第3話 初遭遇
少々特殊なスケルトンという魔物が森――ドルア樹海で道に迷って彷徨っていた時、冒険者チーム『ホークウィンド』は、ドルア樹海で戦闘を行っていた。
「セイッ!!」
両刃の片手剣を振るう戦士、チームリーダーのルードが剣の一太刀で巨大な植物を斬り裂き、後ろへと跳躍した。
反撃を警戒してのことだったが、その植物は傷口からミシミシと音を立てながらゆっくりと崩れ落ちていく。そして、どこかに口がついているのか、植物の魔物は断末魔の叫びを上げて倒れた。
「お? やったか?」
「油断は禁物! 警戒は解かないでください!」
「心得ている!」
ルードのサポートに当たっていたホークウィンドのチームメンバーは、後方で警戒を続けていた。全員が自分の武器を構えた臨戦態勢である。
剣で斬られ倒れたとは言え、魔物の生命力は常識はずれだ。倒れたからといって油断すれば、後ろを見せた瞬間あっさり殺されかねない。彼らが倒した相手に警戒を解かないのは、そんな理由だ。
殺した相手からは魔力の吸収が行われるため、それさえ感知できれば死んだ振りは通用しない。しかし、普通魔力を目で見ることはできない上に、雑魚魔物一匹殺した程度ではその魔力量は微量すぎて自分でも強化されたのか判断できないのだ。
しばらく倒れたままの植物魔物を警戒していたが、どうやら本当に死んだらしいと判断した警戒、斥候と言った探索系の技術に長けるツヴァイクが警戒を解いた。それを見た残り三人も、少し気を緩める。
「……ん。大丈夫だ。こっちを騙そうって感じはないぜ。ほんとに死んでる」
「そうですか。……ふう、やはり始めて戦う魔物と言うのはそれだけで緊張しますね」
「この魔物は――アイヴィだったか」
彼らが倒した魔物は、成人男性の半分ほどの大きさを持ち、棘付きの蔓を振り回す植物だ。植物でありながら、足の役割を持つ蔓を使い自力での移動も可能にする魔物である。外見を説明すれば、ムチのような蔓が沢山ついた葉っぱの塊と言うところか。
「やっぱり未知の魔物を相手にするというのはいい刺激になるな」
「うむ、緊張感が違う。やはり、いつものゴブリンだとなんだかんだ言って緩んでいたと言えるようだ」
「そうですね。……ところで、解体どうします?」
目論見どおり、未知の魔物との戦いはいい経験になると話していたとき、シノンは魔物の死体を指差した。
解体とは、文字通り魔物の死体を分解することだ。
基本的に、生まれたての魔物を殺したところで同じ力を持った魔物がすぐに生まれるために報酬が出ることはない。魔物退治で金銭を得るためには、人に害をなすと判断された――集落のすぐ側に巣を作ったなど――魔物を正式な依頼の元に討伐するか、進化種と呼ばれる発生した段階では存在しない、力をつけた魔物を討伐するかだ。
こんな森の中で暮らしている魔物に討伐依頼が出るはずもなければ、アイヴィは正真正銘産まれたての雑魚である。そんな雑魚を倒したと言うだけではなんの得にもならない。ちょっと強くなるだけである。
だからこそ、魔物を倒したのなら解体する必要がある。その強靭な魔物の体から入手できる、様々な分野で求められる素材を取り出さなければいけないわけだ。
「そうだな……ゴブリンと違ってここでやっても問題ないかな」
「植物だしな。そう目立つことはあるまい」
通常、魔物や野生動物が近くにいる場所で解体作業を行うことなど自殺行為だ。解体時に大量に出る血の匂いに惹かれ、危険な存在を集める結果になるからだ。
事実、彼らがゴブリンを狩ったときも死体をわざわざ町まで運んだほどだ。もちろんその状態で戦闘行為など行えないので、一回戦うたびに森から出る必要があった。もう少し金銭的に余裕ができれば荷物運び専門の人員である冒険者見習いを雇うこともできるのだが、残念ながら彼らにそんな余裕は無いのである。
しかし、植物モンスターであるアイヴィなら問題ない。森の中で植物を傷つけた所で周囲の注目を集めることはないからだ。これでアイヴィの体液は強烈な匂いを発するというような事情があれば話は変わるが、先ほどの一撃でもそう言った問題は確認されていないし、そう言った心配の必要がないことは事前に調べてある。
「アイヴィって価値があるのは蔓だけという話でしたよね?」
