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艱難辛苦の人外生  作者: 寒天
人間 止めました
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第6話 魔物との遭遇

 人間の町で大討伐と言う対策が立てられる時刻から三日前。

 謎の武装集団に左腕を奪われた動く骸骨、大和ことスケルトンは全力で逃げ出してから再び森を彷徨っていた。

 自分が魔物(ばけもの)であると言う事実を思い知り、腕を失ったことを理解し、問答無用で命狙ってくる武装集団が存在することを把握した大和スケルトンは途方にくれていたのだった。


(これからどうしよう……。いや、本気でまずい……)


 さし当たって問題なのは、今自分がどこにいるのかまったくわからないことと、迂闊に人前に姿を見せれば討伐されかねないことだ。

 現状において、大和スケルトンは一つの仮説を立てている。それは、自分の生まれ育った世界とはまったく違う世界にいると言うことだ。

 いくら技術が発展した世界出身であると言っても、世界に魔法なんてないし、種や仕掛けもなしに植物を操ったり泥沼を作ったりなんて不可能だ。それを当然のように(おこな)える人間がいる以上、別の惑星か異世界にでも飛ばされたと考えるしかない。

 一応彼らは種や仕掛けを一切気取られることのない超一流マジシャンであったと考えることもできるが、無理がありすぎる。

 何よりも、自分が動く骸骨なことだけでもファンタジーの証明には十分だろう。真っ向からお前は化け物だと突きつけられたことで、彼はようやく自分が人間ではない何かであると理解したのだった。


(とりあえず、この森にはさっきの人達のような武装勢力が頻繁にやってくると考えた方がいい。戦闘行為に慣れているみたいだったし、目に見えた疲労もなかった。俺と同じく森で迷子になっていた……なんて楽観的に考えるのはなしだな)


 大和スケルトンからすれば時代錯誤としか言いようの無い剣なんて持ち歩いていた時点で、偶々森に入ってきたキノコ狩りツアーの観光客とは到底考えられない。()()との戦闘を目的としていることは明白だ。

 恐らく定期的に自分、あるいは自分の同類と思われる魔物を討伐する為に武装した戦士が森にやってくるのだと大和スケルトンは予想する。

 殺し合いなど漫画の世界のお話であるとつい先日まで信じて疑っていなかった彼の考えなど、にわか知識の素人考えだ。だがそれでも、彼はこの予想は間違いないと確信していた。


(となると、やるべきことはこの森からの脱出だな。四六時中視界の悪い森の中で化け物に……ついでに人間に襲われることを警戒するとか耐えられん。そもそも、森に引き篭もるとか冗談でも嫌だしな)


 元々変化のない日常を嫌うタイプだ。経験したくもなかった命を狙われるなんて大事件以外は何の変化も無い森の中を逃げ回るだけなど、耐えられる話ではない。

 しかし、できるできないはこの際忘れるとしても、森から出ようとするのならば重大な問題が残っていた。


(やっぱり……この姿をどうにかしないといけないよね)


 大和スケルトンは自分の骨しかない体を見渡す。どこからどう見ても化け物。人の世界でその存在が許される場所など、死体安置所か学校の理科室くらいだろう。

 もし街中にそのままの姿で出れば、先ほどのような戦士やら魔法使いやらに袋叩きにされるのは間違いない。

 別に森の中が大和スケルトンに有利と言うわけではないが、人間にとっても有利に立ち回れる場所ではないはずだ。しかし、土地勘的にも設備的にも人間に有利な街中で戦えば今度こそ殺されることになるのは目に見えている。

 森の中で誰にも会わないように隠れ住むくらいなら死んだ方がマシだと考えているが、無策に出て行って殺されるつもりもない大和スケルトンであった。


(この辺りにあるのは……葉っぱくらいなものだよな。全身を葉っぱの服で覆い隠し、顔まで葉っぱで覆っている、か。……不審者として通報されるな。たとえ中身が普通の人間でも)


 とりあえず服が欲しいと考える大和スケルトン。

 近くにあるもので服の代用品を用意し、それを身に着けた自分の姿を想定してみるものの、首を振りながら却下した。そもそも葉っぱで服を作るような技術に持ち合わせはないのでどこかで調達しなければならないのだが、その当てもない。

