第4話 初戦闘
なんだ、こいつ等は。
それが、最弱クラスのアンデッドモンスター“スケルトン”こと、生前の名を大和と言う魔物が目の前に現れた男達への最初の感想だった。
服装と言うよりは装備と呼んだ方がしっくり来る、まるでファンタジー漫画の世界から飛び出してきたような印象を受ける男達だ。後一、二歩で手が届くと言うくらいに接近してきている二人組みと、やや距離を置いた場所にやはり二人の男がいる。
大和スケルトンへもっとも近づいている男は髪の色こそ見慣れた黒髪であるが、何かの動物の皮で作られているような鎧を着ており、手には文句なしに銃刀法違反で通報できる刃渡りの長い刃物を持っている。
いや、刃物などと言う言い方は不適合だろう。アレこそ、漫画やゲームの世界でこそ一般的であるが、恐らく大半の人間にとっては一生縁のない剣と呼ばれる武器だ。
そのすぐ後ろにいる男も刃物を所持している。やや薄汚れた金髪の持ち主で、やはり黒髪の男ほどではないにしろ鎧のような防具を身に着けていた。刃物は剣と言うほどの刃渡りは無く、ナイフというのが丁度いいだろう。ただし、一般家庭で見かける刃物の代表格であろう包丁と違って、刺突も可能なように鋭く研がれているようだが。
この二人を前衛とするのならば、後ろの二人は後衛だろうか。
前衛の二人がゲームで言う所の戦士系ならば、後衛の二人は魔法使いだろう。二人とも、鎧と言うよりはゆったりとしたローブのようなものを身につけ、ご丁寧に手には杖のような棒が握られているのだから。
普通に考えれば、少なくとも地球的常識で考えるのならば歩行補助具か、精々コスプレの小道具だと思うべきなのだが……如何にもな戦士、しかも真剣を持っている二人を前衛に据えた魔法使いチックな男が持っている以上、魔法の杖なのだろう。そんなことはありえないと言う考えは、自分が歩く骨格標本になった時点で考慮する資格を失っている。
この四人にはもう一つ共通点がある。それは全身を青い光で覆っていることだ。それも、先ほどのウサギとは違い明確な意思の元に統率されているような印象を受ける。
(また光か……色はウサギと同じ。ただ明らかに違うな。性質と言うか量と言うか、そんなのが。……あー、これはどうしよう。どう見ても殺意むき出しの上に勝てそうに無いなこりゃ)
刃物を突きつけられて友好的な態度だと考えることは、さすがに大和スケルトンにはできない。ここで正しい対応は、握手を求めることではなく拳を握ることだろう。
闘争心と言うものが著しく欠如した時代の、無気力な人間であった大和スケルトンには本来難しい話だ。
しかし、その心配は不要だった。生きた人間を視界に入れた瞬間、先ほどウサギ殺しを行った時のように頭の中が殺意で満ちてきたのだ。
だが、同時に理性が危険を訴えてもいる。自分では、彼らに絶対勝てないだろうと。魂にまで刻まれた死への恐怖が、凶悪な魔物の本能を抑るほどに頭の中で警報を鳴らしているのだ。
(下手を打てば本当にあっさり殺されそうだな……)
戦いになれば自分は殺される。すでに死んでいるだろうと言うボケはなしにして、それが大和スケルトンの直感だ。数の段階で四対一と圧倒的に不利な上に、それぞれが如何にもプロですと言うような武装を整えているのだから勝てるはずも無い。仮に一対一だとしても、自分が勝つイメージを浮かべるのは難しいのだ。
そして、何よりも大和スケルトンが男達に脅威を抱いているのは、その眼だ。彼らの目には、大和スケルトンが生前に見ていた人間とはまるで違う光が宿っている。まさしく、生きる為に全力を傾けた戦士だからこそ放つことができる眼光なのだろう。
生前に見ていた人間には、大和を含めてあんな眼を持った人間はいない。惰性だけで、こうしろと言われたからやっているだけの人間にそんな眼をすることは不可能なのだ。
