未来(みらい)
竜神と未来の死後、残された全員の生き方が激変した。
花沢百合は法律を徹底的に学び倒し、今、最年少記録を上書きしつつ、公安の頂点に限りなく近い場所まで登りつめている。
竜神花は警察の上層部に、熊谷美穂子は最先端医療の現場に。
二人の死から人が変わったように勉強に打ち込みはじめた王鳥達樹は、今期とうとう国会に立った。
先にそこにいた浅見に追い付いて来た。
花沢百合と竜神花のお陰で守りは固まった。
達樹が地位を固めたことで、攻めの体勢が整った。
「ようやく……終わったよ。未来、竜神君。いや、始まったと言うべきかな?」
パソコンに語りかけながら、浅見はデスクトップに置いてあるファイルをクリックした。
今は再生さえ困難な、古い拡張子のファイルだ。
スピーカーから、懐かしい声が流れてきた。
『バイク乗せてくれよーなーなー』
『駄目だっつってんだろうが。握力が30になったら考えてやっけど』
『30!? 倍じゃねーかよ……。いや、頑張る。絶対乗せてくれよな!』
柔らかく耳に優しい日向未来の声と、低く響く竜神強志の声。
竜神が記録し続けた音声ファイルだ。データの中で、二人は楽しそうに笑っていた。
当時の二人の笑顔を思い出す。未来が目を逸らした途端、竜神が、とても優しく愛しげな目で未来を見下ろしていたのも。
そんな竜神を百合と美穂子が無言の笑顔でからかい、竜神は気分を損ねたように、だが本当は照れているのだと自分達だけにはわかる表情で眉を顰め、達樹が唇を尖らせていた。未来に気がつかれないようにこっそりと交わされたやりとりが、瞼を閉じるまでもなく鮮明に浮かんでくる。
――――――人生で一番輝いていた、高校一年生の夏だった。
『いろんな人と目が合うんだけど、ひょっとして俺の格好って変か?』
不安そうに未来が問う。
『すげぇ可愛いから見られてるだけだろ』
答える竜神は、酷く優しくて。
「浅見先生、お時間をよろしいでしょうか?」
ドアを叩かれ、呼びかけられて、浅見は音声ファイルを閉じてから答えた。
「どうぞ。入ってきて構わないよ」
「失礼します」挨拶をして入ってきたのは秘書の男性だった。
いつもは無愛想な顔に笑顔を浮かべて、浅見に小走りに駆け寄ってくる。
「とうとう脳移植の法案、まとまりましたね。先生の悲願だったのでしょう?」
「あぁ」
浅見もまた笑顔で答えて、す、と視線を鋭くさせた。
(まだ、残っている)
未来を追いつめて殺し、竜神を死なせるきっかけを作った研究者達が、まだ、手の届く地位に残っている。
机の上に広げていた書類に指先を乗せて引き寄せる。くしゃりと皺が寄るのも気にせずに。
ようやくここまで漕ぎ着けた。
今日こそ連中に鉄槌を。
暗く誓う浅見の前、秘書が部屋を見渡しながら言った。
「……誰かおこしかと思っておりました。楽しそうなお話声が聞こえていましたので」
「あぁ、……あれは……」
浅見は、あの頃、無邪気に褒められた色の違う瞳を細めて笑った。
「ただ、古い友人と会っていただけなんだ」
『ありがとうな、竜神』
『……おう』