 いずれにせよ、自分のいる場所が世界的な意味でも地理的な意味でもわかっていないのだだ。結局の所、自分の勘と運を信じて歩き続けるしかないのであった。


(どこかに服として使える物でも落ちてないかな。あの戦士風の人達みたいなのが頻繁に出入りしているんだったら、魔物に返り討ちにあって死体として転がっててもいいと思うんだけど)


 とりあえず、森の中で服を拾える可能性として死体から剥ぐという案を出す大和スケルトン。

 いくらなんでも死体から衣服を剥ぐなど人道に反する行為なのだが、魔物としての感性を得ている大和スケルトンには関係がない話であった。道徳なんぞ、自分に余裕があるから口にできる言葉なのである。


(あー、未だに原理不明だけど……この動く骨の体ってのはある意味便利なのかな。空腹も疲労も感じないし。でもなぁ……)


 大和スケルトンが森を彷徨っている時間はすでに半日ほどとなっていた。

 日の光がほとんど届かない森の中で、時計も持たない大和スケルトンが正確に時間を知る術はない。なのでなんとなく長い時間がたったと思っているに過ぎないのだが、それでもアンデッドという体の異常性を知るには十分だった。

 もし生身の体だとすれば、すでに疲労でまともに動けなくなっていただろう。さらに言えば、そろそろ空腹や喉の渇きが我慢の限界を超える頃だ。生まれた時代が時代なので、その手の我慢の経験など人生で一度もないのだ。もしここにいるのが人間大和であれば、すでにダウンしていたはずだ。

 しかし、アンデッドである大和スケルトンならばその手の問題は全て解決する。そんな自分の体の特異性に大和スケルトンは感謝するが、そんな便利な体には見た目以外に一つ重大な問題があった。


(仮に服が手に入って、一目でこの化け物ボディを見られることがなくなったとしても……()()がある限り街中には入れないよなぁ……)


 そこまで考えて、大和スケルトンは残った右拳を見つめながら、できないため息をつく。彼を悩ませている問題とは……。


(あ、やばい。なんか虫がいる。虫がいるなぁ。……ムシガ、イルナァ!)


 これと言って特徴もない、ただ木に張り付いているだけのカブトムシに似た昆虫を視界に入れると同時に、大和スケルトンはあっさりと理性を失い飛び掛る。

 そして、骨の右腕で名も知れぬ昆虫を叩き潰した。


(フンッ! ……ああ、またやっちまった……)


 そして、潰した右拳に付いた虫の体液に心の中で嫌そうな顔をしながら後悔する。ふわりと潰れた死骸から浮き出てくる虫の魂を捕獲しながらも、大和スケルトンは頭を抱えたい気分だった。


(あーもう……。この習性何とかならんのか……。弱そうな生物を視界に入れたら殺さずにいられないとか、自分で言うのもなんだが危険すぎるぞ……)


 そう、アンデッドの基本性質である生者への憎しみは、しっかりと大和スケルトンも持っているのだ。本人は知らないことだが、大和をアンデッドにしたアンデッドにより、むしろそう言った性質は強化されているほどだ。

 さらに言えば、その性質は人間を相手にするときにこそ最大となるために、仮に人間を目の前にすれば今の比ではないほどに殺戮衝動に襲われることになる。

 一応殺された時に抱いた命への執着心のおかげで、先の戦士達のような明確に自分では勝てないと思った相手ならば問題ない。殺すより逃げることが優先されるためにこの衝動の対象外となるのだ。しかし、自分でも殺せると判断したら最後、人間相手でも容赦なく殺すことになるだろう。


(どっかに泉とかないのかな……。手を洗いたい。いったい今日だけで何匹小動物とか昆虫とか潰したんだか……)


 森を彷徨い歩く間に、出会った小動物や虫は手当たりしだいに殺してきた。そのため、彼の右腕は洒落にならないほどに血やら体液やらで汚れている。

 その度に魂を食っているので多少は魔力も上がっているのだが、虫の魂などほとんどないも同じだ。小動物も大した差はなく、初めての捕食こそ感動するほどに力の充実を感じたが、ある程度慣れてしまった今では手が汚れる以上の感想をもてない大和スケルトンであった。

 そもそも、虫に関しては潰した所で元々気色悪い以外の感想は持たないとしても、本来なら小動物を殺せば手が汚れるなんて気にも止まらないほどに罪悪感を感じるはずなのだ。その辺りの感性が破壊されているのを自覚してしまった為に、より深刻な欝になるのだった。


(手を洗いたい、服が欲しい、この危険衝動をなんとかしたい。……ったく、要望ばかり増えて解決手段が全然出てこないな。……それもなかなか楽しいってのは便利な時代に産まれたもののエゴかね……ん?)


