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決行日

 施設から未来を取り戻す。その決行日。


「お前まで巻き込んで悪いな」

 無駄に豪華なベンツの車内で竜神は冷泉にそう言った。

「いや、相談してくれてよかったよ。ボクも未来の力になりたい。酷い目にあう前に助けてあげたい」

 冷泉は前を向いたまま竜神に答えた。


 研究所から逃走した未来を匿うのに冷泉の力を使う。


 一生隠し通すのは無理だが、一週間、二週間程度なら警察を押さえられるだけの力が冷泉家にはあった。

 竜神が所長室からデータを盗み、辻神弥と同じ格好をして飲食店の無線ランで待機している百合にデータを送る。

 データは各国のマスメディアに送信して、外圧で未来への虐待を阻止させる。それまでの時間稼ぎに冷泉家の力を利用するのだ。


「しかし、ボクを信用してもいいのかい? 今度はボクが未来に酷いことをするとは思わないのかな?」

「心配してねーよ。百合がいるからな」

「う!」

 あっさりとした切り替えしだったが、冷泉は派手に喉を鳴らした。

 前回の屋敷での出来事を百合は映像に収めていた。

『未来に手を出したり竜神の夢を阻むような真似をすれば、これを公表して冷泉の名を地まで貶めてやるから覚悟しておけよ』

 笑う百合の顔を思い出してしまった。


 そのあらましを聞いていた竜神は冷泉の狼狽に少しだけ笑い、バッグから拳銃を取り出す。

 スーツの下、ズボンのベルトに挟んだ。


 この拳銃は、未来の家の近所に住む老人宅から盗んできたものだった。


 未来がいつか「俺の母ちゃんでも苦戦する変人なのにさ」そう話していた老人だ。彼が人を寄せ付けないのは違法に拳銃を集めていたからだった。

 何度か話すうちに気に入られ、未来を送った帰り道、家に招かれるようになっていた。

 彼が集めた拳銃の自慢話を聞かされていたのだ。


 通報するのは簡単だったが、なんとなく時期を逸していた。

 こんな形で役に立つとは思ってもなかったが。


 警察にも採用されているH&K P2000を弾薬と一緒に拝借してきた。


 竜神の夢が叶いSPの職に付けていたら手にしていただろう拳銃だ。

 彼が幼い頃から憧れ続け、努力してきた夢は、今日、ついえる。






 明らかに本物である鉄の輝きに、冷泉は目を剥いて竜神の肩を掴んだ。





「なぜ拳銃なんか! あそこにはただでさえ武装した警官が常駐しているんだ。下手したら射殺されるぞ!」

 車外に漏れないように声を潜め、それでも悲鳴のような声を出した冷泉に、竜神は静かに答える。


「武装した警官が常駐してるからだろ。拳銃持った本職相手に素手で足止めするなんて不可能だ。未来が逃げるまでの時間が稼げねえ。拳銃を持ってるとなれば、相手もそうそう飛びかかってこれないだろうが」



 冷泉の脳裏に、屋敷の中、お化けの仕掛けに驚き騒ぐ彼等が浮かんでくる。

 騒いでいた彼等は、目の前のこの男も、自分より二つも年下の高校生だった。

 冷泉は息を呑んで唸るように言った。

「ぶ――――無事に帰っておいでよ竜神君。ボクは、小動物系JKとヤクザ系DKカプに萌えてるんだから」

 あの時の、ただの騒ぐ高校生でしかなかった日常を思い出させるため、竜神が無事に帰ってくる願いと、また、騒ぎ、笑う彼等を見られるように願いを込めて冷泉が声を絞り出す。


 何の変哲もない、どこにでもいる高校生だった数ヶ月前に戻れるように。


「ああ」


 この研究所のセキュリティレベルは高くはなかった。せいぜい、一般的な会社と同程度である。脳移植の成功自体奇跡的な事で、研究チームも寄せ集めの状態だ。最新の設備を備えた新施設はまだ建設中だった。変わりに、武装した警察が警備を担っている。


 社内に入るのに必要なのはIDと指紋認証だ。


 入場人数と退出人数が合わなければロックされてしまうが、出入りする研究員と一緒にドアを潜れば、ドアはノーカウントで侵入を許してしまう。

 そんなありがちな手段を使い、前日、井上がIDを使わないまま侵入を果たしていたのだ。

 井上は自分自身を施設にカウントさせないまま、清掃員が使用する物置の奥、掃除用具の影で身動き一つせず夜明けを待った。


 そして今朝、井上のカードと井上の指紋を固めたゼラチンを指先に装着した竜神が、研究所内に『出社』した。


 この研究所で働く人数はさして多くない。だが、研究者の入れ替えが激しく、他部署との連携は無いにも等しいので、目立つ風貌であるはずの竜神も呆気なく通り抜けることができた。


 井上の個室に入り、出社のラッシュが落ち着くのを待つ。

 打ち合わせどおり、昼の少し前、竜神は動いた。この施設の所長の元へと。


 所長室には簡単に入り込むことができた。

 秘書を一撃で気絶させ、所長に拳銃を向けつつ、未来のデータを出せと脅す。

 データを確認しつつ、一つ残らず転送していく。所長に拳銃を向けたまま。

 内容ははひどいものばかりだった。ダブルクリックして表示されるのは、すべて、未来の悲鳴だった。

 怒りに体が冷える。今すぐにでも隣で震えている中年の男を殴り倒したくなる。

 データを一つ残らず転送して、改めて所長を殴り倒して気絶させた。


――――――



 竜神が目的を達した時間に、井上は未来が囚われている部屋に侵入を果たしていた。

 見張りに立っていた男に目一杯の力でモップを振り下ろして気絶させる。


 男のカードを奪い、意識のない体を引っ張って指紋を翳させ、未来が閉じ込められた部屋のドアを開く。


「未来君」

 よびかけると、未来は右に顔を傾け呟くように言った。


「いのうえ……さん……?」


 あぁ、覚えていてくれたのか。歓喜に体が沸き立つ。


「さぁ逃げよう、走れるね?」

「にげ、る……?」

 未来は不思議そうに井上を見た。

「そうだ。ここから出よう」

「……やだ、出たら、また、動けない服、着せられる」


 ぼんやりと未来が言うのは拘束着のことだ。

 あの服を切るのはもう嫌だった。

 逃げ出して捕まってあの服を着せられるぐらいなら、トイレットペーパーを呑んで死ぬタイミングをうかがっていたい。


「大丈夫だ、この研究所から逃げられるから」

「――――……? ここから、出してくれるの?」

「そうだ、さぁ、いこう」


 未来は息を呑んで、井上に抱き付いた。

「あ――、ありが、とう……!! 井上さん、ありがとう……!!」

 井上は叫び出したくなるぐらいに嬉しかった。

 この世のものとも思えないぐらいの綺麗な女が、涙を浮かばせた満面の笑顔で無防備に信頼してくれて。

 自分だけがこの女のヒーローなのだ。何があっても守ろうと強く誓った。


「さぁ逃げよう。走れるね? 竜神君が上で待っているから、頑張って走ってくれよ」


「――りゅう?」


「あぁ。早く行こう」

 未来が頷いたのを確認して、井上は未来の手を取って走り出した。



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