男にはかなわない、体
それから、四日。
早苗ちゃんの過去に対する質問は、嫌になるぐらい繰り返された。
プリントでも、口頭でも。
それでも俺は何一つ答えることが出来なかった。
さなさんを困らせてるってわかるんだけど、どうしてもどうしても無理だった。
「今日からは場所を移動する事になりました」
さなさんが冷たく言い放った。
「場所……?」
「ええ。病室を移動することになったの。荷物は後から持って行くから、彼に付いて先に行ってて」
「さぁ行こう、日向君」
白衣を着た……お医者さんなのかな? 男の人に先導されて通路を進んだ。エレベーターで地下に降りる。
「今日から、ここが君の部屋だ」
案内されたのは、ガラス張りの部屋だった。
「え」
壁も、ドアも、ガラス張りになってる。室内にはトイレと風呂があるけど、壁も無くて外から丸見えになっている。
どういうことなんだよ、これ。ここ、部屋なんかじゃねーよ。
ドラマや映画で見た事のある刑務所の中よりずっとひどい!!
「な、なんで、こんな場所嫌だ!」
こんな部屋になんか入りたくない! 足を踏ん張って拒絶するけど、腕を引かれて無理やり部屋の中に引き摺り込まれた。
「君がちゃんと話してくれれば、ここから出られるからね、落ち着きなさい」
「嫌だっつってんだろ! なんだよこれ! 全部丸見えじゃねーかよ、こんな部屋に入れるわけねーよ!!」
暴れて、部屋から出ようとしたんだけど――――、
バン!
爆発音が頭に響いた。
頬に衝撃があって、バランスを崩して床に倒れこむ。
「――――――――――!!?」
口の中に血の味が広がる。
殴られた。
でかい掌で思いっきり頬を殴られて、痛みと、怒りと、恐怖と、何がなんだかわからない混乱で涙が溢れそうになる。
泣きたくなんてない。
このぐらい平気だ。
昔、良太と殴りあいの喧嘩をしたことだってある。あいつに殴られた衝撃より、ずっとずっと軽い。
泣いてる暇なんてない。とにかく、ここから逃げないと!
立ち上がってこの異常な部屋から逃げようとするんだけど、
三人がかりで押さえられてしまう。
「いい加減にしなさい。あまり暴れるようなら、拘束具を付けるぞ」
拘束具?
なんでだよ。
こんな、風呂もトイレも仕切りの無い、ガラス張りの部屋なんて誰でも嫌がるはずだ。男でも女でも関係なく絶対に嫌なはずだ。
なのになんで、拘束具なんて付けられないといけないんだよ!
嫌だ、こんな部屋嫌だ、嫌だ!
暴れまくったんだけど、結局叶わなくて、
足も、腕も、完全に動かないように拘束具を着せられて、口にも喋れないように大きな玉みたいなの銜えさせられた。
こんな拘束具、マンガで見た事ある。デスノートでミサが着せられてた。こんなの、実在したんだ。
あの漫画みたいに柱にくくりつけられて無いだけましかな。足まで動かないように一纏めにされてるけど。
苦しい。ちっとも体が動かせないし、胸が圧迫されて口を塞がれてるんで呼吸まで苦しい。
苦しい。
苦しい。
――――――――――。
――――――――――――――――。
――――――――――――――――――――――。
ごめんなさい、
もう、あばれないから、服をぬがせてください。
謝りたいのに、口に変なの噛まされてて言葉が出ない。
ごめんなさい、ごめんなさい、漏れちゃうよ、おねがいだから脱がせて。
呻きながら泣いていたのに、誰も来て暮れなくて、
我慢できなくて失禁して、濡れていく気持ち悪い感触に泣き声を上げてしまった。
俺の様子を身に着た男に、おしっこ漏らして泣いてたのを笑われた。
「暴れないなら、二度と着せないから大人しくしてなさい」
うん、暴れません。だからもう着せないで。
風呂には仕切りも何も無い。男にも丸見えだし、外からも丸見えだって知ってた。それでも、裸になって浴槽の中でシャワーを浴びた。
悲しくて辛くて、体を抱き閉めて泣くことしかできなかった。
お風呂で体を洗ってると、いきなり横から腕を引っ張られた。
辻と同じぐらいの歳のおっさんに。
バスタオルで必死に体を隠して、離してくれと懇願する。
泣いて、喚いて、どうにか腕を離して貰って、バスタオルに隠れるようにしながら体を拭いて、服を着た。
「早苗さんがお父さんにどんなことをされたのか、話してくれないかな?」
泣きすぎてしゃくりあげながら、俺はどうにか言葉を絞り出した。
「――――――は、話したくない!」
話せるはずなんてない。
あの体験を言葉にするなんて嫌だ。文字にさえできなかったのに。
「日向君。君の記憶が、本当に上田早苗君が体験した事かどうか、ちゃんと調べなくてはならないんだよ」
いやだ、いやだ! 絶対、絶対話したくなんてない!
ぎり、と歯を食いしばってから、俺は声を絞り出した。
「あんたが……親父さんにレイプされて、その話、口にできるのかよ」
できるわけねえ。絶対、絶対無理だ!
「君は日向未来君だ。君のお父さんは君が生まれてすぐに亡くなったんだろう? 君を襲ったのは、君自身の父親じゃない」
「話したくない! 嫌だ! 絶対に嫌だ!!!」
「父親にちゃんとした刑罰を与えたいとは思わないのかね? 早苗ちゃんのためにも」
「どうでもいい!」
あんな男、俺の人生にはいなかった。知らない。忘れたんだ。
「では、竜神君になら話せるかな?」
男の一言に、俺の思考は完全に停止した。
竜神?
竜神?
なんで、あいつが?
やだ、絶対に嫌だ。
俺が、いや、上田早苗ちゃんがどんな目に合って死を選んだのか、竜神は知っている。
それでも、嫌だった。
「――竜神は、かんけい、ない」
「だが、このまま君が話してくれないなら、話してくれる人を連れてこなくちゃいけないだろう? 竜神君なら話してくれると思ったんだが」
いやだ!!!
竜神になんて話したくない!!
あいつに話すぐらいなら、このおっさんに話したほうが何万倍もましだ!
「ぁ……、なんさいの、ころか、わからない、」
頭の中に浮かぶ記憶を無理やり引っ張り出す。
脳が焼ききれそうなぐらい、苦しくて痛い。
でも、話さないと、竜神に話すことになってしまう。
そんなの絶対に嫌だ!!
保育園実習で遊んだ子供の手を思い出す。
たぶん、あれより少し大きかった。
「た、たぶん、六歳か、そんぐらい、で、上に乗られて、さ、触られ、て…………!」
俯いているので溢れた涙が頬を伝いもせず、ボロボロと直接床に落ちていく。
「――――――――やだ、やだあああ!! もう、思い出したくない! もう嫌だ、いやだ……!」
椅子を倒して立ち上がり、部屋の隅に逃げて体を丸める。
「未来君、ちゃんと話してくれないかな」
肩に男の大きな手が乗って、もう、駄目だった。完全にパニックを起こして泣き喚いた。