大和が知っている人間と言うのは、学校に行かないと現状維持を行えないと言われたから仕方なく日々を送っている学生か、そんな無気力な生徒に『義務教育などもう終わっているのだから止めたいのならば止めろ』などと実際に学校を辞めるなどと言う選択肢を持たない相手に語り、『もう中学生なのだから、もう高校生なのだから自覚と責任感を持て』などと一年おきに学年の所だけを変える無感動で空っぽな言葉を言う教師だけだ。
場所が変わろうが状況が変わろうが人間が変わろうが年齢が変わろうが、外見が違うだけのテープレコーダーなのではないかと思わされるような、同じことしか言わないし考えない人間だけなのだ。友好関係の狭さが滲み出ている人間観察である。
それが彼にとっては普通だったし、そんな普通が確立されてしまう程度には、教師の言葉なんて言われる前に予想がついてしまう程度には同じことを繰り返した。
話している相手は違うはずだし、成長もしていたはずだった。でも結局何も変わらなかった。小学生になろうが、中学生になろうが、高校生になろうが変化なんてなかった。
稀に俺は違うんだと言う様な覇気を持った人間もいたが、すぐに他の腐った魚のような目を持つ人間と同じになった。大和スケルトンには理解できない、理解したくない話だが、やはり惰性だけで生きているとしか思えない先生によると成長の結果らしい。現実を知り、大人になった結果らしい。全てが予想の範疇に収まってしまう、つまらない人間になることが成長というらしい。
大和と言う人間にとって、人間とは結局は誰もが同じ、何もが予想を外れない、生きている意味を見出せない存在だったのだ。
しかし、目の前の武装した男達は違う。眼を見ただけで相手の力量を察する――などという技術は当然持たない大和スケルトンでもわかるほどに差があった。惰性だけで生きている、平和と言う名の牢獄の中に彼らのような人間はいなかった。生命力とでも言うべき輝きを瞳に宿した人間などいなかったのだ。
だからこそ、実力や経験を度外視してもなお勝てる気がしないのだ。仮に自分に彼らを圧倒できる武器があったとしても、勝つイメージを浮かべることはできない。心の力で圧倒されてしまっているのだ。
戦力的にも心理的にも戦う前から敗北している以上、負け以外の道はない。そのくらい、喧嘩の経験も碌にない大和スケルトンにだってわかることだ。
然るにここは逃亡の一手が最上だとは思うのだが、何故か突然足に絡まってきた草やら蔓やらのせいで碌に動けない。まるで意思を持っているかのように絡み付いてくるため、先ほど男達が飛び出してくる前にも足掻いたが解くことはできなかったのだ。彼らの隙を突いて解くというのは不可能だろう。
しかし、所詮は足元に生えていた雑草だ。大和スケルトンはウサギと追いかけっこした時にも感じたが、骨の体は生前よりも身体的に強化されている。何故筋肉が完全に失われたのに身体的に強化されているのかは不明だが、その力ならば無理やり引きちぎることなら可能だと判断していた。
あくまでも、邪魔が入らなければの話だが。
(問題はやっぱりこの人たち。一歩踏み込めば俺を斬れるって所まで接近しておきながら様子を見るだけなのは警戒しているからかな? 俺だって動く人骨がいたら全力で警戒するし……いや、そもそも近づかないか)
逆に言えば、わざわざ剣を構えて目の前に立ったということは対処できる自信があるのだろう。そもそも怪しい動きをする植物からして目の前の男達の仕業かも知れないのだ。いや、大和スケルトンはそうだと確信していた。
小声で聞き取りづらかったが、大和スケルトンは『プラントバインド』と言う言葉を拾ってる。その意味を考えれば、足元の植物の説明もつくのだ。恐らく、後衛の二人の魔法か超能力か何かなのだろう。
ありえない話だが、受け入れるしかないのだ。停滞の時代の技術力なら、植物操作くらいできる――と考えることも可能ではあるが、そう言ったものとは違うとおぼろげながら理解しているのだ。何せ、後衛の大きいほうから出る青い光が足元の植物と繋がっているのだから。
