12話
「ファミレスを建ててみようと思う」
旅の食事をもっときちんとしたものにしたい。
僕はそんな願いを叶えるべく、提言した。
……ただし、これは『ファミレスさえ建てればまともな食事ができる』という確信があってのことではなかった。
僕は食材を用意できない。
ただ。
もしかしたら。
ひょっとしたら、万が一なら、か細い可能性ながら、ファミレスが普通に機能しており、調味料をはじめとした食材をこちらで用意しなくても、不思議な現象により食事ができるかもしれないという可能性を、僕は捨て切れなかった。
実験はノーリスクなのだ。
建造で消費した資材は、整地すれば戻ってくる。
だからとりあえず、てきとうな広い場所にファミレスを建てることにした。
視界のアイコンにカーソルを合わせ、意識を集中すれば、建物自体はすぐに建った。
ファミレスは駐車場つきの広い建物だった。
上から見れば『L』のようなかたちをしていることだろう。
飾り気もなにもない灰色の建物に、オレンジと赤でできた、日本語でも英語でもこの世界の言葉でもない、おそらく著作権に配慮した末である意味不明な店名の看板が虚しく輝いていた。
レヴィアはしげしげとファミレスを見ていた。
建築様式や素材など、彼女からすれば物珍しいからだろう。
まあ、建造物というだけならすでに何回か住居なら建てているのだが、事態が事態だっただけにじっくり見る雰囲気でもなかったし。
しばしファミレスをながめて、レヴィアが感想を漏らす。
「……これがふぁみれすなのか? なんとなく不気味だな……用途が想像つかんというか、中によからぬ気配を感じる」
ひどい言われようだった。
……確かにファミレスというものを知らない人が見たら、用途のわからない不気味な建物かもしれないけど。
言われたせいで僕にまで何らかの収容所めいて見えてきたじゃねーか。
よくよく思い出せば、留置場なんかもこれと同じシルエットだったような……いや、よそう。
それにしても、中によからぬ気配を感じるというのはどういうことだろうか?
僕が建造物を建てる時が、だいたい緊急事態だったせいで、悪いイメージをもたれてしまったという話だろうか?
何にせよ、入ってみないことには何もできない。
僕はレヴィアを伴って、中に入ることにした。
彼女を連れて正面玄関へ。
当たり前のようにそこには自動ドアがある。
……そして、当たり前のように、開かない。
うん、そうだよね。
電気通ってないもんね。
もう入口が開かない時点であらゆる希望を捨ててもいい気がしてきたのだが、『まだあきらめたくない、味のない豆だけを食べる旅は嫌だ』と僕の心が叫んでいたので、悪い予感を無視して、手動で自動ドアを開く。
電気の通っていない自動ドアは意外とすんなり左右に開いた。
そして中に入れば――これも当然、内部は暗い。
……ファミレスというものに、人でにぎわっているイメージがあるせいだろう。
暗く、人の気配がないこの場所には、確かに不気味さを覚える。
ゴーストタウンを思わせる静けさだ。
僕たちは理由もなく足音を潜ませて内部へと侵入していく。
毛足の短い灰色の絨毯を踏み、四人がけの席の横を通って、向かう先は厨房だ。
「……気をつけろ。あそこからよくない気配がする」
指し示されるのは厨房だ。
らしくない。目指す場所によくない気配があるなんて、まるで最奥にボスが構えるRPGのダンジョンのようだ。
ここまでRPGとかけ離れた建物を建てておいて、中で待ち受ける展開がRPGだというのは、今この場を満たす緊張感を思えば、笑えない話だった。
ついに厨房にたどりつく。
ここは、カウンターの裏手にある、扉のない空間だ。
そういえば元いた世界でファミレスの厨房に入ったことなどなかったなと場違いな感想を抱きながら、ゆったりと内部に歩を進める。
あまりに暗い。
巨大な獣の口腔を思わせる。
「止まれ」
鋭く、しかし小さな声でレヴィアが言う。
僕は考えるより早くその指示に従った。
僕にも見えたのだ。
厨房の奧でわずかにうごめく、何かが。
レヴィアが剣を抜いてゆったりと奧へ向かう。
すごい度胸だ。僕が行動の主導権をもっていたら、一目散に逃げ出すという選択をしただろう。
しばし無言で間合いを詰めてから、彼女が叫ぶ。
「誰かいるのか!」
その問いかけに――
厨房の奧の何かが、ゆらりと動いた。
立ち上がった、と気付くのに一瞬の間が必要だった。
ソレが人型であると判断するのには、さらに時間を要することとなった。
背の高い、細身の人型だ――
ただし、ただの人型と判じるには一部、異様なシルエットがあった。
まさかな。
いや、そんなわけないよな。
つい、あの人型について、ありえない妄想をしそうになった。
僕も疲れているのだろう。
よく考えれば僕は異世界に来たのだ。
ゲームをしてたら異世界。疲れて当たり前だ。
最初は興奮や事件続きで疲労を自覚する暇もなかったが、今、こうして緊張と同時に疲労感も思い出したようだ。
さもなくば説明がつかない。
あの人型は、そのぐらい、ありえないシルエットなのだ。
僕が自分の判断に自信をもてないでいると、その人型はついに暗闇の奧から光のもとに現れる。
そいつは――
身長の高い。
緑色の髪で片目を隠した。
全体的に細身の――
ただし、胸だけが異常に大きい。
黄色い、フリルなどで飾られた、スカート丈の非常に短い、胸の谷間が見える衣装を身にまとったウェイトレスさんにしか見えなかった……!
ファミレスにウェイトレス。
いや、わかる。普通の組み合わせなのだけれど、問題は今しがた僕が建てたばかりの建物に、当たり前みたいな感じでウェイトレスさんがすでにいることなのだ。
レヴィアが剣の切っ先を向けてたずねる。
「貴様、何者だ!」
ウェイトレスは答えた。
それこそ、当然のように――マニュアルに書かれたテンプレートを読み上げるように。
「いらっしゃいませお客様ー! わたくし、ウェイトレスのサイクロプスでございます! 何名様でしょうかー?」




