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艱難辛苦の人外生  作者: 寒天
人間 止めました
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第1話 彷徨う骸骨

 自分を囮に使った元クラスメート三人に憎しみをたぎらせた骨の化け物。生前の名は大和。彼は、森の中を二足歩行する人骨と言うなかなかにホラーな光景を作りながらも非常に困っていた。


(……どこだここは)


 一言で言えば、迷子である。外見こそ恐怖の化け物だが、彼は中身は特徴の無い普通の人間なのだ。当然と言うべきか、森歩きの知識やサバイバルの経験などをまったく持っていない。

 その結果、人外となって恨みを原動力に動き出すなどと言うスタートを切っておきながら、初めの一歩から躓いているのであった。

 現在地は非常に木々が密集した場所であり、空も見えないほどだ。星の位置から方角を割り出すような知識は最初から持ち合わせていないとは言え、そもそも今が昼なのか夜なのかもわからない有様である。これでは大和でなくとも道に迷う以外の選択肢など存在しないだろう。

 もっとも、今は太陽が燦燦と輝く真昼間なので星はあまり関係ないのだが。だか、それでも太陽が見えさえすればわかった事もあるだろう。なんと言っても、空に浮かぶ太陽の周りには、さらに四つもの小さな光があるのだから。

 言うまでもないことだが、地球から見える太陽は一つだ。そこにお供など存在せず、太陽を囲むように光る四つの星など存在しない。もし突然そんなものが現れれば、知らぬ者はいないと言うほどの大騒ぎになるだろう。

 つまり、彼がいるのは地球ではない。俗に言う、異世界と呼ばれる場所なのだ。

 まあ、動く人骨――スケルトンと呼ばれる魔物――が存在している時点で異世界以外のなんなんだと言う話かもしれないが。


(前が見えてるだけでもありがたいと思うべきかな……。これで前も見えない暗闇とか言われたら、永遠に彷徨う破目になっただろうし)


 そんな事を考えて自分を慰めてはいるが、実を言うとこの森には日の光が届いていない。つまり、普通の人の目ではまともにものを見ることはできないのだ。完全な暗闇では無いが、よほど森に慣れた人間でなければ視界に不自由を感じるのは間違いないだろう。

 それでもスケルトンとなった大和――大和スケルトンは道にこそ迷っているが、前を見ることそのものには不自由していない。

 何故なのかと問われれば、スケルトン種だからだとしか言えない。そもそも眼球が存在していないので前も後ろも見えるわけが無いのだが、それでも視力を得ることができる不思議なモンスターだとしか言えない。医学的には説明不可能な化け物だからとしか言えないのだ。

 そして、その謎の視力には光が必要ないのだ。故に、大和スケルトンはほぼ闇の中である森の中で、平然と迷子していられるのだった。

 似たように、視覚以外にも聴覚を補う能力もある。それ以外の五感は全て死んでいるが。死んでいる為に、食事を取る必要もないために味覚はなく、異臭を感知する必要はないので嗅覚もなく、痛みを感じる必要もないので触覚もないが。

 そんな現状であっても、大和スケルトンは全く違和感を感じない。もちろん大和スケルトンは、今の自分には肉も皮も、そしてもちろん眼球も存在しないことはわかっている。それなのに視力が存在していることに疑問を覚えないのも、そのような人間であったときには持っていなかった能力を使っているのもまた、魔物に変質した影響である。それが当たり前なのだから、疑問を持つはずがないのだ。


(あー暇だ。ホンットに暇だ)


 大和スケルトンは、頭の中で暇だ暇だと愚痴りながら歩き続ける。暇だとしか思わないことが、やはりどれほど異常なのか気づきもせずに。

 深い森の中を歩くのは、平地を歩くよりも体力の消耗が激しい。ましてや、人の手の入っていない森だ。一歩足を進めるたびに蔓に足をとられ、枝で傷つくことになる。

 それで暇だとしか思わない――疲れたと言う言葉が出てこないのは、大和スケルトンが死者(アンデッド)だからだ。死人に疲労はなく、傷つく肉も持たないので、森歩きで消耗することを全く考えなくて良いのである。