 現状から脱却するには何の役にも立たないことを考えながら歩いていると、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。

 飲み水は必要ないので優先順位はそこまで高くないが、元々明確な目的地など無い。ならばとりあえず手を洗いたい大和スケルトンは耳を澄まし、水音の方へと歩いていった。


(この森焼き払ってやりたい。邪魔でしょうがねーんだけど)


 ガサガサと物音を立てながら、水音のする場所に向かう大和スケルトン。今までは比較的進みやすい木々や草の薄い場所へと進んでいたので何とかなっていたが、特定の方向へと向かおうとすればなかなか苦労する。

 それでも今更土や泥が付いた所で今更と言う諦めと、擦り傷の類を気にしないでもいいアンデッドの体のおかげで無理やり草木を掻き分けると言う力技を用いることが出来る。

 そんな具合になんとか進んでいくと、なかなかの大きさを持った湖を見つけた。


(おお! なんとも立派な湖だな。もしかしたら沼かもしれないけど。まあ、綺麗な水があるんだったらどっちでもいいか)


 目測で直径一キロほどあるのではないかと思われる澄んだ湖を前に、大和スケルトンは速く手を洗おうと足元の草を掻き分ける。もうちょっとで湖に到着と言う所で、大和スケルトンは水面を叩くような音に気が付いた。


(ん? なんだろ? 鳥が水浴びでもしてるのかな。湖には邪魔臭い木も無いし、空も見えるし)


 現在は既に夜のようだ。空が見えるとは言っても月明かりだけであり、普通の鳥は活動しない時間帯である。とは言え別に夜行性の鳥がいてもおかしくはないし、そもそもこの世界で地球的常識が通用するとは最初から思ってはいけないだろう。

 そんな暢気なことを考えつつも、自分の腕を斬りおとした人間達が休息をとっている恐れも十分にあるために息を潜めて――元々息などしていないが――気配を殺し、木の陰から様子を伺った。

 湖の周辺には木々がなく、開けた空間となっている。そのため、森からでも湖の様子を見ることができた。


(アレは……なんだ? 緑の石? いや、動いてるし……生き物だよな? 緑色の何かが水辺で遊んでるのか?)


 大和スケルトンの知識には存在しないごつごつした緑色の生物が複数体水辺で遊んでいる……と言うよりも、暴れていた。

 よく目を凝らしてみれば、ただ暴れているのではなく手に持った棒のようなものを使い、総勢三匹で何かを襲っているのだ。


(……人間か? 人間が襲われているのか?)


 よく見てみれば、緑色の生物達が襲い掛かっているのは人間であった。

 やはり武装しており、戦いを生業にしていると思われる戦士のような風貌である。大和スケルトンの腕を落とした人間達とは違い、一人しかいない。

 一人でこんな所までやってきたのか、あるいは仲間と別行動をとっているのかはわからないが、水を飲もうとした所を不意打ちでもされたのか劣勢だ。

 背中に背負(しょ)った剣を抜くこともできず、棍棒と言うよりは太い木の棒と言うべき物を持って殴りかかってくる緑色の生物達の攻撃を転がりながら避けている。


「ブハァ! クソッ! たかがゴブリンが! 不意打ちさえされなきゃお前らなんて!」


 緑色の生物――ゴブリンに襲われている男が、水辺で転げ周り息も絶え絶えになりながら悪態をつく。

 ゴブリンたちは、そんな言葉の意味を理解できているのかもわからないが豚のような唸り声を上げて男に追撃した。


「ガァッ! グゾッ! 何とか距離を……!!」

(人間の男の方が圧倒的に不利。あの緑色……ゴブリンって言うのか。ゴブリン三匹に攻め立てられて立つこともできないようだな)


 実際に正面から戦えば、もしかしたら男はゴブリン三匹相手でも勝利できるのかもしれない。しかし今の体勢は最悪であり、どう見ても負けるとしか思えない。さらによく見れば、最初の一撃でやられたのか頭から血を流しており、右足が不自然に曲がっている。