「コイツ……動かないな。予測では突っ込もうとして転ぶはずだったんだが。……仕方ない、俺が仕掛けるからサポート頼む」
(酷いな。そこまで馬鹿に見えるのか……そもそも脳みそがあるように見えないか。正真正銘、能無しならぬ脳無しってことですか。 ……ん? そういえばなんで言葉わかるんだろ? 黒髪ではあるけど、顔立ちを見る限りどう見ても日本人じゃないし……)
ぼそっと小さい声で黒髪筋肉質の剣士が呟いた声を、大和スケルトンは拾った。多少でも知性があるのならば、足を固定された状態で走ろうとすれば転ぶことはわかる。その程度もわからないと思われているのかと一瞬怒りそうになるが、今の姿を考えればそれも当然かと落ち込んだ。
それと同時に、言語理解が可能であったことへの疑問が湧き出してきた。万能翻訳機と呼ばれる発明は存在しているので、本来なら外国人が日本語を喋ってもそれほど疑問に思うことはない。
しかし、黒髪剣士を見る限りその手のハイテク装備があるようには見えない。もちろん、服どころか肉も皮もない正真正銘一糸纏わない姿の大和スケルトンにだって持ち合わせはない。
翻訳機なしだと大和スケルトンは日本語以外ほとんどわからないので、彼が話したのは日本語と言うことになるのだが、黒髪剣士が日本人だとは考えづらい。大半のことは機械でどうにでもなるが故に、それが趣味と言うこともなければ自国語以外を覚える人間はいない世界にいたので、日本語の話せる外国人と言うのは思慮の外だ。
まあ、仮に日本語を身に着けた外国人だとしても、今の大和スケルトンに合わせて日本語を使うことはありえないだろうが。
しかし、詳しくそれについて考える時間はなかった。黒髪剣士は大和スケルトンとの後一歩の距離を踏み込みによって詰め、剣に青い光を宿して振りかぶり、剣道で言う所の面撃ちのような斬り下ろしを放ったのだ。
ただし、狙っているのは頭ではなく――――肩だ。
(あぶなっ!)
生前であったのならば、反応もできずに腕一本失うところであった。どうやら反射神経も精度を上げているようで、間一髪回避に成功した。
しかし、その代償として剣から飛びのくように上半身だけでの移動を行ってしまった。現在、大和スケルトンの体は大きく流れている。次の攻撃を回避するのは間違いなく不可能と言えるほどに無様な姿勢だ。
そして、その次の攻撃を行うべき人間もまた存在していた。
「スケルトンがよけた!? だが……ツヴァイク!」
「わかってる!」
黒髪剣士は攻撃を回避されたことに驚いた様子であったが、すぐに大和スケルトンの攻撃範囲からサイドステップで離れると同時に仲間に指示を出した。
その指示を受けたくすんだ金髪の男――ツヴァイクは、やはり手に持ったナイフに青い光を宿し、そのナイフによる突きを繰り出してきた。
(今度はよけられない。クソッ!)
体勢が悪すぎるためによけることは不可能だと判断した大和スケルトン。仕方なく、ナイフの軌道上に片腕を置いた。
腕を盾にすると意識したら、その途端に大和スケルトンから出る赤い光が腕に集まってくる。この光がどのような意味を持つのか大和スケルトンにはわからないが、この際なにかを期待して耐えるしかないのだ。
そして、青い光を纏ったナイフと赤い光を纏った腕が衝突する。その結果は――――
「ッ!? 弾かれた!」
(痛ったッ……くないな。でもちょっと欠けた?)
ツヴァイクのナイフは、大和スケルトンが盾にした骨の腕によって弾かれた。
しかし、その代償として唯でさえ崩れていた体勢がさらに崩れてしまう。追撃をされると今度こそ手がなかったのだが、しかし男達も深追いは危険だとでも判断したのか一旦下がり、仕切りなおしとなった。
(正直助かった……。必要以上に警戒されている気もするけど……脅えとかじゃないな。多分、無理をして大怪我するリスクを避けているんだろう。もしかしたら俺みたいなのに攻撃するのは初めてなのかな?)