 当然のように空腹とも無縁の存在であるので、このまま何時間彷徨っていても肉体的な問題はない。しかし、精神的な話は別だ。

 元々ちょっとおかしい男であり、また魔物の精神に変質しているとは言っても、基本が人間である以上つらいものはつらい。あくまでも、ベースは人間なのだ。


(はぁ……。なんかもうどうでも良くなってきた。もう何時間歩いてんだろ……)


 つまりどういう事かと言うと、大和スケルトンとはちょっと人外的趣向を持った飽き性の男だということだ。その飽きやすさは、自分の怒りにすら及んでいた。

 要するに、今の大和スケルトンは当初抱いていた怒りすら萎むほどに精神的に疲れていたのであった。自分の敵を討つのだなんて復讐心が、感動的なドラマも親友の説得もなく勝手に萎んでいたのであった。


(……もう何時間森の中をグルグルグルグル周ってるんだ? 本当に俺は出口に向かっているのか? 同じところを回っているとか言うオチじゃないだろうな……)


 更に二時間ほど時間が流れる。森で目覚めてからの合計ならば、もう五時間に及ぶ時間をひたすら道に迷うことに費やしていた。その結果、大和スケルトンはとことんネガティブになっていた。

 恨みに満ちていたときとは比べ物にならないほどに足取りも重い。始めのころは力強く駆け抜けるというべき疾走であったが、今ではトボトボというのが相応しいほどに弱弱しく歩いている。

 どこまで行っても木と草しかない森歩き。もしやコレは賽の河原と同じく、同じことを延々と繰り返す地獄の罰なのではないかなどと考え始めたそのとき、初めて変化が起きた。

 鼓膜なんて存在しない大和スケルトンの耳が、不審な物音を拾ったのだ。


(な、なんだ!? お化け!?)


 今まで変化を望んでいた割には驚いたのか、一瞬体を硬直させる大和スケルトン。心霊現象が否定されていようがなんだろうが、怖いものは怖い。

 光がなくとも見えるスケルトンの視覚能力でも、光量はある程度把握できる。つまり、自分のいる場所が薄暗いと感じているのだ。薄暗い森の中で不審な物音を聞けば、誰だって怖いだろう。

 たった数時間でこのテンションの下がりようは、薄気味悪い森の中にいたためにアンデッドの精神変化が感知しないレベルで怖がっていたためでもあったようだ。自分が否定のしようもないお化け同然の存在であることを忘れているあたり、ただ抜けているだけかもしれないが。

 それでも本来恐怖を持たないアンデッドであるために、すぐに硬直をといて物音がした場所を注視する。

 ……光の届かない森の中で赤い光を灯す眼窩を使い、動く人骨が一箇所を見つめていると言う光景の方が物音よりもはるかに怖いと言うことは言うまでもない。


(いったいなんだ……? 何かいるのか……?)


 物音がしたのは間違いない。さらに、理由はわからないが何かいると言うことが彼には確信できた。

 何かがいる方向へゆっくりと足を進める。すると二、三歩歩いたところで物音のした場所から白い何かが飛び出した。この森で出会ったのは自分を殺した四本腕の化け物だけであったために、思わず身構える。が、正体を確認してすぐに気を緩めた。


(なんだ、ウサギか……)


 現れたのは、何の変哲もないウサギであった。いや、野性のウサギと言う時点で都会っ子からすれば珍しいものなのだが。そもそも野生動物なんて概念が消滅した時代出身なので、それそのものが驚きの対象ではあるのだが。

 まあ、四本腕の凶器を所持した人骨に比べれば大した事は無いので、驚きが薄いのもまたしょうがないだろう。少なくとも、大和スケルトンには危険なものとは思えなかったのだから。

 とは言え、例え小型でも野生動物を侮るのは危険だ。愛玩動物と呼ばれるような生物であっても、実は外見からは想像できない力を持っているものなのだ。人間とは自分が思っている以上に弱い生き物であり、一対一なら犬にも劣る生き物なのだから。

 もっとも、大和スケルトンは人間では無いが。ましてや、震える体を精一杯使ってこちらを威嚇する姿を、どう見ても脅えている姿を見せられれば恐怖しろと言う方が無茶だ。

 その姿は、まさに殺されたときの自分そのものなのだから。


(ただの愛玩動物ね。興味ないし、とっとと先に――ッ!?)