 それでも何とか致命傷を避けようと水辺を転げまわって棍棒を回避しているが、今のままでは体力を失ってなぶり殺しにされるだけだろう。


(あの人達みたいな魔法が使えるんだったらあの状態からでも逆転できるのか? しかし魔力に動きはないし、ただやられているだけにしか見えないな。足を奪われている以上、こりゃどうしようもないね)


 大和スケルトンは今ある情報から人間の男の敗北だと結果を予測する。魔法に関する知識などなにもない穴だらけの推論ではあるが、現状を見る限り間違いはないだろう。


(さて……どうするかな。理性が飛ばないってことは、あの人間やゴブリンは危険だと判断してるってことだろうな。あの時の四人組ほどではないけど、無策に突っ込んでも勝ち目は薄いって考えた方がいいな)


 大和スケルトンは、襲われている人間の男性を助けようなどとは露ほども考えていなかった。まあ助けられるのなら助けた方がいいのだが、そう言った善行を考える回路がほとんど存在していないのだ。生前から人助けなんて鼻で笑う人でなしだったが、魔物となった今そんなことを期待する方が間違っている。

 生存本能により理性が奪われることは避けられるとしても、アンデッドとしての殺意が失われるわけではない。むしろ人間相手だとより強くなるくらいだ。頭の中には、自分が殺されては意味がないと言う恐怖と、なんとか殺してやりたいという欲求が渦巻いていた。


(あークソ。頭がぼんやりしてくるな。まあそれはともかく、あのゴブリンは殺していいよね人助け的に。でも勝てないんだろうしなぁ……でもなぁ……)


 チリチリと殺意に理性が焼かれるような感覚を味わいながらも、今まで虫を相手にしたときのように理性が消し飛ぶ事は無い。前回の手痛い戦闘から予想すれば、恐らく自分では勝てないからだろうと推測する。

 しかし、本能が殺せ殺せと訴えかけてくる。もう完全に後付けとしか思えない暴力の理由(いいわけ)を自分に言い聞かせつつ、何とかならないかと周囲を見回す。

 大和スケルトンには、生物への殺意と同時に理性的にも打算的にも何とか打ち倒したい考えがあったのだ。


(……あの人の服が欲しい。まさに理想的な服装でしょ、アレは)


 大和スケルトンは、男の服を見ながら一人で納得する。アレならば、現状打破に繋がると。

 襲われている男性の服装は、森で虫に刺されたり木の枝で擦り傷を作らない為か肌を露出しない構造になっているのだ。さらに防具の役割を果たす意味もあるのか、頭には顔以外を覆う頭巾のおまけ付きである。


(見たところ身長も俺と同じくらいだ。若干向こうの方が大きいかもしれないけど、大きい分には構わないか)


 ゴブリンたちの武器が殴打を目的とした棍棒であったのも幸いしている。殴られたせいで服に血がついている部分はあるが、切り裂かれると言うようなことはないようだ。都合よく、服を洗う為の水まで用意されている。

 男の服を奪い取ることができれば、目下の問題である体を覆い隠すことは解決する。それでも骨の顔を隠せるわけではないが、全身どこから見ても魔物の現状よりは遥かにマシだ。


(とは言え、あんなので殴られたら俺の体が砕け散りかねない。腕一本失った状態で三対一ってのは無謀だな)


 基本的に、スケルトンは殴打に弱い。硬いものほど砕けやすいのは世の理であり、砕く攻撃は骨の体にとって致命的なのだ。

 大和スケルトンがそんな魔物の常識を知っているわけではないが、危ないことくらいはわかる。そこで、気づかれないように森を通って近づくことにした。


「ガァァァアアアァァッ!!」

(お、ついに棍棒直撃)


 子供ほどの大きさしかないゴブリンにとって、這い蹲る姿勢の男を攻撃するのはそう難しい話ではないのだ。足を失った状態で何時までも逃げ切るなどは不可能である。

 かなり頑張ったと言えるが、ついにゴブリンの棍棒が男の顔面を捉えた。ついに攻撃を命中させたことで、ゴブリンたちが歓声を上げる。両腕を高く上げ、勝利の雄たけびをあげたのだ。

