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最後の召喚  作者:
番外編
17/24

番外編その2 花開く時-北国編-第1話

視点がジュリ(翼)ではない為、本編との多少(?)の矛盾はあります。

私は切っ掛けを与えただけ。


【彼女】がちまちまと撒いていた種が芽吹くその瞬間を。


どんな花を咲かせるんだろうね。



***


中央国から帰国した国王夫妻を待っていたのは『神子』の帰国を歓喜する声ではなく、平民たちからの冷たい視線だったが、二人は全く気付いていない様子。


帰国後、王妃付の侍女の半数が入れ替わったが、王妃はそのことに気付いていない。

結婚適齢期になると次々と婚姻の為に辞職する者が多い為、王妃は気にも留めていなかったのだろう。


いや、違う。

王妃は侍女たちの顔も名前も覚えていない。

だから入れ替わっていたとしても気づかない。

王妃が人の顔と名前を覚えるのは見目麗しい自分好みの男と自分の敵(ライバル)となる女のみ。

王妃にとって侍女とは便利な道具でしかない。


侍女たちの間では有名な話である。

王妃付の侍女という箔は付くが、進んで王妃付の侍女になりたがる者は北国の貴族の娘にはまずいない。

よって現在の王妃付の侍女は大半が平民出身者であったりするが王妃自身はその事は知らない。

(一通りの礼儀作法などを叩き込まれているため)


ある日、一人の王妃付の侍女が休憩時間につぶやいた。

「あ~あ、中央国にジュリ様が現れたというから王妃に付いて行ったのにジュリ様と一言もお話しできなかったよ~遠くから姿を見るだけ……ああもう!二度と会えないと思うと悔しい!王妃様の『ジュリに近づいてはダメ』という命令なんて無視すればよかった!ジュリ様とお話したかったよ~」

侍女の嘆き(?)に、一緒に休憩していた別の侍女が首を傾げる。

「ジュリ様って王妃様が『神子』だった時の付き人?」

「付き人じゃないわよ。真の『神子様』よ。この間の『全世界同時生中継』で神様が仰っていたじゃない」

「え?あれを信じているの?」

あの日、起きている者は空に映し出された映像を、寝ていた者は夢の中で神様と神子様方とのやりとりを見ていた(・・・・)

最初は寝ぼけていたとか、ただの夢だと思う人も多かった。

だが、神殿が慌ただしく右往左往し、神殿に人が押しかけると神官長自らが国民の向かってあれが夢ではない事を語った。

「神官長をはじめ、神殿の上層部の人達が自ら全国民の前で懺悔したじゃない。あの話は真実であるって。それに私はその現場にいたのよ。王妃の傍でがっつりと見聞きしていたわよ……」

「ああ、そういえばそうだったわね。そういえば、神殿の上層部は自らの罪を告白して役員を一新したんだっけ」

「そう。大規模な人事改正で上層部のメンバーの顔ぶれが大分変わったわよね。今迄貴族が占領していたけど、平民出身者が半数を超えたわね。それにね、ジュリ様は私の運命を変えた方なのよね」