 これと言って思うところはなかった大和スケルトンは、無視して立ち去ろうとした。だが、その瞬間全身から血のように赤い光が噴出し、彼の精神までも侵し始めた。

 今こそ化け物になっているが、本来の大和と言う人間は決して残虐非道なシリアルキラーではない。何があろうが殺生は許されないのだとは言わないし、肉も魚も平気で食べる男ではあるが、生き物を見れば殺してしまいたくなるというような異常者ではない。

 ましてや気色悪い虫などであるというのならともかく、愛玩動物とも言えるウサギが自分に脅えている姿を見せられて殺意など湧くわけが無い。精々、困り顔になって立ち去るくらいしかできることはないはずのだ。


(なんだ!? 頭がぁ……!!)


 しかし、今の彼にはそんな考えはなかった。否、考える力がすさまじい勢いで削られていった。ここにいるのは、大和と言う人間が元になったアンデッド。つまり、命を憎む狂気の化け物なのだから。

 死してから初めて出会った生物(いのち)。それを見た瞬間、この化け物は狂おしいほどの飢餓感を味わうのだった。


(ガ、ガアァァァァァァァ!! なんだ! なんなんだ!?)


 モヤがかかったように思考が妨げられる。人間としての理性が塗りつぶされる。そんな状態で、大和スケルトンは改めてウサギを見た。


(殺す……コロスコロスコロス!)


 強烈な渇望が、大和スケルトンを支配する。ただただ、目の前のウサギを、命を壊したいと本能が叫ぶ。目の前の生物に食らいつきたいという思いが、理性を押しのける。いや、むしろ自分の中から湧き上がる絶対的な欲望に心地よく身をゆだねる。

 弱弱しいと言えるほどに希薄な赤い()()が骨の体を覆い、より凶悪性を増していく。同時に、足に力を溜めるように大和スケルトンは前傾姿勢をとった。

 狂気とでも言うべき殺気に反応したのか、ウサギは威嚇行動をやめて一目散に逃げ出す。野生に生きるだけはあり、なかなかに早い。

 少なくとも、生きていたときの大和が捕まえることは不可能な俊敏性だ。ましてや森の中をその小さな体で逃げられては、何の道具も仲間もなしでは触れることすらできないだろう。


(ガアァァァァァ!!)


 そんなことはお構いなしに、筋肉の存在しない足に溜めた力を解放し、骨の体はただ本能だけで獲物に向けて矢のように飛び掛った。

 ウサギからすれば、その姿はまさに恐怖そのものだろう。狙われているウサギは、掴みかかろうとするその一撃を必死に回避した。


(ニガスカァ!!)


 回避されて苛立ったのか、大和スケルトンは眼窩に宿る禍々しい赤い光をより禍々しく光らせ追撃をかける。しかし、ウサギはそれを更にまた紙一重で逃れていった。


(フンッ! ハァ! グルァ!!)


 腕を鞭の様に振るい、周囲の障害物(しょくぶつ)ごとウサギへ腕を叩き付ける。だが、残念ながら力不足であり、その腕は障害物を無視できるほどの威力は持ち合わせていない。なぎ払う事もできずに腕の方が失速し、ウサギに届く前に拳が死んでしまう。

 そんな理性が無くなったからこその無駄な動きも多々あり、飛び掛っては逃げられることを繰り返した。そんな命がけの追いかけっこを、大和スケルトンとウサギはひたすら続けていった。

 何度避けられても、逃げられても大和スケルトンの勢いは止まらない。いったいどのような理屈があるのか、骨の体はひたすら動き続ける。

 常識的に考えれば動くはずのない肉のない体で生前よりもはるかに早く動き、大和スケルトンはウサギを執拗に追い続けるのだった。


(ニゲルナァ! シネェェェェェ!!)


 殺意むき出しで、愚直な突進を繰り返す。理性の欠片も存在していないことが手に取るようにわかる、直線的な動きで。

 まあ見失っていないだけでも本来のスペックから言えば大したものなのだが、何か別のものに取り憑かれているように一秒でも早く目の前の獲物を手に入れることを渇望する今の大和スケルトンにとってそれは何の慰めにもならない。

 どれだけ早く走れるようになっていようが、捕まえることができないのならば意味がないのだ。大和の人格だけならば自分がここまで強い欲望を抱けることで充実感を得られるのだが、スケルトンとしては獲物を捕らえて初めて満足することができるのだから。


(コロス! ニガサナイィィィ!!)