とにかくお互いをカバーし、常に不測の事態に対処できるようにしか動かない男達の様子から、そうとう自分が警戒されているようだと考える大和スケルトン。
同時に、もしかしたら自分が何をするかわからないからそんな対応をしているのかもしれないと予想をする。
(だとすれば、その勘違いは全力で利用すべきだ。はっきり言って、俺は彼らへの有効な攻撃手段なんて何一つないんだからな……ハッタリでも使えるなら使うべきだ。……ついでに、予想以上の頑強さがあるみたいだな、俺の骨。痛覚をほぼ失っているのも、この状況ならありがたいと思うべきか)
本音を言えば、自分の腕にナイフが突き立てられると言う事態に一瞬痛みを感じた気はした。しかし、気のせいでしかなかったようで、実際は腕に何かが当たった感触がある程度であった。
弾かれたと言っても、衝撃でいくらか腕の骨が欠け落ちたのだがこれといって痛みを感じることはなかったのだ。もし生きた人間であったのならば、腕の骨を削り取られるなんて拷問に等しい痛みを感じるというのに。
(ちょっと欠けたとは言え……この程度で済んだのはラッキーと思っておくか。斬りおとされたかと思ったもんなぁ……)
彼は削れた部分に目をやりながらそう考える。そして、もう片方の手で傷口を撫でた。
大和スケルトンは、腕を盾にしたといってもそのまま切り落とされるくらいは覚悟していたのだ。それに比べればちょっと欠けるくらい大したことではないと思うことにした。
そんなことを考えるが、それどころではないことをすぐに思い出し、何とか逃げ出そうと頭を捻る。
敵対する男達も再び大和スケルトンの腕が届かない範囲まで後退し、なにやら作戦会議を行い始めたようだ。
「やっぱり硬いな。いくらスケルトンと言っても、骨の体相手に斬撃武器は無理があったか」
「斬る武器と言うのは、あくまでも肉や皮を切り裂くのがメインですからね。骨しかないスケルトンには効果が薄いのはわかっていたことです。と言うより、硬い外殻を持つタイプの魔物には刺突武器や斬撃武器よりも、ハンマーのような砕く為の殴打武器の方が効果的なのは当然なんですが」
「てか、あいつルードの攻撃よけたよな? スケルトンって回避行動とかとらないんじゃなかったの?」
(スケルトンってのが俺のことかな? 見たまんまの名前だけど……即席ネーミングなのか、辞典にでも載っている公用名詞なのか……。話しぶりから予想するに、俺以外にもスケルトンと呼ばれる……魔物……はいるみたいだし、後者だろうな。てか、やっぱり魔物とかいるんだ)
大和スケルトンは、逃げ出す為に足を拘束している植物と格闘しながら彼らの話を聞く。ここまで如何にもな戦士やら魔法使いやらが現れた上に、自身が歩く人骨だ。薄々予想はしていたが、どうやら魔物の類がその辺を歩いていることに違和感のない場所に自分がいるのだと大和スケルトンは確信を持った。
まるで漫画かゲームの世界にでも迷い込んでしまったのかと言うほどに非現実的な話であるが、否定する要素はないので受け入れるしかない。最低限の情報を集めた所で、大和スケルトンの頭に一つのアイデアが浮かんだ。
(こんなファンタジーなことが現実に起こっていることを踏まえれば……この赤い光は力の源的なものだろうか? あのウサギを喰らったときも力が漲る感覚があったしな。だったら――――)
先ほどから力ずくで草を引き千切ろうと努力しているのだが、思っていたほど先ほどまでのような力が出せない。その理由を赤い光だと当たりをつけた大和スケルトンは、自分を拘束している草を一瞬で千切るための力を出す為に、自身から出る赤い光の力を使うことにした。
先ほどツヴァイクと呼ばれる男のナイフを防御した時のように、足に意識を集中させる。すると、少しではあるが足に赤い光が集まった。
(よし……これでいけるか?)
