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業務終了後、ルフェはロウ師匠に伴われ国王の執務室に向かった。
「陛下、お望みのモノをお連れ致しました」
深々と頭を下げるロウ師匠に習い、ルフェも頭を下げた。
「ご苦労。少々そなたに聞きたいことがあったので足を運んでもらった」
執務机を挟んで対面しているルフェと王。
ロウ師匠は数歩下がり、ルフェを前に立たせた。
「西国にきてひと月経ったが不便なことはないか?」
「ございません。快適に過ごさせていただいております」
「そうか…困ったことなどあったら遠慮なくロウに告げよ。できる限りのことは手配しよう」
「ありがとうございます」
頭を下げたままのルフェに王は柔らかい笑みを消した。
「ところで、そなたはなぜ『姿変え』を使っているのだ?ファル・アルフェ元上級魔導士」
冷たい氷のような言葉がルフェの全身を突き抜けた。
「わ、私はルフェ・ファルアでございます。ファル・アルフェではありません」
嫌な汗が背中を流れるのを感じながらルフェは顔を上げ、王を見つめた。
「ほう、魔力のオーラがファル・アルフェそっくりだというのは偶然だというのか?」
「魔力のオーラ?」
「この世界の生き物は少なからず魔力を持っている。私はそのオーラを見ることができるらしい」
淡々と告げる王にルフェは微動だにできずにただ王を見つめていた。
「先人たちの記録によれば同じオーラを持つ人間は稀だという。巡り合えたら奇跡だとも言われている。そなたとファル・アルフェはその貴重な存在ということになるな」
王の瞳が獲物を狙ったように光ったようにルフェは感じた。
「まあいい。そなたがファル・アルフェだろうとルフェ・ファルアだろうとどうでもいい。ジュリが育てたという魔導士であるならば名前などどうでもいい」
「は?」
「そなたは北国のルカジオ殿からどのような命を受けてきた?」
「ジュリ様が残された研究ノートをすべて習得してくるようにと……」
「ほう、ルカジオ殿も酷なことを言われるな」
にやりと笑う王。
「ジュリの残した研究ノートは今現在、誰一人としてすべてを習得することは不可能だ」
「え?」
「我が国にもジュリの残した研究ノートはある。上級魔導士が束になっても『特級編』の最初の1ページ目すら成功したためしがない。それどころか、『上級編』も1割程度しか完成していない。我々が上級だと思っていた術はジュリにとっては中級レベルだった。今なお研究は続けているが特級編の術がすべて完成するのにどれくらいの月日が掛かるかもわからない状態だ。我々が生きている間には完成しない可能性もある」
ルフェは王の言葉であることに確信を持った。
「……私は国外追放されたということですね」
「ほう、なぜそう思う」
「私はジュリ様が残されたモノをすべて習得してくるように言われました。それはつまり研究ノートの内容をすべて習得すること。見習いの私が『特級』の術を扱えるようになれるとは思えません」
「…………」
「これが僕に課せられた罰なんですね」
「…………諦めるのか」
「え?」
「お前は諦めるのか?ジュリの研究ノートを目の前にして……挑戦する前に逃げるのか?」
「……………」
黙るルフェに王は小さくため息をついた。
「お前はとことんジュリの期待を裏切るんだな」
「……え?」
「お前をこの西国に呼び寄せたのはジュリからの最後のお願いがあったからだ」
「ジュリ姉さまのお願い?」
「ジュリは俺以上の『魔術バカ』だった。中央国での最後の日。ジュリは俺達にお願いを残していった」
***
-ジュリ帰還前夜-
「ねえ、ヴィート」
ヴィートの膝に座り(座らされた?)ながら酒の入ったグラスをゆらゆらと揺らすジュリ。
「お願いを聞いてくれるかな」
「ジュリからのお願いなんて珍しいですね」
隣に座っているカルロがクスリと笑う。
「まあ、お前の願いなら何でも叶えてやるが……」
「ほんと?本当に聞いてくれる?」
グラスからヴィートに視線を向けるジュリ。
ジュリとヴィートの距離はかなり近い。
ほんの少し動けばキスができる距離にいる。
ヴィートは自分の顔が赤くなっていることを自覚しながらもジュリにその先を促した。
「あのね……ファルを鍛え直してほしいの」
「ファルって北国の上級魔導士でジュリの命を狙っていた?」
「おー!気づいていたんだ」
「気づかない方がおかしい。あんなに殺意ダダ漏れも珍しい」
「あははは、ファルとその周辺の人達は気づいていないけどね。ほんと、あれで殺気を抑えているっていうんだから、私はどんなに恨まれているんだろうね」