 狂気を高ぶらせ、化け物としてウサギを追い続ける大和スケルトン。しかし、いくら追いかけても触れることすらできない。それも当たり前だ。

 多少早くなったとは言え、スポーツ経験すら碌にない男が野生動物を素手で捕らえることなどできるはずもない。あるいは獲物が反応することすらできないほどの身体能力があれば話は別だが、残念ながらこの骨の体にそこまでの力はない。

 幾度か繰り返した追いかけっこの結果、そんなことはわかっているはずである。それでも、スケルトンは策の一つも練る事は無く、どちらが獣であるかもわからない突撃を繰り返すだけであった。


 一見すると野ウサギにスケルトンが一方的に遊ばれているようにも見える光景であるが、実のところそう言う訳でもない。

 疲労と言う概念を持たないアンデッドであるために疲れ知らずに我武者羅な突撃を繰り返してきたスケルトンに対し、ごく普通の生物であるウサギは当然疲労する。

 今まで余裕を持って回避に成功してきたとは言っても、徐々に疲労によって動きが鈍りつつあるのだ。

 アンデッドに襲われたのならば、追いつかれないほどの速さで逃げ切るか、何らかの方法で動きを封じる必要がある。

 当たり前だが、魔物と言うわけでもないただのウサギにそんなことはできない。いくら程度が低いとは言え、仮にも魔物であるスケルトンに勝っているところなど小さな体を駆使した小回りのよさと、敏捷性くらいなものなのだ。

 その俊敏性に関しても現段階で、言ってしまえば火事場の馬鹿力と言えるほどの力をウサギは搾り出している。それでも引き離せないのだから、実のところこのウサギの運命はほぼ決していると言っても過言ではない。

 厳密に言えば活動には赤い光――魔力が必要なので、アンデッドとは言えスタミナが無限にあると言うわけではない。肉体が疲労することはないとは言え、魔力切れになれば回復するまでは動くことはなくなる。

 しかし、ただのウサギのスタミナが尽きるよりも早くそれが訪れることはない。


 そして、特にイレギュラーが起こることもなく十数回の攻防の果てに、ついにその小さな体を骨の腕が捉えたのだった。


「キー!!」

(クカヵカヵヵカカ!!)


 最後の抵抗なのか、ウサギは叫び声を上げて短い手足を必死に振り回す。

 そんな愛玩動物が自分の手の中で苦しんでいると言うのに、スケルトンとなった大和は罪悪感など感じるのも時間が惜しいと言いたげに、両腕でしっかりと獲物の体を固定し力を入れる。

 メキメキと体を締め付ける音が、やがてバキバキと骨を砕く音に変わり、血が噴出す音へと変わる。その禍々しい力は、その小さな命を奪ったのだった。


(……え? ……なんだ!? 手の中でスプラッタッ!!)


 ウサギを完全に殺すと同時に、魔物としての本能が薄れ、人間としての理性が戻ってくる。

 自分の――大和としては認めたくないが――血まみれの骨の手の中で、力ずくで潰されたウサギの骸。その惨い姿を見たのならば、真っ当な人間なら気を悪くするだろう。ましてや、自分の手でこのような惨劇を行ったと言うのならなおさらだ。

 しかし、正気に戻ったにも拘らず、激しく驚きはしたものの大和スケルトンに罪悪感の類はなかった。

 普通の人間なら個人差はあれど、罪悪感を抱くだろう。しかし、心で感じていたのはまるでその逆。めったに食べられないご馳走を食べた後のような満足感、そして充実感だけを味わっていた。

 何故自分はこんな残酷なことをしてしまったのかと言う事実を、理性的に頭で考えることはできる。だが、心では何も感じてくれないのだ。繰り返すだけの日常に心で何も感じないのは常であるが、こんな残酷なことをしてなお歓喜以外は何もないのだ。


(力がわいてくる……満ちてくる! 何だこの感覚は。この……ウサギ? から流れてきているのか?)