「は?」

その言葉にその場にいた全員がその侍女に視線を向けた。

「私が平民の出身だったけど第三側妃様の侍女をしていたのは、みんな知っているでしょ?」

侍女は視線に気付きつつも隣に座っている仲間に問いかけた。

「平民出身の私が側妃様付の侍女に選ばれた時、周りの貴族のお嬢様方(行儀見習いの先輩侍女)からよくいじめられていたの」


侍女は語った。

ジュリとの出会いが自分の運命を変えたのだと。



・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


『神子様』が北国に降臨されて3年程歳月が過ぎた頃。


「どうかされましたか?」

王宮の片隅、人がほとんど通らない場所にしゃがみ込んでいいた私にあの人は声を掛けてくださった。

「あ、あの……」

「落ち着いてください。私もこの城に勤めている者です。迷子にでもなったのですか?」

前髪で顔を隠しているあの人に私は一瞬言葉を詰まらせた。

前髪に隠れているが微かに覗く瞳が、夜空のように輝いていたように見えたのだ。

「迷子になったのなら出口まで案内しますけど?」

あの人の言葉に首を横に振り

「いえ、大丈夫です。ちょっと職場で嫌なことが……」

「気分転換ですか?あの、私でよければ愚痴ぐらい聞きますよ?心の中に暗い感情をため込むよりも誰かに話した方がすっきりしますよ?」

あの人は近くのベンチに私を座らせるとその隣に『失礼します』と一言詫びてから座った。

「あ、そうだ!よかったらこれどうぞ」

あの人は足元に置いてあったと思われる籠からカップを取り出し、銀製の容器に入れていたであろう飲み物らしきものを注いだ。

「落ち着きますよ?」

なかなか口を付けない私を見て、あの人は同じようにカップに注ぎ一口飲んだ。

きっと毒なんて入ってないと証明したかったのだろうが、私が口を付けずにいたのは嗅いだこともない香しい香りを堪能させてもらっていて口に含むのが遅れただけだ。

「うん、試作品だけど理想の味に近づいたかな」

前髪で隠れて表情はよく分からないが満足げな声だった。

「あ、自己紹介してませんでしたね。私はジュリ=ドウモトです。平民ですが宮廷魔導士として働いています」

「あ、私はジュリエッタ=ティンガー。同じく平民の出身です。今は、第三側妃付の侍女をしています」

「第三側妃というと最近後宮に入った男爵家出身の?」

「はい」

「じゃあ、いろいろと大変でしょ?」

「え?」

「詳しい事は私もわからないけど、確か第三側妃の侍女は貴族出身者よりも商家の出身者が多いと聞くけど、貴族と平民では生活基盤が違うから戸惑うことが多いんじゃない?」

「ええ、最初は戸惑いましたが何とか慣れました」

カップに口を付けると今まで味わった事がないまろやかな味わいが口内を支配した。

「おいしい」

私の感想にあの人……ジュリは嬉しそうに微笑んだみたいだ。



ジュリは私の置かれている立場をとても理解していた。

私は侍女として一番下(新入り)だったので先輩たちの失敗を押し付けられることが多かった。

鬱憤が溜まると人通りの少ないあの場所に行くとかなりの頻度でジュリと出会う。

ジュリは笑いながら「気が合うね」と言って、私の話を快く聞いてさりげないアドバイスもくれた。

名前が似ていることも影響してか、私とジュリは仲良くなった。


ある日、第三側妃様が『神子様』に謁見する事となった。

その時なぜか私も同席するように侍女長から告げられ、先輩たちからキツイ視線を浴びせられた。

先輩達のキツイ視線の理由は後程嫌と言うほど理解した。

『神子様』と第三側妃様の謁見は第一王子の謁見の間で行われた。


なぜ神殿ではなく第一王子の謁見の間で行われたのかはすぐに分かった。

『神子様』は第一王子を筆頭に将来この国を支えるであろう人達を侍らせていたのである。

その中には第三側妃様の元婚約者も含まれていた。

しかし、私が驚いたのは『神子様』の傍に控えている魔導士のローブをまとったジュリの姿にだった。

ジュリは私に気付くと人差し指を口元を当てて『黙っていて』と合図した。

驚きつつも私にはこの場で発言権がない為小さく頷いた。

『神子様』と第三側妃様の謁見は『神子様』が第三側妃様をご覧になる為だけに行われただけなのですぐに終わった。

謁見の間を出た後、第三側妃様は足早に自室に戻られ『ごめんなさい。しばらく一人にしておいてほしい』と仰り、1~2名の侍女を部屋に待機させて私たちはそれぞれの仕事に戻ることになった。

