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ミーシャ達が大神殿の転移陣を使って実家であるサンガレア領に戻ると、父リチャードを筆頭に領軍の腕自慢達 が雁首揃えて待ち構えていた。
実家で未だに静養中の神子様達からは同情の目で見られた。
「おかえり。マーサから話は聞いているだろう?早速やるぞ、着替えてこい」
「「「はいっ!」」」
それぞれ自分の部屋に行き、急いで鍛練用の服に着替えた。
着替えて訓練場に行くと、祖父達も居た。
「おかえり。災難だな」
クラークが笑ってマーシャルの頭を撫でた。
「うん。俺らは兎も角、ロバートは完全にとばっちりだ」
「なんだ。ロバートもか」
「父上がマーサ様に連帯責任だと言って」
「あいつも息子には厳しいな。伴侶にはだだ甘い癖に」
「全員揃ったな。とりあえずこれからやることの説明をする」
身の丈程もある訓練用の大剣を抱えたリチャードが話始めた。皆、そちらに注目する。
「今回、相手するのは王公貴族、女性も合わせて百人ちょいだ。女性は兎も角、男は嗜みとして殆どの者が剣を扱えるだろう。いちいちまともにやっていたら、流石にミーシャ達でも厳しい。よって、作戦を父上達と一緒に考えた」
初耳だったのか、マーサが訝しげな顔をした。
「作戦なんて立ててたの?」
「あぁ。簡単に言うと、殺気をぶつけて相手がビビっている隙にぶっ飛ばせ大作戦だ」
「作戦名まんま過ぎだろっ!!」
「マーサには言われたくない。だが、結構イケると思うんだ。貴族のボンボン達に実践経験豊富なのが、そうゴロゴロいるとは思えない。戦を経験したこと有る者は大抵隠居してるか、まだ軍にいるかで、そんな馬鹿な真似したりしないだろうからな」
「まぁ、確かにそうだけど」
「キッツい殺気を習得して、そいつをぶつけりゃ、実践経験のない嗜み剣術の者などサクッと殺れる」
「そう、上手くいくか?」
「上手くいくかはミーシャ達次第だな」
「簡単に殺気の習得なんて言うが、どうするつもり?」
「簡単だ。殺って殺って殺りまくる。以上だ」
「つまり、四竜協力のもと実践同様死なない殺しあいをするってこと?」
「その通り。実践に勝るものはないからな。それから、マーサ」
「なに?」
「手始めにマーサが立ち合ってくれ。勿論本気で」
「はぁ!?私に子供達に殺気ぶつけろってか!?」
「その子供達の為だ。マーサの殺気に耐えられたら大抵の奴の殺気ごときに呑まれて立ち竦むなんてことはないだろう。なんせマーサは歴代最強にして最恐の土の神子だからな」
「嫌なんだけど。ていうか、無理」
「無理でもやってもらわなければ困る。最初からそのつもりだったんだ」
マーサは頭をガシガシ掻きながら唸った。
「マジで嫌なんだけど。本当嫌なんだけど」
「マーサ。気持ちは分からんではないがやってやれよ。リチャードの言ってることは暴論じみてるが、一応正論でもある」
「親父殿。確かにそうですけど……」
「マーサ」
「はい、父上」
「子供達が終わったら、次は俺と立ち合ってくれ」
「……マジっすか」
「あぁ」
「父上ズルいです。マーサ、その次は俺だ」
「……ぬぁぁぁぁ、もう!分かりました!やればいいんでしょ!やれば!!」
マーサが自棄になったように頭を掻いた。短くなった黒髪がボサボサになっている。
「知っての通り、私のメインの得物は銃だよ。剣は一応使えるけど、そこまで上手くないから手加減とかできないからね。四竜、頼んだよ。絶対に止めてくれ」
四竜が頷くと、訓練場の周囲に結界が張られた。結界の外にはミーシャの兄弟達や四大神子、領軍の面々が固唾を飲んで見守ることになった。
ミーシャ達は3人同時に立ち合うことになった。
ミーシャはマーサが剣を握っているところを見たことがなかった。マーサは何処からともなく一振りの細身の剣を取り出した。
それはミーシャが見たことがない形をしていた。緩やかに反りがあるが、曲刀ほどではない。レイピアのようなものだろうか。
マーサは気だるげに剣と銃を構えた。
ミーシャ達も其々の得物を構える。
四竜は邪魔にならず、かつ直ぐに止められる距離の位置についた。
ミーシャは大きく息をひとつ吸って吐いた。
「はじめっ!!」
リチャードの声がかかると同時に、謁見の間で感じたものの数倍はある重圧と恐怖を感じた。