 幸福感や全能感とでも言うべき得体の知れないものが満ちてくる原因を、今殺したウサギ……と思われる肉塊ではないかと大和スケルトンは考える。

 今まで感じたことのない飢餓感を感じたのも、それが満たされた今の幸福感もこのウサギが現れてからのものなのだから、その考えは妥当であろう。そう考えた大和スケルトンは、未だに両手で掴んでいるウサギだったものを見つめる。

 飛び出した骨、潰れた内臓、滴る血。慣れていない人間であるのならばそのまま気絶してもおかしくないものを何の感慨もなく眺めていると、微弱ながら青い光が死体から自分のほうへと流れていることに気が付く。


(なんだこれ? 光……だよな? ん? 俺のそばに来ると赤くなってるな)


 少量ながらもウサギの死体から流れ出る青い光の一部が、大和スケルトンの骨の体から発する赤い光に変わって取り込まれているのだ。

 正体不明の光が自分の中に入ってくると言うのは少々恐怖ではあるが、それ以上に流れ込んでくる光が湧き上がる力の正体だと感じ、大和スケルトンは心の中で笑みを作る。


(コレか、コレが欲しかったのか。あの感覚は……!)


 何故知りもしない正体不明の光を理性が消し飛ぶほどに求めたのかと言う疑問を少々残しながらも、今味わっている満足感があれば別に気にすることもないかと彼は自己完結する。

 死者と言う特性を持つ魔物の本能に飲み込まれると言う、自分自身の喪失と言う何よりも恐怖と言える事実に気がつくこともなく満足感を得ていた中で、わずかに物足りなさを覚えた。


(確かに力がわいてくる感覚はあるが……何かが足りない?)


 程よい満足感を味わいはしたが、本能と言うべきものがまだできることがあると訴えかける。まるで、肝心のメインディッシュを食べずに前菜だけで食事を終えようとしているような物足りなさだ。


 彼は知らないことだが、この世界には常識を覆すスキルと呼ばれる特殊能力が実在する。

 魔物、人間、動物問わず発生する可能性を持つそれは、強力な怨念ともいえる思いによって大和スケルトンの中に芽吹いたのだ。

 そのスキルは、無意識に使っていたようなスケルトン種固有のものではない。大和と言う人間が生み出した、復讐心を元として作り上げられた、この大和と呼ばれたスケルトンだけの固有スキルだ。

 そして、自らの思いで作り出した力は手足のように使うことができる。十全に使いこなせるかと言うのとはまた別だが、生まれたばかりの生物が誰に教えられることもなく呼吸をし、立ち上がるように発動させることができるのだ。


 大和スケルトンが自分の中から湧き出る何かを掴みかけていた時、ウサギの死体から魂が離れようとする。停滞の時代ですら、その存在を否定することも肯定することもできなかったものが。

 自身も死した存在である為か、大和にはそれを目にすることができた。弱弱しい青い火の玉のような魂を見た瞬間、大和ははっきり理解する。

 自分の中の何が騒いでいるのかを。自分の中に、何が生まれたのかを。そして、自分が何をしたいのかを。


(……これを、食いたかったのか)


 生きてきた時代の常識で考えれば鼻で笑って否定すべき魂と言う存在を、大和スケルトンは無意識に認識する。

 そして、大和スケルトンはスキルの発動を念じる。彼の中に目覚めたスキル、相手の全てを喰らい尽くすと言う怨念の結晶≪魂喰らい(ソウルイーター)≫の発動だ。

 大和スケルトンが把握した能力は至極単純。殺した相手の魂を捕食しそれを力に変えると言う、ただそれだけの能力だ。魂すら喰らいつくし、死後の安息すら許さないおぞましいスキルだ。

 スキルの存在を認識すると同時に、自分に纏わりつく赤い光がエネルギーであることを認識する。それこそが自分に必要なものだと理解した大和は、目の前で逃げ出そうとしているように見える弱弱しい魂に手を伸ばし、スキルを発動した。


(発動……≪魂喰らい(ソウルイーター)≫!)


 スキル発動と念じたその瞬間、骨の手から赤い光――魔力が伸び、魂を捕獲する。

 そして、そのまま手の中に納まった魂を口に運ぶ。スキルを使った捕食であり、本当に食事をするわけではないので別に口に運ぶ必要はないのだが、それは本人の気分だ。

 舌も喉もない口に入れた魂が分解され、魔力に還元される。その瞬間、先ほどの吸収を遥かに上回る満足感が大和スケルトンの心に広がった。


(ハ、ハハハハッ! さっきの比じゃない! これは素晴らしいぞ!! 最高だこれは!)