「む? あのスケルトン、足元に魔力を溜めているぞ。俺の拘束魔法に反応がある」
「腐っても魔物ですか。魔力操作くらいはできるようですね、いくらスケルトンでも」
力を溜めていることが、最後列で草を操っていた体躯の大きな男にばれた。後衛の大きな男は大和スケルトンとは違って青い光ではあったが、ずっと光をコントロールして草を操っていたのだ。この力――魔力に関しての知識はどう考えても男達の方が深いだろうし、ばれてしまうのは仕方がないことだろうと大和スケルトンは開き直る。未知の力を頼る以上、どんな不都合があろうともさして驚くほどのことではないだから。
(この光、魔力なのか……。まあわかりやすいし、いいか。オーラとかも予想候補に入れてたんだけど。……んなことより、さっさと逃げよ)
恐らく十分な量の魔力を足に集め終わったと判断した大和スケルトンは、左足を軸に、気合を入れて一気に右足で円を描いた。その反動で、大和スケルトンを拘束していた草は千切れ飛ぶ。
(よし! 成功! 後は……逃げる!!)
男達に背を向けた格好になった大和スケルトンは、そのまま走り出す。足に魔力を集中させているせいか、大和スケルトンの想定よりも遥かに速く走ることに成功した。
そして、そのまま木の間を縫うように走り去ろうとする。
(おお! 速い! これなら逃げられる……!!)
「なっ! スケルトンが逃亡した!? ありえない! ……でも、もう下準備は整っています。≪湿地生成≫!」
(へ? ――ぬおっ!)
本人からすればかつてない高速移動を開始してすぐに、手にした杖を地面に突き刺した後衛の小柄な方が魔力を込めて叫んだ。すると、その途端に大和スケルトンの足元から青い魔力が噴出し、地面が泥の沼に変わってしまった。
(また魔法か! でも青い光……魔力なんてなかったぞ!?)
大和スケルトンは、魔力を感覚で捉えることはできない。ただ、魔力によってものを見るスケルトン特有の視覚能力によって魔力を視認できるだけなのだ。故に、地面の下を通すと言うように壁一枚挟まれるだけで感知することは不可能となってしまう。
そんな事情を知っていたのかは――少なくとも本人は知らない――不明だが、今回の魔法ではその弱点をピンポイントで突かれたと言えた。
完全に不意を突かれた形となった大和スケルトンは、無抵抗に足を泥の中に突っ込んでしまったのだった。そして、全力で走っていた為にそのまま前のめりに倒れてしまう。
(グッ! しまった……)
「おっし! お見事シノン。ナイスな手際だぜ」
「地中に水を発生させ、土を水で砕くことで擬似的な泥沼を作るだけの魔法ですけどね。湿地を作る、なんて大層な名前の魔法ですが、実際には泥の塊を作る程度ですし……」
「それで問題ないさ。足止めには十分だ」
今度は拘束されたわけではなく、ただ体勢を崩しただけだ。大和スケルトンは、慌てて立ち上がろうとする。しかし、そんな大きすぎる隙を見逃してくれるわけもない。
ルードと呼ばれていた最前衛の黒髪剣士が、今度こそと気合をこめて再び飛び掛ってくる。さっきは回避することができたとは言え、今度は避けられないだろう。地面に前のめりになって倒れこんだ状態から、大和スケルトンの体感ではまるで疾風の如くと表現すべき剣を回避できるわけがない。
そして、その剣にこめられた魔力も先ほどよりずっと多い。先ほどは弱弱しく剣を覆うと言う程度だったが、今度の剣には魔力だけでも十分な圧を感じさせているのだ。
「ハアァァァァァァ!」
放たれたのは、魔力を自らの肉体強化に使用した剣技。力を込めると言った人間ならば誰でもできる動作の延長ならば、魔力の扱いを知っているものなら誰でも強化できるのだ。特殊な魔法を使っているわけではなく、肉体を魔力を覆っている通常の姿そのままで放たれることから総称して≪結界≫と呼ばれている。
魔力を用いて初めて人は魔物に対抗することができる。故に、戦士、剣士であろうとも魔力を用いた技はある。特に特殊能力に頼らず肉体技術の延長で戦う者とは≪結界≫を極めんとする者と言うことであり、それこそがこの世界で言う戦士達である。肉体動作の延長であると言う点から、どうしても多種多様な魔法を操る魔法使いと比べて規模の小さな戦い方になりがちだが、それでも一流になれば生身で象と綱引きをし、一太刀で千体の魔物を斬ることすら可能にする技術である。
ちなみに、今ルードが放ったのは誰でもできる肉体動作の強化である≪結界≫を少しだけ魔法よりにし、武器にまでその強化を影響させる技術を駆使した斬撃だ。剣の切れ味を高め、同時にそれを振るう腕力も高めることができるのである。これもまた、武器を振るう魔力使いの基本中の基本だ。
(なんだ!? さっきよりも魔力が多いよな? 何かまた魔法でも来るのか!?)
