10話
建築。
正確には、都市開発の分野になるのだろうが――何も都市というのは建物だけでできているわけではない。
人が移動するための道だって、立派に都市の一部であり、僕の建造対象だ。
それは電車が走るための線路であったり。
彼岸と此岸をつなぐ橋であったり。
あとは――道路であったり、するのだ。
僕の提案というのは、このうち、道路を用いたものだった。
「空に道を造る」
思いつきの発端は、焼け落ちた街から人々を救出した時のことである。
水の上にかけた道路が沈みも漂いもしなかった。
道路は、まるで空間そのものに縫い止められているかのように、微動だにしなかったのである。
そこで僕は、思いついた。
――これ、空にも設置できるんじゃないか?
もっとも、発言段階では未検証のことであった。
堀にたまった水をオブジェクトと認識し、その上に設置できていたという可能性も考慮できたからである。
そうなると『空に道を造る』という僕の提案はなかったことにせざるを得ないのだが――
結果としては、できた。
ただし、まったくの中空に道を造ることができたわけではない。
設置されたオブジェクトのどこかしらは空気以外の物体に触れていなければならないようだ。
だから、このような手順をとった。
1、地面に『坂道1』を造る。
2、『坂道1』の高い側にくっつけるように、『坂道2』を造る。
すると、『坂道2』自体は地面に接していないし、支えとなる柱的なものが下にあるわけでもないのに、空中に設置することができるのだ。
しかしこの方法で西の土地を目指すのには、明らかに問題があった。
もちろん資材の問題である。
資材に関しては、山を整地した際に大量に仕入れたとはいえ、無限ではない。
西の魔王がどのぐらい遠くにいるかは不透明だが、距離によってはいずれ資材が尽きることがありうるだろう。
加えて言うならば、何も知らない人が僕の造った道を通って魔王のいる土地に踏み入ってしまうという危険性だって無視はできない。
そこで、さらなる実験だ。
3、『坂道2』を維持したまま、『坂道1』を整地する。
整地したオブジェクトは、資材となって僕に返ってくる。
この方法で、今度こそどこからどう見ても何にも触れず空中に浮かんでいる『坂道2』が落ちなければ、『道路を造る』『渡る』『渡り終えた道路を整地する』『整地時に返ってきた資材で前方に新しい道路を造る』というループが可能になるのだ。
そして、この実験は。
4、『坂道2』は中空にとどまった。
成功だ。
手順さえ間違えなければ、僕は無限に道路を造り続けることが可能だろう。
念のため乗っかった際に落ちないかどうかの実験をしたが、飛んでも跳ねても一度建造した道路はびくともしなかった。
やはり僕の建造する建築物は、僕が整地する以外に壊す手段はないらしい。
……つくづく、僕だけRPGじゃねーなという感じだ。
「……空に道、か。いかにも神めいてきたな、ご主人様」
感心するような声でレヴィアが言う。
まあ、感心されるような偉業は何もしていないのだが、くどくどと説明することでもないなと思って苦笑いで受け取っておくことにする。
僕の内心にうずまく『来る世界を間違えた感』は今回のことでさらなる飛躍を見せたのだけれども、お陰で普通の人が多大な時間と尊い生命を懸けて行なうことが簡単にできるのだ。
ここまで来たらむしろ『自分の特技だ』と開き直るべきだろう。
「まあ、神々しさは足らんがな。もっとこう、光でできていたり、羽根が舞っていたり、そういう演出はできんのか? 私としてはそのような幻想的な道を歩いてみたい気持ちもなくはないのだが……こう、その方がロマンチックであろう?」
都市開発はロマンじゃないので。
とかいう夢のない言葉はさすがに引っ込める。
「丈夫さと実用性優先だよ」
とだけ言っておいた。
いかにも他に複数の選択肢があった的な口ぶりになったが、他に同じことができそうな建造物は橋と線路ぐらいなものだ。
この二つを没にしたのにも理由がある。
橋は道路よりはロマンある造形だが、必要なメイン資材が木なので土と石でできる道路よりも設置数に不安があったこと。
線路は鉄が多く必要という素材面で論外なのと、隙間だらけで不安だからだ。
場合によってはかなりの高所まで道路を設置することになる。
安定感は大事だ。ただでさえ、『落ちないことはわかったがなぜ落ちないのかはわからない』という状況なわけだし、視覚的な面だけでも安心は演出しておきたい。
かくして西の土地まで、まったくRPG的ではない交通網が確保された。
僕らは焼け落ちた街のそばで一夜を明かしてから旅立つことにする。