側妃付の侍女と言っても平民出身の私たちには貴族のお嬢様たちがやらない仕事がある。

洗濯や、庭先の掃除などである。

各妃には部屋が与えられるが、食事以外は侍女が行う決まりである。

部屋の前に作られた各々の庭の整備も自分達で行わなければならないから大変である。

まあ、もっともそういう作業は最初から平民出身者の仕事と割り振られているから怒る気にもならないけどね。


私はその日の担当場所だった中庭で同じ平民出身者の侍女仲間に謁見の様子を聞かれていた。

そこにジュリが通りかかり、私に声を掛けてきた。

「お仕事中ごめんなさい。ジュリエッタを少しお借りします」

侍女仲間は驚いた様子だったが、ジュリにお辞儀をした後すぐに持ち場に戻った。

その時こっそりと「あとで教えなさいよ」としっかり言い残していった。

私はジュリに連れられて中庭の隅に設置されている東屋に腰を下ろした。

「さっきは驚かせてごめんね」

「ううん、でもどうしてジュリが『神子様』の傍に?」

「隠していたわけじゃないんだけど、私は『神子様』と同じ世界から来た『異世界人』なの」

「え?…………ええええええええええええええ!?」

ジュリの告白にしっかり驚いた私の声は周囲の木々を揺らすほどに大きかったらしい。

巡回中の騎士が何事かと駆け寄ってきて混乱していた私に代わってジュリが対応してくれた。

騎士たちはジュリの話を聞いて

「ああ、なるほど。確かに初めて聞いた時は俺達も驚いたから気持ちはわかるよ」

となぜか私たちの間に不思議な仲間意識が芽生えた。

ジュリは「そんなに驚くことかな~この世界ってよく『神子召喚』やっているんでしょ?それに、名前で気づきそうなのに……」と平然としていたけどね。


「で、話を戻すけど……」

騎士たちを遠ざけた後、改めて椅子に座りなおした私にジュリは申し訳なさそうな声を出した。

「どうしたの?ジュリ」

「うん、ジュリエッタには第三側妃様のマリエ様を支えてほしいの」

「え?」

「今日の謁見の場に第三側妃マリエ様の元婚約者がいたの気づいた?」

「ええ、レオナルド=ディアス子爵様ですね」

第三側妃様がこっそり持ち込んだ本の間に姿絵が挟まれていて見たことがあったので覚えている。

第三側妃様は私が平民でも他の貴族の侍女と分け隔てなく接してくれる数少ない貴族の令嬢だ。

「マリエ様はね、ディアス子爵が『神子』から自分の取り巻きの一人になるのなら騎士団の隊長の地位を与えると唆されて、その見返りとして王の側室にさせられた方なの。ディアス子爵に実際に与えられたのは騎士団第5隊長補佐の地位……ほとんど雑用係なんだけど彼はそれで満足しちゃったのよね……マリエ様のご実家は借金を抱えていてディアス子爵とマリエ様の婚姻を条件にディアス子爵の実家であるディアマンス伯爵家に借金を肩代わりして貰っていたため反対できる立場じゃなかったし……」

「え?」

「マリエ様の弟君とは魔導士協会で知り合ってね、仲良くさせていただいた関係で教えて貰ったの」

ジュリは私の両手をぎゅっと握りしめると

「お願い、ジュリエッタ。マリエ様は今日の謁見でひどく傷つけられたと思うの」

「え?」

「マリエ様はご自分が婚約者に地位を得るために売られたことを薄々気づいていたけど、ディアス子爵のでまかせ『この間の舞踏会で陛下がお前を見初め、側妃に望んでいる』という言葉の方を信じたかったんだと思う」

ジュリの言葉に先ほどの第三側妃様の様子を思い出す。

謁見の間を出た後の第三側妃様の顔色は真っ白だった。

ご自分の部屋に入られてからは人を遠ざけていらっしゃった。

「だけど、今日『神子』からその僅かな光を奪われた。マリエ様は『神子のおまけ』と言われている私にも優しくして下さった。私はあの方を救いたいの」

「救う?」

「出来る限りマリエ様から目を離さないで。マリエ様は『神子様』に敵認定されたわ」

「え?」

ジュリは私の手を離し両手を拳にして力強く握った。

薄らと血が流れ出て私は慌ててジュリの手を開いてハンカチで傷口を抑えた。

「本当は今日の謁見も止めたかった」

手のひらにできた傷を見つめながらジュリは悔しそうにつぶやいた。

「ディアス子爵がね、取り巻きになる前に時々マリエ様の話を『神子』にしていたの。かわいい幼馴染。妹の様な存在。いろいろと言葉を並べていたけど、とても大切な子だと言っていたの」