とは言え、そんな単純攻撃であるとはまったく知らない大和スケルトンからすれば、ルードの剣は大量の魔力を込められた未知の攻撃だ。
寝転ぶ形になっている大和スケルトンを攻撃する為に剣を逆手に持ち刀身を真下に向け、先ほどとは違い人間で言う所の心臓を狙って打ち下ろすように放たれるルードの剣に対処する術など元からないので、あまり関係はないかもしれないが。
(待て待て待て! お願いだからちょっと待って! ああ、クソッ! 喋れない! ……こうなったら仕方ない。せめて、ちょっとだけでもかわす……!!)
立ち上がって完全に回避するには時間が足りない。和平交渉しようにも、声帯などないので声を出すことができない。
ならばと、匍匐前進の要領で少しでもダメージポイントをずらすことにした。現状においてどれほどの傷を負うと致命的なのかは不明であるが、少なくとも心臓――骨の体に心臓はないが――に剣を突きたてられるよりはマシだろうと判断して。
これが大和スケルトンにできる最善の策であったとは言え、回避に成功するわけではない。結果として、ルードの剣は大和スケルトンの左肩へと突き刺さった。
「よし! 効いたぞ!」
(ぬぅぉぉおぉぉ! さすがにちょっと痛い気がする!)
込められた魔力、そして剣の重量から自身の体重まで乗せたことでツヴァイクのナイフより遥かに高い威力となったルードの剣は、大和スケルトンの左肩を抉り、そのまま左腕を斬りおとした。
「うっし! 腕を落としたぞ!」
「これで目的は達成しましたね。証拠としては十分でしょう」
「うむ。これなら確実な物証となるだろう」
自分達の攻撃の成果が現れた為か、ルードの仲間達から歓声が上がった。
ルードは攻撃後、剣を泥と化した地面に突き立てる格好になり、大和スケルトンは腕を失いながらも弾かれたように右腕だけで立ち上がる。そして、今度こそ大和スケルトンは全力で走り出した。
(いやいや無理無理無理! 片腕落とされたよ。それでも大して気にならないこの体は便利なものだけど、これ以上つき合ってたら本当に殺されるでしょ!?)
剣を突きつけられる恐怖も、腕を斬りおとされる痛みも通常ではありえないほどに小さくなっている。そのおかげでこの森にやってきて最初に殺された時のように足がすくんで動けないということにはならないが、それでも単純な力が違いすぎるのだ。
素人の拙い心理戦など意味がないほどに、ハッタリなど使う暇もないほどに、彼らの力は大和スケルトンを遥かに凌駕していたのだった。
とは言え、実際には個人としてそこまで大きな力の差があるわけではない。仮に一対一で戦えば、十回に三回くらいは勝つ事もできるだろうと言う程度の差だ。
もっとも、現実では一対四なのだが。こうなってしまうと、もう一万回に一回勝てればいい方と言うほどの差がついてしまう。まあ最初から勝てないことなどわかりきっている話だし、大和スケルトンだって戦闘開始の瞬間から逃げるつもりで戦っていた。しかし、逃げることも難しいほどに単純な力以外の戦闘技術に差がありすぎるのだ。
結局、腕一本を失う大ダメージを負う破目になった大和スケルトン。二度目の逃走を謀った所で再び後衛の大きい男、ラザエフの魔力に変化が生じる。また足止め、拘束のための魔法を使うつもりなのかとチラチラ後ろを見ながら警戒するが、しかし実際に事が起きる前にルードが声を上げた。
「いや、深追いは止めよう。目的は果たしたんだ」
「そうですね……あのスケルトンはおかしすぎます。さっさと回収して離れるべきでしょう。逃げるというのならこれ以上追う必要はありません」
逃げる大和スケルトンに、これ以上追撃の意思を見せない男達。目的とは何なのかと大和スケルトンは頭の隅で考えるが、逃がしてくれるのなら気が変わらないうちに早く逃げようとそのまま逃走した。