とうに夜も更けきっている。
そこかしこで焚き火が焚かれ、焚き火のそばには人が集まり談笑をしていた。
まだ眠る人はいない。……街が焼け落ち、今夜自分たちの寝床となる家もないのに、みんなはどこか楽しそうだ。
気持ちはわからなくもない。
屋根もなく、壁もなく、仕切りもなく、こうして複数の人々と火を囲むという行動のわくわくする感じ――それこそレヴィアの言い分でもないが、ロマンというのは、無視できない。
……まあ、領主のおねーさんが街の焼け跡から掘り出したお酒を振る舞っているせいだというのが、この楽しげなムードの大きな理由であることも、否定できない事実として記す必要があるのだろうけれど。
苦境にあるのは間違いないけれど。
みんな生きていてよかった。
そういった安心感がそこかしこにあふれていた。
僕もレヴィア、マナフ、それから領主のおねーさんと四人で焚き火を囲んでいる。
……周囲の人々から、遠慮がちなのに好奇心まるだしの視線がチラチラ向けられているのは、決して僕の自意識が過剰なわけではないだろう。
何せメンバーが豪華だ。
見た目の華やかさだけではない。
たしかに領主のおねーさん、マナフ、レヴィアと大中小様々な華がそろっているのは目を惹く要因として無視できないが、むしろ彼女たちの立場に対する好奇心の方が、大きいだろうと思えた。
街とその周辺の土地を治める、若き女性領主。
世界にたった一人とされる竜人族の少女。
そして、魔王。
いずれもなんで僕が同席させていただいているのかわからないような、レアリティもプライオリティも高い人々である。
余人からすれば、話の内容が気になるだろう。
まして、領主のおねーさんが気を利かせて、他の集団からやや離れた、会話が聞こえそうで聞こえない位置を提供してくれたのだ。
寸止め。
チラリズム。
僕らの会話はそういったものと同列の、いわば『チラ聞こえ』とでも言える状態であり、他の人はまったく話が聞こえないよりいっそうの興味を僕らの会話に対し覚えているに違いなかった。
しかしてその会話の内容とは――
「私はな、ご主人様をご主人様に選んだ自分の眼力を、今、心から賞賛している。もちろんそれもご主人様の力があってこそだが、いや、今だから言うがな、初めて出会った時、私は運命の波動のようなものを感じたのだ。それはもう、稲妻が体に走るような――」
「ねえ管理人、旅ってどんな感じかしら? あたし、あんまり自分の住んでるところから出たことないのよね。いえね、舞台女優に色んな経験が必要なのはわかってるけど、あたしはご当地っていうか、ホームの劇場以外で公演しないのよ。ほら、下手に動き回ると人類に封印されちゃうじゃない? 主演女優には緞帳の暗闇よりシャンデリアの明かりが必要っていうか――」
「神様、わたくしは今まで何も知らずに生きて参りました。懺悔いたします。聞いてくださいますでしょうか。実はですね、領主という仕事自体は十歳の時に両親が亡くなってからずっとやっていたのですけれど、今まではこうして領民の方々と直接お話する機会もなく、閉じこもって書類仕事や、時折物語を読んで空想にふけるばかりで――」
――酔っ払いがくだを巻くだけの、午前二時のガード下みたいな内容なのであった!
美人にくだを巻かれるというのは気分が悪いばかりではないけれど、三人ともお酒が入っているのでやっぱり支離滅裂であり、しかも三人が三人とも他の二人を無視して僕に話しかけている状態なので、処理する側の大変さは相手が美人かどうかにかかわらず、変わらない。
彼女たちは、彼女たち自身のことを語る。
興味深い内容ではあったけれど、同時に語られると聞き取れないから困る。
結果、僕は苦笑して『はいはいそうですね』と彼女らをなだめるだけしかできない。
……こうして冒険前夜は更けて――いや、明けていく。
とんだ乱痴気騒ぎだ。
明日のスケジュールを思えばさっさと寝たいし、寝せた方がいい気もするけれど。
……まあ、こういうのもいいのだろう。
本当に辛かったら、出発を遅くしたっていい。
僕は、あくまでも都市開発をストレスなく進めるために、ストレスの原因を取り除こうとしているだけなのだ。
ストレス解消に挑んだゲームでブチ切れるみたいな本末転倒になりかねない必死さで挑む必要もないだろう。
どうせ、そこまでの困難はないさ。
そう思うのに。
「なあ、ご主人様――いや、なんでもない。この話は、魔王を倒してからしよう」
いかにも大事そうな話を言いかけてやめるとか。
……どうして不吉になるようなことをするのかね、この竜人は。