「じゃあ、どうして陛下に?」

「『神子』はディアス子爵を取り巻きに加えたがっていた。ほら、ディアス子爵って美形でしょ?」

「確かに顔立ちはキレイな方よね。騎士にしてはキレイすぎる気もするけど」

「ディアス子爵を手に入れるためにはディアス子爵が大切にしている女の子が傍に居るのが『神子』は許せなかったんでしょうね。だからその女の子を陛下の側室にしたら騎士団の隊長の地位を与えると唆したのよ。『神子』には人事の権限なんてないのに……『神子』は自分に靡かない男はいないと思っているから。昔からね」

「は?」

「昔から彼女が甘い言葉を囁けばコロリと男共は彼女の言いなりになったわ。恐ろしいくらいにね。ディアス子爵もその一人よ」

「ジュリ」

「元の世界ではあの子の言いなりになっていたのは3割程度だったけど、こっちの世界に来てから彼女の甘言に絆される男が後を絶たない……そして彼女は彼等を侍らせるのを自慢したがる」

「じゃあ今日の謁見って……」

「おそらく『神子』がどれほど男に好かれているかを自慢したいだけ。マリエ様に対しては『あなたの婚約者はもう私に夢中なのよ。あなたは捨てられたの』と屈辱と絶望を与えるために行われたと思うわ。あの人は自分より美しい人・可愛らしい人……とにかく自分よりも人から注目を浴びている人達から大切なモノを奪い、その人達が傷つく様を見るが好きなの。私がこんな恰好をしているのも標的にされない為にとあの人の異常性に気付いた兄達に言われたからなの。あの人よりも醜い姿をしていればあの人は関心を抱かないからね」