 大和スケルトンは、体中に満ちてくる力に歓喜の雄叫びを上げた。声帯が無いので実際に声として出すことはできないが、心中で狂おしい叫びを上げたのだ。

 もちろん、これといった力を持っているわけでもないただの小動物の魂にそこまでの力はない。それでも、少々特殊な力を持っただけの低級モンスター、スケルトンには十分過ぎるパワーアップだったのだ。

 弱弱しい魂一つ分と言う、ある程度の力の持ち主であれば鼻で笑う程度の魔力上昇ではあるが、それでも殺した際の魔力吸収に比べれば遥かに多いのだから当然ともいえる。


(もっとだ! もっとコレを食いたい……ん?)


 死して初めて心から望むと言う経験を得た大和スケルトン。正しく知った“欲望”と言う感情に身をゆだねようとした時、また何かを聞きつけた。何か大きなものが草木を掻き分けるような音であり、実にゆっくりとした警戒とも索敵とも取れる感覚を大和スケルトンは覚える。

 もっとも、音を拾うために人外の能力を使用しているから気づいたが、その意味までは所詮素人である大和スケルトンにはわからない。

 それでも一つ言えることがあるとすれば、このかすかな音を立てながら動いている何者かは、確実に大和スケルトンの方へと向かっていると言うことだ。


(何かが来るな。目的は俺か?)


 考えてみれば、静かな森の中で暴走同然に追いかけっこをしたのだ。その騒音は、耳をふさいでいても聞こえていただろう。

 この森の生態系は不明ではあるが、もし先ほどのウサギとは違い食物連鎖の上位に属するような猛獣の類がいた場合、確実に気づかれたはずだ。


(面白い、また食い殺して……って、待て待て待て。何かやばい気がするぞ。いろんな意味で)


 興奮のままに近づいてくる何者かを殺してやろうと危険な事を考える大和スケルトンだが、今は比較的理性が戻ってきている。故に、自分の考えの危険性を自覚し、首を振るのだった。

 今大和スケルトンに向かって近づいてくる誰かは、まるで気配を消しているように小さな音しか立てない。これは、獲物に奇襲をかけるためではないかとも考えられる。

 となると、先ほどのように何もすることができない小動物とは考えにくい。そのような食われる側の生き物が、派手に動き回る人間サイズの化け物の近くにいるはずがないのだから。


(これは……逃げるべきだな。またあれを食いたいのは事実だけど、だからって無差別に殺しまわるとか危なすぎだろ。それ以前に自分が食われたら元も子もないし……俺のどこを食うのかって気はするけど)


 自分自身が壊れていることを自覚し、大和スケルトンはそれを心底恐ろしいと思う。まるで、心の底から人間ではなくなってしまったようではないかと。

 そもそも近づいてくる相手に自分が勝てる保障は無い。むしろ、状況証拠だけで言えば狩られるのは自分だと考えた方がいい状況だ。

 必死に“自分”を考えた末、彼は逃げることを選択したのだった。


(音は立てないように、ゆっくりと忍び足で……って、うまくできてる気がしない)


 大和スケルトンは、音を立てずにその場から立ち去ろうとする。しかし、いくら音を立てないようにこっそりと移動したつもりでも、所詮は森歩き素人。ガサガサと音を立てての移動となるのはどうしようもないことだ。

 当然、追跡者にもバレバレだったのだろう。原理不明ながらも耳が拾ってくる音がついにすぐ近くまで迫り、こうなったら走って逃げようかと思ったそのとき、追跡者の声と異変が大和スケルトンを襲った。


 ――――≪植物の束縛(プラント・バインド)


 そんな、大和スケルトンからすれば理解不能な言葉が聞こえたと同時に足元の植物が突然動き出し、その骨の足に絡みついた。


(な、なんだこりゃ!?)


 足が固定されてしまった大和スケルトンは、声の方向を確認するためにも何とか首を後ろに回す。骨のみで動いている体の理不尽さを証明するように180度回転したのには本人も驚いたが、おかげではっきりと見ることができた。

 そこにいたのは、漫画の中から飛び出してきたような武器防具を身に着けた四人の男達であった。

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