 しかし、そこがゴブリンたちの浅はかさであった。一撃直撃しただけで勝利を確信し、獲物から目を離すなど愚の骨頂である。


「テベェら……()ね!」


 恐らく鼻が潰されているのだろう。聞き取りづらい詰まった声であった。

 男は殴られた勢いを利用し、魔力を腕に集めて弾かれるように立ち上がった。そして、そのまま足一本で体を支え、背中の剣で素早く斬りかかったのだ。


「ギィ?」


 その剣は完全に油断していたゴブリンの首に吸い込まれるように食い込み、その頭を宙に飛ばした。

 ゴブリンは何が起こったのかもわかっていないだろう小さな鳴き声を上げ、一撃でその命を奪われたのだ。


(うぉっ! あんな怪我でよくもまぁ……。あの姿勢から立ち上がった上に、一匹しとめたよ。やっぱりここの人間ってどっかおかしい。……これが魔法の力ってか)


 血も肉もない化け物に言われたくはないだろうが、片足がへし折れているにも拘らず一太刀で首を落とすほどの斬撃を繰り出すのは異常だ。

 確実に無抵抗のまま殺されると予想していた大和スケルトンも、認識を改める。手に持った剣に青い魔力を纏わせた剣士の男は、先ほど見た男ほどではないにしろ強いのだと。

 自分の考えは甘すぎたと、この世界の人間は決して侮ってはいけないと考え直したのだ。


「ざあ、()やがれ!」

「ギ、ギィィ……」


 剣士の男は潰れた声のまま威勢よく吼える。その声に恐れをなしたのか、残り二匹のゴブリンは逃げ腰になり、小さく唸り声を上げた。

 仲間を一人殺されたせいか、ゴブリンたちは怯んでいる。いま追撃をかければ残り二匹も問題なく殺せるように見えるが、さすがに折れた足で移動するのは難しいのだろう。男は剣を構えて威嚇する以上の動きを見せない。

 しかし、ゴブリンにはそんなことを察するだけの頭がないのか、ジリジリと後ずさりするだけだ。そんな状況を見た大和スケルトンは、これはチャンスだと考える。


(俺の目的は人間の男だけ。ゴブリンはどうでもいいんだよな……できれば殺したいけど。あの男が殺されて衣服をボロボロにされるのが最悪の展開だったわけだけど、どうやらその心配はなさそうだ。このままならゴブリンは敗走ってとこだろう。……ならば、あの男を倒す作戦を考えればそれで万事解決ってね)


 相手は機動力を失っている。ならば、遠距離攻撃を繰り返すのがもっとも安全で確実な攻略法だと大和スケルトンは考える。その頭からは、完全に男を助けるなんて話は吹き飛んでいた。と言うか、完全に野盗の思考回路である。


(武器が欲しいな……。こう、できれば遠距離攻撃系の)


 そんな自分の歪みに気づかず、大和スケルトン出来れば拳銃でも持ってくるか、あるいは魔法でも使ってやりたいと考える。だが、当たり前ではあるがそんな道具も技術も無い。遠距離攻撃と言っても、近くに落ちている石や木の枝を拾い集めて投げるしかないのだ。


(なんか武器になりそうなものは……無いなぁ)


 大和スケルトンは首を回して辺りを探す。しかし、葉っぱや小石くらいはあるのだが有効な武器になると言えるほどのものは見つからない。

 曲がりなりにも十分武器として通用するようなデカイ木の棒で顔面強打されても平然としているほどに人間離れした相手だ。さすがにこれでは心許ない。

 大和スケルトンがあたりをキョロキョロと見渡していた時、ゴブリンたちが一斉(いっせい)に動き出した。手に持っていた棍棒を男に向かって思いっきり投げつけたのだ。


(おお! あの棍棒投げつけたぞ。……ゴブリンって、見た目よりも賢いのか?)


