知っているのは月と・・・
「悪かったな。ベット1つだったのに何の対策もしないで飛び出しちまって。」
頭の後ろをかきながら2人にそう告げると階段下の物置から毛皮を2枚と生地の荒いタオルを2枚・枕代わりなのかクッション2個を取り出しヒロの腕にポイポイとのせていく。
服はあったのか?と言いながらひざ下まである長いTシャツのような物を2枚出し寝間着に使えと今度はニアへ渡した。
物置を出たダンに、これで終わりだとほっとしている2人は玄関横に先ほどまでなかった大きな袋に気づいた。
案の定、ダンはその袋を開けると次々にヒロとニアに押し付けていく。
「ダンのおっさん。なにこれ。なんでこんないっぱいあんだよ。」
「ダンさん、気遣いは嬉しいけど本当にこんなに沢山は良いですって。」
2人は口々に沢山の日常品を辞退するがダンが「俺からだけじゃなく村の者からの差し入れだからもらっとけ」と言うと驚く2人をしり目に袋の中身を出して行った。
先ほどダンが村長の家に向かっている途中でそこここと村人たちに呼び止められていたのだ。
「コランダム、ちょとお待ちよ。さっきの2人の子どもが村で住むことになったんだって?なんでも親と生き別れたとか。可哀想にね。これ少ないけど持ってってやって頂戴。」
こんな調子で次々に村人がやってきては同じことを繰り返す。
そしてダンが村長の家に着くころには2人への差し入れで両手がいっぱいになり、どうにもこうにも出来なくなっていた。
大変嬉しく感謝もしているのだが、この格好は人の家を訪れるものじゃないなと一旦家に戻ろうとするダンに声がかかる。
その声に振り向いたダンが視線を上げるとそこには大きな袋を持った村長がにこやかに佇んでいた。
時間は少し遡り、ダンが村人に囲まれてる頃
パパゴは窓辺に近づき外を眺める。
いつもの村の静かな夜更けが何やら騒ぎが起きているらしく喧騒が聞えてくる。
残念な事に窓からでは確認出来なかったので不信を募らせつつ、その様子を確かに外へ出ていった。
そしてそこで目にしたのはダンが村人に次々言葉をかけられ何かを手渡され恐縮している姿だった。
流れてくる声をよく聞いてみると、どうやら村へ滞在を許した子どもへの差し入れをダンに持たせているようだ。
そしてそんな村人1人1人に丁寧に頭を下げ礼を言うダン。
その風景を見ながら村長は良い村だと満足気に頷き、ダンの行き先がどうやら自分の家のようだと気づくと大きな袋と我が家から2人への差し入れを用意する為に家の中へ戻るのだった。
♪*:..。o○ *:..。o○♪ ♪*:..。o○ *:..。o○♪
こうして差し入れの大きなサンタ袋が出来たのだが全く事態が呑み込めてない2人は目を白黒させていた。
ようやくダンの説明が呑み込めた頃には夜も更けて眠るのには少し遅い時間になっていたのでダンが「寝る」と音頭を取った。
それに対して腰を上げるヒロと何かモジモジとしているニア。
そんなニアの様子にダンはどうした?と声をかける。
するとニアは意を決したようにこう切り出した。
「あのね。帰ってきてすぐに家の中を探検したでしょ。その時に裏の小屋を見つけて中にお風呂っぽいの見ちゃったんだけど・・・。」
ニアの言葉にダンは手をポンと一回打つとあれを見ちまったのかと豪快に笑った。
その様子に隠してたものでも秘密のものでもなかったことにホッと息をついて安心したニアはなぜあんなところになったのかとお風呂で間違いないのかを確かめる。
「ああ、お風呂で間違いないぞ。あの部屋を見たってことは湯が引き入れられてるのも見たってことだろ?」
「え?お湯?」
「なんだ気づいてなかったのか?裏山の小さい滝が去年くらいに湯に変わってな。最初はおっかなびっくりで体を拭くくらいだったが寒くなったある日に汲みに行って湯をかぶっちまってさ。その時に気持ち良くてな。試しに入れるくらいの桶を作って湯を引きいれて入ったらそれ以来やみつきになっちまった。あそこに作ったのは湯を引くのに一番近かったからだ。」
その話を聞いた2人は喜んだ。
こんな異世界に来て温泉を見つけ、しかも自宅(ダンの家だが)でかけ流しの温泉を楽しめるなんて。
山の岩肌を流れてくる間に丁度よい温度になったのだろう。
ダンが足し水で温度を下げたなどとこれっぽっちも思えないし。
「入りたい。ダンさん入りたい。」
ニアの興奮して大きくなった声に若干引き気味になりつつダンは承知し湯の貯め方などをレクチャーする為、2人を小屋へ連れて行くのだった。
壁から出ていた筒の先に道具置き場から持ってきた筒を足して大きな桶に湯を貯める。
その間に着替えを持参してきたニアは栄えある一番風呂に入る権利を得ていた。
いや得るもなにもヒロの視線に快く冷や汗をかきながらダンが譲ってくれたのだが・・・。
ダンの体の大きさを考慮して作られた浴槽(大きな桶)はニアには深かったがお尻の下に小さな桶を置いて椅子にすると丁度になった。
「極楽極楽。」
ニアはどこかのオールドメンのようなことを言いながら温泉を楽しむ。
ここに来て最初は不安とヒロに対する罪悪感でいっぱいいっぱいだったけど、ダンさんに会いそして優しい村人に迎え入れられた。
自分の幸運に感謝しつつニアは想う。
「お母さん、ニアとヒロはこちらで良い人達に巡り合えて何とかやって行けそうだよ。」
そんなニアのつぶやきを聞いていたのは高い位置に作られた小窓から覗く月だけだった。
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のはずが変態シスコン弟が盗み聞きしなかったなど、そんな奇跡は起こらなかったのであるw
読んでいただきありがとうございました。