(逃がしてくれるとはありがたい……。でも、その顔は絶対忘れないからな! ……にしても左腕なくしちゃったんだけど、これからどうしよう……)
森の木を縫うように素早く離れる。自分の腕が失われたというのにそれほど焦燥の念が浮かんでこないことに疑問を持ちながらも、そのまま男達を目視できなくなる距離までとにかく走り続けるのだった。
◆
「……どう思う?」
魔物の発生地として有名なドルア樹海の中で、冒険者チーム『ホークウィンド』が戦闘終了時の点検、警戒をしながら会話していた。
正体不明のスケルトンとの戦いを終えた感想を、リーダーであるルードがチームメンバーに聞いているのだ。
「俺に難しいことはわかんないけどよ、戦った感触としては全然大したことなかったよな。ま、アンデッド種って奴が頑丈なのは厄介だったけど」
「アンデッドだからと言うわけではなく、スケルトン種だからですけどね。しかし、弱いことは弱かったんですが……」
なんとも歯切れの悪いシノンの言葉。しかし、言われずともこの場にいる誰もがその先は察していた。
「下級アンデッドが逃げる……というのがなんとも解せんな。もしや、本当にあのスケルトンを囮にして俺たちを誘い込もうとしていたのか……?」
結果だけ言えば文句なく勝利と言える勝負であったが、しかしその行動は不自然すぎた。
ラザエフの言葉はこの場にいる全員が感じていることであり、それ故にこの場で会議でも行いたいと言うのが正直な心境であった。しかし、スケルトンとの戦いの前に注意されたことをもう忘れるほど馬鹿でもない。
「詳しいことは安全な場所で、ギルドに報告してからにしよう。目論見通り、いや、それ以上に大きな証拠も手に入ったしな」
そう言って、ルードは泥の中に転がっている骨を拾う。人の腕のように見える、かなり大きなものだ。言うまでもなく、先ほどのスケルトンから斬りおとした戦利品である。
「でもさ、それ持っていって『この腕を持っていたアンデッドがいたんです』って言っても信じてもらえんの? 正直俺の目には人の腕にしか見えないんだけど……森の中で白骨化した死体を見つけたの間違いだろって言われる気がすんだよね」
ツヴァイクが、ルードの手の中の骨を指差しながら疑問を口にする。
珍しく理にかなったことをツヴァイクが言ったせいか、一瞬動きが止まる一同。しかし、その心配自体は的外れであることもあり、すぐに復帰する。
「その心配はないですよ。ツヴァイクさんも、人と魔物では魔力の質が違うことは聞いたことありますよね?」
「ん? ああ、そんなこと聞いたことあるような気も……」
魔法を使い、戦闘の痕跡を消しながらツヴァイクへ講義を行うシノン。武器を敵に当てた前衛二人が歪んでいないか等の簡単な武器点検を行う間に、魔法を使って周囲にこの場で誰かが戦っていたと知られないようにしているのだ。
何故そのようなことをするのかと言うと、戦闘の気配を察知した第三者が戦闘跡から情報を得ると言うのはよくあることだからだ。
実際に使う自分達の能力は隠しておくのは冒険者にとって常識とも言えることであり、戦闘跡から使える魔法の種類・能力を知られないように細工するわけである。
このドルア樹海の浅い部分に住む魔物にそんな知恵はないので要らない心配と言えばそうなのだが、冒険者の敵は魔物だけとは限らない。
冒険者と言えばそれなりに腕が立つことは確定しているのだが、同時に高価な装備を持っていると言う事も確定しているのである。赤貧弱小冒険者であるホークウィンドでさえ、身に着けている剣や鎧を全て売り払えば数ヶ月は飲み食いできる儲けになるだろう。
故に、盗賊の類が冒険者の情報を収集し、襲ってくることもある。普通に考えれば返り討ちになる可能性が高い強者相手だからこそ、徹底的に情報を集めた上で行動に移す訳である。