「ああ。蔓の頑丈さ以外は見るところがないってギルドの情報では――――どうした?」
解体に関する情報確認を行っていたとき、ルードがツヴァイクの考え込むような顔を見て疑問の声を上げた。
ドルア樹海のような魔物の領域において、ホークウィンドではツヴァイクの危機察知能力は生命線の一つだ。罠発見に罠解除、敵発見と言った戦闘以外の分野で優れる探索系である彼の様子がおかしいと言うことは、危機が迫っていると同義なのだから。
何か危険な魔物の気配でも感知したのかとルードは気を張るが、ツヴァイクの顔に困惑はあっても危機感がないことに気がついた。
「いや……何かが暴れるような音が聞こえるんだ」
「何か? 同業者か魔物同士の食い合いじゃないのか?」
ツヴァイクの言葉を聞き、困惑した表情になるルード。ツヴァイクは修練により、常人よりも鋭敏な聴覚を持っている。そのため、自分に聞こえない音がツヴァイクには聞こえていること自体に疑問はない。
しかし、発言内容には大きな疑問を覚えた。彼はツヴァイクの言葉を、何者かが戦闘を行っていると解釈したのだ。
ホークウィンドと同様、この森で狩りを行っている冒険者は珍しくない。また、魔物同士が縄張り争いや餌の確保、あるいは進化のための魔力獲得と言う目的で殺しあうことも珍しくないのだ。
そのため、森の中で戦闘行為が行われていると言うだけならば何の不思議も無い。いつも通り、同業者であれば不干渉、魔物同士の食い合いであるのならば手負いのところを襲って漁夫の利を得るのが普通だ。そこまで考え込むことではない。
その常識があるからこそ、ツヴァイクが警告することなく困惑していると言うことが理解できないのだ。
そんなルードの疑念を晴らすためか、ツヴァイクは多少まごつきながらも状況を説明するのだった。
「いや、戦ってる感じじゃないんだ。文字通り、暴れてるって感じでさ。周囲への警戒なんてかけらもないって感じの大暴れ。多分ここからだと距離も相当あると思うんだけど……俺の警戒範囲ギリギリって感じ」
「となると、生息する魔物が変化するほどの距離ではないと言うことか。それでも十分距離があると言えるが」
ツヴァイクの言葉に、いつの間にか解体作業を行っていたラザエフが反応した。いくら探索系と言っても、所詮最下級ランク冒険者であるツヴァイクの警戒範囲は常識の範疇だ。彼らの調べた魔物の生息地域が変わるほどまではカバーできない。
だからこそ異常な話だと、ルードが考えるように呟いた。
「妙だな……。こんな森で無意味に大きな音立てるなんて……」
「確認するべきかもしれませんね。解体も終わりましたし」
ますます困惑を強める二人に、シノンが問いかける。腰に下げている鞄に切り取ったアイヴィの蔦を入れており、周囲の警戒を行っていた二人が話している間にラザエフと二人で作業を終えてしまったようだ。
魔物がすむ森で自分の居場所をアピールすることなどありえないと言っていい。考える頭を持っていないゴブリンですら、本能でそのくらいのことは理解している。
そんなバカなことをする理由は一つしかない。絶対的な強者である場合だ。自分の居場所が知られたところで、誰一人逆らうものがいないのならば何の問題もない。
まあ例外的に、思考能力もなければ生物としての本能すら持っていない存在であると言うことも考えられるが。
(回避するべきか……? この辺りに進化種が現れたってことも考えられるしな……。しかし進化種がいるならいるで確認しないといけないし……)
そんな強者がいるかもしれない。その可能性があるのならば、シノンの言うとおり調べるべきだとルードは考える。
この場所は脅威度10程度の魔物しか産まれない場所だが、魔物は生涯産まれた場所を離れないわけではない。時に餌を求めて、時に進化の結果もとの場所が住みづらくなって別の場所へ移動することがある。
もし強力な進化種がこんな低レベルの魔物しかいないとされる場所にいるのだとしたら、速やかに上級冒険者による討伐を行う必要がある。放って置けば、自分達を含めて何人の犠牲者が出るかわからない状況になりかねないのだから。
「……見に行く必要があるか……」
「しかし危険だぞ? 迂闊に近寄れば殺されるかもしれん」
ラザエフの言う通り、当然危険だ。未知な上に、強大かもしれない魔物に近づくのだから当たり前だが。