「その情報はもっと早く欲しかったわ」

「ゴメン。本当は伝えたかったんだけど見張りがいてね」

「見張り?」

「ううん、気にしないで。それよりもマリエ様をお願い!時期を見てあの方をこの王宮から連れ出すから……」

「え?」

「弟君と約束したの。彼が魔導士協会の次期トップ候補になる代わりに姉君を助けてほしいと」

「ジュリあんた…………」

 次々と出てくる言葉に脳内の処理が追いつかないが私はジュリの必死な様子に頷いていた。

「ねえ、ジュリ。第三側妃様を守る代わりにあんたの素顔を見せて」

「へ?なんで?」

「交換条件よ」

「……そんなのでいいの?」

 首を傾げるジュリに私は大きく頷く。

「ええ、あなたのお兄様が『神子様』の標的にならないように危惧するほどなら……あなたは相当美形ね!」

「言っておくとけど、私の兄はシスコンなの。身内贔屓がすごいのよ?」

「それでも、常に顔を隠すように言うってことはあなたを他人に見せたくないくらい可愛いのよ」

「…………逆の発想はないの?」

「ないわね。もしあなたが醜い容姿なら精々『俺の傍には近づくな』とか『外では他人のふりをしろ』というくらいじゃない?」

王宮に勤め始めてから私の審美眼は相当高くなったと自負している。

そこら辺のお嬢様はまだまだ平凡だと思える程に……

王族の方々は本当に見目麗しい。中身は……うん、考えない様にしよう。

外面だけなら外交に意外と役立つらしいし。

第三側妃様は美人の分類に入る方だわ。

あの方は外見も美しいけど内側からの美しさがにじみ出ている感じね。

「……そんなことないと思うけど……ちょっと待ってね。周囲に簡易結界張るから」

ジュリは小さく呪文を唱え、私たち二人の空間を切り離した。

術を張り終えた後で見せてもらった前髪を上げ、眼鏡を外したジュリの素顔に私は言葉を失った。

『神子様』は美人というより可愛らしいという感じだったけど、ジュリは思わず『女神様!』と言いたくなるほどの美少女だった。

後数年もすれば、大輪の薔薇のごとく美しい女性になるだろうと10人中10人が言うだろうと言うほどに美しかった。

その容姿を隠すのは勿体ないと思わずにはいられなかった。

いろいろと弄りたいという侍女魂が疼いたのは内緒である。



その日から私はマリエ様や『神子様』の周囲を意識して観察するようになった。

それで思ったんだけど……


あの『神子様』本当に『神子様』なのだろうか。


女学校時代に『神子』についての授業があったから授業内容と『神子様』の行動に違和感を感じる。

そう感じているのは私以外にも何人かいたが、『神子様』は神殿の神官長や国王陛下すら反論を述べることを戸惑われるほどの尊き御方。

そのため誰一人としてその疑問を投げかけることが出来なかった。



ある日、私はジュリを介してマリエ様の弟君であるルカジオ=セルベラ様を紹介された。

ルカジオ様は『神子様』の名と名前が似ているからと改名を迫られたという逸話を持っている方だ。

結果的にはジュリが『親が付けてくれた名前を簡単に変えろって……ふざけているの?』と『神子様』を半ば脅すように説得したらしい。

この世界で『神子様』に反論を言えるのは同じ世界出身のジュリだけだ。

その場にいた『神子様』の取り巻き達はジュリの迫力に誰も抵抗できなかったとか。

まあ、後でジュリに聞いた話だと『名前を変えろって言うなら自分が変えろ。いい名前を考えてあげるよ』とひく~い声で取り巻き達を次々とそれ絶対に名前では呼ばれたくないという名前を付けていき、その名前で呼ばれるくらいなら死んだ方がましと思った彼らが必死に『神子様』を止めたらしい。

どんな名前を付けたのか気になる所だが、誰一人として教えてくれない。

最後の締めくくりが『慈悲深い神子様がまさか名前が似ているからというだけで名前を変えろと仰るのですか……それなら私が神子様に相応しい名前で呼んで差し上げます』といってこの国では禁忌となっている数百年前の恐るべき殺人姫の名前を挙げて『あなたにぴったりの名前デショ?』とにやりと口元を緩め、その場を凍りつかせたとか。

それ以来さすがに殺人姫の名前で呼ばれるのを避けたい『神子』は必要以上にジュリを近づけていないとか。


あ、そうそう。

ルカジオ様とはマリエ様を助けるという共通の目標の為、仲良くさせて頂きました。

ジュリはマリエ様には包み隠さず何もかも話したと言っていた。

マリエ様は部屋に籠る様になったが、誰もそのことを咎める人はいない。

貴族の大半が『神子様』への謁見で忙しいから側室への挨拶は二の次三の次だったから。

これ幸いと、私とルカジオ様は少しずつマリエ様を逃がす準備をしていた。


マリエ様を城から連れ出す準備(一応国王承認済み)が整い、数日後に決行すると決まったその夜、ジュリが大怪我をして神殿に運ばれた。

心配されたマリエ様の名代として私は神殿で治療を受けているジュリの元に駆けつけた。

数少ない治療魔導士が交代でジュリの手当をしていた。

ジュリはひたすら『ごめんなさい。許して』とうわ言を繰り返していた。

近くにいた魔導士にどういう状況かルカジオ様が問いただしていた。

しかし、誰も詳しい事は知らない。と首を横に振るばかりだった。

突然ジュリが魔獣のいる方に走りだし、他の魔導士や騎士たちが追いついた時には3人の魔導士の亡骸を護る様に魔獣を殲滅していたと……

全身傷だらけになりながら。

3人の魔導士の遺体は神殿内に安置され、明日ご家族が引取に来られるらしい。

その時、私は初めてジュリが魔獣討伐に参加していたことを知った。

ジュリは昼間は魔導士協会の改革や魔導士訓練の手伝い、王宮内だけではなく城下町に降りていろいろな情報を集めて過ごしていた。

だが、それは表の行動にすぎなかった。

ジュリは夜は夜でここ数年急激に増えた危険な魔獣の討伐に駆り出されていたのだ。

『神子のおまけ』でも神の加護はあるという上層部の考えで毎日のように魔獣討伐に出ていたという。

ジュリの魔術はほかの魔導士よりも発動が早い為、重宝していたというが一緒に参加していた魔導士達は口を揃えて『上層部は、ジュリを不慮の事故に見せかけて殺そうとしている』と言っていた。