気がついたら、ミーシャの喉元にはマーサの銃口があり、マーシャルは剣を喉元に突き詰められていた。
ロバートに至っては、自らの剣を喉元に押しつけようとしているところを水竜に止められていた。
本人に自覚はなかったが、滅多なことでは泣かないミーシャの瞳から涙が溢れかえっていた。
ただ殺される!っとだけ思った。生まれて初めて味わう恐怖に全身がガタガタ震え、息さえも上手くできなくなった。
「……そこまで」
リチャードの声がかかると、マーサは張られた結界がビリビリ震えるほどの殺気をおさめた。
途端に空気が肺の中に流れ込んできて、ミーシャは噎せた。
マーシャルは座り込み、ロバートはいつの間に来たのか、水の神子に背中を擦られていた。どうやら過呼吸を起こしかけたようだ
ミーシャも速まる呼吸をできるだけゆつくりにするようにした。側に来た祖父に優しく背中を擦られる。
殺気が無くなっても、感じた恐怖まではすぐには治まらない。
ミーシャ達はガタガタ震えていた。
「……だから、嫌って言ったのに」
マーサがその様子を見ながら、ぶーたれた。
「これでは、今日はこれ以上は無理だな。お前達、今日は見学だ。ヤバイ殺気への対処の仕方を教えてやる。見て覚えろ。実践は明日からだ」
リチャードがそう声をかけながら、立てないマーシャルに手を貸した。ミーシャもクラークの手を借りて立ち上がり、訓練場の端に移動した。
再び座り込むと、他の神子達が側に寄ってきた。
「ミーシャちゃん達、大丈夫?」
「水だ。少しずつ飲むといい」
火の神子リーに助けてもらいながら、少しずつ水を口に含む。手が震えてグラスが持てず、リーに飲ませてもらった。
「そのままでいいから、話を聞け」
側に来たリチャードの方を目線だけで見る。
「殺気への対処は同じだけの殺気をぶつけたらいい。マーサと立ち合って殺されると感じただろう?殺気とは要は相手を殺してやるという気迫だ。殺気に呑まれるということは、つまり気迫負けするということだ」
「父上。お願いします。ミーシャ達は結界の外から見ていろ」
リチャードの言葉に、スティーブンが頷いて動いた。マーサも嫌そうな顔をしながら続く。
結界の外で二人が対峙している様子を固唾を飲んで見守る。
「はじめっ!!」
勝負は一瞬で決まった。
暫しの硬直の後、先に動いたのはマーサだった。スティーブンの喉をつくように剣を水平に保ったまま、勢いよく踏み込んだ。スティーブンは、それを僅かに身を反らすことでかわし、上段からマーサの身に向かって剣を下ろした。
下ろされた剣は土竜がとめた。
スティーブンの勝ちだ。
「そこまでっ!!」
信じられないものを見た気分だった。
ミーシャ達と同じくらいの、結界がビリビリ震えるほどの殺気を放っているマーサに勝った。
これが歴戦を生き抜いた元将軍の実力なのだろうか。
ミーシャ達が驚いているのを余所に、クラークやリチャードは当然という顔をしている。
「体格もあるが、本人が言うように、剣は今一つだな。マーサは」
「だから、殺気で相手を制する戦法を使うのでしょね」
「だなぁ。得物も使い方も少々特殊だし、魔力で体を動かしているから素早さはあるが、単純な剣の腕自体は精々ナターシャ程度のもんだな」
「ですね。まぁ、元々運動音痴ですし」
「身体も小さいしなぁ」
呑気に話すリチャード達が戻ってきた二人にお疲れ、と声をかけた。リチャードがミーシャ達を振り返った。
「こんな感じで、相手と同量程度の殺気をぶつければいい。相手が気迫負けして動けなかったら、御の字だ」
そう簡単に言われても、どうやってそれを習得するのか。
「マーサ。次は俺だ。父上、審判お願いします」
「あぁ」
「……まだやんの?」
「そう嫌そうな顔をするな。父上とはして俺とはしてくれないのは不公平だろう?」
「……もー、本当剣術馬鹿なんだから」
マーサは上機嫌なリチャードと共に、渋々訓練場の中央に戻った。
結果はリチャードの勝ちだった。
戻ってきたリチャードは、中々にキツくていい殺気だったと、何故か上機嫌である。マーサは疲れたように溜め息を吐いていた。
「なんとなく理屈は分かっただろう?明日からはひたすら実践だ。今日はもう終いにして、明日から始める。風呂に入って飯食って早く休もう」
ようやく震えのおさまった体を動かして、ミーシャ達は風呂へ向かった。
明日から本格的な絶対死なない『殺しあい』の日々が始まることになった。