監視者からの開放
竜神視点です。
竜神強志は、父から告げられた言葉に頭を空回りさせた。
「明日から監視はいらない。長い間、ご苦労だったな」
「え?」
どういうことだ。
竜神はその言葉を飲み込み、視線で父の言葉の続きを促す。
「未来はしかるべき施設に移された。専門の施設で徹底的に調べたほうが良いと日向猛がようやく決意したそうだ。お前もようやく任務から開放されるぞ。まだ学生だというのにすまなかったな」
「未来が、施設に移った?」
なぜだ。足元が回る。
施設に入ったということは、それが最善であると、兄である猛と――――未来本人が判断したのだろう。
だが、なぜ未来は一言も相談してくれなかったのか。
「様子を見てまずは三ヶ月間の入院だそうだ。その間、学校も休学だな」
父との会話はそれだけで終わりだった。
自室に戻ると、スマホが青く点滅していた。
画面に触れて確認する。未来からのメールだ。
『入院することになったんだ。なんと三ヶ月間!!もう送り迎えしてくれなくてもいいからな。今までいろいろと手を貸してくれてありがとう!他の連中にも何も言って無いから、お前から伝えといてくれよ。最後の最後まで迷惑かけてごめんな』
(――――たったこれだけかよ、ふざけんな!)
衝動のまま折り返し電話を掛けたのだが、未来の携帯の電源は切られていた。
なぜ、話してくれなかったのか。ずっと一緒に居たのに。
酷い無力感と喪失感に苛まれ、机を拳で叩き付けた。
「お早うございます」
翌朝、九月一日の始業式の日。竜神は登校前に日向宅を訪れていた。
「あら、強志君! やだ、未来ったらアンタに連絡してなかったの!?」
「いえ……、連絡は貰いましたが、何か信じられなくて。メールだけだったんで」
「メールしかしなかったの未来ったら! もう、ごめんなさいね」
頭を下げる未来の母を竜神は押しとどめた。
「入院って、どこの病院ですか? 友達と一緒に見舞いに行きたいんですけど」
「それがね、未来、あんなことがあって脳移植までしちゃったでしょ? 普通の病院じゃ駄目みたいで、なんとかっていう脳みその研究施設に入院することになったの。極秘だからっておばちゃんも場所も教えてもらえなかったのよ。猛がいるから心配はしてないんだけどね」
「猛さんが……」
「未来を手術したのがあの子だからね」
帰ってきたら、また仲良くしてあげてね。
その言葉を受けて、竜神は一礼して日向宅を辞した。
教室に入る。「あれ? 未来は?」と問いかけてくる面々に、竜神は未来が入院したと告げた。
「えー!!? 未来先輩入院しちゃったんスか!? 三ヶ月も!? マジで!? なんで!? 元気だったのに!」
「まさか、今になって事故の後遺症が出てきたんじゃないよね!?」
達樹と浅見が声を上げる。
「後遺症が出ないか調べるためだと思う」
そう答えるしかなかった。
「たったそのために三ヶ月も入院になったのか」
百合が舌を打った。
「え、ちょっと待て。三ヶ月も休学ってことは、先輩確実にダブリっすよね。やった、おれと同級生になんじゃん!」
「喜ぶな! 嘆かわしい」
怒声を上げて百合が達樹の頭に手刀を落す。
「信じられないなあ……。未来が居ないなんて……」
美穂子が机に肱を付いて隣の席を見て溜息を吐いた。
「全くだよ。一体ボクは何のために転校してきたのか……」
廊下に立ち、窓から身を乗り出していた冷泉がうな垂れる。
「ザマーみろ」
百合と達樹に同時に言うが、冷泉は「君達に罵られても嬉しくもなんともないよ。未来じゃないと」と返して二人をうんざりとさせた。
(三ヶ月か……)
夏休みの期間は約一ヵ月半。あっという間だった。
それでも、未来が不在の三ヶ月間など、永劫に続くかのような錯覚を覚えた。