そんなことは当然ルードだって承知している。改めて数秒考えるが、それでもルードはチームメンバーに指示を出した。
「……よし。見に行こう。ツヴァイクを先頭にして視認できるギリギリの所までだけどな」
「りょーかい。周囲の警戒は任しとけ」
ツヴァイクのほうを見ながら、ルードは指示を出した。ツヴァイクが了解の意を示したことを確認したルードは、次にシノンとラザエフを見て指示を出す。
「二人は魔法を頼む。シノンは情報収集、ラザエフは隠蔽だ」
「わかりました。恐らくターゲットも私達には気がついていないでしょうし、見つからないように情報収集ですね」
「ふむ。了解した。では俺も気配を隠す魔法を使っておこう」
大まかな役割を決めた上で、ホークウィンドは森を進み始めた。
その鋭敏な感覚をさらに研ぎ澄まし、警戒を行っているツヴァイクを先頭に隊列を組んでの移動である。その後ろで、小規模な回復や植物操作を行うことができるラザエフが自分達の存在を悟られないように魔法を使っている。
基本的に戦闘専門の技能しか持っていないルードと、こういった移動に役立つ魔法を覚えていないシノンは、殿として後方警戒だ。
森の中を警戒しながら移動すると言うのは、想像以上に精神的疲労が溜まり、時間をとられるものだ。
しかし、何だかんだ言ってもホークウィンドは半年と言う歳月を森の中での命をかけた戦闘行為に当ててきた。その経験は、現状でも問題なくその成果を発揮している、
ツヴァイクの先導もあり、魔物と遭遇することもなく十分ほどでターゲットを視認した。
「……なんだありゃ?」
まだターゲットを目で捉えることができるのは視力にも優れるツヴァイクだけだ。他のメンバー達の目には特に怪しいものは見えていない。
そのツヴァイクが立ち止まり、そんなことを呟いたためにメンバー達は口々にツヴァイクに説明を求めた。
ツヴァイクとしても、説明することに問題はないのだろう。なんていやーいいのか、と言う言葉に続けて口を開いた。
「えっとな、骸骨だ。骸骨が走り回ってる」
「が、骸骨? つまり……アンデッドってことか?」
ツヴァイクの言葉にルードが目を見開いて、されど大声は出さないように小声で驚いた。
地球であるのならば、骸骨が動いているなどと言っても冗談と言われるか精神病院に連れて行かれるかのどちらかだ。しかし、この世界でならば動く骸骨が存在していることに何の不思議もない。
それでもアンデッドがいると言う情報にルードが驚いた訳は、この森にはアンデッド系の魔物は存在しないからだ。
ドルア樹海で確認される魔物は、強さに差があれど獣系、亜人系、植物系、虫系のいずれかだ。つまりアンデッド系の魔物がいると言うことは、十中八九外の地域からやって来た外来種であるということになる。
「アンデッド……脅威ですね。自分の発生地から離れると言うことは、間違いなく意思を持っている……。そんな上位種がこんなところにいるなんて……」
与えられた情報から、最悪の結論を出したシノンが青い顔で呟いた。
アンデッド種は、基本的に思考能力を持たない。これは、多少進化した種であっても変わらないことだ。アンデッドとは、特殊な感知能力によって命ある者を襲い続けるだけの存在なのだから。
そして、進化によって構造が変わり、環境的、魔力的に住みづらくなるということがない限り、魔物にとって一番住み心地がいいのは産まれた場所であると言われている。よって、よほどの事が無い限りは発生地から動くことは無いのだ。
アンデッドの場合、それは特に顕著だ。生命活動を行っていないアンデッドは、基本的にどんな環境でも問題なく活動できる。それこそ毒の沼の中だろうが、灼熱の砂漠だろうがお構いなしだ。もちろん食事もしないため、餌の問題で移動するとは考えられない。
いや、そもそも活動に不具合が出るから移動するなんて事がないと言った方が正しいか。生物であるのならば当たり前に持っている、死の危機から逃れようとする生存本能と言うものを持っていないのだから。仮に住んでいる場所が水に沈むことになっても、逃げることすらしないだろう。
そんなアンデッドが自発的に産まれた場所を離れる理由として考えられるのは二つ。より多くの生命も気配を感じ取ったときか、自分の意思で移動を考えたときか、だ。
