兄との再会
未来は呆然と座りこんで、千切れた腕に触れた。
見慣れた竜神の手。
掌と掌を合わせるように、撫でる。
「未来……」
「…………にい、ちゃん?」
壁の向こうの竜神を探すように座りこんでいた未来は、振り返って白衣の男を見た。間違いなく、未来の兄の猛だった。
隔壁から血が染み出して、未来の白い足を汚している。
「竜神、助かるよね」
「ああ」
迷いのない兄の返答に、未来は呆れたように笑った。
「助かるわけないよ」
「お前だって助かったんだ! 竜神君も助けてみせる!」
竜神の手は、まだ、暖かい。
「にいちゃん、おれ、早かったんだと思うんだ」
「……はやい……?」
「うん。脳移植の技術がね、まだね、早かったって思うんだ」
「……そうかも、しれないな……」
弟を助けたい一心だった。
女の子の体に入ってしまったけど、何の後遺症も無く生き返ってくれて、生活はいつもどおり続いていくと安堵したはずだった。
なのに、あの日から全てが終わってしまったような、途方もない絶望感が常に付きまとっていたことは否定しようがない。
五年。せめてあと五年時間があれば、猛の技術も確立していて、手術を連続で失敗するなんてこともなかっただろう。
医療機器も進歩し、研究スタッフも技術を磨き、検体を隔離して調べるような荒い真似はしなかっただろう。
早かったんだと、思う。何もかもが。
「だから、一度、止めよう」
未来が振り返る。
昔とは違う、綺麗な長い髪がふわりと膨らんだ。
パンパン。
膨らました袋を割るような、場違いな軽い音がした。
猛の体がのけぞる。
顔から鮮血が噴出しているのを見て、後ろで待機し、やりとりを見ていた研究所員が何があったかようやく気が付いた。
「先生!!?」
竜神の拳銃を未来が握っていた。
「兄ちゃんの手で始まったことだから、俺の手で、無かったことに、するから」
未来は自分のこめかみに銃口を押し当てた。
阻止する暇など与えてはくれなかった。
(ありがとう、竜神)
竜神のお陰で、トイレットペーパーを飲み込むなんて苦しそうな死に方せずにすむ。
助けてくれるのはいつも、竜神の手だった。
指を絡ませて、繋いで、
ぱん。
三度目の銃声も、やはりとても軽かった。
(あぁ、駄目だったか。駄目だったか)
井上はぼんやりと座りこんで、竜神と手を繋いで血溜まりに崩れ落ちた未来を見ていた。現実感などまるでなかった。
だけど、ちょっとだけほっとした。
研究の内情を知っているだけに、未来が逃げおおせるなんて考えられなかったから。
どこに逃げようともどこから弾圧されようとも関係なく、未来は再び捕らえられ研究に利用されただろう。
自分の意思で死を選んだ彼女に、ちょっとだけ安堵した。
(これでもう、あの子は怖い思いをしなくて済む)