翌日、朝の仕事を終え、ジュリの見舞いに行ったらすでにベッドは空だった。

神殿内をあちこち探し回ったら、ジュリが守っていたという3人の魔導士の棺の前で膝をついて泣いていた。

この時、私は初めてジュリが泣いている姿を見たことに気付いた。

私の愚痴や泣き言をいつも優しく聞いてくれていたジュリだが、ジュリの愚痴や泣き言は今まで聞いたことがないという事にも気づいた。

「ごめん。私が……私があなた達にあんな術を教えたから……あなた達の未来を奪ってしまった。もっと……注意すべきだった……あなた達を殺した(・・・)のは私だ……」

ジュリはずっと泣いていた。

3人の魔導士の家族が遺体を引き取りに来るその時まで。

ジュリは3人の家族に深々と頭を下げて謝っていた。

自分が不甲斐ないばかりに大切な息子を死なせてしまって申し訳ないと。

3人の家族はそんなジュリに小さく頷くだけで神殿を後にした。


3人の葬儀に私は出席した。

3人は私の幼馴染だったからだ。

私は3人の家族からそれぞれ手紙を預かった。

魔獣討伐に出る前にあの3人が家族に残していったモノらしい。

封は切られているので中身を読んだのだろう。

3人の家族はジュリに「ありがとうと伝えてくれ」と言った。

そして、息子たちの手紙を必ずジュリに届けてほしいと。

息子たちの最後の言葉を受け止めてほしいと。

私は大きく頷き、約束した。

必ず届けると。


手紙を届けるとジュリは一通一通泣きながら読んでいた。

読む間、傍に居て欲しいという願いで隣に座った私は何もできない自分を情けなく感じていた。

なにか言葉を掛けたいけど、なんて言っていいのかわからない。

どんな言葉を掛けても上辺だけの言葉になってしまう。

だから私は手紙を抱きしめながら泣くジュリを泣き止むまで抱きしめることしかできなかった。


この手紙がジュリをさらに追い詰めてしまうとは誰も思わなかった。

手紙を受け取ったその夜の魔獣討伐でジュリはたった一人で魔獣と戦っていたという。

魔導士の弱点だった長い魔術発動の詠唱を短縮・破棄させる術を駆使して、たった一人で魔獣を殲滅していったという。

一緒の討伐隊にいた人たちは彼女を『雷光の君』と称えていたが、その話を聞いた『神子様』がジュリの事を『化け物』と呼び近づくことを禁じた。

そして、その『化け物』を生んだのが他ならぬ『神子様』の我儘からだったと知った時、魔導士の半数以上が、城に努める侍女たちの半数以上が『神子様』を信じられなくなってきていた。


「ねえ、ジュリは何で魔獣討伐に参加しているの?」

「さあ?表向きは神殿からの依頼だけど、『神子様』の命令でしょうね」

「は?だってジュリと『神子様』は同郷なんでしょ?なんでわざわざ危険な……」

「だからでしょ。私が魔獣討伐で命を落せば、自分に靡かず私にアプローチしてくるあの人を振り向かせることができるとでも思っているんでしょ」

苦々しく言い捨てるジュリに私は何も言えなかった。


ジュリに(恋愛的な意味で)アプローチを掛けている人は実は多い。

ふとした瞬間にジュリの素顔を見てしまった人達だ。

だが、最終的には『神子様』の取り巻きになることが多い。

しかし、たった一人。

『神子様』の甘い言葉にも靡かず、ひたすらにジュリを口説いている男がいる。


ディーター=ベルツ様

魔導士の名門ベルツ家の出身ながら騎士の道を歩んでいる変わり者。

どんな女性に媚びられてもさらりと上手く躱していた人。

そんなディーター様がジュリ様にご執心だった。


ジュリは『許容範囲外』と言って取りつく島もなかったが……


ディーター様のアプローチはジュリが元の世界に戻るその時まで続くとは誰も思わなかった。




ジュリエッタとジュリが出会った時、ジュリエッタ15歳、ジュリ20歳のつもりで書いています。(本文に入れられなかったので念のため)


その2に続きます。


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