アンデッドに知性はない。それなのに自分の意思で移動すると言うのは矛盾しているが、何事にも例外はあるのだ。
それは、上位種の存在である。上級モンスターなど縁のないホークウィンドでも知っている有名所で言えば、死者の魔法使い――リッチや、吸血鬼――ヴァンパイアだ。
これらのアンデッドは、人間をも上回る知性を持っており、一回二回進化した程度の進化種とは比べるのもおこがましいほどの絶対強者だ。脅威度1000を超えるようなバケモノを相手取れるレベルの冒険者であっても善戦すらできないと言えるほどに。本当に現れたのならば、人類最高峰の実力者がチームを組んで挑む必要があるクラスの強敵である。
ガルド帝国から見れば遥か格下の小国の話ではあるが、一体のヴァンパイアによって国が滅ぼされたことがあると言えば、その脅威がわかるだろう。
「こんな場所にそのような化け物がいるとは……」
ラザエフもまた、震える声で内心の恐怖を吐露した。
自分の意思でドルア樹海の極浅い場所に、つまりは大勢の人がすぐ近くにいる場所にいながらまったく気取られない高い知性を持ったアンデッドがいる。その場合、最悪のケースはドルア城塞都市の全滅である。
さらに先を考えれば、そのまま国内へと進行され、被害はさらに広がることになりかねない。また、魔物の進行を止める役割を持っているドルア城塞都市がなくなったことによる二次被害も無視はできない。
そこまで考えた所で、唯一件のアンデッドを視認しているはずのツヴァイクの今一緊張感のない声が発せられた。
「いや、ちょっと待ってくれ。どうも様子がおかしいんだよ。なんて言うのか、そんな強そうに見えないって気が……」
「どう言うことだ? こんな所にいるアンデッドが弱いわけがないだろ? 魔力が弱いってことなら、気づかれないように力を抑えているんじゃないか?」
ツヴァイクの言葉に、ルードが反論を述べた。
魔法による探索を任せたラザエフにはそのような強力な存在が感知できた様子はないので、恐らく何らかの方法で探索系の魔法やスキルを阻害しているから弱そうに見えるんだろうという意見だ。
しかし、そこまで言われてもツヴァイクの表情は釈然としないものだった。
「なんだよ。何かあるんなら言ってくれ。何でその骸骨が弱そうだと思うんだ?」
「えっとな、何でと言えば……ウサギを追いかけてるからだ」
「…………は?」
ツヴァイクの言葉に、ルードは思わず警戒を忘れるほどに唖然としてしまった。命の、そして国の危機の話だったはずが、いきなりなんともほのぼのとした話になったのだから当然である。
「ツヴァイクよ。お前が夢の世界の住人なのはわかったから正気に戻ってくれ」
「いやいやいや、そう言うことじゃないの! 俺が残念な人みたいに言わないで! そしてその労わるような目はやめて!」
斥候の技術を無駄に活用し、小声で叫んだツヴァイク。
この場にまったく見合わない言葉に、元々残念な男だったがとうとう本物になってしまったのかとルードが割と本気の心配をしたために若干涙目だ。
「そんな平和な話じゃなくて! 本気で殺意みなぎらせて野ウサギ追い掛け回してんの! 骸骨が!」
なんとか不名誉な誤解を解こうと、ツヴァイクは必死に自分の見たものを伝える。
今度はしっかりと伝わったのか、ルードたちはそれぞれ自分の中で情報を咀嚼する。周囲が沈黙に包まれ、各自の頭の中でいくつも矛盾のある考えが浮かぶ中、チームの頭脳であるシノンが沈黙を破った。
「ツヴァイクさん。それは、一定以上の知恵あるアンデッドが他の生物を殺す際には甚振ってから殺す傾向がある……ということとは関係ないのですか?」
これが最終確認。アンデッドの性質を考えると、これ以外に納得のできる説明はできない。このシノンの考えが外れているのならば、正真正銘理解不能の事態と言える。
そんな確認にも、ツヴァイクははっきりと否定の意思を示した。
「違うね。アレは本気で捕まえようとして逃げられているだけだな。スタミナの差でいつかは追いつくだろうけどよ、見ている限りお互いに万全の状態ならウサギの方が早い」
「……そりゃ、超がつくレベルの雑魚だな」
ツヴァイクの報告をそのまま受け止めた場合の感想をルードは述べた。