 思ったよりもゴブリンたちが賢かったのか、あるいは大和スケルトンがゴブリン並みの発想力なのかはわからないが、ゴブリンたちも近寄らずに攻撃する作戦に出たようだ。

 自分のやろうと思っていた作戦をゴブリンが先んじて行ったことに驚いていると、男ははっきりと侮蔑を乗せた視線をゴブリンたちに向けた。


「なべるな! 雑魚共(ざごども)!」


 怒声と共に、男の剣が振るわれる。少なくとも大和スケルトンが拾い集めた小石や木の枝より遥かに武器として有用だと思われるゴブリンの棍棒は、男の剣であっさりと弾かれたのだった。


(嘘でしょ……凄いなあの人)


 相当の質量を持った投擲だったはずだ。それを簡単に弾き落とした剣士の男に、大和スケルトンは素直に賞賛の意を心の中で送る。同時に、これで真正面からの投擲攻撃は無意味だと思い知らされた大和スケルトンは手に持っていた小石や枝を足元に投げ捨てた。

 一撃でしとめられるほどに威力のあるものならともかく、こんなものでは不意打ちの一発は当たるだろうがそれ以降が続かないと考えたのだ。


 一方、唯一の武器を投げつけ、その攻撃は失敗に終わったゴブリンたち。これでゴブリンたちは丸腰になってしまったわけだ。

 そこまで考えていたわけではなかったのか、これで完全に手詰まりとなったゴブリンたちは背中を見せて一目散に森の中へと敗走した。

 具体的に言えば、大和スケルトンが隠れている方向へと。


(ゲェッ!? ちょっと待て! こっち来るな!)


 負けを認めて一目散に逃走しているのだろうが、それを正面から見ていれば突進されるのも変わらない。大和スケルトンは慌てて集めていた木の枝や小石を放置し、横っ飛びの要領で別の場所に避難した。


(危なかった……さすがに不意打ちすら出来ずにばれたりしたらお手上げだしな……って、ん? ゴブリンさん? そこは危ない……)


 森の中に逃げ込んだ二匹のゴブリンは、入ってすぐに悲鳴を上げた。何が起きたのかと言うと、嫌がらせのように集めてあった武器になりそうな尖った枝や小石を思いっきり踏みつけたのだった。

 基本的にこんな森の中を素足で動き回るゴブリンだ。小石程度でどうにかなるほど脆くはないだろうが、さすが一箇所に集めてあったのは堪えたらしい。

 その結果、これと言って怪我をしたわけではないにしろ、逃亡を中断して興奮状態になってしまった。


「……なんだ?」


 目下排除しなければいけない対象であったゴブリンが背を見せて逃亡したことで、少し気を緩めていた剣士の男が節々の痛みを堪えてとっさに剣を構える。

 ある程度距離が離れたのでお互いに攻撃を当てることは不可能と言えるほどに距離が開きはしたものの、まだ警戒を緩めるわけにはいかないのだ。

 いろいろ不意打ち気味にダメージを負って興奮状態のゴブリン。そして、そんな危険物のすぐ側で、本当にその場しのぎで木の陰に隠れただけの大和スケルトン。手を伸ばせばゴブリンに触れることも出来るような距離で息を潜めている状況なので、事態は一気に悪い方へと傾いたと言えるだろう。


(これはまずい。マジでまずい。よりによってなんでそれ踏むんだよ! そこで立ち止まって鼻息荒くしてんだよ!)


 今の大和スケルトンはゴブリンの目と鼻の先にいる。しかも、そんな興奮状態のゴブリンを注意深く警戒する剣士の男までいるのだ。もし一歩でも動けばこの場にいる全生命体にその存在がばれるだろう。

 大和スケルトンはゴブリンの習性や性質など知らないが、足に突き刺さっている枝や石のせいで興奮状態なのは確かだ。もし見つかれば、そのまま殴りかかってきても全く不思議は無い。

 そして、剣士の男はなんと言っても人間だ。つい先ほど人間に腕を斬りおとされた身としては、友好的な対応を期待するのは難しい。さすがに足が折れている状態で戦いを挑んでくることはないと信じたい大和スケルトンだが、先ほどの無茶苦茶な戦いっぷりを見せられては断言できない。

 ゴブリンたちは体こそ小さいが、その腕はなかなか太く力強そうだ。そんなゴブリンが投げた棍棒をあっさり弾くような男に正面から有効な攻撃手段を全く思いつかない現状で、出来れば自分の存在は隠し通したいのだった。


(出来る限りこっそりと……見つからないように離れるのが正解か? いや、あの四人組にはそれで失敗したんだ。俺のこっそりは有用とは言いがたい……)