しゅんと項垂れるジュリに男4人が慌てて言葉を並べるがジュリはにっこりと笑みを浮かべると
「うん、でも仕方ないよね。私はファルの家族を見殺しにしたようなもんだからね」
「ジュリ?どういうことだ?」
腕の中にいるジュリを心配そうに見下ろすヴィート。
「あのね……私がまだ北国で魔獣討伐をしていた時ね、ファルの家族が討伐隊にいたの。父親が兵士、母親が魔導士としてね。魔獣に襲われた二人を助けようと思ったんだけど行動を制限されていた時期だったから助けられなかったの……癒しの術を使っても間に合わなかった」
「だが、それはジュリのせいじゃないだろ?それに助けられなかったのはファルの家族だけじゃない」
「うん、頭では分かっている。どうしようもなかったことだったって。でも心がそれを理解しないの。私があの時、制限なんて気にせずに術を使っていたらもしかしたら救えた命があったかもしれないって……私がファルに乞われるまま上級魔術まで育てたのもファルに対しての贖罪だったのかもしれない」
「ジュリ」
ヴィートの肩に乗せているジュリの頭を優しくなでるヴィート。
「ファルと少しぎくしゃくしていた隙を『神子』に突かれちゃった」
うっすらと瞳を開けて遠くを見つめるジュリ。
「ファルが上級魔導士として認められた頃から、ファルと神子の接触が増えたから嫌な予感はしていたんだけどね。信じたくなかった。ずっとかわいがっていたファルに裏切られたことを」
「ジュリ」
静かに涙を流すジュリの頬を優しくなでるヴィート。
「多分、ファルは間違った情報を与えられ、それを信じ込んでいる」
「それを正すのか?」
「ううん、別にそれはいい。今更真実を告げたって信じないだろうしね」
「じゃあ、俺にお願いって?」
ヴィートの肩から頭を起こし、視線を絡ませるジュリとヴィート。
「交流試合前に、ルカジオ様と話をしたの」
「ルカジオというと北国の魔導士協会長の?」
「彼はファルが試合中に私に殺意を向けたら処罰を与えるそうよ」
「しかし、ファルは王妃のお気に入りだろ?そう簡単には……」
「そこで、ヴィートにお願いがあるの。北国……というか中央国以外すべての国に私の研究ノートがあるの」
「ジュリの研究ノート!?」
ヴィートとカルロ、少し離れた場所に座っていたエドガルドとアルドの瞳が一瞬光った。
魔術研究から遠ざかっているからと言っても魔導士としての血が騒ぐのか4人の目つきが変わった。
「うん、ちょっとした神子様への悪戯というか意趣返しというか……神子の功績に絶対に必要な魔術……神子が絶対に扱えないといけない魔術をしたためたモノを各国に置いてきたの。ヴィートにはそのノートを西国で研究する為に寄贈してほしいって各国に言ってほしいの。その時に北国の使者をファルに指名して……」
「ああ、なんとなくわかった。ジュリはファルをルカ王妃から引き離したいんだな。了解、多分ジュリが望む結果を出せると思う」
ジュリがすべてを語り終える前にヴィート達はジュリがしたいことを察した。
***
「ジュリは、お前を助けたいと言っていた」
「たすけたい?」
「お前、ジュリが居なくなってから笑ったことあるか?」
「え?」
王の言葉にルフェ……いや、ファルは首をかしげた。
「偽りの笑いじゃなくて心の底から笑ったり泣いたりしたことあるか?」
王に言われ、ファルはジュリが居なくなってからの年月を振り返った。
ジュリが居た時は毎日が楽しかった。
ジュリの行うこと一つ一つに笑ったり怒ったり泣いたりハラハラしたりしていた。
だが、ジュリが北国を去ってからは最年少の上級魔導士として周りに侮れないようにしていた。
なによりも王妃となったルカのお気に入りという立場を維持することを固持していた。
ルカの周りには国王をはじめ幾多の男が蔓延っていた。
ルカのお気に入りの地位を奪われないように必死だった。
常に気を張り、策を施し他者を蹴落とすことにだけ集中していた。
「僕は……」
「ジュリはお前をとても気にかけていた。この西国にいた時も」
「え?」
「俺たちは直接は聞いていない。だけど時々アルヴィスタにお前のことを聞いていた。王妃のお気に入りになったと聞いた時は泣いていた」
その時のことを思い出したのだろう王の顔から表情が消えた。
「ジュリはお前のことを実の弟のように思っていたそうだ」
ため息とともにつぶやかれた言葉にファルはギュッと手を握り締めた。
「俺はお前の行動が不思議でならない」
「え?」
「幼かったお前を上級魔導士まで育て上げたジュリを裏切り、なぜ神子側に付いた?」
王だけではなく、王の執務室にいるもの全員の視線がファルを貫いた。
その視線は興味だけではなく、侮蔑も含まれていた。