通常、高いレベルで魔力との親和性がある魔物は、それ以外の生物を遥かに上回る。これは人間も例外ではなく、訓練により魔力を自分の武器として使えるようにならない限りは最下級の魔物だって脅威となるのだ。
冒険者として少ないながらも魔力による強化を行っているホークウィンドのメンバーだからこそ、その力の恩恵の大きさは体で理解している。
仮にホークウィンドのメンバーでウサギ狩りを行えば、誰が出ても秒単位でしとめる自信がある。さすがに熊や虎といった魔力云々を除いた所で人間との差が大きい動物となると軽くとは行かないが、それでも勝つ自信はある。
つまり、当たり前だが魔力を使えるように訓練などしているわけもないただの野ウサギなど、産まれながらに魔力の使い方を身に着けている魔物ならばむしろ軽く倒せなければおかしいのだ。
「そこまで来ると逆に怖いですよ。どれだけ弱っていようが意志を持ったアンデッドが野ウサギに苦戦するなんてありえないですし、いったいなんでこんな所にいるのかが不明になります」
「考えられる理由としては……誰かが何らかの目的で連れてきたか、あるいは魔力的環境の変化でこの森にアンデッドが発生するようになったか……」
「いえ、誰かが連れてきたのはありえますが、環境の変化はないでしょう。もし発生する魔物が変わるほどの変化が起きたのならば、気がつかないはずがありません」
「とすれば、誰かが連れてきたという線が濃厚か……。しかし、何のためだ?」
チーム内で魔法的な知識を持つ二人が何とか説明をつけようと話し始めた。
現状ではわからないことが多すぎるが、誰かが連れてきたとしか思えなかった。そうとしか思えないのだが、しかしそんなことをする理由がわからないために二人はますます首を捻る。
「それは……わかりませんね。はっきり言えることは、死者たるアンデッドを使おうとしている時点でまともな考えの持ち主ではないことくらいですね」
「一番分かりやすいのは死者支配の魔法を使うネクロマンサーだな。もしそんな奴がいるのならば、是が非でも捕まえるべきだと思うがどう思う?」
もし魔法を使ってアンデッドを使役するネクロマンサーがいるのならば捕まえるべきだ。そのラザエフの提案に、ツヴァイク以外のメンバーが同意を示した。
「なんで? そのねくなんとかって犯罪者なの?」
「アンデッドはアンデッドを呼ぶ……。アンデッドの発生条件は、世界魔力の属性が死に偏っていること。つまりは戦場跡や墓場と言った死体が山のようにあるところに発生するわけですね」
「だから?」
「特に、本物のアンデッドの近くでは何よりも死の力が強くなる為に、連鎖的にアンデッドを産み出します。故にアンデッド使役魔法は禁術と定められ、これを使った者は思い罰を与える……大陸共通条約に明記されていることです。文化維持のための術の継承、あるいは改良と言った安全を確保した許可を取った上での研究目的でもない限り、死者使役魔法なんて使っただけで死刑になってもおかしくないんですよ。分かったらちょっと黙っててください。今は大事な話の最中です」
「はい……すいませんでした……」
今はツヴァイクの無知にツッコミを入れている時間も惜しい。そんな感情を見せるシノンの早口な説明に気圧された様子のツヴァイクは、これ以上何も言うこともなく正体不明の骸骨の監視に戻った。
「だが本当にネクロマンサーだと思うか? 正直そんな雑魚を使役するのではメリットがデメリットを遥かに下回ると思うのだが」
「ええ。元々死者支配魔法は実に習得の難しい魔法です。わざわざ周辺国家を敵に回すリスクを犯さずとも、そんな魔法が使える力量があるのならば、雑魚モンスター一体分の力くらい遥かに上回るほどの実力を持っているはずです」
死者支配魔法と言うのは魔法の中でも上位に属する。一概に難しい魔法が使える者が強いとは言えないが、それでもそこまでの魔法が使えるのならばスケルトン程度の魔物では手元におく意味が無い。
わざわざ使役しなくとも、スケルトン程度ができることなら自分でできるからだ。何せ、これと言った特殊能力も持たない上に、身体能力も魔物としては下位の下位。
アンデッドであると言う点以外何も見るべき所が無い雑魚など、自分の手を汚したくないのだとしてもそんな高位魔法を使う労力には見合わないだろう。
