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早苗は本当に存在するのか?

 二人の死の五分前。


 百合は送られてくるだろうデータを待ちながら何度も自分に問い返していた。


 海外のマスコミを利用するなんて手段で本当に研究を止めさせることができるんだろうか。


 何度考えても、この程度の手段で未来を取り戻せる気がしなかった。

 せめて両親に相談ができれば、竜神も捕まらずに未来を安全に逃がせる確実な作戦が建てられたのに。

 でも相談なんて出来ない。両親は百合の友人よりも警察とのより密な関係を選ぶ。確実に妨害される。


 辻神弥を隠れ蓑にして自分だけ逃げる罪悪感が襲ってくる。

 もちろん、その罪悪感は竜神に対するものであって、神弥に対するものではなかったが。

 神弥には何一つ思うことなど無い。気の毒だとも思わない。親の因果が子に報い。格言にもなるほどに、大昔からいくらでもあることだ。


 ふと井上の言葉が耳元に蘇った。


『未来さんは上田早苗の記憶を持っている。父親の証言と確実に一致したんだ。皆色めき立っている』


 そんなことがありうるのか?

 疑ってしまうのは、自分自身が頭が硬いリアリストだからだろうか。


 例えば、上田宅で暴行されたとき、父親が未来に話して聞かせたのではないか。

 未来は救いようのない怖がりだ。

 暴行されたショックで、父親とのやりとりの一部始終を記憶の奥底に押し込めた可能性だってある。


 携帯が光る。相手は冷泉だった。通話を繋いで短く返事をする。

 冷泉の声は低く沈んでいた。


「竜神強志は拳銃を持っていったよ」


(馬鹿が!!!!)


 叫びそうになってしまった口を慌てて噤む。

 馬鹿が! なぜ拳銃なんか!

 脳内で言葉を反響させてから、当然かと唇を噛む。

 竜神は未来が逃走するまでの時間稼ぎもしなければならない。

 警察官相手に丸腰で止める方法なんてあるはずがない。そりゃ、拳銃の一つや二つ必要だろう。

 絶望的だ。



 百合は同世代の少年少女達より、ほんのちょっとだけ多く世の中の暗部を知っていた。



 もう竜神は戻ってこない。



 厄介だと思うこともあったが、鬱陶しく感じる事もあったが、男にも女にも平等に嫌われる自身に、真っ向から切り込んでくる竜神のことは評価していた。

 大きな体躯、鍛えられた筋肉、強く、攻撃に揺るがない重たい体。自分がいくら望んでも持ち得ないものを持った、憎らしい相手だったが――――


 データの受信をパソコンが知らせた。

 滲みそうになる涙を飲み込む。


 送られてくるデータを、未来に加えられた暴行の記録を百合は必死にかき集め、あらかじめ用意しておいた様々な言語の文章と共に、メールで飛ばし続けた。

 一つも漏らさないように、ミスをしないように。これは、このデータはただのデータじゃない。竜神強志の抵抗の記録、彼の命の欠片だった。


(花沢百合。落ち着け。私はいつも、冷静だ。これは、ただのデータじゃない。あいつ自身だ。一つも漏らすな。何一つミスをするな。あいつは戦っている。ここが私の戦場だ。泣くな。落ち着け。冷静で)


 百合は歯を食いしばりながら、必死に、自分自身に向ける呪詛を唱え続けた。

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