もう、ルフェ・ファルアという人物はおらず、ファル・アルフェだとばれていること、ウソを言っても信じてもらえないことを感じたファルは正直に話した。
ファルの話は王をはじめ、王の執務室にいた者を呆れさせるには十分だった。
「よくもまあ、そんな話信じたな」
話を聞き終えた王がため息とともに吐き出すと王の護衛騎士たちとロウ師匠も呆れたようにファルを見つめた。
「お前、ジュリが北国いた間、ジュリが何をしていたのか本当に知らなかったのか?魔導士協会の改革だけをしていたと本当に思っていたのか?」
「……いえ、時々ふらっとどこかに出かけているのは知っていました。でもそれが各地の視察だとは……」
「まあ、ジュリのことだから『ちょっと出かけてくるね~』とか言って数日出かけていたんだと思うが……まさか、ただ単に周りの『息抜きに遊びに出かけている』という嘘の言葉を鵜呑みにしていたとは……ちょっと調べればジュリが出かけた先が問題視されていた場所であり、ジュリが出かけた後その問題がきれいに片付いていたことに気づくと思うのだが……」
何度目かのため息をつく王にロウ師匠たちも頷いている。
「しかし、陛下。当時のファル殿は10歳にも満たない子供。政に関しては大人たちの話を盗み聞きするしかなかったのでは?アルヴィスタ殿の話では当時、ジュリ様は『神子のおまけなのだから神子のために働け』と無理難題を押し付けられていたと」
「ああ、そういえばそうだったな」
「ジュリ様の存在を疎ましく思っていた人間がジュリ様が可愛がっていたファル殿を丸め込み自分達に有利な情報を引き出そうとしたのは当然の結果だったのかもしれませんね。当時、ジュリ様の味方は少なかったそうですし。ファル殿にジュリ様がご両親を見殺しにしたとか、ファル殿に魔術を教えているのは自分の手駒にするためだとか嘘八百を並べていたのがいい証拠ですよ」
護衛騎士の一人の言葉に王は小さく頷いた。
「逆にいえば、ファル殿が純粋すぎたから『神子』達に騙されたのかもしれませんな」
ロウ師匠は憐みの視線をファルに送った。
「陛下が10歳前後の頃は周りの意見を全く聞かないやんちゃ坊主で城のあちこちを破壊していた頃ですからね」
「あれをやんちゃで済ませるのですかロウ師匠」
王の側近が呆れたようにつぶやくとロウ師匠はにんまりを笑みを浮かべる。
「ふぉふぉふぉ、あれくらい悪戯程度で済むわい。魔術で水撒きをするといって花壇から花という花を枯らしたとか、風魔術で樹木の実をとろうとして樹木そのものを切り倒したとか、城壁の強度を調べると言って城壁に穴をあけたことなど些細な悪戯じゃよ。陛下の悪戯があったからこそ、西国の王城は他国よりも頑丈にできていると評価されているくらいじゃからな」
昔を懐かしむロウ師匠とは対照的に王は頭を抱え込んでいた。
まさか、自分の昔のやんちゃぶりをばらされるとは思ってもみなかったのだろう。
「ごほん……ルフェ・ファルア改め、ファル・アルフェ。そなたはどうしたい?」
「どうしたい……とは?」
「今更本当のことを俺達が言ってもそなたは信じずルカ王妃が言っていたことを信じるだろう。だから俺達からはそなたに真実は教えない。真実を知りたいのならジュリが残した研究ノートを制覇することだ」
「しかし……」
「やる前から諦めるのか?ジュリはそなたならできると思ったからこのノートをわざわざ残していったのに?ほかの国の親しかった上級魔導士たちには救済の手を差し伸べなかったジュリがお前だけに残したあいつの温情を無にするのか?」
言いよどむファルに王はさらに言葉をつづけた。
「それに、真実を知りたいと思わないのか?」
暫しの沈黙の後ファルは一度瞳を閉じギュッと手を握る。
「僕は……ジュリ様が残された研究を制覇したいと思います」
再び瞳を開いた時、その瞳には小さな光が灯っているのを王は見逃さなかった。
「わかった。そなたがジュリが残した研究ノートをすべて制覇するまでわが西国はそなたを丁重に扱おう。ただし、途中で逃げ出した時は容赦しない」
「はい」
深々と頭を下げるファルに王は小さく頷くと小さな瓶を机の上に置いた。
「これは『姿変え』の解毒剤だ。それを飲むか飲まないかは自分で決めろ。ファル・アルフェとしてジュリの後継者となる特級魔導士となるか、ルフェ・ファルアとして偽りの人生を送るのかよく考えろ」
王はそういうとファルとロウ師匠に退出を促した。
ロウ師匠はファルの腕と薬をつかむと早々に王の執務室を後にした。
翌日、魔導士研究所に怒声と激しい魔術がぶつかり合う音が鳴り響き、国王自ら仲裁に入るという事態が起こった。
次回で完了の予定です。
サブタイトル詐欺を発動中(^▽^;)




