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竜神花と王鳥達樹

 竜神花は葬儀に参列することが出来なかった。


 兄の死が信じられなくて、辛くて悲しくて現実を受け止められなくて錯乱状態になった挙句、病院に押し込められていたからだ。


 未来が、兄が死んだなんて、心中しただなんて信じられなかった。


 兄は強い男だ。

 誰からどんな罵倒を受けようと、攻撃を受けようと、揺るがずに全てを受け止めて平然としていた。必要なら容赦無い反撃を食らわせていた。


 そんな兄が、あんな華奢な女の子を道ずれに心中をするだなんて有り得ない。

 だが、心中だと判断したのは、父が所属する警察だった。


 警察が間違うはずなんてない。

 それ以上に父が間違うはずなんてない。

 お父さんは兄以上に強くて正しくて格好良い。世間の模範となる組織に属した、尊敬するべき父だから。



 兄は間違えなく心中したのだ。未来を殺したのだ。

 信じられないけど、お父さんが嘘を言うなんてもっともっと有り得ない。


 でも、でも、やっぱり、あの兄が死を選ぶなんて有り得ないと考えてしまう。

 考えては駄目だ。父と、父が所属する警察への裏切りだ。

 兄が女の子を道ずれに死を選ぶ事以上に、警察と、父が間違うなんて有り得ないんだから。


 花は、病院の霊安室に寝かされた兄と対峙しただけで錯乱状態に陥ってしまったので、体の傷を見る事はなかった。

 それでも、兄の死に疑問は尽きなかったけど、押し込め、葬儀が終わって三日も経ってからようやく、自宅へと帰ってこれた。


 まだ、精神は不安定だった。


 酷く不眠になり、睡眠薬を服用しているというのに、中途半端な時間に目を覚ましてしまう。


(まだ、三時か……)


 水を飲みに行こうと自室から出て階段を降りる。


「――――――――!!?」


 リビングに降りると同時に、信じられない光景を見た。

 父が母の胸倉を掴み、拳で殴りかかっていたのだ。


「何やってるのよお父さん!! やめてぇ!!」

 いつでも強くて家族を守ってくれる父が、母を殴るなんて!

 花は父を突き飛ばして母から引き離した。


「子供が大人の話に口をだすんじゃない!!」

「話じゃないじゃない! こんなのただの暴力よ! お母さんを殴るのが悪いんじゃない!」

 

 父が拳を振り上げる。

 それでも花は引かなかった。

 父は自分を殴ったりしないと知っていたから。



「この――――子供の分際で!!」



 だが、腕は振り下ろされ、花の頬に酷い衝撃が走って飛ばされた。

 眩暈がするぐらいの強烈な打撃だった。


「な……」

 痛み、目の下に広がる熱、じわりと広がる血の味と、声を振り絞ろうとした舌の先でぐらりと動いた歯に、花は体を振るわせた。


「なんで、おとうさ」

 父親に暴力を振るわれたことなんて生まれて初めてだ。痛みと衝撃に涙が浮かぶ。


(あれ? でも、殴られそうになったことなんて何回もあったよね? なんで、今日に限って? お兄ちゃんの死に動揺してるから?)



 ううん、――違う!!



 花は目を剥いた。


 なぜ、今日に限って殴られたのか。




 付き詰めて考えようとした途端に、



『落ち着けよ親父。ほら、花はあっち行ってろ』



 兄の声の残響が耳の奥で響いた。



 そうだ。


 父の腕が振り上げられた時は、いつも、兄が前に立ってくれていた。

 花が殴られそうになるたび、兄がずっと、ずっと盾になってくれていた。



 守られていたんだ!



「なによ、これ」


 何で今まで気が付かなかったんだろう。


 ずっと、兄は父から暴力を受けていた。

 けど、男だから。将来、警備隊員になるため、剣道や柔道の道場に通っていたから。それだけじゃなく、父や、祖父からも格闘技を習っていたから。殴られても蹴られても、兄は痛みに動じるそぶりを見せなかったから。兄への暴力は日常の一部になっていて、何も、気にしていなかった。



 兄との過去が脳裏に蘇ってくる。


 見た目が怖い兄と、兄妹だと知られたくなくて、ずっとずっと拒絶していた。

 『やくざが兄だって知られたら恥ずかしいから外で話書けないで』

 なんて酷い言葉で。


 だけど、兄を拒絶しておきながら、外で偶然見つけたら、嬉しくて駆け寄ってしまってた。

 素直に「会えて嬉しい」だなんていえなかったから、


 『お兄ちゃん、重たいからこれ持って』


 なんてひどい理由をつけて。


 文句一つ言わずに花を受け入れてくれる優しい兄に、いつも、甘えて。



「お、おにいちゃん……!」


 花は兄の部屋に逃げこんだ。

 残り香のするベッドに入り、小さく蹲って、流れる涙をシーツに落とす。


「なんで死んだのよおおぉお兄ちゃんのばかあ! おにいちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 兄の大きな掌が、ぽん、と背中を叩いてくれたような気がした。錯覚だと判っていたのに、涙はいつまでも止まらなかった。






 翌朝、花は食事も取らずに逃げ出すように学校へ登校した。



 歯がぐらぐらして、腫れ上がった頬と泣きすぎて腫れる瞼のまま席に座る花に、最初に声を掛けたのは達樹だった。


「どうしたんだよ、それ」

「あんたこそ、どうしたのよその髪」


 達樹の髪は、金髪に近い茶髪だった。

 なのに、真っ黒に戻されている。もともとそう長くなかった短髪ではあったが、今は五分刈り近くまで短く刈り揃えられて。

 

 達樹は教科書をシャープペンで辿りながら答えた。

 

「竜神先輩と未来先輩の仇を取るんだ。おれ、絶対に賢くなって偉くなるんだ」

「かしこく……?」


 ページの最後まで辿ってから、達樹は顔を上げて花と目を合わせた。


「先輩は心中なんかしてねえ。有り得ねえ。殺されたんだ。絶対に犯人を見つけ出して引きずり出す。だから、賢く、偉くなるんだ。お前も偉くなれ。先輩の仇、取ろう」



 花の前に何かの扉が開いた気がした。



「…………うん。偉くなる。強くなる」

 達樹に宣言する。









 もう、守ってくれる兄は居ないのだから。






 竜神宗人はこの一年後、職を辞した。それからは昼間でも朝でも関係なく酒を飲んで家に篭るようになり、四年後、アルコール中毒で死んだ。

 宗人に暴力を振るわれ続けうつ病に陥り、自殺した妻の後を追うような死だった。



 大学生の花は葬儀を開きさえしなかった。さっさと火葬して、遺骨は無縁仏として処理をした。

「一年前に死んだお母さんもここに居るから寂しく無いでしょ? 二人とも無縁仏になっちゃったけど、仲良く成仏してね。知らない御夫婦さん」


 それが、父の遺骨に放った最後の言葉だった。竜神花は生涯、父と母に線香を手向けることはなかった。

 花の家族は兄、そして兄が命を賭して守ろうとした、未来だけだった。


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