だからこそ、冒険者たちは宣伝になるが具体性はない情報――名のある魔物を打ち倒した、強力な武具を持っているなど――は積極的に広めても、実際に使用する魔法の類に関する情報は極力隠すわけである。
そんな作業は手馴れたものであり、ラザエフと協力しながらシノンも手を休めずに話を続ける。
「終わったぞ。そっちはどうだ?」
「あ、はい。もう泥も消し終わりました」
「散乱した植物の廃棄も終了した。いつでも動けるぞ」
「じゃあ行くか」
各自の戦後の後処理は終了し、四人は町へと戻る為歩き出した。
来たときと同じように警戒しながらだが、先ほどの戦後処理の中には戦闘の気配を嗅ぎつけて寄ってきた者がいないかと言う警戒も含まれている。
ラザエフの魔法的な感知のおかげで周囲に敵影無しと出ているので、シノンは気楽に話を続けた。
「実際に、特殊な手段で魔力探査を行うと違いは一目瞭然だそうですよ。私はそんな魔法は使えませんし、その手の道具に縁があるわけでもないので話しに聞いただけですが」
「それってラザエフはできんの? 魔力探査とかの魔法使えるっしょ? てか使ってたよね?」
歩きながら解説を続けるシノンの言葉に、ツヴァイクが思いついたように質問した。
「いや、残念ながら俺の魔力探査は量を調べるだけでな。人と魔物との差なんぞはわからん。……俺の知ってる話だと、魔力の視認能力などでわかるらしいな。色が違うそうだ」
魔力を調べると言う魔法ならラザエフにも使えると思い出した言葉だったのだろうが、ラザエフの返答は使えないとのことだった。
その代わりにラザエフは新しい情報を提供してくれた。その情報を拾い、シノンが解説を続ける。
「ラザエフさんの言う通り、視認することができれば色でも区別できるそうですね。他にもいろいろあるそうですが……まあ、とにかく区別できることを覚えてください」
「ん、それで?」
詳しく……というよりも、細かく難しい話をするだけ無駄なのはお互いに長い付き合いでわかっている。そのあたりの細かい話は割愛して、シノンは核心に入る。
「魔物とは、世界魔力が集まって産まれます。その特異な魔力は例え死んだり、あるいは分離したとしても失われないんですよ」
「つまり……魔物は死んでも魔物のままってこと?」
「その通りです。今回のスケルトンは死亡……消滅したわけではありませんが、同じことです」
死者の特性を持つ魔物に死亡と言う言葉を使うのは正しいのかと一瞬悩み、一応言葉を変えたシノンはそのまま続ける。
「普通に肉眼で見ても人間の骨にしか見えないその腕だって、ギルドで正式に調べてもらえば魔物のものだとはっきりわかるわけです。その腕は、私たちがこのドルア樹海でアンデッドモンスターに遭遇したと言う何よりの証拠になってくれるでしょう。まあ……この森以外から持ってきただけと考えることも可能ではありますが、いくら低級冒険者の言葉と言ってもそこまで疑われることはないでしょう。一応、正規登録された冒険者なんですし」
「いいや、頭の固い偏屈ジジイどもが相手だとわからんぞ? 森に入った証拠なら……今日倒したアイヴィの蔦がある。鮮度を見れば今日とったと証明されるだろう。どんな偏屈でもこれだけ物証があれば納得するはずだ」
一通りの回答を得て、ツヴァイクは納得したような顔を作る。
本当に理解できているのか若干不安ではあったが、ルードはそろそろラザエフの魔法によって感知した安全地帯から外れるために一行へと声をかけた。
「話はそこまでな。ツヴァイクは周辺の全体警戒。シノンは中央で側面警戒、ラザエフは先導を頼む。俺は殿な」
「了解」
ホークウィンドは森の出口へと向かう。手に謎の魔物の一部を持って。町への情報を伝える為に。
今更森から出ることもできないほどに未熟ではない。この情報は確実にドルア要塞都市持ち帰られるだろう。その結果がどう転ぶのかは、まだ誰も知らない。
言葉がわかるくらいのサービスはしよう。
でも、お前に喋る力は無い!