 益もない考えを入ってない脳みそで考えていると、ゴブリン二匹が怒声を上げながら暴れだした。足元にある小石の類を蹴散らし始めたのだ。

 やはり頭の出来はよくないのだろう。先ほど恐怖して逃げ出した剣士の男がすぐ後ろにいるのに、それを忘れて癇癪で暴れている。

 足を折られ、満身創痍の男からすれば好都合だろう。彼からすれば最悪の場合、ゴブリン達が仲間を引き連れて再度襲撃してくることも想定しなければならない状況なのだ。それなのに逃亡を許してしまうしかなかったのだから、自分のことを忘れてもらえるのはありがたいことだったはずだ。

 そのすぐ側で隠れている大和スケルトンからすれば、この上なく迷惑な話であるが。自業自得だとは言っても、今日だけで何度神様に知る限りの罵声を浴びせればいいのか悩むレベルで。

 そして、そんな危うい状態はすぐに壊された。


(…………ゴブリンさんったら……俺ガン見してるよ)


 暴れまわっていた二匹の内、一匹が隠れていた大和スケルトンを発見した。いったいこれは何なのだろうとでも言いたげに上目使いに首をかしげている。

 これが本当に子供であるのなら可愛げもあるが、相手は緑色のごつごつした肌に歪んだサルのような顔をしたゴブリンだ。そこに愛らしさも可愛らしさも存在してはいない。

 睨みあったまま両者共に硬直する。まだ剣士の男ともう一匹のゴブリンには気づかれていないのでうまく誤魔化したいが、何をすればいいのかまったくわからないと大和スケルトンは内心頭を抱える。

 だが、ゴブリンもまた混乱している様子であった。


 この森――ドルア樹海にアンデッドモンスターは発生しない。そして、このゴブリンは一度も進化したことが無いどころか、はっきり言って戦闘経験すら碌にない生まれたての雑魚だ。偶々不意打ちに成功したからよかったものの、本来なら瞬殺されて当然の相手に喧嘩を売ってしまうよな馬鹿だ。

 そんな最下級モンスターが、自分の活動区域に存在しないアンデッドの類を見たことがあるはずも無いのである。

 だからこそ、これはなんなのだろうと無い頭を悩ませていたのだった。


(お願いだからこのまま無視してくれぇ……。ここにいるのはただの白骨死体。何故か直立しているだけの白骨死体だから! ――グッ!?)


 出来れば見なかったことにしてゆっくりと去って欲しい。そんな大和スケルトンの願いもむなしく、わからないものに出会ったときのゴブリンの基本行動“とりあえず殴る”が実行された。

 本能で察知できる相手の力量が自分達より上なら逃げる、そうじゃなければ殴ると言う実にシンプルな行動パターンを持つのがゴブリンと言う魔物である。明らかに力量で勝る剣士の男に攻撃している時点で、その本能によるセンサーはかなり大雑把なものだとわかるが。

 そんな頭も悪く、力も大したことのない弱小魔物の拳とは言え、力だけなら大和スケルトンだって似たようなものだ。

 多少小動物や虫の魂を喰らったと言っても、まだまだ脆弱な骨の体はその一撃で吹き飛ばされたのだった。


(クソッ! 思いっきり殴られた……)


 やはり、ゴブリンの腕力は大和スケルトンからすれば相当なものであった。

 骨しかない上に、片腕を欠損した今の大和スケルトンの体は軽い。魔物の中では雑魚中の雑魚と言っても過言ではないゴブリンの一撃であっても簡単に吹き飛ばされるのだ。

 そして、吹き飛ばされた先では剣士の男が唖然とした顔で大和スケルトンを警戒していた。


「……アンデッド? ズゲルドン? ごんな場所に?」

(ハッ!? 思いっきり湖の方に出てしまった!!)


 剣士の男は、相変わらず潰れた声で疑問を漏らしながら剣を構えた。

 ゴブリンたちも、大和スケルトンを殴り飛ばした一匹の他にもう一匹も警戒しながら構えている。この場合、警戒しているのは大和スケルトンではなく剣士の男であろうが。

 これにより、隠れて不意打ちしようと言う計画は完全にご破算となった。それどころか、前方の剣士、後方のゴブリンと言うこれ以上は無い最悪の状況になってしまったのだった。

二回戦開始の合図。

敗北イベント乗り切ったくらいで安心してはいけない。悪い事はひたすら続くものです。

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