「ならば……アンデッドを集中的に一箇所に集め、アンデッド発生の連鎖を起こそうとしていると言うのはどうだ? いくら雑魚でもアンデッドに違いはないのだから、数を集めて適当な野生動物でも殺し続ければいつかはアンデッドの大量発生を引き起こせると思うのだが」
「理論上はありえなくはないですが……かなり難しいと思います。ラザエフさんの言いたいことは、アンデッドを一箇所に集め新たなアンデッドを発生させるループを作り上げる禁術中の禁術、かれこれ数百年前の戦争で使われたと言う今では書物の中にしかない大魔法儀式≪死の領域≫のことでしょうが、アレには使うだけでも国家レベルの力が必要なはずです。ましてや、使いこなすことなど……」
ラザエフはとりあえず死者支配魔法から連想できることを言ってみたのだが、それはありえないとシノンに否定された。
言った本人も内心ありえないと思っていたのか、特に気を悪くした様子も無く話を続ける。
「確かに、ガルド帝国がそんな自分の首を絞める真似をするはずがないか。あの禁術は敵国内に大量のアンデッドを発生させることで敵国を根絶やしにすると言うものだったはずだが、史上唯一≪死の領域≫を使った国家も、結局大量発生し続けるアンデッドを掌握できずに滅んだのだったか……」
「このガルド帝国内で、ガルド帝国以外がそんな大規模なことを悟られずにできるはずがありません。そして、唯一それを行えるガルド帝国にはそんなことをする理由がないんです。過去の歴史では超広範囲破壊魔法を使い、多くの犠牲を払って鎮圧させたとありますが、今の時代にそんな非常識な破壊魔法は残っていませんからね。もし≪死の領域≫が発動したりすれば、下手すれば人類が、いやこの大陸中の生物全てが絶滅する恐れがあります」
この世界には魔法が存在しているが、しかし現代に伝わる魔法とは数百年前のものに比べて程度が落ちると言われている。絵本の世界の話ではあるが、過去に起こったとされるとある大災害により多くの超高位魔法が失われたのだ。今では本当にそんな事件があったのかを立証できる証拠も証人も無い為に、そもそもそんな規格外の魔法は元々存在していないと言う者も多い話であるが。
まあどちらにせよ、もしアンデット連鎖発生が起こったとすればそれに対処する術はない。それだけは間違いのない事実である。
「そうだな……ありえぬことを言ってすまぬな」
「気にしないでください。今は思いついたことを少しでも出し合いましょう。事実、私にもなぜこの森にアンデッドがいるのか説明をつけることはできていないんですから」
「うむ……ではこういうのはどうだろう――――」
魔法使いとしては実に興味深い話なのだろう。魔物も出てくる森の中でアンデッド談義をシノンとラザエフは続けるのだった。
そんな二人の会話にまったく入っていけない魔法分野への知識の無いツヴァイクとルードは仕方なく周囲の警戒をしていたが、ついにツヴァイクがぼそりと愚痴をこぼした。
「なあ? ルード。俺たちも何か会話に入りたいな。俺たちみたいな学のない奴には用はないみたいだけど」
「お前と一緒にするなって言いたいとこだが、魔法の知識なんて専門家でもなければないからな。二人の判断を黙って待ってろ……いや、二人とも一旦話を止めてくれ」
口出ししてはいけないと言おうとした所でルードは一旦言葉を切り、口元を手で隠すようなポーズを取りやや考える。そして、今やるべきことを整理した上で、再度口を開いた。
「え? 何ですか?」
議論を交わしていたシノンは、いったい何用かと疑問の声を上げる。楽しい魔法議論に水を差されたせいか、少し声に不機嫌さが現れていた。
「その話、ここでする意味はあるのか?」
「それはそうでしょう。もしかしたらとんでもない危険があるかも……」
どう考えても、現在の状況は異常だ。だからこそ、よく考える必要があるとシノンは考えているのだろう。
しかし、そんなシノンの言葉に、ルードは首を振った。
「そうかもしれないが、それはもっと上の連中に考えてもらうべきだ。ここで話してもなにか確信ある仮説を立てられるのか?」
「それは……無理です。今ある状況証拠だけでは予想としか言えません」
「なら止めとけ。そもそも、そんなことを考えるのは俺たちの仕事じゃないしな。俺たちが今やるべきなのは、ここにアンデッドがいたと言うことを町に知らせることだろ」
