付き合ってほしいんだ……」

「どういうわけなのか、私にはまったくわけがわからんぞ……いや、ご主人様に付き合うのはやぶさかではないが。するべき行動が何かぐらいは言ってもらわないとどうしようもないというか」

「あー……ええっと、従業員をヘッドハンティング……」

「……わからない」

「だよねえ。こういうの、どう言うんだっけ」


 しばし悩む。

 なんかRPGでこういうケースのことを表わす慣用句が確立されていた気がするんだけど。

 ああ、そうそう、そうだ。

 思い出した。



「――雑魚狩りに付き合ってほしい」



 RPGではお約束の。

 普通、レベル上げのために行なわれる作業を、提案した。

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