現状の全てを解き明かす必要は無い。自分達の仕事を見誤るな。ルードが言っているのはそう言うことだ。
冒険者として、身の程をわきまえない勇み足は死に直結することを叩き込まれているからこその言葉。シノン、ラザエフも冒険者としてそれはよくわかっている為に、ハッとした様子でルードに同意した。
「まあ、確かにそうだ。ここで話すことではなかったかもしれん」
「すいませんでした。こんな場所で好奇心を優先させてしまって」
「謝る必要はない。二人の話はお偉いさんへの報告に有効活用させてもらうしな。ただ、話は安全な所で頼む」
「はい……」
「んで? どうするよ」
冷静さを欠いた二人への軽いお説教を済ませたところで、件の骸骨を監視したままツヴァイクが改めてどうするかをチームに問う。
「セオリー通りなら速やかに町に帰還だが……。ツヴァイク、そのアンデッド、勝てると思うか?」
「んー……。まあ問題ないと思う。そろそろ野ウサギとの追いかけっこも終わりそうだけど、アレに負ける気はしねーな」
「だとすれば……狩るか」
「ええっ!? それは危険では? 対アンデッドの装備もなければ作戦もありませんよ。それにあくまで仮説ですけど、場合によっては複数のアンデッドが表れることも考えられます。もしかしたら、そのアンデッドをここに連れてきた強力な罪人魔力使いが出てくることまで考えられるんですよ!?」
現状の危険性を訴え、早急な決断が必要だと判断したルードの大胆な意見。しかし、あくまで仮説の領域を出ないと言っても、様々な事態を想定しているシノンが待ったをかけた。
だが、そんな意見を無視し、ルードは真剣な顔で自身の提案の必要性を訴えた。
「だが、そのアンデッドの一部でも持ち帰ることができれば他の人間に信用してもらいやすくなる。はっきり言って木っ端冒険者の俺たちの話だけでは信憑性がないからな。何か一つ証拠が欲しい」
「でも、危険です!」
彼らホークウィンドは冒険者として登録されているものの、信用はゼロだ。これは、人間性に信用がないという意味ではなく実績がないということだ。
名声を高めることは冒険者にとって上に上がる絶対条件。そのため、嘘偽りの自作自演で自分の力をアピールしようとする下級冒険者と言うのも存在するのだ。
命をかけるのが当たり前の冒険者稼業では、実力に見合わない仕事など死期を早めるだけの愚行であるのは言うまでもない話だ。虚言で得た名声によって仕事を得るなどその危険性を理解している者ならばするはずも無いのだが、稀にそんなことも理解していない愚者がいるのである。
だからこそ、アンデッドモンスターが存在しない森も中でアンデッドを見た、などという話を持ち込んだところで信用してもらえない恐れがある。そのためにルードは、アンデッドが存在したと言う証拠を求めているのだった。
しかし、それを説明されてなおシノンは反対する。証拠を得ようとして全滅しましたでは笑い話にもならないのだから、その心配はルードにもよくわかる話であった。
そんな二人は暫し口論になるが、監視したまま聞き流していたツヴァイクの発言によって中断される。
「いんや。大丈夫だと思うぞ? あの骸骨に近寄りたくないんだろうけど、あの騒音地帯の周りから他の魔物の気配はない。もちろん、お前らの言うアンデッドの気配も、魔力使いの気配もな」
「いえ。もしかしたら気配を隠す魔法で隠れているのかもしれません。その雑魚アンデッドを囮にして獲物を釣ろうとしているとも考えられます!」
「いや、それはないだろう。アンデッド使役魔法を使っていることを知られることが一番のリスクだ。そんなことでアンデッドを動かすとは考えられん」
斥候としての能力を持つツヴァイク、そして自分と同等かそれ以上の魔法の知識を持つラザエフにまで反論されたシノン。その考えに矛盾は無く、黙り込んでしまう。
そんなシノンに、ルードは優しく語りかけた。
「一回落ち着けシノン。思慮深いのは美点だが、考えすぎなのは欠点だぞ」
「そうそう。もっと頭空っぽにした方がいろいろ楽だぜ」
「……ツヴァイクさんのようにはなりたくありませんが、確かに考えすぎてましたね。確かに、アンデッドを囮にする訳がありません」
考えすぎで頭が固くなっていたシノンも、ルードの忠告とツヴァイクの軽口で肩の力を抜いた。そして、お約束であると言うようにツヴァイクへの憎まれ口と共に、自分の意見を引っ込めた。
「では改めて、リーダーとして意見するぞ。件のアンデッドは俺たちでも倒せると思われる。また、アンデッドがいたという確固たる証拠も欲しい。故に、俺たちホークウィンドはアンデッドへの攻撃を行う。目的は体の一部の獲得、可能ならば討伐だ。異論はあるか?」
「ないぜー。丁度ウサギさんも追い詰められたみたいだし、行くなら先導するぞ。今なら気づかれにくいだろうしよ」
「分かりました。私も賛成です」
「俺もだ。元々ここにきたのも経験を積むためだしな。一つアンデッドとの戦闘経験を積むのもいいだろう」
「……よし、行くぞ」
チームメンバー全員の意見が一致した所で、ホークウィンドは動き出した。
先ほどと同じ隊列を組み、ばれないようにゆっくりと近づいていく。
「……どうだ? 気づかれてないか?」
「ん、微妙だ。ウサギ殺しからしばらくは動かなかったんだけど、今は俺らから逃げるように移動してる」
「偶然反対方向に移動しているだけか、それとも俺たちから離れてるのか」
「いえ、アンデッドが私達から逃げるということはまずないでしょう。間違いなく知恵のない下級アンデッドでしょうから、逃げるという発想自体がないはずです」
「じゃあただの偶然か。でもさ、移動速度はこっちの方が上だからよ。そのうち追いつくだろ」
「そうだな。じゃあ追いついたらラザエフ、頼むぞ」
「うむ。魔力探査の魔法での実力測定と、捕縛魔法だな」
進みながら、小声で現状確認と予定の確認を行う。
そうこうしている内に、戦闘のツヴァイクが指で前を指した。
「……っと。もう見えるだろ」
「ああ、見えた。確かに骸骨だな。何の装備もない人骨……スケルトンか?」
「外見から判断すれば、そうですね。有名な最下級アンデッド……ゴブリンクラスの脅威度一桁級です」
「雑魚の中の雑魚だな。どうだ? 魔法の結果は」
ツヴァイク以外のメンバーにも視認できる距離まで近づいた。外見的特長から、実際に見たことはほとんど無いものの、最下級アンデッドであるスケルトンだと断定する。
知識の上では問題なく勝利できる相手であるが、ルードは念のために内在魔力を調べているラザエフに確認を取った。
ルードの質問に対し、ラザエフは今一信じられないと言いたげな表情で答えた。
「……ある意味信じられないくらいだ。今まで見てきたゴブリンを下回るぞ、これは。魔力だけで判断するのならば、脅威度3と言ったところか」
「産まれたてかよ。どんだけ弱いんだ……」
その結果は、ツヴァイクにすらわかるほどの弱者であると言うものだった。発生したての一番弱いゴブリンと同等と言う所なのだから、その感想ももっともである。
ある意味期待を裏切られた為か、なんとも緊張感が抜けてしまった。一応、魔力使いとしては下位に属するラザエフの探知魔法を誤魔化すことはそう難しくは無く、力を隠されているからそんな結果が出たのだと言うこともありえないわけではない。
しかし、その可能性は著しく低いだろう。そもそもここにホークウィンドがいること自体偶然であり、その中に魔力探査の魔法が使える者がいるのも偶然だ。魔法だってただで使えるわけではないので、常に魔法妨害の魔法をかけているなどありえないからだ。
とは言えそんな緩みも一歩間違えれば死の理由になりかねないので、ここはリーダーのルードが活を入れる為に小声で注意を呼びかけた。
「まあ弱いならそれにこしたことはない。一応、どんな能力を持っているかわからないし、慎重に予定通りに行こう。ラザエフ」
「心得た。……≪植物の束縛≫」
ラザエフの植物操作魔法によって、骸骨の周囲にあった草や蔓が骨の足に絡みつく。
一応、その対処によっては即時撤退も考えるべきだとルードは考えていたが、これと言って強化されているわけでもないただの植物相手にジタバタするだけで解除することはまるでできていないようだ。もはやあらゆる面から見て、雑魚確定だと判断した。
「よし……いくぞ!」
前衛としてルード、そのすぐ後ろにツヴァイク、やや距離を置いてシノンとラザエフという、ホークウィンドの基本隊列を維持したまま、ついに彼らは正体不明のアンデッドと向かい合った。